学位論文要旨



No 127462
著者(漢字) 呉,秉哲
著者(英字)
著者(カナ) オー,ビョンチョル
標題(和) 都市ストリートキャニオン空間の形状と大気安定度が風通しと換気効率に与える影響に関する研究
標題(洋)
報告番号 127462
報告番号 甲27462
学位授与日 2011.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7548号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大岡,龍三
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 准教授 坂本,慎一
内容要旨 要旨を表示する

通常,都市および市街地に建物が密集すると,風通しは悪くなる。つまり,風による汚染物の輸送効率が悪化し,屋外,あるいは自然換気を行っている建物の室内環境における空気質を低下させる。これらの要因の中で,本研究で着目している都市ストリートキャニオン空間で問題点として指摘されている大気汚染問題と都市換気の観点から研究を行う。

人口の集中により建物が密集化及び高層化し,都市はストリートキャニオンと呼ばれる特有な形状が形成された。ストリートキャニオンの定義としては都市において様々なビルたちが並んでいるまるで谷間のような空間を指す。このストリートキャニオン空間は建物たちにはさまれた半閉鎖空間であり,都市温暖化の一つの原因と言われている。更に,ストリートキャニオン空間に形成されたスペース(空地や街路地等)で汚染質や熱などが滞留し,空気環境にも悪影響を起こす。

このような問題を解決するために現在まで様々な研究がなされてきた。特に,都市空間の屋外環境の改善のためには屋外空間の環境を予測することは極めて重要である。予測手法としては種々の方法があるが,適切な費用や予測時間の削減等のためには実測や風洞実験,CFD数値解析が妥当であると考えられる。このことにより,都市空間において都市が持っている特有の都市気候の特性,そして,それに対して物理的な解明をするために様々な実測や実験,そして数値解析等の手法を通じて検討がなされて来た。一方,風の道や風通しの検討を通じて都市空間の換気特性に対し検討を行った研究もあるが,その事例は多くはないのが実情である。これは都市換気に対する重要さに関しては認識しているが,屋外空間という特性のため,その解析及び検討の困難さに起因すると考えられる。更に,現段階においても都市空間を解析することにおいて,どんな乱流モデルを使えば良いか,また数値解析の結果を用いて通風や換気効率,換気量等を検討及び評価するためにはどんな方法や指標を使えば良いかに対する確かな定義やガイドラインさえ構築されていない実情がある。

そこで,本研究は都市空間の形態による接地境界層の形成に注目して,接地境界層の発達形状による通風と換気効率に対して検討を行う。詳しく言えば,都市空間における接地境界層が十分発達した空間と接地境界層が発達過程にある空間で分け,境界層内の都市空間での物理的な特性に起因する流れ場・拡散場,そして換気性状に対して検討を行う。方法としては数値解析と風洞実験を用いた。

このために都市空間をいくつの単純なパターンで分類したCaseを設けた。また都市空間内の建物の密度を実在の都市計画や建築計画で考慮されているように分類するため,建築基準法で定められている容積率と建蔽率を用い,できるだけ一定の建築条件の空間を用意した。これにより,都市設計に対するガイドラインや都市における換気効率測定方法,ひいては都市汚染の緩和対策の提案や自然換気に対する設計の一助になることを期待してまとめた物である。このような基礎的な方法を通じて,都市空間の位置や特性などによる接地境界層の発達性状に伴う物理的な特性の把握とその都市空間における換気性状や換気性能の評価のための基礎理論を構築するためのデータ整理を行う。

本論文は以下に示す7章により構成されている。

第1~2章では,本論文での背景,目的及び研究内容の概要を述べ,本論文の構成を示している。本研究に関わる既往の研究に関して解説し,主に都市気候,大気境界層,都市空間の物理的構造解明に関して行われた実測,風洞実験,数値シミュレーションについて研究例を挙げた。

第3章では,本研究で行ったCFD数値解析と風洞実験の概要を述べた。CFD数値解析については流体の基礎方程式,乱流モデルの必要性,本研究で用いる等温流れ場と非等温流れ場の標準k-εモデルの基礎方程式を示した。風洞実験については東京大学生産技術研究所が保有している環境無音温度成層風洞設備ついて示した。また,実験に用いた各測定機器の特性および縮小模型,二重床面などの実験材料について示した。

第4章では,CFD数値解析に関することとして,十分発達した接地境界層を仮定した都市ストリートキャニオン空間を対象として検討を行った。そこで,流れ場,拡散場を確認した後,CFD解析データを用い,風通しと換気効率について評価を行った。その結果,風通しと換気効率は建物高さに不均一性を与えたCaseの方が有効となった。更に,大気安定度が都市ストリートキャニオン空間の流れ場と拡散場に与える影響に関して検討を行い,また風通しと換気効率に関する検討を行った。その結果,検討した範囲での大気安定度の条件は風通しに与える影響があまりなかったが,換気効率については大気不安定の方が有効となった。

第5章では,CFD数値解析を用いて発達過程における接地境界層の内での都市ストリートキャニオン空間を対象として検討を行った。このことは第4章で再現した十分発達した境界層での各物理量が連続している解析領域のどこから再現されるかを確認するためである。そこで,その再現性を領域内で設けた各block間の差で検討を行った。その結果,風速,乱流エネルギー,温度などは解析領域内の下流に達する前に一定値となったが,濃度の一定値は解析空間内では見えなかった。換気量の場合は,建物高さに不均一性を与えたCaseの方が大きくなり,大気強不安定の場合は中立・安定に比べ換気量が大きくなった。

第6章では,風洞実測を用いて都市ストリートキャニオン空間の流れ場と拡散場に関して検討を行った。各Case間の風速の比較結果,キャニオン空間内では風速が複雑な挙動を示しているが,高さ4.0H以上からは中層:格子状Caseが最も大きく,低層・高層:格子状Case,中層:千鳥状Caseの順に小さくなった。濃度結果は,低層・高層:格子状Caseが最も小さく測定され,建物高さの不均一性を与えた都市ストリートキャニオン形状は濃度拡散に有用だと推定される。濃度の発生条件と測定箇所の建物配置により濃度値が大きく変わることが分かった。また,境界層の発達程度を推定するため,各Caseの上空での主流と鉛直方向のレイノルズ応力 ( )を用いて評価し,建物の高さにより境界層の高さが変わることが確認された。更に,ピーク値はストリートキャニオン空間に形状により異なるのか確認された。風洞実験風速結果とCFD解析の風速結果に関して定性的な比較を行い,キャニオン空間内では中層:格子状Caseと中層:千鳥状Caseが類似した結果を示したが,低層・高層:格子状Caseでは風上側のキャニオン空間ではCFD結果とあまり一致しないが,風下側に行くほどキャニオン空間内の値がCFD解析と類似性を示している結果となった。

第7章において本論文の総括を示し,併せて今後の研究課題を示して結論とした。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は「都市ストリートキャニオン空間の形状と大気安定度が風通しと換気効率に与える影響に関する研究」と題して、高層化・過密化されている都市街区内部の換気に対して着目した。その中で、特に、都市キャニオンストリート空間における流れ場と拡散場に関する検討を行った。また、これらの結果を用いて都市空間の歩行者レベルにおける換気効率を考察した。その方法として、先ず、単純な都市キャニオンストリート空間における風洞実験を行い、都市ストリートキャニオン空間内の流れ場と拡散場における特徴について検討をした。次に、CFD解析手法を用いて、都市キャニオンストリート空間における十分発達した接地境界層内と発達過程における接地境界層内の物理的な構造について詳細な検討を行った。本論文は、都市換気を考慮した都市設計に対するガイドラインや、都市汚染の緩和対策の提案、建築における自然換気設計に役立つ基礎データになることを期待してまとめた物である。

本論文の構成は以下の通りである。

第1章では、本論文での背景、目的及び研究内容の概要を述べ、本論文の構成を示している。

第2章では、本研究に関わる既往の研究に関して解説し、主に都市気候、大気境界層、都市空間の物理的構造解明に関して行われた実測、風洞実験、数値シミュレーションについて研究例および検討例を挙げた。

第3章では、本研究で行ったCFD解析と風洞実験の概要を述べた。CFD解析については流体の基礎方程式、乱流モデルの必要性について説明を行った。一方、風洞実験については環境無音温度成層風洞設備の概要について説明した。また、実験に用いた各測定機器の特性および縮小模型、汚染物発生のための二重床面などの実験材料および方法について示した。

第4章では、風洞実測を用いて都市ストリートキャニオン空間の流れ場と拡散場に関して検討を行った。各Case間の風速の比較結果、キャニオン空間内では中層:千鳥状Caseと低層・高層:格子状Caseの風速が大きくなったが、高さ1.0Hから2.0H以下では中層:格子状Caseと中層:千鳥状Case方が低層・高層:格子状Caseより大きくなった。一方、濃度結果は低層・高層:格子状Caseが最も小さく、建物高さの不均一性を与えた都市ストリートキャニオン形状は濃度拡散に有用だと推定される。一方、濃度の発生条件と測定箇所の建物配置により濃度測定値が大きく変わることが分かった。また、様々な街区形状に対する境界層の発達程度を評価した。その結果、建物の高さが境界層の厚さに及ぼす影響が大きくなることが分かった。

第5章では、CFD解析に関することとして、十分発達した接地境界層を仮定した都市ストリートキャニオン空間を対象として検討を行った。そこで、流れ場、拡散場を確認した後、CFD解析データを用い、風通しと換気効率について評価を行った。その結果、風通しと換気効率は建物高さに不均一性を与えたCaseの方が有効となった。更に、大気安定度が都市ストリートキャニオン空間の流れ場と拡散場に与える影響に関して検討を行い、また風通しと換気効率に関する検討を行った。その結果、検討した範囲での大気安定度の条件は風通しに与える影響があまりなかったが、換気効率については大気不安定の方が有効となった。

第6章では、CFD解析を用いて発達過程における接地境界層の内での都市ストリートキャニオン空間を対象として検討を行った。このことは第5章で再現した十分発達した境界層での各物理量が連続している解析領域のどこから再現されるかを確認するためである。そこで、その再現性を領域内で設けた各block間の差で検討を行った。その結果、風速、乱流エネルギー、温度などは解析領域内の下流に達する前にほぼ一様となったが、濃度は解析領域内では一様にはならなかった。換気量の場合は、建物高さに不均一性を与えたCaseの方が大きくなり、大気強不安定の場合は中立・安定に比べ換気量が大きくなった。

第7章において本論文の総括を示し、併せて今後の研究課題を示して結論とした。

以上、総括するに、本研究は風洞実験とCFD解析を通じて都市ストリートキャニオン空間の流れ場、拡散場に関する検討を行い、その空間での風通しと換気性能に対する評価を行った。都市ストリートキャニオンの立地条件を、都市境界層が発達過程にある状態と十分に発達した状態に分けて検討しているところがこの論文の特徴である。このため、本研究で得られた知見は、複雑かつ個別性の高い日本の都市域においても広く応用可能であることが期待でできる。また現実上の大気安定度を考慮して、大気条件による換気性状および風通しの特徴に関するデータも蓄積している。

本研究に検討された結果は独創性と実用性が高く、特に、都市の換気計画及び建築計画等の都市開発に重要な基礎データとして利用される可能性が大きいと評価される。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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