学位論文要旨



No 127468
著者(漢字) 李,時桓
著者(英字)
著者(カナ) イ,シファン
標題(和) 戸建住宅における断熱性能診断及び断熱改修の実用化に関する研究
標題(洋)
報告番号 127468
報告番号 甲27468
学位授与日 2011.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7554号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 大岡,龍三
 東京大学 准教授 前,真之
 東京大学 准教授 岩船,由美子
内容要旨 要旨を表示する

本論文は「戸建住宅における断熱性能診断及び断熱改修の実用化に関する研究」と題して既存住宅における簡易的な断熱性能診断法の標準化及び既存住宅の断熱改修を迅速かつ簡易に実施する技術開発を行い,断熱・気密レベルの低い住宅における断熱改修促進,暖房エネルギーの削減による家庭部門のエネルギー消費量削減を目的とし,既存住宅の省エネルギー化に対する解決対策を大きく2段階(第1段階:断熱診断技術の標準化,第2段階:断熱改修技術の実用化)に分けて論じたものである。

近年,地球温暖化防止に向けたCO2排出量の削減や石油エネルギーからの転換といった世界規模の緊急課題を受け,国内でも戸建住宅の長期使用化や省エネ化が最重要課題となっている。特に,既存住宅における,これらの性能向上を目的とした改修の促進は急務であるものの,既存住宅の改修工事数は比率的に非常に低く,その中でも省エネに関する改修工事は既存住宅のストック数に比べ,約0.024 %にすぎない状況である。既存住宅における断熱改修の促進や長期断熱性能の保証のためには,断熱改修を迅速かつ簡易に実施する技術開発及び現場でも簡易に行われる長期断熱性能診断法の標準化が急務である。

以上のことより,研究の第1段階である「断熱性能診断法の標準化」に対し,本研究は,断熱改修の前段階として明確な基準が設けられていない現場での断熱診断手法について実証的な検討を行い,既存の断熱性能診断法のリファインメントとともに正しいとされる使い勝手の良いマニュアルなどを整備することで,断熱改修の促進及び悪徳・質リフォームの排除にも大きな効果を目指している。特に,本研究では,幅広い範囲の文献調査により,住宅の断熱性能は施工された断熱材の使用年数も影響要素として関係があり。断熱材の性能を長期間にわたって検討する必要があることを確認している。そのため,本研究は,既存住宅の断熱性能を正しく把握するために,現場での長期断熱性能評価方法であり,部位全体の断熱性能を測定かつ外気に接する室内壁面の温度分布を居住者に見せることが可能な「赤外線カメラによる熱画像法」のリファインメント研究を行っている。特に本研究は,実際住宅を対象とした実測及び数値シミュレーションによる様々な条件下での測定信頼性を確保するための定量的評価を行い,その有効性を確保するデータ採取している。この様なデータがこれまで多角的に検討・採取されたことはほとんどなく,本研究で得られた実験データ及び数値シミュレーションデータは,既存の断熱性能診断法をリファインするために極めて貴重なものとなっている。

研究の第2段階である「断熱改修の実用化」に対し,本研究は,室内・外の温度差から生じる熱輸送を逆方向の移流によって妨げることで熱損失を低減する技術であるダイナミックインシュレーション原理の導入により,断熱・気密性能が脆弱な住宅の開口部窓サッシ部を換気口として活用させ,熱損失を低減する新たな断熱改修方式を提案している。特に,ダイナミックインシュレーション原理を用いて外壁を断熱する技術は,欧米に良く使われているものの,日本の住宅に適用された例は殆んどないことを確認し,実証的な検討が急務であることを確認している。また,この原理を活用して住宅の開口部に適用する技術は,世界においても認められる新たな技術であり,その新規性・先駆性が高いと考えられる。更に,本研究で提案されている技術は,住宅の断熱性能向上のみならず,シックハウス対策として機械換気の併用による24時間換気とともに,排気からの排熱回収を可能とするヒートポンプシステムの連係もあり,その革新性が非常に高いと考えられる。本研究には,提案している改修技術の実用化のため,数値シミュレーションの有用性を確認した上,数値シミュレーションによる様々な条件下での断熱性能・結露発生有無を検討し,住宅への適用可能性の検討を行っている。また,日本の標準住宅モデルを用い,年間エネルギー使用量の計算(日本の地域別,換気システム別)を行い,その効果を明らかにしたし,更に,改修技術の詳細設計案の作成及び試作品の製作を行い,実際住宅に対する実用化研究として,十分な完成度を持っている。ひいては,窓ガラス部,窓部全体にも窓サッシ部と同様な技術を適用し,その性能検討及び設計上の問題点を提示している。

第01章は序論であり,本論文における研究背景・研究必要性・研究目的を述べ,本研究のフローチャートを示した。

第02章では,地球温暖化防止と言う国際的な課題に向け,日本におけるCO2排出量の状況,家庭部門における省エネルギー可能性について調べ,既存住宅の省エネ化や長期使用化が最重要課題となっている状況について,種々の報告書,戦略案,技術論文など参照し,纏めた。その中で日本の各分野における省エネルギーに期待される役割は大きく,特にその中でも,民生部門での対策は多くの課題を残しており,今後重要であることが判断された。本研究における,住宅の省エネルギー対策の重要性を確認し,積極的な省エネルギー手法として「既存住宅の断熱改修技術」の提案が大きな意味を持つことが示された。

第03章では,本研究の1段階として,明確な基準が設けられていない現場での断熱診断手法を標準化・規格化することを目標とし,正しいとされる使い勝手の良いマニュアルなどを整備することを目標とし,(財)建材試験センターの部会によって提案されている「断熱材の長期断熱性能評価方法」による4つの方法(熱流計法,赤外線カメラによる熱画像法,熱流計を用いた熱板法,穿孔法による壁内断面温度測定)について記述し,それぞれの長所と短所を把握した。特に,4つの方法の中で部位全体の断熱性能を測定かつ外気に接する室内壁面の温度分布を居住者に見せることが可能な「赤外線カメラによる熱画像法」を中心に述べた。

第04章では,外気に接する建築部位断熱性能の現場測定評価方法として熱画像法の実用化することを目標として,一般住宅を対象にしたその測定方法の定量的評価を行った。特に,室内の様々な条件変化(測定センサーの付着位置の違い,空調システムの位置の違い,空調方式の違い,室内に設置された家具配置の違いなど)による熱画像法の適用性を検討・評価した。検討結果により,熱画像法は安定かつ定量的な測定が可能な方法であることが分かった。しかし,空調システムから吹き出した気流,室内家具の配置などにより,壁面の熱伝達率の測定に影響を与える,正しい熱貫流率の測定に誤差が生じることも分かり,測定する際,この点に注意しなければならないと判断される。

第05章では,「赤外線カメラによる熱画像法」の測定センサーである環境温度計と熱伝達率センサーの精度分析を行い,測定センサーの使用注意点及び校正方法などを提案することを目的とし,環境温度計に対し,銅版厚みによる測定感動分析を行った上,グローブ温度計と環境温度計の違い(形態係数及び表面熱伝達率など)が測定結果に及ぼす影響を検証した。検討結果により,銅版の厚みが異なっても測定誤差は少なかったし,グローブ温度計は測定する壁からの放射影響も受けるため,適正な測定ができないことが分かった。また,熱伝達率センサーに対しては,熱伝達率センサーの大きさ及び測定壁面から飛び出す高さによる影響を検討し,測定センサーの校正線図を作成した。

第06章では,赤外線カメラによる熱画像法の有効性検証を目的とし,実物件において期待した診断性能を発揮できるかを確認するため,多様な実住宅5棟の実測により検討し,測定時の留意事項(対流式の場合は対象壁面に気流を与えない工夫をすること,測定センサーの設置位置は対象壁面の中間位の高さに設置することなど)について記述した。

第07章では,本研究の2段階として,室内・外の温度差から生じる熱輸送を逆方向の移流によって妨げることで熱損失を低減する技術であるダイナミックインシュレーションと言う断熱要素技術の原理を述べ,その性能評価手法,効果などについてまとめたし,ダイナミックインシュレーション技術の開発の流れをまとめ,更に既往研究のレビューを行うことで本技術の課題点をまとめた。

第08章では,第07章で言及したダイナミックインシュレーションの原理を導入により,断熱・気密性能が脆弱な住宅の開口部窓サッシ部分を換気口として活用する新たな断熱改修方式を提案し,その適用可能性について検討した。特に,「簡易的モデル」と「実用化モデル」にそれぞれ分け,断熱性能と結露発生有無などについて検証し,既存住宅への適用可能性が非常に高いことが分かった。

第09章では,室内空調負荷を左右かつ熱損失の観点で最も脆弱な窓ガラスにおける断熱性能及び表面結露発生可能性を検討した上,窓ガラス部分にもダイナミックインシュレーション原理を活用する断熱改修技術を提案した。この断熱改修技術の適用可能性を評価した結果,断熱性能向上効果はあったものの,結露発生の問題が生じ,今後,この断熱技術を補完するために,外気導入口の幅調節,室内・外圧力差調節,ドレインパン設置などの様々な工夫(ドレインパン,2重窓,Low-Eフィルムの付着位置など)が必要であることが分かった。

第10章では,住宅の開口部窓サッシ部分と窓ガラス部分を同時に換気口として活用する断熱改修システムを提案し,住宅への適用可能性を評価・考察した。この場合も,9章と同様に,室内の窓ガラス部分に表面結露が生じ,結露の発生問題に対する工夫(ドレインパン,2重窓,Low-Eフィルムの付着位置など)が必要であることが分かった。

第11章では,最後の結語として,本論文の結びと,今後の研究課題を記述した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「戸建住宅における断熱性能診断及び断熱改修の実用化に関する研究」と題して既存住宅における簡易的な標準断熱性能診断法の開発及び既存住宅の断熱改修を迅速かつ簡易に実施する技術開発を行い、断熱・気密レベルの低い住宅における断熱改修促進、暖房エネルギーの削減による家庭部門のエネルギー消費量削減を目的とし、既存住宅の省エネルギー化に対する解決対策を「断熱性能診断法の標準化」と「断熱改修の実用化」に分けて論じたものである。

論文では、最初に研究背景を説明している。近年、地球温暖化防止に向けたCO2排出量の削減や石油エネルギーからの転換といった世界規模の緊急課題を受け、日本国内でも戸建住宅の長期使用や省エネ化が最重要課題となっている。特に、既存住宅におけるこれら性能向上を目的とした改修促進は急務であるにもかかわらず、現状では省エネに関する改修工事は既存住宅ストックの約0.024 %にすぎない。既存住宅における断熱改修の促進や長期断熱性能の維持向上には、断熱改修を迅速かつ簡易に実施する技術の開発並びに、現場で簡易に実施可能な標準的な断熱性能診断法の確立が急務であることを、現在入手可能な各種の統計データに基づき、具体的に述べている。

以上の研究背景から、研究の第1段階である「断熱性能診断法の標準化」に対し、本論文は、断熱改修の前段階としての現場での断熱診断手法について実証的な検討を行っている。具体的には、既存の断熱性能診断法のリファインメントとともに、使い勝手の良いマニュアルなどを整備するための必要事項を検討している。標準となる簡易な診断技術の実用化により、断熱改修の促進及び悪徳・質リフォームの排除に、大きな効果を期待している。本論文では、精力的な文献調査により、住宅の断熱性能は施工された断熱材の使用年数が影響要素として大きく関係していることを明らかにしており、断熱材の性能を長期間にわたって検討する必要を確認している。本論文は、既存住宅の断熱性能を正しく把握するために、現場用の断熱性能評価方法として、部位全体の断熱性能が測定でき、かつ外気に接する室内壁面の温度分布を居住者にビジュアルに示すことが可能な「赤外線カメラによる熱画像法」の信頼性を向上させるための系統的な研究を行っている。そのため、実際住宅を対象とした実測及び数値シミュレーションによる様々な条件下での検討により、測定信頼性を確保するための必要な検討事項を抽出し、その評価を可能とするデータを採取し、測定法の信頼性をきめ細かく評価している。こ採取されたデータは、これまで既往の研究で検討されてきたデータに比べ、極めて多角的に検討・採取されており、データ自身が類似の研究を進展させるためにも、極めて貴重なものとなっている。

研究の第2段階である「断熱改修の実用化」に対し、本論文は、室内・外の温度差から生じる熱輸送を逆方向の移流によって妨げることにより熱損失を低減する技術であるダイナミックインシュレーション原理を用いて、断熱・気密性能が脆弱な住宅の開口部窓サッシ部を換気口として活用させつつ熱損失を低減する新たな断熱改修方式を提案している。ダイナミックインシュレーション原理を用いて外壁を断熱する技術は、欧米において適用例は少ないものの実用されているものの、日本の住宅に適用された例は殆んどない。また本論文で論じられている、この原理を住宅の開口部に適用する技術は、世界初の新たな技術であり、その新規性・先駆性は極めて高い。更に本論文で論じられているダイナミックインシュレーション開口の技術は、住宅の断熱性能向上のみならず、シックハウス対策としての室内空気質向上とも整合性が高く、その革新性は極めて高い。本論文では、提案している断熱改修の実用性を検討するため、数値シミュレーションの有用性を確認した上で、数値シミュレーションにより、様々な条件下での断熱性能・結露発生の有無を検討し、住宅への適用可能性を検討している。また、日本の標準住宅モデルを用い、年間エネルギー使用量の解析(日本の地域別、換気システム別)を行い、その省エネルギー性を具体的に明らかにしている。更には、改修技術の詳細設計案の作成及び試作品の製作を行い、実際住宅への適用のステップを踏んだ実用化研究にも着手している。これにより、その省エネルギー性能のみならず、設計上及び実用上の問題点も提示している。この様な、多角的な検討により、ダイナミックインシュレーション原理を用いた断熱改修技術は、その工学的有効性、社会的有効性が確認されている。

以上、本論文は既存住宅の省エネルギー化を促進するための簡易で標準となり得る断熱診断の開発並びに改修技術の実用化に関して極めて顕著な成果をあげている。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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