学位論文要旨



No 127473
著者(漢字) 陰山,晃治
著者(英字)
著者(カナ) カゲヤマ,コウジ
標題(和) 凝集-膜ろ過処理の凝集剤注入率の制御に向けたろ過抵抗変化速度のニューラルネットワークによるモデル化
標題(洋)
報告番号 127473
報告番号 甲27473
学位授与日 2011.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7559号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 滝沢,智
 東京大学 准教授 中島,典之
 東京大学 准教授 佐藤,弘泰
 東京大学 講師 小熊,久美子
 国立保健医療科学院 上席主任研究官 伊藤,雅喜
内容要旨 要旨を表示する

浄水プロセスにおいて、有機物あるいは無機物の膜を用いて原水に含まれる微粒子を分離除去する膜ろ過処理の導入数が増加しており、その原水として河川水や湖沼水などの表流水を用いる場合も増えている。膜ろ過処理は、コンパクトで維持管理が容易、自動運転が可能などの特長をもつが、膜の目詰まり(ファウリング)が徐々に進行するため、この目詰まりを抑制することが課題となっている。この目詰まりの主な原因は、原水に含まれる微粒子や溶解性物質である。したがって、微粒子や溶解性物質が多く含まれる原水、たとえば降雨の影響を受けやすい表流水を膜ろ過処理する場合には、膜ろ過処理の前段で前処理をすることが一般的である。前処理には、原水中の微粒子や溶解性物質による膜の目詰まりを抑制する機能が求められる。

この前処理のひとつとして、ポリ塩化アルミニウムなどの凝集剤を注入し、微粒子や溶解性物質を膜の孔径に比べて大きな粒子に成長させることで、膜の細孔の目詰まりを抑制する方式がある。この前処理を用いた方式(凝集-膜ろ過処理)は、コンパクト、維持管理が容易、自動運転が可能、などの特長をもつが、凝集剤注入率の適正化に関する課題がある。原水の水質に対して凝集剤が不足すると、微粒子や溶解性物質が十分に大きな粒子まで成長せず、膜の目詰まりが発生する。逆に凝集剤が過剰であると、凝集剤の費用が増えると同時に、浄水処理後の汚泥も多量に発生し、運転費が増大する。凝集処理は原水中の微粒子や溶解性物質と凝集剤との反応を利用するものであり、原水の水質が変化すると、適正な凝集剤注入率も変化する。したがって、原水の水質に対応し、凝集剤注入率と膜の目詰まりとの関係を計算できる手法が必要になると考えられる。

そこで、本研究では、原水水質および凝集剤注入率などの操作条件に基づき、目詰まりの進行、すなわちろ過抵抗の変化を予測するモデルを構築すること、およびそのモデルを用いた凝集剤注入率の制御技術を構築することを目的とした。ろ過抵抗の変化は非線形の現象であると想定されたため、統計モデルの一種であるニューラルネットワークを用いた。

第一に、実験室レベルの基礎実験として小型実験装置を用い、試薬で調製した原水を膜ろ過する実験を実施した。原水水質がそれぞれ異なる72回の膜ろ過実験の結果をまとめたところ、ろ過抵抗の時間変化は3つの類型に分類できた。ニューラルネットワークでモデル化する際には、これらの時間変化を統一して表現することが必要なため、4つの上昇傾向指標を提案した。これらの指標のうち難剥離性ろ過抵抗変化速度は、凝集剤注入率が多いほど減少するものの、易剥離性ろ過抵抗変化速度が上昇するため、凝集剤注入率には最適な範囲が存在することが明らかとなった。これら4つの上昇傾向指標をニューラルネットワークで推定することを試みた。ニューラルネットワークの入力因子は、濁度、紫外線吸光度UV260、水温、凝集剤注入率とした。その結果、長期的な上昇傾向指標である難剥離性ろ過抵抗変化速度と易剥離性ろ過抵抗変化速度を精度良く推定できた。これらの値を用いることで、逆洗直後のろ過抵抗を精度良く予測することができた。ろ過抵抗の推定誤差は、ろ過開始初期の現象を考慮しない場合には平均で9.3%であったが、ろ過開始初期の現象を考慮することで7.9%に減少した。このことから、ろ過開始初期の上昇傾向指標の推定性能を向上することで、ろ過抵抗の推定誤差をさらに改善できる可能性があることが示された。

第二に、難剥離性ろ過抵抗変化速度に対するニューラルネットワークの入力因子の寄与を評価するため、4つの入力因子のうち1つを除いた場合の推定結果と、4つの入力因子を与えた場合の推定結果を比較する方法を提案した。その結果、紫外線吸光度UV260を入力因子から除いた場合に推定誤差がもっとも大きくなった。このことから、 紫外線吸光度UV260が入力因子のうち最重要であることが分かった。また、そのほかの入力因子である濁度、水温、凝集剤注入率の重要度は同程度であることが分かった。

第三に、ベンチスケールの実験装置を用い、水質が時間的に変化する表流水を膜ろ過する実験を実施した。4つの上昇傾向指標のうち最も重要と考えられた難剥離性ろ過抵抗変化速度を対象に、ニューラルネットワークで実測値の推定を試みた。ニューラルネットワークの入力因子として、それぞれの時点での原水水質と操作条件を用いた場合、降雨などで原水水質が一時的に悪化して難剥離性ろ過抵抗変化速度が大きな値をとった箇所を良好に推定できることが分かった。しかし、日間変動や、難剥離性ろ過抵抗変化速度が大きい値となった後に負の値となった箇所については、良好に推定できなかった。このうち、日間変動については、難剥離性ろ過抵抗変化速度の絶対値が大きい箇所を除いた実測値のみを対象とすると、良好に推定できることが分かった。このことから、難剥離性ろ過抵抗変化速度が日間変動する現象と、降雨が原因で一時的に値が大きく変動する現象が異なることが分かった。これは、濁度や紫外線吸光度UV260の値が同じであっても、難剥離性ろ過抵抗変化速度が異なることを示しており、濁度の構成成分あるいは紫外線吸光度UV260の構成成分が、通常時と降雨後で異なることを示唆していると考えられた。日間変動は、積算して膜差圧に換算すると打ち消しあう割合も大きく、膜ろ過処理の運転の上では大きな問題にはならないと考えられた。上記の考察をさらに進めることで、異なるモデルを準備するのではなく、同一のモデルで日間変動と一時的な変動を表現できるよう改善できる可能性がある。

第四に、同じくベンチスケールの実験装置での実験結果のうち、いちど難剥離性ろ過抵抗変化速度が大きい値をとった後で負の値となった箇所の推定性能を高めるための手段として、履歴情報を入力因子として加えることを検討した。履歴情報としては、過去の水質情報でも効果があったが、初期膜差圧に対する膜差圧の増分を入力因子として用いた場合がもっとも効果的であることを明らかにした。この履歴情報は、膜面付着物と直接的に関係し、かつ独立性の高い入力因子であったため、推定性能の向上に対して有効であったと考えられた。履歴情報として二番目に有効であったのは、過去72hの紫外線吸光度UV260の平均値であった。この理由として、紫外線吸光度UV260と関係する成分は逆洗工程で剥離しづらく、難剥離性ろ過抵抗速度への影響が大きいためと考察した。原水水質が一度悪化して膜差圧が上昇してから、その影響がなくなるまでの期間が約3日であったことが原因となり、過去72hの平均値を与えることがもっとも有効であったと考えられた。

第五に、ニューラルネットワークを凝集剤注入率の制御に適用した際の効果について、シミュレーションを用いて評価した。実プラントの代替として、仮想プラントモデルを用いた。凝集剤注入率の制御方法として、難剥離性ろ過抵抗変化速度があらかじめ設定した上限値を超えないよう制御した結果、ニューラルネットワークを用いて制御すると、凝集剤注入率は全体的には仮想プラントにとって適切な凝集剤注入率に近い値になることを明らかにした。また、運転開始から時間が経過すると、凝集剤注入率の計算値が適切な注入率からスパイク状に外れる点が減少した。これは、実験開始から時間が経過するほどニューラルネットワークで活用できる教師データが増加し、制御で用いる予測用ニューラルネットワークの学習が進んだためと考えられた。スパイク状に外れる点は、誤差逆伝播学習法の反復計算回数を増やすことで低減できたことから、多数の非線形関数で構成されたニューラルネットワークにおける局所最小点の存在が原因であることが明らかになった。また、従来制御方式として濁度比例制御を実施した場合と、ニューラルネットワークを用いた制御を比較した。その結果、膜差圧の最大上昇量が同じであれば、ニューラルネットワークを用いた制御の場合、凝集剤注入率を半減できることを示した。さらに、予測用ニューラルネットワークで最適と計算された凝集剤注入率に一定の確率で摂動を与える強化学習を実施し、実施しない場合と比較した。その結果、原水水質が連続して変動する場合には、ある程度の幅を持つ教師データを自然に得られるため、強化学習を用いない学習であっても十分に予測が可能であることが分かった。

以上を総括すると、ニューラルネットワークは、凝集-膜ろ過処理において凝集剤注入率の制御に利用できる可能性があることが示された。ニューラルネットワークの入力因子としては、紫外線吸光度UV260などの水質条件、凝集剤注入率などの操作条件に加え、過去の膜面付着物と相関する履歴情報を用いることが有効であることが明らかになった。ニューラルネットワークを用いて制御する際、凝集剤注入率の計算値が適切な注入率からスパイク状に外れる点がとくに初期段階で見られたが、これは誤差逆伝播学習法の反復計算回数の増加によってある程度まで低減できることが分かった。今後、この点をさらに改善することで、より安定した制御方式を構築できると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

浄水プロセスにおける膜ろ過は、コンパクトで維持管理が容易、自動運転が可能などの特長をもつが、膜汚染(ファウリング)の抑制が課題となっている。特に微粒子や溶解性物質が多く含まれる原水表流水を膜ろ過処理する場合には、膜ろ過処理の前段で凝集などの前処理をすることが一般的である。しかし、凝集剤注入はこれまでの経験によるものが多く、適切な自動制御方法の開発が求められている。

そこで本論文は、ニューラルネットワークを用いた原水水質に応じた凝集剤注入率の制御方法についての研究を行った。

本論文は7章からなり、第1章は序章で研究の背景と目的を述べ、第2章は既存の研究についてまとめ、第3章ではニューラルネットワークによる膜ろ過プロセスのモデル化の方法について説明をした。

第4章では、試薬で調製した原水を小型膜ろ過実験装置を用いて膜ろ過し、ニューラルネットワークを適用した。原水水質が異なる72回の膜ろ過実験の結果から、ろ過抵抗の変化は3つの類型に分類でき、これらを4つのろ過抵抗上昇指標を用いて表した。凝集剤注入率を増加させると、これらの指標のうち難剥離性ろ過抵抗変化速度は減少するものの、易剥離性ろ過抵抗変化速度が上昇するため、凝集剤注入率には最適な範囲が存在することが示された。これら4つの上昇傾向指標を、濁度、紫外線吸光度UV260、水温、凝集剤注入率を入力因子として、ニューラルネットワークでモデル化した。その結果、ろ過開始直後の膜差圧の上昇予測は困難であるものの、長期的な上昇傾向指標である難剥離性ろ過抵抗変化速度と易剥離性ろ過抵抗変化速度を精度良く推定できた。また、4つの入力因子の膜差圧の変化への影響を比較したところ、紫外線吸光度UV260が入力因子のうち最重要であることが分かった。

第5章では、実際の表流水を原水としてベンチスケールの実験装置を用い、第4章で示した4つの上昇傾向指標のうち最も重要と考えられた難剥離性ろ過抵抗変化速度を対象に、ニューラルネットワークでの推定を試みた。その結果、降雨等により難剥離性ろ過抵抗変化速度が大きく変化した場合は良好に予測できるものの、その後にろ過抵抗が減少する過程や、日間変動については、良好に推定できなかった。このうち、日間変動については、難剥離性ろ過抵抗が大きく変化する箇所を除いた場合は、良好に推定できることが分かった。これは、濁度や紫外線吸光度UV260の値が同じであっても、難剥離性ろ過抵抗変化速度が異なることを示しており、濁度の構成成分あるいは紫外線吸光度UV260の構成成分が、通常時と降雨後で異なることを示唆していると考えられた。

次に、難剥離性ろ過抵抗変化速度が大きく上昇した後に減少する場合の推定性能を高めるため、履歴情報として初期膜差圧に対する膜差圧の増分を入力因子として用いたところ、独立性が高く膜汚染の大きさを直接表す入力因子であったため、最もよく推定性能を改善することができた。履歴情報として次に有効であったのは、過去72hの紫外線吸光度UV260の平均値であった。その理由として、紫外線吸光度UV260と関係する成分は逆洗工程で剥離しづらく、また原水水質が一度悪化して膜差圧が上昇してから低下するまでの期間が約3日であったためと考えられた。

第6章では、実プラントの代替として、仮想プラントモデルを用いて評価した。凝集剤注入率の制御方法として、難剥離性ろ過抵抗変化速度があらかじめ設定した上限値を超えないよう制御した結果、ニューラルネットワークモデルにより凝集剤注入率が適切に与えられることを明らかにした。また、運転開始後の時間経過とともに、凝集剤注入率の計算値が適切な注入率からスパイク状に外れる点が減少した。これは、時間経過とともに教師データが増加し、制御で用いる予測用ニューラルネットワークの学習が進んだためと考えられた。スパイク状に外れる点は、誤差逆伝播学習法の反復計算回数を増やすことで低減できたことから、多数の非線形関数で構成されたニューラルネットワークにおける局所最小点の存在が原因であることが明らかになった。また、従来制御方式と比較したところ、膜差圧の最大上昇量が同じであれば、ニューラルネットワークを用いた制御の場合、凝集剤注入率を半減できることを示した。

第7章は本論文のまとめと結論である。

以上の研究成果から、ニューラルネットワークは、凝集-膜ろ過処理において凝集剤注入率の制御に利用可能であることが示された。また、ニューラルネットワークの入力因子として、紫外線吸光度UV260などの水質条件、凝集剤注入率などの操作条件に加え、過去の膜汚染に関する履歴情報を用いることが有効であることが示された。これらの研究成果は、今後の実用化を目指して、浄水処理における膜ろ過プロセスの制御に貢献するものと考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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