学位論文要旨



No 127459
著者(漢字) 水谷,司
著者(英字)
著者(カナ) ミズタニ,ツカサ
標題(和) 漏洩同軸ケーブルによる電磁界の表面波モードを用いた豪雨の線状モニタリング
標題(洋) Monitoring of torrential rain along a pair of leaky coaxial cables by means of its electromagnetic surface wave modes
報告番号 127459
報告番号 甲27459
学位授与日 2011.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7545号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 石原,孟
 東京大学 教授 沖,大幹
 東京大学 准教授 本田,利器
 東京大学 講師 長山,智則
 東京工業大学 教授 安藤,真
内容要旨 要旨を表示する

近年,度々甚大な水災害をもたらしている集中豪雨が増加傾向にあり,そのモニタリングの需要が高い.しかし,既存の気象庁の気象観測システムであるAMeDASや気象レーダーは集中豪雨を的確に捕捉するだけの十分な時空間分解能を有していない.

そこで本研究では,VHF帯域用の移動体通信用媒体として新幹線軌道沿線などに既に設置されている漏洩同軸ケーブル(LCX; Leaky Coaxial Cable)に着目した.LCXは同軸ケーブルの外部導体に周期的にスロットが配列されたスロットアレーアンテナの一種である.LCXから漏れる微弱な電界の雨滴によるゆらぎを定量的に評価することで,豪雨をLCXに沿って線状にかつリアルタイムにモニタリングする技術を確立することを研究目的とする.

モニタリングには,送受信LCX対を平行に配置したバイスタティックレーダー方式をとる.リニア周波数変調波を送受信し,その遅延プロファイルを観測することよって,電磁波の伝搬経路(パス)を特定し,LCXに沿った各点での応答を推定することができる.従って,局地的な豪雨による特定のパスの信号のゆらぎを観測することができれば,豪雨の位置をリアルタイムに推定することが可能である.ただし,使用周波数はLCXのアンテナ特性上VHF帯域に制限される.VHF帯域での雨滴のRCS(後方散乱断面積)は,一般的な気象レーダーで用いられる5GHz帯の数1000分の1である.また,雨滴による電磁波の吸収・散乱により生じる降雨減衰はVHF帯域では150mm/hの豪雨でも10-8dB/m以下である.そのため,LCX周辺の空間に存在する雨滴による電磁波の吸収・散乱レベルは工学的には観測不能なほど小さくなる.そこで,LCX表面に直接付着する雨滴によるアンテナゲインの変化に伴う信号のゆらぎを評価することを試みた.

LCXは一種の周波数走査アンテナであり,周波数を変化させることで,電磁エネルギーの放射特性を変化させることができる.放射特性には「放射モード」と「表面波モード」の2種類があり,前者は電磁エネルギーがLCX表面から放射される状態であるのに対して,後者はevanescent(非伝搬)状態で電磁エネルギーがLCX表面極近傍に集中した状態となる.降雨によりLCX表面に形成される水膜の挙動に着目するため,表面波モードを利用して降雨をモニタリングすることを提案した.また,既往の研究結果から,放射モードは遠方の壁面により反射波が発生し,受信信号に影響することが知られている.表面波モードを動作させれば,近傍界のみの影響しか捕捉しないので,そのようなクラッターの影響を軽減できるという利点もある.

まず表面波モードを動作させた状態で電磁遮蔽された低外来雑音レベルの電波環境で人工降雨実験を行った.回帰分析を行った結果,受信信号強度の差分ゆらぎの1分間局所rms(2乗平均平方根)と1分間降雨強度との間に以上の高い線形相関があることを確認した.この結果から,豪雨のモニタリングには表面波モードが有用であること,低レベルの外来雑音の電波環境であれば,得られた相関関係を用いて豪雨レベルを推定できるということ,一般的に気象レーダーで用いられないVHF帯域でもアンテナ表面への水滴の付着による電界のゆらぎを捉えれば,高精度で降雨モニタリングができる可能性があることを示した.

次に,屋外で実降雨実験を行った結果,非定常かつ高レベルの連続性雑音と衝撃性雑音とで構成される外来雑音が受信信号に重畳され,ゆらぎの大きさと降雨強度との間に相関が見られなかった.連続ウェーブレット変換を用いて,信号の時間周波数構造を調べた結果,豪雨時には不連続点が発生するために広帯域特性があり,また,連続性雑音は高周波雑音であることが明らかとなった.そこで,離散ウェーブレット変換を用いたサブバンドフィルタリングにより連続性雑音のもつ高周波成分を除去した結果,低周波領域に残った豪雨由来の不連続点の情報を抽出することに成功した.ただし,豪雨による不連続点と同様に広帯域特性を有する衝撃性雑音や雑音レベルが急峻に変化する点(エッジ)などの不要不連続点も同時に抽出されたため,これらを排除する3段階のアルゴリズムを構築した.1段階目では,連続性雑音レベルより圧倒的に大きな衝撃性雑音を閾値判定により検出/排除する.2段階目では,信号の各点での特異性強度(Lipschitz-Holder指数)を連続ウェーブレット変換により推定し,エッジを検出/排除する.3段階目では,1段階目の閾値判定で排除できない小さな衝撃性雑音をパーセンタイルを用いた外れ値検定により検出/排除する.以上の3段階で構成される不要不連続点排除のアルゴリズムを信号に適用した結果,1分間降雨強度で約30mm/h(気象庁定義で「激しい雨」)以上の豪雨をリアルタイムに捕捉することに成功した.

さらに降雨時と非降雨時の信号のマルチフラクタル性の違いについての検討を行った.フラクタルとは自己相似図形や波形を意味し,マルチフラクタルとは複数の特異性強度(Lipschitz-Holder指数)を持つ特異点で構成されるフラクタルである.既往の研究で,降雨の時空間的変動にはマルチフラクタル性があることが報告されている.一方,本研究の成果から,降雨時には不連続点が発生し,降雨強度に応じてその大きさが変化することが示唆された.以上の知見から,非降雨時に比べて降雨時の信号のマルチフラクタル性が大きくなると推測した.WTMM(Wavelet Transform Modulus Maxima)に基づくマルチフラクタル解析のアルゴリズムを構築し実降雨時の信号に適用した結果,実際に非降雨時と比較して降雨時のゆらぎのマルチフラクタル性は有意に大きくなることを確認した.この結果から,前述のサブバンドフィルタリングと不要不連続点で構成されるアルゴリズムでは検出ができなかった,10mm/h~20mm/hの「やや強い雨」についても検出することができた.

本研究の成果から,既設の移動体通信用アンテナの一種であるLCXに表面波モードを動作させ,構築したアルゴリズムを適用することで,LCXに沿って高時空間分解能で豪雨をモニタリングできる可能性を示した.

審査要旨 要旨を表示する

近年,局所的集中豪雨による甚大な水災害が増加傾向にあり,その高密度常時モニタリングの社会的必要度が極めて高い.既存の気象庁の気象観測システムAMeDASや気象レーダーは集中豪雨を的確に捕捉するだけの十分な時空間分解能を有していない状況の中で,新しい降雨高密度計測法の開発が望まれている.

そこで,本論文は,VHF帯域用の移動体通信用媒体として新幹線軌道沿線などに既に設置されている漏洩同軸ケーブル(LCX; Leaky Coaxial Cable)を利用した雨量計測に着目し,屋内実験,屋外実験を実施し,また,得られた時系列データの高度な信号処理法を開発し,その適用可能性が十分にあることを示したものである.論文は全6章と付録から構成されている.第一章では研究の背景,既往の雨量計測法をレビューし,第二章では降雨の物理的性質と降雨強度の推定法を論じている.

LCXは同軸ケーブルの外部導体に周期的にスロットが配列されたスロットアレーアンテナの一種である.本研究は,雨滴の付着によりLCXから漏れる微弱な電界にゆらぎが発生することを定量的に評価することで,豪雨をLCXに沿って線状にかつリアルタイムにモニタリングする技術を確立することを目的としている.そこで第三章ではLCXの漏洩電磁界の基礎的特性を電磁気学をベースにモードに展開し,各種モードの特性を論じている.LCXの放射特性には「放射モード」と「表面波モード」の2種類があり,後者はevanescent(非伝搬)状態で電磁エネルギーがLCX表面極近傍に集中した状態となる.降雨によりLCX表面に形成される水膜の挙動が表面波モードに摂動を与える性質を利用して降雨をモニタリングすることを提案している.

モニタリングには,2本の並行におかれたLCXケーブルを用い,一本を送信に,他方を受信側LCXとする.リニア周波数変調波の遅延プロファイルを観測することよって,電磁波の伝搬経路(パス),つまりLCXに沿った各点毎の応答を特定し,その点の雨量を推定することができる.この方式については第四章で述べている.このことにより局地的な豪雨による特定のパスの信号のゆらぎを観測することができれば,豪雨の位置をリアルタイムに推定することが可能である.

第五章は屋内実験,屋外実験,時系列電磁波データの信号処理法について述べるもので,本論文において最も重要な部分である.

使用周波数はLCXのアンテナ特性上VHF帯域に制限され,VHF帯域での雨滴のRCS(後方散乱断面積)は,一般的な気象レーダーで用いられる5GHz帯の数1000分の1であり,また,雨滴による電磁波の吸収・散乱により生じる降雨減衰はVHF帯域では150mm/hの豪雨でも10-8dB/m以下である.そのため,LCX周辺の空間に存在する雨滴による電磁波の吸収・散乱レベルは工学的には観測不能なほど小さくなる.そこで,本研究では,LCX表面に直接付着する雨滴によるアンテナゲインの変化に伴う信号のゆらぎを評価することを試みている.

表面波モードを動作させた状態で電磁遮蔽された低外来雑音レベルの電波環境での人工降雨実験を京都大学防災研究所宇治川ラボ雨水流出実験装置で行い,その結果を述べている.受信信号強度の差分ゆらぎの1分間局所RMSと1分間降雨強度との間に高い線形相関があることを明らかにした.豪雨のモニタリングには表面波モードの有効性,外来雑音が低い場合は,電磁波の乱れから豪雨レベルを推定できることを示した.

次に東京大学工学部一号館屋上で実降雨実験を行った結果を述べている.非定常かつ高レベルの連続性雑音と衝撃性雑音とで構成される外来雑音が受信信号に重畳され,ゆらぎの大きさと降雨強度との間には相関が見られなかった.

そこで,信号処理による有意情報の抽出を試みている.まず,連続ウェーブレット変換を用いて,信号の時間周波数構造を調べた結果,豪雨時には不連続点が発生するために広帯域特性があり,また,連続性雑音は高周波雑音であることが明らかにした.そこで,離散ウェーブレット変換を用いたサブバンドフィルタリングにより連続性雑音のもつ高周波成分を除去した結果,低周波領域に残った豪雨由来の不連続点の情報を抽出することに成功した.ただし,豪雨による不連続点と同様に広帯域特性を有する衝撃性雑音や雑音レベルが急峻に変化する点(エッジ)などの不要不連続点も同時に抽出されたため,これらを排除する3段階のアルゴリズムを構築した.1段階目では,連続性雑音レベルより圧倒的に大きな衝撃性雑音を閾値判定により検出/排除する.2段階目では,信号の各点での特異性強度(Lipschitz-Holder指数)を連続ウェーブレット変換により推定し,エッジを検出/排除する.3段階目では,1段階目の閾値判定で排除できない小さな衝撃性雑音をパーセンタイルを用いた外れ値検定により検出/排除する.以上の3段階で構成される不要不連続点排除のアルゴリズムを信号に適用した結果,1分間降雨強度で約30mm/h(気象庁定義で「激しい雨」)以上の豪雨をリアルタイムに捕捉できることを明らかにした.

降雨時と非降雨時の信号のマルチフラクタル性の違いについての検討も行っている.既往の研究で,降雨の時空間的変動にはマルチフラクタル性があることが報告されている.一方,本研究では,降雨時には不連続点が発生し,降雨強度に応じてその大きさが変化することが示唆された.以上の知見から,非降雨時に比べて降雨時の信号のマルチフラクタル性が大きくなると推測し,WTMM(Wavelet Transform Modulus Maxima)に基づくマルチフラクタル解析のアルゴリズムを構築し実降雨時の信号に適用した結果,実際に非降雨時と比較して降雨時のゆらぎのマルチフラクタル性は有意に大きくなることを示した.この結果から,前述のサブバンドフィルタリングと不要不連続点で構成されるアルゴリズムでは検出ができなかった,10mm/h~20mm/hの「やや強い雨」についても検出することができた.

第六章では,本論文のまとめを述べている.

本論文は,社会基盤学の分野ではこれまであまり研究実績のない,電磁気学をベースにした電磁波を利用した降雨計測の課題にチャレンジし,既設の移動体通信用アンテナの一種であるLCXに表面波モードを動作させ,特徴抽出アルゴリズムを駆使することで,LCXに沿って高時空間分解能で豪雨をモニタリングできる可能性を示した.実用化に向けての課題も多いが,その可能性を定量的に明らかにした学術的貢献は大きい.以上,本論文は工学上多大な知見を呈示していると判断される.よって,博士(工学)の学位請求論文として合格と認める.

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