学位論文要旨



No 127463
著者(漢字) 藤井,容子
著者(英字)
著者(カナ) フジイ,ヨウコ
標題(和) 知的障がい児の育ちを支える入所型施設環境に関する研究
標題(洋)
報告番号 127463
報告番号 甲27463
学位授与日 2011.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7549号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西出,和彦
 東京大学 教授 平手,小太郎
 東京大学 准教授 千葉,学
 東京大学 准教授 大月,敏雄
 東京大学 准教授 小泉,秀樹
内容要旨 要旨を表示する

従来、知的障がい児施設の多くが相部屋を主体とする大きな支援規模をとってきたが、近年、ノーマライゼーションの進展で支援の個別化・小規模化・地域化が重視され、個室を主体とし小規模なグループでの生活を基本とする施設が建設され始めた。しかし、これまで、施設で生活する知的障がい児の生活実態や療育環境に関する建築計画的報告は極めて稀であり、それらの実態が明らかにされていない。

そこで本論文では、知的障がい児の育ちを支える施設環境の課題と今後の方向性を探るため、1)環境条件や個人属性が施設で生活する知的障がい児の生活行動に与える影響、2)今後求められる障がい児施設環境、3)地域コミュニティとのつながりの現状と課題、について明らかにすることを目的とする。研究の方法は、個室・小規模生活単位型ケアを導入している知的障がい児施設(以下、【個室型施設】)と、多床室・大規模生活単位型ケアを導入している知的障がい児施設(以下、【多床室型施設】)とを調査対象として、経年的な行動観察調査、ヒアリング調査、アンケート調査を実施した。

第1章序論では、知的障がい児を取り巻く施策を整理して、研究の目的や研究の位置づけを明確にし、また、調査対象施設と調査概要を示す。

第2章児童の日常行動の特徴では、「入所型施設で暮らす知的障がい児は、施設のどこで、どのように過ごしているのか。」という視点から分析を行った結果、【個室型施設】の児童は1)グループ内に広く滞在し、2)児童の滞在場所の時系列変化が少なく、3)居室内で読書や工作など集中を要する活動を行なう傾向にあり、4)個室で1人の時間を過ごし、共用空間で職員を主な相手として2~3人で遊んでいることが多い。他方、【多床室型施設】の児童は1)居室での滞在時間は【個室型施設】よりも長く、2)児童の滞在場所の時系列変化が比較的多く、3)居間で集中を要する活動を行う傾向があること、などから、【個室型施設】では、比較的自分のペースで生活をつくることが可能であり、他児との関係性の視点からも支障がなく、個室に引きこもりがちな生活ではないことを明らかにした。

第3章児童の対人交流の特徴では、「知的障がい児は、他児や職員とどのように交流して人間関係をつくり、共同生活を営んでいるのか。」という視点から分析を行った結果、1)【個室型施設】【多床室型施設】共に児童同士のコミュニケーションは少なく、職員を対象とする交流が主であり、【多床室型施設】では、プライバシーが守られにくい生活を余儀なくされている場面がみられる一方で、年長児を手本とするなど、交流のある共同生活によってこそ獲得できるさまざまな生活上の効果がみられること、2)【個室型施設】では、個室が情緒的安定の場の機能を果たしているが、【多床室型施設】では、他所に個人の空間を見つけて滞在している児童がいること、などを明らかにした。

第4章職員の支援行動の特徴では、「職員は、日常的にどのような工夫をしながら指導・支援に取り組んでいるのか。また、知的障がい児を育てるうえで求められる要素は何か。」という視点から分析を行った結果、【個室型施設】の職員は、児童一人ひとりに対する支援が可能となって責任ある働き方ができる一方で常に時間に追われて忙しく、【多床室型施設】では、集団を指向する支援方法が多くとられて管理的な傾向がみられる反面、比較的ゆとりのある支援がなされていること、などを明らかにした。

第5章環境設定の特徴では、「知的障がい児の意欲を引き出し、自主的・主体的に生活に取り組み、自立的成長をするために、どのような環境設定がなされているのか。」という視点からの経年的調査データの分析を行った結果、1)【個室型施設】では、個性にあわせた環境設定ができ、環境整備面からの支援も行いやすいが、【多床室型施設】では、集団を指向する支援が優先されているため、居室における個別的な環境設定は行いにくいこと、2)障害の程度が重い児童の居室は、職員による簡素な空間づくりがなされる傾向にあること、3)障害の程度が軽くなるにつれて、児童自らが管理する範囲が増え、彼らの主体性を発揮できる場につながっていること、などを明らかにした。

第6章地域コミュニティとのつながりでは、「知的障がい児は、どの程度の外出の機会をもち、地域コミュニティとどのような関わりをもっているのか。」という視点から分析を行った結果、、1)施設児童は外出の機会が在宅児童より極めて少なく、施設の門の外に出ない生活をしていること、2)施設は一般コミュニティの中に立地し、積極的にその地域資源を活用しながら地域生活の実体験を積み重ねることが望ましいこと、3)在宅障がい児を受け入れる福祉サービスが不十分であり、地域での余暇環境が量的にも質的にも不足していることから、知的障がい児者が利用できる地域サービスや地域での居場所が限られていること、などを明らかにした。

第7章結論では、以上の調査結果を踏まえて、知的障がい児の育ちを支える施設環境に関する今後の課題と、建築計画上必要な要件を考察した。

まず、目的(1)の結論として、各章の結果をまとめた。

次に、目的(2)の結論として、今後求められる障がい児施設整備の基本的計画では、1)敷地計画:児童が地域住民と共存することができる街中に位置すること、2)施設規模:大規模施設から小規模施設へ移行すること、3)居室計画:プライバシーに配慮された個人の場を施設内に設定すること、4)平面計画:個人の空間と集団の空間の配置に考慮するとともに、児童が自由に遊べる場の選択肢を建築環境の中から創り出すこと、5)屋外計画:できるだけ地域に開かれた雰囲気となるように景観や外構に配慮すること、などが望ましいとした。さらに、詳細設計では、1)ユニバーサルデザインの徹底、2)安全でゆとりのある施設整備、3)快適な居住環境、4)児童の五感に訴える環境、などが求められるとした。

そして、目的(3)の結論として、地域コミュニティとのつながりについては、障がい児者が地域資源とより関わってケア環境を地域へと広げることが重要であり、公的住宅や福祉施設などを空間的な視点を考慮しながら都市ないし地域の中心部などに整備することが、障がい者福祉という福祉的観点からのみならず、コミュニティ形成の観点からも重要である、とした。

審査要旨 要旨を表示する

従来、知的障がい児施設の多くが相部屋を主体とする大きな支援規模をとってきたが、近年、支援の個別化・小規模化・地域化が重視され、個室を主体とし小規模なグループでの生活を基本とする施設が建設され始めた。これまで、施設で生活する知的障がい児の生活実態や療育環境に関する建築計画的報告は極めて稀であり、それらの実態は明らかにされていない。

本論文は、知的障がい児の育ちを支える施設環境の課題と今後の方向性を明らかにすることを目的としている。研究の方法は、個室・小規模生活単位型ケアを導入している知的障がい児施設(以下、【個室型施設】)と、多床室・大規模生活単位型ケアを導入している知的障がい児施設(以下、【多床室型施設】)とを調査対象として、経年的な行動観察調査、ヒアリング調査、アンケート調査を実施した。

第1章序論では、知的障がい児を取り巻く施策を整理して、研究の目的や研究の位置づけを明確にし、また、調査対象施設と調査概要を示した。

第2章では、児童の日常行動の特徴に着目し、【個室型施設】では、比較的自分のペースで生活をつくることが可能であり、他児との関係性の視点からも支障がなく、個室に引きこもりがちな生活ではないこと、などを明らかにした。

第3章では、児童の対人交流の特徴に着目し、【個室型施設】【多床室型施設】共に児童同士のコミュニケーションは少なく、職員を対象とする交流が主であり、【多床室型施設】では、プライバシーが守られにくい生活を余儀なくされている場面がみられる一方で、年長児を手本とするなど、交流のある共同生活によってこそ獲得できるさまざまな生活上の効果がみられること、などを明らかにした。

第4章では、職員の支援行動の特徴に着目し、【個室型施設】の職員は、児童一人ひとりに対する支援が可能となって責任ある働き方ができる一方で常に時間に追われて忙しく、【多床室型施設】では、集団を指向する支援方法が多くとられて管理的な傾向がみられる反面、比較的ゆとりのある支援がなされていること、などを明らかにした。

第5章では、環境設定の特徴に着目し、【個室型施設】では、個性にあわせた環境設定ができ、環境整備面からの支援も行いやすいが、【多床室型施設】では、集団を指向する支援が優先されているため、居室における個別的な環境設定は行いにくいこと、などを明らかにした。

第6章では、地域コミュニティとのつながりに着目し、1)施設児童は外出の機会が在宅児童より極めて少なく、施設の門の外に出ない生活をしている、2)施設は一般コミュニティの中に立地し、積極的にその地域資源を活用しながら地域生活の実体験を積み重ねることが望ましい、3)在宅障がい児を受け入れる福祉サービスが不十分であり、地域での余暇環境が量的にも質的にも不足していることから、知的障がい児者が利用できる地域サービスや地域での居場所が限られていること、などを明らかにした。

第7章結論では、各章の結果をまとめたうえで、知的障がい児の育ちを支える施設環境を以下のとおりであることを示した。

今後求められる障がい児施設整備の基本的計画では、1)敷地計画:児童が地域住民と共存することができる街中に位置することが望ましい、2)施設規模:大規模施設から小規模施設への移行が必要である、3)居室計画:プライバシーに配慮された個人の場が施設内に必要である、4)平面計画:個人の空間と集団の空間の配置に考慮するとともに、児童が自由に遊べる場の選択肢を建築環境の中から創り出すことが求められる、5)屋外計画:できるだけ地域に開かれた雰囲気となるように景観や外構に配慮する。

次に、詳細設計では、1)ユニバーサルデザインの徹底、2)安全でゆとりのある施設整備、3)快適な居住環境、4)児童の五感に訴える環境、などが求められるとした。

更に、地域コミュニティとのつながりについては、障がい児者が地域資源とより関わって、ケア環境を地域へと広げることが重要であり、公的住宅や福祉施設などを空間的な視点を考慮しながら都市ないし地域の中心部などに整備することが、障がい者福祉という福祉的観点からのみならず、コミュニティ形成の観点からも重要である、とした。

以上のように本論文において、知的障がい児の育ちを支える施設環境の課題を明示し、今後求められる障がい児施設環境を明らかにした。このことは、今後の障がい児施設計画における重要な知見を提示するものであり、建築計画学の発展に大いなる寄与をなしうるものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク