学位論文要旨



No 127458
著者(漢字) 酒井,雄也
著者(英字)
著者(カナ) サカイ,ユウヤ
標題(和) ケミカルプレストレストコンクリートの特徴的挙動メカニズムの解明とその知識化による膨張コンクリートの効果的な活用に向けた検討
標題(洋) Mechanism Clarification and Knowledge Formation of Unique Behavior of Chemically Prestressed Concrete for Efficient Use of Expansive Concrete
報告番号 127458
報告番号 甲27458
学位授与日 2011.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7544号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岸,利治
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 中埜,良昭
 東京大学 准教授 長井,宏平
 横浜国立大学 准教授 細田,暁
内容要旨 要旨を表示する

膨張材は主に,収縮補償やケミカルプレストレス導入を目的としてコンクリートに混和される。膨張材によりプレストレスを与えたコンクリート(CPC)は,引張強度増加以外にも,テンションスティフニング効果向上,ひび割れ発生後の緩慢な応力解放,乾燥による性能低下抑制などの利点を有することが報告されている。しかしながら,それらの利点は十分に活用されていないのが現状である。原因として,それらの挙動メカニズムが不明であること,また膨張挙動は条件によって大きく変化するため,任意の条件下における定量評価手法が確立されていないことなどが挙げられる。また,収縮補償を目的とした使用においても,期待した効果が得られなかったという報告は少なくない。総じて上記は,「膨張コンクリート」の理解が十分ではないことに起因すると考えられる。これまで多くの研究者によって,CPCの特徴的な挙動が報告されてきた。これにより,個々の挙動に関しての解釈は存在しているものの,体系的にCPCの挙動を理解・説明するには至っていないのが現状である。

本検討では,膨張作用がペースト(第二章),骨材(第三章)および鉄筋(第四章)に与える影響を検討し,膨張作用による一次的な影響,すなわち「そもそも膨張作用により何が起きているのか」を明らかにすることを試みた。これにより,膨張コンクリートの挙動を支配する要因を抽出することを第一の目的とした。抽出された要因に基づいて,CPCの特徴的な挙動のメカニズムを解明し,整理・体系化することを第二の目的とした。そして,体系化された挙動機構に基づいて,膨張材の適切な使用に関して知識化を行うことを第三の目的とした(第五章)。

第一章は本検討の背景と目的であり,これまでに報告されている膨張コンクリートの特徴的な挙動と,その解釈に関して述べた。

第二章では,膨張作用がペーストマトリックスに与える影響と,それがマクロな挙動に及ぼす影響を検討した。まず,離散要素解析手法の1つである剛体ばねモデル(RBSM)を用いて,全要素の1割を膨張させるというシミュレーションを実施し,膨張体と非膨張体が混在した場合の挙動を検討した。その結果,膨張作用により,ペーストマトリックスには圧縮と引張が混合した複雑なひずみ分布が生じることを確認した。ここに引張変形を与えたところ,膨張作用によって引張ひずみが導入された部分から徐々に微細損傷が生じ,非線形挙動,すなわち剛性の低下や残留ひずみの発生が生じることを数値解析的に確認した。ペースト試料(無拘束水中養生)を作製してSEMによる直接観察を実施した結果,膨張材を混入したペーストにおいて,普通ペーストよりもサイズオーダーの大きい微細損傷が生じていることを確認した。また試料作製の際にノミで割り出した破面を見ると,普通ペーストでは平滑な破壊面が生じるのに対して,膨張ペーストでは大きな凹凸を有する粗い破壊面が生じた。ペースト供試体の曲げ試験を実施し,破壊面を観察した結果,破壊面の凹凸は微細損傷の発生に起因すること,また材齢の経過や拘束の付与により,ひずみのばらつきが減少し,微細損傷の発生が抑制されることを示す結果を得た。

以上の検討により,ひずみのばらつきやそれに起因する微細損傷の発生,またその性状など,膨張作用に起因するペーストマトリックスへの一次的な影響が明らかになった。

第三章ではまずコンクリートの強度試験を実施した。しかしながら,膨張材の混入による曲げ強度の増加など,ペーストで確認された傾向がコンクリート供試体では得られなかった。上記より,骨材の有無により膨張作用の影響が異なる可能性が考えられた。そこで第三章では,膨張作用が骨材やその界面に与える影響と,それに起因するマクロな挙動への影響を検討した。まず割裂して内部にひずみゲージを貼った粗骨材を三次元的に拘束されたコンクリート中に配置した結果,引張ひずみが測定された。一方,粗骨材の代わりにビー玉を用いたところ,その界面に剥離が発生した。粗骨材を用いた場合には,無拘束条件においても剥離は確認できなかったが,骨材界面での滞水が確認された。これは,骨材界面に微細な剥離が生じていることを示していると考えられる。一方,玉砂利を用いた場合には,拘束条件下においても肉眼で確認できる剥離が一部で確認された。以上より,剥離挙動は骨材の形状に依存するものと考えられる。また砕石と玉砂利を用いて膨張コンクリート供試体を作製し,繰り返し曲げ試験を実施した結果,玉砂利を用いた膨張コンクリート供試体が顕著な非線形挙動を示した。よって,膨張コンクリートの非線形挙動は骨材界面の剥離に起因するものと考えられる。骨材界面に滞水が生じた供試体に乾燥を与えたところ,表面に水分を与えても滞水現象は確認されなくなった。これは乾燥収縮により,骨材界面の微細剥離が消失したためであると考えられる。また曲げ強度を測定した結果,水中養生を続けた供試体と比較して,曲げ強度が20%増加した。これは微細剥離の解消によるものと考えられる。

以上の検討により,骨材界面の剥離の発生や,またそれに起因する強度の変化,乾燥抵抗性の向上など,膨張作用が骨材やその界面に与える一次的な影響が明らかになった。

第四章では,膨張作用による鉄筋への影響を検討した。まず単純な膨張体として,膨張ペーストを用いて一軸引張試験(無拘束水中養生)を実施した。その結果,膨張材を多量に添加した場合には,ペーストにひび割れが発生する前に鉄筋が破断した。また水中養生の際に鉄筋の付け根から気泡が発生しており,骨材と同様に,膨張によって鉄筋界面に剥離作用が生じていると考えられる。しかしながら既往の研究では,膨張コンクリートの付着応力は普通コンクリートと同様,もしくは上回るという報告がなされている。そこで,膨張作用による鉄筋への影響を,RBSMを用いた解析により検討した。その結果,テンションスティフニング効果向上や,損傷の局所化回避挙動など,既往の研究で報告されている挙動が得られたが,これらは鉄筋に導入される初期ひずみ(プレストレイン)に起因する見かけ上の挙動であることを数値解析的に確認した。また鉄筋の引き抜き解析を実施した結果,プレストレインによりひずみ分布の勾配が変化し,これにより見かけ上,付着応力が変化していることを確認した。一方,膨張作用による鉄筋界面の剥離挙動を解析した結果,粗骨材の存在により,鉄筋界面の剥離が抑制されるという結果が得られた。

以上の検討により,骨材と同様に鉄筋界面においても剥離が生じうること,剥離は骨材の存在により抑制されること,また膨張作用により導入されるプレストレインが,ひび割れ後のひずみに影響することなど,膨張作用が鉄筋やその界面に与える一次的な影響が明らかになった。

第二~四章の検討において,膨張作用がペーストマトリックス,骨材および鉄筋に及ぼす影響を検討し,ペーストマトリックスには初期ひずみのばらつきが生じること,骨材や鉄筋界面には剥離が生じやすくなること,また鉄筋の初期ひずみがひび割れ発生後の挙動に大きく影響していることを明らかにした。第五章ではまず,上記検討結果に基づいて,既往の研究で報告されているCPCの特徴的な挙動のメカニズムを検討した。

まず非線形挙動に関しては,膨張モルタルを用いた場合には,材齢の経過に伴い非線形性が減少すること,また膨張コンクリートを用いた場合には材齢が経過しても非線形性が発現することが報告されている。今回の検討結果に基づくと,若材齢時にはペースト部分の微細損傷の発生に伴って非線形挙動が発現するが,微細損傷は材齢の経過に伴って抑制されるため,材齢経過後の非線形挙動の主要因は,粗骨材界面の剥離であると考えられる。また付着に関しては,膨張により鉄筋界面にも剥離作用が生じることを確認したが,粗骨材が存在する場合には鉄筋界面の剥離が抑制される。さらに異形鉄筋を用いた場合には,鉄筋の節による引っ掛かりが生じることから,通常のRCに膨張材を用いた場合には,付着性状は普通コンクリートと同様であると言える。膨張コンクリートで改善されるという報告があるが,プレストレインに起因する見かけ上の挙動であったと考えられる。また近年,ひび割れ発生応力の増加量がプレストレスを下回ることが報告されている。これは,圧縮ひずみが導入されるのは,膨張の時点で存在している水和物のみに留まるためであると考えられる。実際,RBSMで膨張のタイミングを変化させた解析を実施した結果,膨張のタイミングが多少変化してもプレストレイン,すなわちプレストレスは導入されるものの,膨張が早期に完了する場合には,ひび割れ発生応力はほとんど増加しないことを数値解析的に確認した。

上記検討に基づき,膨張作用による一次的な影響と,それに起因する挙動との関係を整理・体系化し,曼荼羅にまとめた。また,体系化された挙動機構に基づいて,膨張材を使用する際の留意点や,膨張材が効果を発揮しやすい条件等に関して知識化を行った。

本研究では,これまで実験的事実が散乱している状況であったCPCの特徴的な挙動メカニズムの解明を通じて,膨張コンクリートの挙動を支配している要因を抽出し,挙動機構を体系的に整理した。また挙動機構に基づいて,膨張材の使用に関する知識化を行った。本研究で得られた知見により,膨張コンクリートの挙動機構が体系的に理解され,膨張コンクリートの合理的な活用や,パフォーマンスの定量評価が可能になるものと期待される。また知識化により,膨張材の不適切な使用によって生じうる問題が回避され,より効果的に膨張材を活用することが可能になるものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

膨張材は、コンクリートに生来的に生じる収縮を補償してひび割れの発生を抑制し、鉄筋コンクリート構造において所要量以上を混和すれば、ケミカルプレストレスが導入されるなど、コンクリートおよび鉄筋コンクリートの性能を効果的に向上させる魅力的な混和材である。しかし、その特性は構造条件・環境条件等の使用条件によって変化するため、効果の事前把握が難しいこと、膨張量の確認以外の使用効果の定量評価手法が十分には確立されていないこと、結果として、期待に反して十分な使用効果が得られないことがあるなど、膨張材を有効に活用する上での課題は少なくなかった。特に、ケミカルプレストレストコンクリートについては、これまで多くの研究者によって、その特徴的な構造挙動が報告され、個々の挙動に対するメカニズムが個別に提唱されてきたが、その妥当性については不明な部分も多く、挙動と機構を体系的に理解・説明するには至っていなかった。

このような背景の下、本研究は、詳細な実験的検討と解析的検討により、膨張作用がペースト、骨材および鉄筋の各構成要素に与える影響および要素間の相互作用をそれぞれ分離抽出し、ケミカルプレストレストコンクリートが示す特徴的な挙動の支配機構を明らかにし、それらの知見を整理・体系化したものである。

第一章において、研究の背景と目的および既往の研究について概観した後、第二章において、膨張作用が硬化セメントペーストに与える影響を検討している。剛体ばねモデルを用いたシミュレーション結果、ペースト試料破断面形状の目視観察およびSEM観察結果、角柱ペースト供試体の曲げ試験結果等により、ペースト中のひずみのばらつきや微細損傷の存在、および材齢の経過や拘束の付与により、ひずみのばらつきが減少し、微細損傷の発生が抑制されることなど、膨張作用に起因する硬化セメントペーストへの影響を直接的に把握している。

第三章では、骨材の関与に着目した検討を行っている。まず、一度割裂して内部にひずみゲージを設置し再度貼り合わせた粗骨材を膨張コンクリート内に埋め込んで、コンクリートの膨張硬化時の粗骨材のひずみを測定した。その結果、膨張コンクリートに一般的な鉄筋比程度の拘束を与えた条件下でも、粗骨材には引張ひずみが生じていることを明らかにした。続いて、粗骨材の代わりに、ビー玉やガラスビーズを混入した膨張コンクリートの破断面の観察から、三次元的な拘束を与えた場合にも、ビー玉やガラスビーズの周りには剥離が生じることを確認した。粗骨材を用いた場合には明確な剥離は確認されなかったが、粗骨材周りの帯水状況から、骨材が剥離気味になることを確認している。これらの観察結果から、ケミカルプレストレストコンクリートでは、骨材がセメントペーストから剥離しやすい状態になっており、これが十分に材齢が経過した後においても消失しない材料非線形性の原因であることを明らかにした。また、一般的なコンクリートのように、養生後に乾燥を与えた場合に曲げ耐力が回復するのは、この骨材界面の剥離が乾燥収縮により解消するためであることを明らかにした。

第四章では、膨張作用による鉄筋への影響と構造挙動との関わりについて検討している。まず、膨張ペーストを用いた実験では鉄筋界面に剥離が発生するものの、膨張コンクリートでは、粗骨材の存在により鉄筋周りの剥離が抑制されることを剛体ばねモデルを用いた解析により示した。また、従来、ケミカルプレストレストコンクリートでは付着が良くなるとの指摘があったが、ケミカルプレストレスト部材では、鉄筋の初期ひずみに分布が生じており、プレストレインによる載荷後の鉄筋ひずみの抑制量が一様でないために、見かけ上、付着応力と比例する載荷後の鉄筋ひずみ分布の勾配が変化したに過ぎないことを明らかにした。

第五章では、本研究で明らかにしてきた硬化ペースト、骨材、鉄筋で生じる微視的な事象とそれらが構造挙動に及ぼす影響を踏まえて、ケミカルプレストレスト部材が示す特徴的な構造挙動の支配機構を包括的に検討している。そして、膨張作用による一次的な影響と、それに起因する二次的な影響としての特徴的な挙動発現との相関関係を図化して整理した。また、整理した知見に基づいて、膨張コンクリート使用の際の留意点や、膨張材の性能を活用しやすい条件等について整理した。

第六章では、明らかにした挙動メカニズムをもとに、膨張材の適切な使用方法の提案を行った。特に、混乱が生じやすいケミカルプレストレインとケミカルプレストレスの意味を明確に整理し、膨張コンクリートのひび割れ発生応力は、ケミカルプレストレスほどには向上しない理由を機構に基づいて明確にした。

以上、本研究は、複雑な構造挙動を示すがゆえに、これまで体系的な機構の解釈が困難であったケミカルプレストレスト部材の構造挙動メカニズムを詳細かつ体系的に明らかにした意義は大きく、また、本研究で得られた知見により、膨張コンクリートの合理的な活用方法や使用上の留意点を提案しており、学術的な新規性と実務における有用性に富む独創的な研究成果と評価できる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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