学位論文要旨



No 127461
著者(漢字) 趙,晟恩
著者(英字)
著者(カナ) チョウ,ソンウン
標題(和) 子育ての視点からみた都市環境構築に関する研究 : 地域に展開される親子の環境への評価および認識に着目して
標題(洋)
報告番号 127461
報告番号 甲27461
学位授与日 2011.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7547号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西出,和彦
 東京大学 教授 平手,小太郎
 東京大学 准教授 千葉,学
 東京大学 准教授 大月,敏雄
 東京大学 准教授 羽藤,英二
内容要旨 要旨を表示する

近年急速な少子化の進展が深刻な課題となっているが、親の就労状況の多様化、子育てサービスの対応不足など社会全体としての子育てへの配慮不足による「子育ては大変である」という否定的なイメージが先行していることが出生率低下に歯止めがかからない要因のひとつであると推測される。

一方で先進事例として出生率の回復が見られる北欧諸国をみると育児休業や子育て経費負担などの財政的支援と同時に、保育所・保育ママ整備などの子育て支援サービス拠点の充実や親子にとって生活しやすい都市環境が計画され、サービスと建築計画が一体的に捉えられている。日本の現状では、子育て中の親へのサービスの面に関しては認証保育所等の新たな保育施設の拡充や延長保育、夜間保育の実施などが見られ、建築計画の分野においては保育施設個々に対する多くの研究や実践がなされているが、都市空間において生活環境に関しては子育て中の親の視点を反映した条例や政策は見当たらず、環境整備への試みには至っていない。

そこで本研究では、社会全体として子育てを支援する方策への知見を得るため、「子育て」の視点で都市空間がどのように利用され、評価されているか、具体的な問題の所在を明らかにすることを目的とする。このような知見の蓄積から実際の環境づくりにつながり、高齢者や障害者など福祉的観点が反映されたバリアフリー新法のような「子育て」の視点を取り入れた都市環境整備の試みにつなげることを考えている。

本論文は全6章で構成される。

第1章では、本論文の背景として、子どもをとりまく社会の現状および研究の目的、既往研究、位置づけ、論文の構成を明らかにしている。

第2章では、2006年に東京都多摩市多摩ニュータウン(以下多摩NT地区)にて、未就学児を育てている親(40名)を対象にGPS機能が搭載された携帯電話を貸し出し、「日常生活の中で外出する際に気になるところの写真を撮影し、別紙のカードにその評価と撮影した理由を記述してください」と教示する。そこで、得られた写真397枚、記述413枚のデータをもとに、都市の中でどのような環境要素を認識し、利用しているかを明らかにした。そこで、記入されている文章を、評価の「対象」と「理由」に分け、親子の環境の利用状況を把握した。また、親が利用している子育て支援サービスにより、環境への認識がどのように差異が現れるかを検証している。その結果、長時間子どもを預けている、保育所を利用する親は都市空間を「移動」する場所としての視点で認識することが多いことが明らかになった。一方、子育て支援サービスの利用時間が短い、もしくは利用していない親子は都市の中の様々な要素で「遊び」を作り出している場面が見られるなど、より環境要素に対する積極的な利用が見られた。

第3章では第2章で行った多摩NT地区での調査は、「団地」という特殊な環境で行っていることから、さらに調査対象地域を同じ多摩市内の聖蹟桜ヶ丘駅周辺(以下聖蹟桜ヶ丘地区)、東京都世田谷区の三軒茶屋駅周辺(以下三軒茶屋地区)にて行った。追加の調査を行うにあたって、2006年に行った多摩NT地区での調査手法を改善させており、その具体的な調査手法、調査対象地域の概要を述べている。また、第2章での知見(利用している子育て支援サービスの時間が短いほど環境要素の利用に積極性が見られる)を活かし、幼稚園や子育て支援センターを中心に調査対象者を募集し、調査を行った。本章では対象となる3地区の概要、具体的な調査手法、第4、5章での分析の概要を整理している。第4,5章では写真が撮影された場所ごとに写真を分類し、最も多く撮影された「歩行空間」、「公園」ごとに分析を行っている。「歩行空間」はすべての地区において最も多く撮影された場所であり、都市空間の全体的評価より否定的評価が多くされている。続いて多く評価されている場所である「公園」は概ね肯定的に評価されている場所である。地域により歩行空間や公園の整備状況は大きく異なることが想定されるため、場所ごとに分析を行う。

第4章では写真が撮影された場所のうち「歩行空間」を対象に地域ごとの認識および評価の差異を明らかにした。全地区において共通した傾向として、歩行空間は「移動」のみならず、子どもたちの「遊び」や地域住民との交流が行われる場としての意味があり、また、「遊び」の対象となるものは地域によりその種類に差があることを明らかにした。また、「移動」としての歩行空間は車、自転車などによる安全性、歩道の整備状況(路面の凹凸など)などの意見が多く、一定した評価基準があることが推察できる。

また、外出時の経路をプロットし三軒茶屋地区では数カ所の目的地を設定し経路選択を行うことで、往路と復路が異なることから経路選択の多様性がある傾向が見られた。一方多摩NT地区では自転車、車、電車などの移動手段を利用した外出が多く、「移動」空間として捉えることが多いことが明らかになった。聖蹟桜ヶ丘地区では経路選択においては両地域の混合したパターンが多く見られた。

第5章では「公園」で撮影された写真の評価内容から公園の利用状況を把握した。全ての調査対象者において公園は子どもの遊び場として位置づけられているが、三軒茶屋地区では記述内容から具体的な遊び方や遊んでいる様子を描写しているものが多い。一方多摩NT地区では遊具の有無、種類、量など、遊具の存在に関する記述が多く見られた。また、地区ごとに、調査対象者により「公園」で撮影された写真の位置をプロットし、多くの親子により遊ばれる公園を抽出した結果、三軒茶屋地区では多くて2名の親子が重複するのみで、その数も少ない。また、重複する公園であっても利用している様子やその詳細には類似した傾向は見当たらない。一方多摩NT地区、聖蹟桜ヶ丘地区では多くて5名の親子が重複する事例があり、その数も多い結果となった。

第6章では、以上の結果から今後の都市空間の整備において、新しい環境をつくるのではなく、今あるものをどのように活用しつつ改善していくかに関する試論を述べている。

以上のように本論文は、子育て中の親子に着目し、主に歩行空間と公園の認識と評価、具体的な利用状況から今後の都市環境整備における指針を示すことができた。今の都市環境において歩道空間や公園などは個々の場所として認識されているが、親子の日常生活からは連続した場所としての意味があり、一体的に考慮した上での整備が必要であろう。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、子どもの数が減少している社会情勢の中、育児・子育ての視点から建築・都市環境の役割を探求することをテーマとしている。親子の外出時の行動に着目し、日常生活の中で都市空間の要素をどのように認識し、評価しているかを明らかにすることから、歩行空間や公園などの都市を構成する屋外スペースが果たす役割を見出し、より子どもを育てやすい環境づくりへの知見を得ることを試みるものである。

本論文は全7章で構成される。

第1章では、本論文の背景として、子どもをとりまく社会の現状および研究の目的、既往研究と本研究の位置づけ、論文の構成を明らかにしている。

第2章では、2006年に多摩ニュータウンで行った調査をもとに、親が利用している保育支援サービスにより、環境への認識と評価の差異がどのように現れるのかを検証している。その結果、長時間子どもを預けている保育所を利用する親は都市空間を「移動」の視点で認識することが多く利用時間が短く、利用していない親子は様々な要素で「遊び」を作り出している場面が見られるなど、より環境要素に対する積極的な利用が見られた。

第3章では、第2章での知見(利用している保育支援サービスの時間が短いほど環境要素の活用に積極性が見られる)を活かし、幼稚園や子育て支援センターを中心に調査対象者を募集し、多摩ニュータウン(以下多摩NT地区)のみならず、同じく多摩市の聖蹟桜ヶ丘地区(以下聖蹟桜ヶ丘地区)、世田谷区三軒茶屋地区(以下三軒茶屋地区)を比較群として設定し行った調査の概要を整理している。調査は、親子が外出する際に、カメラを貸し出し、気になるところを写真で撮影する「写真投影法(キャプション評価法)」を用いている。

全調査対象者が撮影した場所を分析した結果、「歩行空間」の割合が最も高い結果となり、他の場所より都市環境を評価するにあたり環境の質を左右する空間であることがわかった。

第4章では、地域ごとの、「歩行空間」での親子の都市環境に対する認識や行動の差異を整理している。

三軒茶屋地区では「遊び」に関する場面を撮影したことが多く、また、多様な経路を選択しながら都市環境要素を利用している様子を把握している。一方、多摩NT地区では経路選択において、往路と復路が重複することが多く、単調な経路を利用している調査対象者に関しては、歩行空間での「遊び」場面より、「移動」場面を撮影した割合が高い傾向が見られた。また、聖蹟桜ヶ丘地区は、一定した傾向は見られないが、三軒茶屋地区と多摩NT地区の両地区の特徴を持っている結果となった。三つの地域でそれぞれの特徴が見られた要因として地理的要件が大きく影響していると考えられ、地域により環境要素の認識および評価に差異が生じていることを明らかにしている。

第5章では、それぞれの地域ごとに調査対象者の利用する「公園」の位置をプロットした結果から、公園の選定要因について明らかにしている。

三軒茶屋地区の調査対象者は、利用する公園が重複することが少なく、重複する公園においても公園の様々な要因について写真を撮影している。また、公園内での行為に関しては、その遊び方や遊具の使い方などにおいて具体的かつ個性的であることが把握された。また、人があまりいない公園を好む傾向が見られた。一方、多摩NT地区および聖蹟桜ヶ丘地区の調査対象者は、数多くある公園の中で調査対象者の利用する公園が重複することが多く、公園内での撮影された写真においても、同一の場面を撮影している事例が多く見られた。遊具に関しても、遊具の量、種類などが評価基準となっている。また、人が多く集まる公園を好む傾向があり、公園の利用に関しては三軒茶屋地区と多摩NT地区・聖蹟桜ヶ丘地区が対照的であることが把握された。このような差異が生じる要因として、地域ごとの公園の整備状況および人口密度が影響していると考えられ、様々な都市環境の要件により親子の「公園」に対する評価とニーズを把握することができた。

第6章では以上の結果から今後の都市空間の整備において、新しい環境をつくるのではなく、今あるものをどのように活用しつつ改善していくかに関する試論を述べている。

第7章では、以上をまとめ、親子の環境構築について提言を述べている。

以上のように本論文は、子育て中の親子に着目し、今後の都市空間の整備に寄与する可能性を示した。

今までの子どもに関する研究は「就学児」を対象としているものが多く、本研究のように「未就学児」とその「親」を対象としたものは、未就学児を対象とする調査が非常に困難であるため、未開拓の領域であった。このような理由から、今後の都市空間の計画および整備において方向性を示唆する研究として、建築計画学の発展に大いなる寄与となりうるものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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