学位論文要旨



No 127465
著者(漢字) 黄,柔嫚
著者(英字)
著者(カナ) コウ,ジュウマン
標題(和) 屋外温熱環境解析手法に組み込むための植生蒸散モデルの検討と評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 127465
報告番号 甲27465
学位授与日 2011.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7551号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大岡,龍三
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 准教授 前,真之
内容要旨 要旨を表示する

近年、ヒートアイランド現象による都市熱環境の悪化に対して樹木は日射遮蔽により地表面の温度上昇を抑制したり、蒸散に伴い日射熱を地表面や他の固体物体よりもより多く潜熱に変換することにより周囲の空気温度上昇を抑制させる等の熱環境調節機能があるため、都市熱環境改善効果が期待されている。しかし、一方で蒸散による周囲の湿度上昇や樹冠の抵抗による風速低下等によって、屋外熱環境を悪化させる可能性もあり、樹木の各熱環境調節機能を総合的に評価することが必要となる。

コンピュータを用いた数値解析手法による樹木周囲の熱環境評価は、実測では困難である総合的な検討を可能にするため、その手法に導入可能な樹木の各効果のモデル化に関して多くの研究が行われている。しかし、現在広く利用されているモデルの多くは樹木の潜熱発生に関する蒸散作用として植物の生理特性を殆ど考えておらず、蒸発効率等のパラメータを変化させるのみで取り扱う場合が多い。

植生の蒸散は葉の表面における気孔の開閉により制御される。気孔開閉は日射、温度、土壌水分等の環境因子の影響を強く受け、特に日射に受ける影響により変動しているため、一日中には日射状況により顕著な変化している。このような植生生理に基づく蒸散モデルを利用すると、時間の変化による環境条件に応じた気孔開度の変化によっての植生の実際的な蒸散の変動を考慮することが可能である。なお、環境因子以外には気孔開閉の程度も植栽自身の特性、例えば葉の気孔形態や葉における葉緑素の光合成効率や茎の水輸送効率等の蒸散に関する特性からの影響を強く受けている。これらの因子を含めて表現された蒸散モデルを利用すると、種類による植栽蒸散特性を組み込むことができ、植栽種類の組み合わせによる植栽計画の設置による植生の実際的な蒸散の変化を考慮することが可能となる。これらの因子は蒸散モデルには関数のパラメータとして表現され、実測により同定することが必要である。

したがって、本研究はコンピュータを利用した数値予測手法において樹木モデルの予測精度を向上させ、既往の植生蒸散モデルを街区の温熱数値解析手法に組み込むために、実測により植栽による環境効果、特に植物の蒸散作用に着眼し検討する。なお、蒸散モデルにおける植栽特性に関するパラメータの実測データを蓄積するため、本研究ではいくつかの種類の植栽を実測対象として検討を行う。

一方、土壌水分は植栽の蒸散量に与える影響があることも多くの研究で指摘された。都市環境の中には空間が有限であり、都市に生育する植栽の環境は殆ど土壌方面の制限問題があるため、植栽の根が伸ばせず生育不良や土壌水分の足りない等の問題は都市に植えた植栽に対して重要な課題である。よって、本研究にも土壌水分は植栽の蒸散量や気孔コンダクタンスに与える影響についても検討する。

各章の検討結果をまとめると以下のようである。

第1章では、本研究の社会的学文的な背景を述べ、本研究の必要性、目的及び構成を説明した。

第2章では、植物の蒸散に関する生理学的な理論及び既成の植生蒸散モデルについてレビューした。植生の蒸散は葉の表面における気孔の開閉により制御される。気孔開閉は葉における孔辺細胞の体積の変化(吸水や失水)によりコントロールされた。孔辺細胞の体積の変化は様々な環境および生理からの信号を、植物体内で独自の信号に変換し、孔辺細胞の膨圧として自律的調整を行っているものと考える。環境因子の中に日射、温度、土壌水分や飽差等の因子の影響を強く受ける一方、植栽自身の気孔の形態的な特徴、光合成作用に関しての葉における葉緑体の多寡等の蒸散生理に関する特性により影響を受けることがわっかた。

既往の植生蒸散モデルのレビューしについては、環境因子の効果を評価するため、日射或いは光合成有効放射、温度、飽差、風速等の環境条件を独立変数として蒸散作用の強度を制御する気孔開度や気孔コンダクタンスを従属変数としてモデル化する神田モデル、Jarvis及び小杉モデルを選択しレビューした。次に、それらのモデルに対して環境因子による感度分析を用い検討し、神田のモデルは、他の二者に比べって風速の効果を加味していることと飽差が蒸散量に与える影響がより大きいところに特徴があり、Jarvisモデルは、他の二者に比べて日射量と飽差は蒸散量に与える影響がより大きく、小杉のモデルは、他の二者に比べって葉面温度は蒸散量に与える影響が最も大きい結果を示した。

第3章では、樹木群からなる27haの中規模緑地-青山霊園を対象として、その自身や周囲の街区等の温熱環境に与える影響を実測しSET*を用い、緑地及びその周辺街区における温熱環境を総合的に評価した。

結果としては青山霊園のクールアイランド効果は最大3℃に達し、市街地に対する移流の冷却効果は風下約200mの距離に及んでいたことが分かった。緑地内の相対湿度は市街地よりかなり高いが、絶対湿度の方はそれほど顕著ではなく、緑地の存在による風の低減効果は風上側の風速を約0.8m/sの低下できることが分かった。一方、樹木による日射遮蔽効果は350-500 W/m2の日射量を低下でき、日射遮蔽率は0.6-0.8程度があり、最大13℃程度のグロープ温度を低減する効果があったことが分かった。緑地のSET*結果については緑地におけるMRTは街区より低いため、街区より約3.5-7℃低下し、緑地内では快適な温熱環境を形成されていることを確認した。

第4章では、街路樹シラカシの単木を対象として夏季における実測により、各種環境因子が樹木の蒸散量に与える影響について分析を行いJarvis及び小杉の植物生理モデルの予測精度を検討した。

実測期間に各環境因子の間の関係を分析すると、環境因子の間に強い関係があることが分かった。例えば、光合成有効放射(PAR)は全天空放射量及び葉温と強い線形関係があり、葉温の方は飽差に与える影響も強く線型増加の関係があった。気温と葉温の関係は昼に葉温は気温より高くそれらの差は2-4℃であった。

一方、実測期間の環境因子と蒸散量の関係を分析すると、実測より測定した環境因子の中で日蒸散量に最も影響を与えたものは光合成有効放射 (PAR)で、その次に温度であったが、相対湿度は日蒸散量に与える影響が殆ど見られなかった。日積蒸散量に対する予測精度を検討した結果については同定したパラメータの値を用いJarvisと小杉のモデル推定した蒸散量とも実測した蒸散量より若干大きめの値を示し、両者の結果は殆ど一致している結果となった。なお、Jarvisと小杉モデルに対する検討について、既往研究で提案された葉面境界層コンダクタンスモデルを組み込んで検討すると、推定した蒸散量の結果はほぼ一致し、これらのモデル間の差異は得られなかった。

第5章では、第4章の実験に引き続き、造園植物で良く使われている低木のサザンカ及びオオムラサキツツジを実測対象として種類による影響を検討した。なお、土壌水分の影響を検討するため、土壌水分を十分、中間と乾燥等三つの条件に分けて定性的に土壌水分が蒸散量及び気孔コンダクタンスに与える影響を検討した。

結果は小杉モデルにおいてR2の0.9程度の適合度であるパラメータが同定された。蒸散量に対する予測精度を検討した結果は同定したパラメータの値を用い小杉モデルにより推定した蒸散量はサザンカとオオムラサキツツジサザンカにおいて一日の全体的な変動傾向は大体実測値と一致し、一日の蒸散量変化を再現できることが確認したが、サザンカの方は実測値よりやや過大な傾向、オオムラサキツツジの方は過小な傾向が見られた。なお、既往研究で提案された葉面境界層コンダクタンスモデルを組み込んで検討すると、サザンカで推定した蒸散量の結果はこれらのモデル間の差異は得られ、両日ともCampbellのモデルは精度が一番良いことが分かったが、オオムラサキツツジではこれらのモデル間の差異はサザンカよりそれほど顕著ではない。

一方、土壌水分の検討結果については両種類とも土壌水分の中間条件で設定したサンプルは一番蒸散量が多いという傾向が見られたが、オオムラサキツツジは10/7日にこの傾向は顕著ではなく他の因子を受けている影響があると考えられる。気孔コンダクタンスの影響についてはサザンカの実測した両日とも土壌水分の中間条件で設定したサンプルは他の設定条件より大きい値が見られたが、オオムラサキツツジの方は土壌水分の高い条件のサンプルは他条件よりやや大きい傾向が見られた。

第6章では、本論文の総括を示し、併せて今後の研究課題を提示した。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は「屋外温熱環境解析手法に組み込むための植生蒸散モデルの検討と評価に関する研究」と題して、街路樹の単木を対象として環境因子が蒸散量、気孔コンダクタンス等の植生蒸散に関する項目に与える影響を究明し、既成したJarvis系の蒸散モデルに対して植栽別のパラメータの蓄積とともに、モデルの予測精度を検証したものである。また、現状の提案モデルには検討されていない葉面境界層コンダクタンスモデルに対して、三つの既成のモデルを蒸散モデルに組み込み、各葉面境界層コンダクタンスモデルの予測精度も検討した。本研究で検討した一連の植生蒸散モデルに関する各因子の影響効果の検討及び蒸散量の予測結果により、植生からの蒸散効果をより精度良く予測評価することが可能となった。この成果は、屋外温熱環境解析手法を用いヒートアイランド対策としての重要な方法になっている緑化の効果を評価することに対して一助になるものと考えられる。

本論文の構成と結果概要は以下の通りである。

1章では本研究の社会的学文的な背景を述べ、本研究の必要性及び目的を説明した。

第2章では、植物の蒸散に関する生理学的な理論と既往の植生蒸散モデルについてレービューしている。既往の植生蒸散モデルのレビューについては、環境因子の効果を評価するため、日射或いは光合成有効放射、温度、飽差、風速等の環境条件を独立変数として蒸散作用の強度を制御する気孔開度や気孔コンダクタンスを従属変数としてモデル化する神田モデル、Jarvis及び小杉モデルを選択し、それらのモデルに対して環境因子による感度分析を用い検討している。

3章では夏季における実測により、街路樹シラカシの単木を対象として各種環境因子が樹木の蒸散量に与える影響について分析を行いJarvis及び小杉の植物生理モデルの予測精度を検討している。

日積蒸散量に対する予測精度を検討した結果はJarvisと小杉のモデルとも実測した蒸散量より若干大きめの値を示し、両者の結果は殆ど一致している結果となった。次に、Jarvisと小杉モデルに対する検討について、既往研究で提案された葉面境界層コンダクタンスモデルを組み込んで検討すると、推定した蒸散量の結果はほぼ一致し、これらのモデル間の差異は得られなかった。

4章では、第3章の実験を引き続き、造園植物で良く使われている低木のサザンカ及びオオムラサキツツジを対象として種類による影響を検討した。なお、土壌水分の影響を検討するため、定性的に土壌水分が蒸散量等に与える影響を検討した。

結果は小杉モデルにおいてR2の0.9程度の適合度であるパラメータが同定された。蒸散量に対する予測精度を検討した結果は同定したパラメータの値を用い小杉モデルにより推定した蒸散量はサザンカとオオムラサキツツジサザンカにおいて一日の全体的な変動傾向は大体実測値と一致し、一日の蒸散量変化を再現できることが確認したが、サザンカの方は実測値よりやや過大な傾向、オオムラサキツツジの方は過小な傾向が見られた。なお、既存の葉面境界層コンダクタンスモデルを組み込んで推定した蒸散量の結果について、サザンカではこれらのモデル間の差異は得られ、両日ともCampbellのモデルは精度が一番良いことが分かったが、オオムラサキツツジではこれらのモデル間の差異はサザンカよりそれほど顕著ではない。

一方、土壌水分の検討結果については両種類とも土壌水分の中間条件で設定したサンプルは一番蒸散量が多いという傾向が見られたが、オオムラサキツツジは10月7日にこの傾向は顕著ではなく他の因子を受けている影響があると考えられる。

5章では樹木群による緑地を対象として温熱環境に与える影響の実測及びSET*評価結果を説明する。緑地の冷却効果及びより快適な温熱環境を形成することを確認している。なお、第3と4章に検討した蒸散モデル推定式を用い樹木群よりの蒸散量を推定している。

結果としては緑地によるクールアイランド効果は最大3℃に達し、市街地に対する移流の冷却効果は風下約200mの距離に及んでいる。なお、蒸散量モデルを用いて樹木群からなる青山霊園による蒸散量の推定結果については単位面積の蒸散量は約230~270 mg/m2・sであることが得られた。

第6章では、本論文の総括を示し、併せて今後の研究課題を提示した。

以上、総括するに、本研究は屋外温熱環境解析手法に組み込むために、植生蒸散モデルの応用上の問題となっているモデル精度及び環境、植栽種類等の影響因子の検討に注目し、既存の植生蒸散モデルの予測精度の評価、特に葉面境界層コンダクタンスモデルの検討を行っている。また、単木植栽の蒸散量の実測とともにモデルにおける植栽特性に関するパラメータデータも蓄積している。本研究で検討された結果は独創性及び実用性が高く、本研究はヒートアイランドにおける緑化対策の評価に大きく貢献するものと評価される。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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