学位論文要旨



No 127467
著者(漢字) 金,剛珉
著者(英字)
著者(カナ) キム,カンミン
標題(和) 乳幼児のいる世帯における親子の居場所の特性と住空間のあり方
標題(洋)
報告番号 127467
報告番号 甲27467
学位授与日 2011.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7553号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西出,和彦
 東京大学 教授 隈,研吾
 東京大学 准教授 千葉,学
 東京大学 准教授 大月,敏雄
 東京大学 准教授 羽藤,英二
内容要旨 要旨を表示する

幼い子どものいる家庭では、住空間で過ごす時間が長く、乳幼児や保護者に及ぼす住空間の影響が大きい。しかしながら、子どもの出生や成長に伴い、空間の使い方や物の置き方の試行錯誤を繰り返しており、育児環境としての対策が施されていない既存の住居には親に日常生活上の負担を感じさせる要因や子どもの十分な遊びを阻害する要素が潜在している。本研究では、乳幼児のいる家庭への居住実態調査を行い、住宅における親子の居場所としつらえを明らかにし、各世帯における問題点やその解決のための工夫を把握する。また、各世帯の属性と居住実態との関係を分析する。最後に自治体・ハウスメーカー・建築家の子育て世帯に対する提案を参考にし、乳幼児のいる世帯にも対応できる住空間の提案を試みた。

本論文は全7章で構成される。

第1章では研究の背景と目的、既往研究、本研究の位置づけ、研究の構成を示した。

子どもと住宅を扱った既往研究としては、小学生以上の子どもを対象としているもの、安全対策に関するものなどがある反面、本研究は乳幼児のいる世帯を対象とした訪問調査により、空間の使い方としつらえを扱ったものである。

第2章では調査の概要及び方法を示した。

本研究は、乳幼児のいる61世帯(日本46件、韓国15件)に対する居住実態調査に基づく。調査では、ヒアリング、マッピング、写真撮影、間取り図の補完としての実測を行った。ヒアリングの内容は空間の使い方、親子の居場所、物の置き方、出産前後の変化、子どもの成長に従う変化、見守り、危険要素及び安全対策、日常生活上の困りごとなどであり、親子の居場所、家具配置、子どもや育児に関する物の位置をマッピングした。

第3章では乳幼児のいる世帯の居住実態を示した。

乳幼児の主な居場所(遊びや学習の場)は日本の事例の場合リビングのみに形成されている事例が大多数を占めており、韓国の事例はリビングと部屋に形成されている事例が多い。リビングのみに形成されている事例は親子の居場所や物が混在していることから、親のくつろげる場所がなくなること、収納スペースの不足、散らかっている物による事故などの問題が見られる。一方、部屋にも乳幼児の居場所が形成されている事例の場合、子どもの物を部屋に収納し、リビングは乳幼児のいない世帯と大差ない。乳幼児の出生や成長に伴い、書斎などの親の空間にまで乳幼児の居場所が広がり、親の居場所がなくなった事例も見られた。兄弟がいる世帯の場合、年齢の高い子どもの物が年齢の低い子どもに危険要素になる可能性があるため、分離収納している事例が見られる。

第4章では各事例の属性と住まい方との関係を分析した。

日本の事例の中では、リビングと廊下を隔てずに連続している部屋(連続室)に引き戸が設置されている場合、乳幼児の居場所が形成されている事例が多く見られた。一方、開き戸が付いている連続室は乳幼児に使われておらず、連続室がない事例はリビングのみに乳幼児の主な居場所が形成されていた。韓国の事例は、2つ以上の連続室がある事例がほとんどであり、連続室をおもちゃ部屋や勉強部屋としている。このように、中廊下型が多い日本の事例の場合、廊下を経由する部屋(分離室)は乳幼児に使いにくい空間である。就寝の場所は全ての乳幼児が親と寝室で寝ており、子ども用寝室で寝ている事例はなかった。キッチンは親の滞在時間が長く、乳幼児に危険な要素が多いため、キッチンで家事を行っている間は親子が離れている場合が多いため、キッチンと乳幼児の居場所との関係は大事である。キッチンの形態により乳幼児の居場所に対する見守り範囲は異なり、対面式やLDK一体型の場合、見守り範囲が比較的広い。独立型キッチンの中で、リビングの方に開口部が設けられている場合は比較的に見守り範囲が広いが、出入り口のみの場合、見守り範囲が狭く、乳幼児の様子を伺いながら家事を行うしかないとの不満を抱えている。おもちゃや絵本など、使用頻度が高く、移動が多い物の場合、乳幼児の年齢が低い時期にはリビングに収納し、年齢が高くなるにつれ、連続室や分離室に収納している。

第5章では自治体・ハウスメーカー・建築家による提案をまとめた。

自治体による子育て支援型住宅認定制度では、防音のための床の厚さや段差の解除などを提案しているが、仕様の根拠が不十分であり、民間住宅との差が見られない。ハウスメーカーや建築家の場合、企業が保有している子育て世帯の要望に関する情報や施主の要望を基にし、開放的で可変性のある空間、親子の居場所確保、収納スペースの確保などを提案している。

第6章では乳幼児のいる世帯にも対応できる住空間を提案した。

設計者は、まず開放的なつながりを持つ平面の計画が望ましい。LDKと開放的なつながりを持つ連続室を設けることにより、連続室は乳幼児の居場所とし、リビングは親の休憩の場所とすることが可能になる。また、分離室がなるべく隔離感のないよう、開放的な形態の廊下を設けることが望ましい。子どもの成長に合わせた空間の使い方を可能にするためには部屋を多方向アクセスとするなど、可変性を持つようにすることが望ましい。キッチンは他の空間に対する見守り範囲が十分確保できるような形態や配置とし、チャイルドゲートを設置できるようにする必要がある。親子の物が分離収納でき、乳幼児がおもちゃや絵本を自分で出し入れできるよう、収納用家具を設けることが望ましい。室内には段差を最低限にし、居室には緩衝材を貼り付けた床材を、浴室には滑りにくい床仕上げを採用することが望ましい。

居住者は新築や転居など、新たに住居を選択する必要がある場合、以上の事項を予め検討することが望ましい。LDKと開放的・可変的なつながりを持つ連続室がある場合、連続室は子どもの居場所とし、子どもの物を収納することが望ましい。連続室が少ない場合、子どもの年齢が低いときは乳幼児の居場所とし、分離室を寝室や親の空間とすることが望ましい。子どもが分離室を使える時期には両方の用途を変え、分離室を遊び部屋や勉強部屋にすることが可能になる。子ども部屋を設ける際、子どもの年齢が低い時期には寝室より遊び部屋とすることが望ましい。親の仕事場や書斎などは子どもを見守れるよう、子どもの居場所と開放的な関係を持つ共用空間や部屋に設けることが望ましい。おもちゃは子ども用収納家具を用い、種類別に収納することが望ましい。本は子どもが身近にするよう、本棚を分散配置することが望ましい。

第7章では乳幼児のいつ世帯の住空間のあり方について述べ、今後の課題を示した。

乳幼児がいることによる独特な住まい方に対応できる住空間の提案が実際に役立つものになるためには、子どもの成長に伴う変化を予測し、各世帯の属性を把握する必要がある。

乳幼児が自由に使える開放的なリビングと部屋、そして使いやすく安全が確保できるしつらえ方により、乳幼児と親の生活を円滑にすることが可能になる。

本論文における提案は、各世帯の様々な問題に対する解決策や、より住みやすい住空間を整えるための工夫である。また、転居や新築を考えている世帯においては、新しい住まいを選ぶ際の手がかりになりえると考えられる。

今後は、戸建住宅を含む、より多様な住居形式に住んでいる世帯への調査により、問題点や工夫をより幅広く把握する必要がある。また、本論文の調査対象の中で、子どもの年齢が低い事例や、運動能力の変化が著しい事例、転居などにより居住環境が変わった事例などの追跡調査により、様々な変化に対応できる住空間のあり方の提案が求められる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、乳幼児のいる世帯の居住実態と各世帯の属性との関係を明らかにし、乳幼児のいる世帯にも対応可能な住空間のあり方の提案を試みるものである。

幼い子どものいる家庭では、乳幼児や保護者に及ぼす住空間の影響が大きく、育児環境としての対策が施されていない既存の住居には親に日常生活上の負担を感じさせる要因や子どもの十分な遊びを阻害する要素が潜在していることが背景となっている。

本論文は全7章で構成される。

第1章では、研究の背景と目的、既往研究、本研究の位置づけ、研究の構成を示した。

第2章では、調査の概要及び方法を示した。乳幼児のいる61世帯を対象とした訪問調査により、ヒアリング、マッピング、写真撮影、実測を行った。

第3章では、乳幼児のいる世帯の居住実態を示した。

まず、乳幼児のいる世帯における日常生活の場の使い方の特徴を明らかにした。乳幼児の主な居場所は、日本の事例ではリビングのみに形成されている事例が多く、親子の居場所や物の混在により、親のくつろげる場所がなくなること、収納スペースの不足などの問題が確認できた。一方、韓国の事例ではリビングと部屋の両方に形成されている事例が多かった。親の居場所に関しては、親の空間にまで乳幼児の居場所が広がっていることが問題としてあげられた。

子どもの物は乳幼児に使いやすく収納し、親子や兄弟姉妹の物を分離収納する工夫が見られる。また、住宅の室内における転落、転倒、衝突、誤嚥などの事故に対する安全対策を紹介した。

問題点や要望として、リビングが乳幼児の居場所に相応しいと思っている場合は収納の不足など、しつらえに不満を持っており、リビング以外の場所が望ましいと思っている場合は子ども部屋がうまく使われていない状況など、平面構成に不満を持っていることを明らかにした。

第4章では各事例の属性と住まい方との関係を分析した。

住居の平面構成において、リビングと廊下を隔てずに連続している部屋(以下、「連続室」と略す)に引き戸が設置されている場合、乳幼児の居場所が形成されている事例が多く、部屋の配置や形態が乳幼児の居場所形成と深く関わっていることが明らかになった。LDKの構成やキッチンの形態において、対面式キッチンやLDK一体型は視界範囲が比較的広く、開口部がない独立型キッチンは視界範囲が狭かった。

子どもの年齢及び兄弟姉妹の有無との関係に関して、下の子の年齢が低いほどリビングに乳幼児の居場所が形成されている場合が多く、上の子の年齢が高いほど部屋に形成されている場合が多かった。おもちゃや絵本などの収納場所も、乳幼児の年齢が高くなるにつれ、リビングから部屋に変わることが明らかになった。

また、温熱環境や親の育児に関する考え方による親子の居場所形成状況の差が確認できた。

第5章では自治体・ハウスメーカー・建築家による子育て世帯向け住宅に関する提案をまとめた。

自治体の子育て支援型住宅認定制度は仕様の根拠が不十分であることを指摘した。ハウスメーカーの住宅は子育て世帯の数多い意見が反映されている。建築家による住宅は、子育て世帯のために積極的に工夫した事例であり、独特な工夫が伺えた。

第6章では乳幼児のいる世帯にも対応できる住空間と住まい方を提案した。

設計者には、開放的かつ可変性を持つ平面、視界範囲が広いLDKの計画などを提案した。また、親子を配慮した収納用家具の設置、子どもの成長を予測した安全対策などを提案した。居住者には、子どもの年齢に合わせた部屋の用途の選択やしつらえ方などを提案した。親の居場所は子どもの居場所と開放的な関係を持つ共用空間や部屋に設けることを提案した。おもちゃは子ども用収納家具を用い、種類別に収納し、本は子どもが身近にするよう、本棚を分散配置することを提案した。

自治体の子育て支援型住宅認定制度に関しては、既存の認定基準を参考にしながら、本研究で提案した開放的な空間の配置、視界の確保などの項目を加えた。

第7章では以上の内容をまとめ、乳幼児のいる世帯の住空間のあり方について述べた。そして、今後の課題を示した。

乳幼児のいる世帯にも対応できる住空間を計画するために、開放的で可変的な空間構成、効率的で安全なしつらえを提案した。

今後の課題として、より多様な住居形式や住宅の外部空間に対する調査を提示した。また、親子の社会的な関係性なども分析の内容に加え、動的な空間としての居場所の展開を調べることを提示した。

以上のように本論文は、乳幼児のいる世帯の居住実態と各世帯の属性との関係を明らかにし、乳幼児のいる世帯にも対応可能な住空間のあり方を提案した。

今後の住宅の計画に、特に重要な知見を提示するものであり、建築計画学の発展に大いなる寄与となりうるものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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