学位論文要旨



No 127446
著者(漢字) 三須,弥生
著者(英字)
著者(カナ) ミス,ヤヨイ
標題(和) 風観測と数値解析を融合した鉄道運行管理のための強風予測
標題(洋) Strong wind prediction for railway operation based on onsite measurement and numerical simulation
報告番号 127446
報告番号 甲27446
学位授与日 2011.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7532号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石原,孟
 東京大学 特任教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 准教授 内村,太郎
 東京大学 教授 大岡,龍三
内容要旨 要旨を表示する

鉄道における自然災害に起因する輸送障害のうち、約三割は強風による運転規制が原因である。その軽減のためには、強風発生頻度の予測および車両の転覆耐力に基づく強風対策の定量的評価が必要である。また、強風時の輸送混乱を避けるためには、運転規制の発令と解除の時刻を事前に提示可能とする数時間先の最大瞬間風速の予報が望まれる。

強風発生頻度の予測手法として、欧州では運転規制区間を幾つかのサブ区間に分割し、各サブ区間の強風発生頻度を観測風速と数値解析により求める手法が提案されている。この手法ではサブ区間相互の風の相関を無視しているため、局所地形の影響を受ける場所では予測精度の低下が懸念される。一方車両の転覆耐力評価において、欧州では高速鉄道を対象として一様流で得られた空気力係数を用いるのに対し、日本では在来線を対象とする必要があるため、低速走行から高速走行にまで適用できる空気力係数が必要である。最大瞬間風速の予測手法として、日本および欧州では数分先予測手法が提案され運転規制に使用されているが、数時間先予報へ適用した場合、予報精度が著しく悪くなるという問題がある。

そこで本研究では、まず、サブ区間相互の風の相関を考慮した強風発生頻度予測手法を提案し、風観測データにより予測精度を検証するとともに、サブ区間長に依存しない強風発生頻度の推定手法を提案する。次に、一様流と乱流を用いた風洞試験を実施し、車両の転覆耐力に対する気流の影響を明らかにするとともに、列車速度を考慮した空気力係数の推定手法を提案し、強風発生頻度と車両の転覆耐力を考慮した強風対策評価手法を確立する。最後に、風観測と気象予報を組み合わせた数時間先の最大瞬間風速予測手法を提案し、実測および既往システムと比較することにより、最大瞬間風速の予報精度を確認する。

第一章では、本研究の背景として、これまでに発生した強風による鉄道車両の転覆事故とその対策として見直しがなされた運転規制手法や風観測手法について述べると共に、その見直しによる輸送状況とその問題点について述べている。

第二章では、鉄道沿線の強風発生頻度予測手法、車両の転覆耐力評価手法およびそれらを組み合わせた強風対策の評価手法、ならびに鉄道および風力発電における風速予測手法について既往研究のレビューを行い、これまでの知見と問題点を明らかにすると共に、前章の研究の背景を踏まえた本研究の目的を述べている。

第三章では、サブ区間相互の風の相関を考慮した強風発生頻度予測手法を提案し、風観測と数値流体解析による最大瞬間風速予測手法を組み合わせることにより、運転規制区間内の強風発生頻度を予測できる手法を確立した。局所地形の影響を受ける運転規制区間での風観測データとの比較により予測精度を検証した結果、欧州の手法では予測誤差が200%以上と著しく過大評価する一方で、提案の手法では予測誤差が2.0%以下と精度よく強風発生頻度を予測できることが分かった。局所地形の影響を受ける運転規制区間内のサブ区間長について、サブ区間長に依存しない強風発生頻度の推定手法を提案することにより、予測に必要なサブ区間長を推定することができ、解析時間を短縮することを可能とした。

第四章では、走行速度によって変化すると考えられる気流条件について、一様流と乱流を用いた風洞試験を実施し、得られた空気力係数から車両の転覆耐力を計算した。その結果、一様流を使った場合と乱流を使った場合の空気力係数およびそれを基に計算される転覆限界風速に、大きな差が生じることが明らかになった。そこで、空気力係数を乱流強度の関数と仮定し、気流による乱流強度の変化の割合から列車速度を考慮した空気力係数の推定手法を提案し、低速走行から高速走行における転覆限界風速の計算を可能とした。さらに、運転規制区間内の強風発生頻度と車両の転覆耐力を組み合わせることで、強風対策の効果を車両の強風遭遇頻度として定量的に評価できることを示した。風向別運転規制および防風柵の効果を検証した結果、対象区間における車両の強風遭遇頻度が風向を考慮することにより 0.16%から 0.11%に減少し、防風柵を設置することでさらに0.08% に減少することが分かった。

第五章では、風観測と気象予報を組み合わせた平均風速予測手法に対し、変動風速予報モデルおよびピークファクターの動的特定手法を適用することにより、数時間先の最大瞬間風速の予報が可能な予測手法を提案した。さらに最大瞬間風速の観測値を用いた最大瞬間風速補正モデルの適用および予報誤差の考慮により、提案手法の予報精度の向上を行った。提案手法を用いて最大瞬間風速の予報を実施し、実測と比較し予報精度を検証した結果、数時間先予報において捕捉率86.7%、的中率92.9%と共に高い値となり予報精度が向上することを確認すると共に、数分先の予報についても既往の予測手法と比べて予報精度が向上することを確認し、数時間先の予報だけでなく運転規制のための数分先の予報に対しても同一のモデルが適用可能であることが分かった。

第六章は、本論文のまとめであり、これまでの結論を述べている。

本研究では、まず、サブ区間相互の風の相関を考慮した強風発生頻度予測手法を提案し、風観測データにより予報精度を検証した。その結果、相関を無視した欧州の予測手法では強風発生頻度を過大評価するのに対し、本提案手法では強風発生頻度を精度よく予測可能であることが分かった。また、サブ区間長に依存しない強風発生頻度の推定手法を提案することにより、局所地形の影響を受ける運転規制区間での解析時間の短縮が可能となった。次に、一様流と乱流を用いた風洞試験を実施し、車両の転覆耐力に対する気流の影響を明らかにした。風洞試験により得られた空気力係数から、列車速度を考慮した空気力係数の推定手法を提案し、低速走行から高速走行における転覆限界風速の計算を可能とした。さらに、強風発生頻度と車両の転覆耐力を組み合わせることで、強風対策の効果の定量的評価を可能とした。最後に、風観測と気象予報データを組み合わせた最大瞬間風速予測手法を提案し、実測および既往システムと比較しその予報精度を検証した。その結果、数時間先の予報精度の向上を確認するとともに、既往システムと同等以上の精度で数分先の予報が可能であることを確認した。

審査要旨 要旨を表示する

鉄道における自然営力に起因する輸送障害のうち、約三割は強風による運転規制が原因である。輸送障害軽減のためには、強風発生頻度の予測および車両の転覆耐力に基づく強風対策の定量的評価が不可欠である。また、強風時の輸送混乱を避けるためには、運転規制の発令と解除の時刻を事前に提示可能とする数時間先の最大瞬間風速の予報が望まれる。

強風発生頻度の予測手法として、欧州では運転規制区間を幾つかのサブ区間に分割し、各サブ区間の強風発生頻度を観測風速と数値流体解析により求める手法が提案されている。この手法ではサブ区間相互の風の相関を無視しているため、局所地形の影響を強く受ける場所では予測精度の低下が懸念される。一方、車両の転覆耐力評価において、欧州では高速鉄道を対象とし一様流で得られた空気力係数を用いるのに対し、日本では在来線も対象とするため、低速走行から高速走行までに使用できる空気力係数が必要である。また、最大瞬間風速の予測手法として、日本および欧州では運転規制のために数分先の予測手法が提案されているが、数時間先予測へ適用した場合、予測精度が著しく悪くなるという問題がある。

そこで、本研究は、まずサブ区間相互の風の相関を考慮した強風発生頻度予測手法を提案し、風観測データにより予測精度を検証するとともに、サブ区間長に依存しない強風発生頻度の推定手法を提案している。次に、一様流と乱流を用いた風洞試験を実施し、車両の転覆耐力に対する気流の影響を明らかにするとともに、列車速度を考慮した空気力係数の推定手法を提案し、強風発生頻度と車両の転覆耐力を考慮した強風対策評価手法を確立している。最後に、風観測と気象予報を組み合わせた数分先から数時間先までの最大瞬間風速予測手法を提案し、実測および既往システムと比較することにより、最大瞬間風速の予報精度を確認している。論文の構成ならびにその概要は以下の通りである。

第1章では、本研究の背景として、これまでに発生した強風による鉄道車両の転覆事故とその対策として見直しがなされた運転規制手法や風観測手法について述べると共に、その見直しによる輸送障害の問題について述べている。

第2章では、鉄道沿線の強風発生頻度予測手法、車両の転覆耐力評価手法およびそれらを組み合わせた強風対策の評価手法、さらに鉄道および風力発電の分野における風速の予測手法について既往研究のレビューを行い、これまでの知見と問題点を明らかにすると共に、本研究の目的を述べている。

第3章では、サブ区間相互の風の相関を考慮した強風発生頻度予測手法を提案し、風観測と数値流体解析による最大瞬間風速予測手法を組み合わせることにより、運転規制区間内の強風発生頻度を予測できる手法を確立し、局所地形の影響を強く受ける運転規制区間での風観測データとの比較によりその予測精度を検証した。その結果、欧州で用いられている予測手法ではサブ区間を短く設定した場合、強風発生頻度を著しく過大評価するのに対して、本研究の提案手法では予測誤差が2.0%以下と強風発生頻度を精度よく予測できることが分かった。局所地形の影響を強く受ける運転規制区間内のサブ区間長については、サブ区間長に依存しない強風発生頻度の推定手法を提案することにより、予測に必要なサブ区間長を推定することができ、解析時間の短縮を可能にした。

第4章では、列車の走行速度によって変化する気流条件について、一様流と乱流を用いた風洞試験を実施し、得られた空気力係数から車両の転覆耐力を計算した。その結果、一様流を使った場合と乱流を使った場合の空気力係数およびそれを基に計算される転覆限界風速に、大きな差があることが明らかになった。本研究では、空気力係数を乱流強度の関数と仮定し、列車の走行速度による流入風の乱流強度の変化を考慮した空気力係数の推定手法を提案し、低速走行から高速走行における転覆限界風速の予測を可能にした。また運転規制区間内の強風発生頻度と車両の転覆耐力を組み合わせることにより、強風対策の効果を定量的に評価することを可能にした。その結果、運転規制区間における車両の強風遭遇頻度が風向を考慮することにより0.16%から0.11%に減少し、防風柵を設置することでさらに0.08%に減少することを明らかにした。

第5章では、風観測と気象予報を組み合わせた平均風速、変動風速およびピークファクターの予測モデルを提案することにより、数分先から数時間先までの最大瞬間風速の予報を可能にすると共に、最大瞬間風速補正モデルの適用および予測誤差の考慮により、最大瞬間風速の予報精度を向上させた。本提案手法を用いた最大瞬間風速の予報結果は、数時間先予報において捕捉率、的中率ともに高い値を示し、数分先の予報についても既往の予測手法と比べ予報精度が向上していることを確認した。また運転規制のための数分先の予報だけでなく、輸送混乱回避のための数時間先の予報も同一のモデルで行うことを可能にした。

第6章は、本論文のまとめであり、第3章から第5章までに得られた結論をまとめている。

以上のように本論文では、まずサブ区間相互における風の相関を考慮した強風発生頻度予測手法を提案することにより、局所地形の影響を強く受ける運転規制区間での強風発生頻度の予測精度を向上させるとともに、サブ区間長に依存しない強風発生頻度の推定手法を提案することにより解析時間の短縮を可能にした。次に一様流と乱流を用いた風洞試験を実施し、車両の転覆耐力に対する気流の影響を明らかにすると共に、列車の走行速度を考慮した空気力係数の推定手法を提案し、低速走行から高速走行における転覆限界風速の予測を可能にした。また強風発生頻度と車両の転覆耐力を組み合わせることにより、強風対策の効果の定量的評価も可能とした。最後に、風観測と気象予報を組み合わせた最大瞬間風速予測手法を提案し、実測と比較することにより、捕捉率と的中率の高さを示すと共に、既往予報システムのできない同一モデルによる数分先から数時間先までの最大瞬間風速の予報を可能とした。

これらの研究成果は、鉄道における強風対策と運転規制に対する理論的基盤を与え、鉄道の輸送障害の低減および輸送混乱の回避に貢献するものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。

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