学位論文要旨



No 127464
著者(漢字) 松田,拓
著者(英字)
著者(カナ) マツダ,タク
標題(和) 初期高温履歴を考慮した超高強度コンクリートの物性評価および予測手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 127464
報告番号 甲27464
学位授与日 2011.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7550号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 野口,貴文
 東京大学 教授 桑村,仁
 東京大学 教授 岸,利治
 東京大学 准教授 塩原,等
 東京大学 准教授 石田,哲也
 東京大学 講師 北垣,亮馬
内容要旨 要旨を表示する

高強度コンクリートは,構造物の大型化や,大スパン化による土地の有効活用及び部材断面の縮小による空間の有効活用が期待される建設材料である。近年,設計基準強度(Fc)で150N/mm2級や200N/mm2級の超高強度コンクリートが開発・実用化され,研究レベルではFc300N/mm2の達成が報告される等,各研究機関にてコンクリートの高強度化の研究開発が進められている。

その一方で,鉄筋コンクリート造建築物に生じるひび割れ問題が社会的注目を強く集めており,建築材料の品質および環境・施工条件を適切に予測・評価し,建築物・部材の要求性能を確実に達成することが求められている。超高強度コンクリートは,結合材量が多いために普通強度レベルのコンクリートに比べて初期の水和発熱が大きい。また,圧縮強度や自己収縮の特性は,初期材齢時の水和反応に伴う温度条件(初期高温履歴)に大きく影響され,初期高温履歴を受けることで大きく増進する。そのため超高強度コンクリートは自己収縮に起因する初期ひび割れ発生の危険性が高い。これらのひび割れは,耐久性や構造耐力さらには美観など,構造物性能が低下する原因となるため,制御する必要がある。この対策のひとつとして,事前に自己収縮を考慮した温度応力解析によりひび割れ発生の有無を検証し,調合条件や施工(温度)条件および部材のすなわち拘束条件を最適化する手法がある。汎用ソフトを用いて温度応力解析によるひび割れの検証を行う際には,様々な温度条件下で時間とともに増進する強度・静弾性係数などの力学特性や,自己収縮およびクリープ特性等を若材齢から長期材齢にかけて連続的に予測することが必要である。これ以外にも,構造体コンクリートの圧縮強度や静弾性係数および引張強度などの力学特性発現を精度良く予測することは,温度応力解析に限らず,施工時荷重の検討や長期クリープ変形の予測など,様々な場面で求められる。しかし,初期高温履歴と強度・自己収縮の関係を定量的に評価した研究は少なく,0.20を下回る低水結合材比(W/B)領域については,一般化された予測手法が示されていない。

また,設計基準強度120N/mm2を超えるような超高強度コンクリートの場合,標準水中養生がポテンシャル強度を発現する強度とならないと指摘する報告がある。また,超高強度コンクリートの圧縮クリープは,載荷時強度が同等でも初期高温履歴を受けたもののほうが小さくなることが報告されている。これらは,超高強度結合材ペースト硬化体(超高強度硬化体)は,初期高温履歴を受けることで水和生成物や組織構造が大きく変化する事を示唆する知見である。現時点でそのメカニズムは明らかにされていないが,初期高温履歴の超高強度硬化体への影響メカニズムを解明することは,以下の2点で大きな意義がある。

1)初期~長期にかけて構造体コンクリート品質の適切な予測・管理に資すること。

2)将来的な材料設計手法の発展に資すること(実験式でなくメカニズムに立脚した反応モデルやより精密な予測・評価手法の構築,および新材料の開発など)。

本研究では,「水結合材比(W/B)が0.20以下で,ポルトランドセメントにシリカ質微粉末を混入した結合材を使用しているコンクリート」を対象とし,これを超高強度コンクリートと呼称する。本研究は以下を目的とし,コンクリートおよびペーストを用い,同じバッチから採取した試料にTmaxの異なる初期高温履歴を与え,若材齢から長期材齢にかけて強度・自己収縮・反応生成物・空隙構造を測定した。

1)初期高温履歴が超高強度コンクリートの強度・自己収縮といった物理特性に及ぼす影響を確認し,実用的な精度を有する強度・自己収縮予測手法を提案する。

2)初期高温履歴の反応生成物・空隙構造への影響を確認し,強度・自己収縮・圧縮変形特性等の物理現象と結び付けることで初期高温履歴が超高強度コンクリートの各種物性に及ぼす物理化学的メカニズムを説明付ける。

コンクリートによる実験結果から以下の知見を得た。

1)超高強度コンクリートの強度・自己収縮増進は,マチュリティで整理した場合に特定の閾値温度(45~60℃)を超えると急激に増進する特性を持つ。

2)強度・自己収縮とマチュリティとの関係は,Tmaxが特定の閾値温度を越えるまではそれぞれ温度条件によらず統一的な関係にあるが,Tmaxが特定の閾値温度を越えた以降は,「Tmaxが閾値温度を超えたもの」「Tmaxが閾値温度を超えないもの」それぞれ別々の曲線で表される。

以上の結果より,従来予測式をTmaxの範囲でそれぞれ区分して拡張することで,初期高温履歴を受ける超高強度コンクリートの強度・自己収縮予測手法を提案し,その適用性を示した。

ペーストによる反応生成物の測定結果からは,以下の知見を得た。

1)初期高温履歴条件下のペーストの強度・自己収縮増進特性はコンクリートと同様であること。

2)Tmaxが閾値温度を超えると結合水率が増加することなくポゾラン反応が急激に進行すること。

以上の結果より,Tmaxが閾値温度を超えたときの急激な強度・自己収縮の増進の原因として,高温でエトリンガイトが放出する水がポゾラン反応に使われていることを考察し,閾値温度を越えた直後の自己収縮の急激な増進は,ポゾラン反応によるCa(OH)2の急激な消費による体積減少で説明できることを示した。さらに,別途実施した初期高温履歴条件下でのエトリンガイト量の測定実験と,超高強度コンクリートの一軸拘束試験結果から,Tmaxが閾値温度を超えることでエトリンガイト量が減少すること,およびエトリンガイトがペーストを一時的に拘束することを検証した。

ペーストによる空隙構造の測定結果からは,以下の知見を得た。

3)Tmaxが閾値温度を超えると,50nm以下の範囲で,閾値温度を越えない条件では埋まらない連続空隙が埋まる。すなわち,空隙構造は細孔径の大きさにおいて,初期高温履歴の影響を受ける領域とそうでない領域に分けられる。また,50nm以上の連続空隙から求めた細孔容積と強度・自己収縮との関係は,初期高温履歴によらず同一の関係にある。

4)インクボトル構造は,Tmaxによらず材齢とともに成長し,Tmax が閾値温度を超えると急激に形成され,材齢とともに少なくなる。Tmax が閾値温度を超えてインクボトル構造が急激に成長する細孔直径範囲は50nm以下の範囲である。

以上の結果から,初期高温履歴による空隙構造の変化およびその強度・自己収縮・圧縮変形特性への影響として,以下を考察した。

5)50nm以下の細孔容積は,温度履歴によらず材齢とともにピークを迎えその後減少する。これは,エトリンガイトが生成し減少することによる。50nm以下の微細空隙がピーク以降減少していく理由は,「超高強度硬化体中は反応生成物の析出空間が限られ,50nm以下の空隙は充填されるが50nm以上の空隙が残存する」と考えられる。

6)エトリンガイトが50nm以下の空隙を一旦押し広げ,そこにシリカフュームのポゾラン反応によるC-S-H(2)が生成される。その結果,シリカフュームのポゾラン反応による C-S-H(2)が多量に生成され,50nm以下の空隙においてインクボトル構造が卓越すると考えられる。

7)「Tmaxが閾値温度を超えた」超高強度コンクリートの圧縮変形は,同等の強度で「Tmaxが閾値温度を越えていない」ものと比べ,弾性変形は同等であるがクリープ変形量は少なくなる。その理由は,Tmaxが閾値温度を超えると,50nm以下の連続空隙量が少なくなる一方でインクボトル構造が成長し,50nm以下のインクボトル構造に存在する自由水の移動性が低下するためである。また,50nm以上連続空隙は初期高温履歴の影響をあまり受けないため,自由水の移動性は同じである。そのため,変形速度の速い弾性変形については初期高温履歴の影響を受けないと考えられる。

8)蒸発水率の経時変化の測定結果から,初期高温履歴を受けることで強度が同等であっても超高強度硬化体中の自由水の移動性は低下することを検証した。この結果から,Tmaxが閾値温度を超えて急激に生成する50nm以下のインクボトル構造内に自由水が取り込まれることを説明付け,また90℃を超える温度履歴を受けることで,超高強度硬化体中における自由水の移動性は極端に低下することを示した。

9)90℃を越える高い初期高温履歴を受けると,温度降下以降の強度・自己収縮の増進が停止する。この原因として,インクボトル構造の成長により微細空隙で起こる反応に起因する収縮駆動力が粗大空隙に収縮駆動力が作用しにくくなることと,硬化体の強度が相当に高くなり収縮駆動力が作用しても硬化体は巨視的には変形しにくくなることが考えられる。

10)90℃を超える高い初期高温履歴を受けたものは,温度降下以降,自己収縮が停止しても結合水率は増加している。このことから,温度降下させずに人工的に高温条件を長時間保持することで,強度・自己収縮は更に増進する可能性を考察した。この考察の妥当性を,筆者が別途実施した実験結果により示した。

以上の結果から,超高強度硬化体は強度・自己収縮が同等であっても,Tmaxが特定の閾値温度を越えることで,反応生成物の構成や空隙構造が異なることを明らかとし,強度・自己収縮の予測式を温度履歴の範囲で使い分けることを提案しその物理化学的妥当性を示した。また将来的な材料設計手法の発展に資する知見を得た。

審査要旨 要旨を表示する

松田拓氏から提出された「初期高温履歴を考慮した超高強度コンクリートの物性評価および予測手法に関する研究」は、近年、コンクリート構造物の超高層化・大型化・大スパン化・環境負荷低減を目的として開発が進められている超高強度コンクリートに関して、その基本的品質である圧縮強度および自己収縮ひび割れ抵抗性を阻害する一要因である初期高温履歴の影響を科学的に明らかにし、それらの基本的品質を確実に確保するための方策の確立に資する知見を得ることを目的としたものである。すなわち、体系的な実験を通じて、超高強度コンクリートの圧縮強度および自己収縮に及ぼす初期高温履歴の影響を定量的に把握し、超高強度コンクリート構造物の設計で必要となる強度予測手法および自己収縮予測手法を提案するとともに、初期高温履歴の反応生成物、空隙構造および水分状態への影響メカニズムを物理的・化学的な観点から解明し、それらと超高強度コンクリートの圧縮強度・自己収縮・クリープとの関係性について明らかにしたものとなっている。

本論文は7章から構成されており、各章の内容については、それぞれ下記のように評価される。

第1章では、本研究の背景・目的・意義・構成が的確に述べられている。

第2章では、初期高温履歴を受けたコンクリートの強度・自己収縮性状、反応生成物および空隙構造の変化、それらの相互の関係に関する既往の調査・研究が要領よくまとめられており、超高強度コンクリートの圧縮強度および自己収縮ひび割れ抵抗性を確保するために必要となる研究課題が抽出されるとともに、解明すべき現象に対して熟考の上で的確な推論がなされており、その推論に基づいて本研究の方針が適切に定められている。

第3章では、綿密な実験によって初期高温履歴を受けた超高強度コンクリートの圧縮強度の発現特性の確認が行われており、第2章で導き出した推論の妥当性が確認されるとともに、超高強度コンクリートの圧縮強度の実用的な予測手法、すなわち、初期の履歴温度が閾値を超えるかどうかによって圧縮強度の予測式を使い分ける手法が提案され、その原因が反応生成物や空隙構造の変化によるものであることを考察し、第5章および第6章におけるメカニズムの解明へ発展的につなげている。

第4章では、第3章と同様に、綿密な実験によって初期高温履歴を受けた超高強度コンクリートの自己収縮の発現特性の確認が行われており、第2章で導き出した推論の妥当性が確認されるとともに、超高強度コンクリートの自己収縮の実用的な予測手法、すなわち、初期の履歴温度が閾値を超えるかどうかによって自己収縮の予測式を使い分ける手法が提案され、その原因が反応生成物や空隙構造の変化によるものであることを考察し、第5章および第6章におけるメカニズムの解明へ発展的につなげている。

第5章では、第3章および第4章で実施した実験で用いた超高強度コンクリートのセメントペースト試料に関して、微視的な観点からの化学分析が行われており、初期高温履歴を受けることで、セメントおよび混和材の反応生成物であるCa(OH)2およびエトリンガイトの生成過程が変化することを明らかにし、初期高温履歴によるセメントおよび混和材の反応メカニズムの変化、およびそれらと超高強度コンクリートの圧縮強度および自己収縮の発現性状の変化との関係について的確な考察がなされるととともに、実験・分析によって考察の妥当性が検証されている。

第6章では、第5章と同様に、第3章および第4章で実施した実験で用いた超高強度コンクリートのセメントペースト試料に関して、微視的な観点からの物理分析が行われており、初期高温履歴を受けることで、セメントおよび混和材の反応により形成される連続空隙構造およびインクボトル構造が変化することを明らかにし、それらが超高強度コンクリートの圧縮強度および自己収縮の発現性状に及ぼす影響について的確な考察がなされるとともに、実験・分析によって考察の妥当性が検証されている。

第7章では、第6章までの成果を基に、初期高温履歴、シリカ質微粉末および水結合材比という3つの要因が、セメント系材料の反応生成物、空隙構造および水分状態に及ぼす影響、ならびにコンクリートの強度特性、自己収縮特性および圧縮変形特性に及ぼす影響について総合的な考察がなされるとともに、各章で得られた知見の取り纏めがなされ、本論文の結論として的確な総括がなされている。また、今後の研究課題についても、的確に言及されている。

以上のように、本論文には、その目的・意義は明確に示されており、適確な手法を用いて研究が進められるとともに、微視的な観点からの深い考察もなされており、超高強度コンクリートの格段の発展に寄与する意義深い知見が示されている。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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