学位論文要旨



No 127480
著者(漢字) 孫,立
著者(英字)
著者(カナ) ソン,リツ
標題(和) 中国都市における城中村の実態とその住環境整備事業の評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 127480
報告番号 甲27480
学位授与日 2011.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7566号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 大方,潤一郎
 東京大学 教授 出口,敦
 東京大学 准教授 大月,敏雄
 東京大学 准教授 城所,哲夫
内容要旨 要旨を表示する

開発途上諸国は、経済発展にともない、地域間の所得格差が拡大した結果、農村から都市への人口の急速な集中が今日においても鈍化することはなく、今後も趨勢として続くことは確実である。しかしながら、このような急速な都市部への人口集中は、多様な都市問題を生起させている。ことに、都市貧困層の拡大は、都市経営上の大きな課題となっており、ただでさえ不十分な都市インフラ整備の問題とも絡み、居住環境の劣悪なスラムなどの都市低所得者地区を増加させている。都市へ集中する貧困層に対する諸政策は、開発途上国の都市が、21世紀においてもその活力を維持していくための重要な課題であるといえる。その中、そもそもスラムを克服するために出発したとも言える都市計画分野においては、貧困層が集住している低所得者地区の居住環境をいかに改善していくのか、その重要な課題の一つであろう。中国においても、多くの発展途上国と同様、市場経済化政策による経済発展の一方、地域間の所得格差の拡大による農村からの出稼ぎ労働者(農民工)が主体である都市低所得者層の急増は都市経営上の大きな課題となっている。近年、流入した農民工たちの主な受け皿として、中国都市においても、「城中村」(都市の中の村)と呼ばれている都市現象が生まれ、1990年代以降、大・中都市における普遍的な現象となってきている。この城中村地域は、一口で低所得者地域といっても他国におけるスラムともスクォッター地区とも違い、中国特色的なものでもあるし、さらに、この城中村問題が今後、8億人の農民が如何に都市化されるという巨大問題に繋がっているから、近年、各分野に注目される。一方で、21世紀に入り、外延的な都市拡張の限界に切迫された大都市の空間政策は、拡大による都市開発から既成市街地を対象とした再開発に転換されつつある。この政策の転換とともない、ここ十年の間、経済発展した都市では、城中村に対する住環境整備・再開発事業が次々と登場した。一体、こうした中国特色的な都市現象がどのように生まれてきたのか、低所得者地区でもある城中村の居住環境がどのような状態なのか、改善する必要性があるのか、現在どのような城中村住環境整備事業が行われているのかという一連の問いは本研究の出発点となる。

以上の背景・問題意識のもとに、本研究では、「中国都市における城中村現象とその住環境整備の実態を明らかにすること」を、主たる目的とする。

このような研究目的を実現するために、本研究では、以下のような5つの研究設問に分けて、調査・議論を展開する。

(1)城中村とは何か?

(2)どのように生まれてきたのか?

(3)住環境改善の必要性があるか?

(4)どのような住環境整備が行われているか?

(5)それぞれ整備事業の効果が如何だろうか?

研究は、現地短期滞在観察、インタビュー・アンケート調査、政府・専門家・居住関係者訪問などを主たる研究方法として進めてきた。インタビュー調査は政府関係者30人程度、学者・専門家20人程度、城中村のリーダー、村民、借家人、周辺市民、一般市民50人程度に対し、アンケート調査は重慶市における300世帯、深〓市における450人に対して行った。また、中国人2人、日本人1人の共同研究者に協力を頂いた。

本論文は、序章と本篇7章から成る。

第1章では、城中村の概念に関する文献レビューを行い、中国の東・中・西部の三つの経済地帯から選定した8つの典型都市における城中村の資料の分析を通じて、城中村全体としての類型、規模、特徴などの実態を把握する。その上で、ある典型都市を取り上げて、城中村の具体的な状況について考察する。

第2章では、城中村形成の背景とそのメカニズムについて論じる。なぜ、最近のここ十数年の間に中国に「城中村」が生まれてきたのだろうか。なぜ、他国における低所得者地域とは異なり、中国では城中村という形で現れるのだろうか。これらの問いを念頭におきながら、理論上で城中村形成全過程の流れ、形成メカニズムを解明することに試みる。

第3章では、城中村の住環境実態と居住関係者の改善意識の解明が主たる目的である。まず、住環境評価指標を用いて、ある典型城中村の住環境への評価を通じて、城中村の具体的な物的住環境の実態を相対客観的に把握する。さらに、アンケート調査により、低所得者地域の住環境の現状に対して、居住関係者がどのような住環境改善意識を持っているかということについて考察する。あわせて、本研究対象となる城中村とほかの低所得者地域との比較を行う。

第4章では、西安市における完成事例へのケーススタディを通じて、今までの撤去・再建型住環境整備事業によくみられる2タイプ事業の実施後の実態について考察を行う。

第5章では、漸進改善を主軸とする住環境整備が行われている深〓市の城中村政策、完成事例の状況を考察する。

第6章では、深〓市における各類型事業の完成事例地区を調査対象地区として、居住者に対するアンケート調査を通じて、それぞれ事業効果を把握しながら、各事業の効果を比較する。

第7章では、本研究の調査・分析により得られた知見を総括しながら研究設問に回答する。また、本研究より得られた知見に基づいて、今後の城中村の住環境整備のあり方について、既存の議論を整理しながら検討し総合的考察を行う。

研究設問を回答しながら本研究により得られた知見を以下のようにまとめることができる。

設問2:城中村がどのように生まれてきたか

1 中国都市における城中村は、中国の急速な都市化、中国における二元体制の存在という社会背景がその形成・続きの必要条件であり、両者の総合作用による結果である。

2 改革開放以来の急速な都市化による都市の新規低所得者の激増により、ここ数年その受け皿としての「城中村」が生まれてきた。

3 中国独特な都市・農村分割の二元体制の存在により、他国とは異なり、中国都市における低所得者地域が城中村という形で現れてきた。

設問3:城中村住環境の必要性があるか

設問3に関しては、本論の第3章において、ある典型城中村の住環境への評価を通じて、城中村の具体的な物的住環境の実態をわりと客観的に把握した上で、さらに、アンケート調査を通じて、ほかの低所得者地域の状況を比較しつつ、居住関係者の視線に基づいたこの問題の主観的な答えも求めることに試みた。結論としては以下のようである。

1 城中村の物理環境に関連する項目のランクが極めて低いという客観的な住環境の評価結果から判断すれば、城中村住環境改善の必要性がある。

2 居住関係者の主観的判断によりも、どの類型の低所得者地域にも住環境改善が必要であるが、中でも城内村型の低所得者地域の住環境改善が最も緊急的な課題であることが感じられた。

設問1:城中村とは何か

城中村の形成メカニズム及びその住環境の実態にあわせて都市計画的視点に立って回答すれば、「城中村」とは、急激な都市化と都市・農村分割の二元体制との総合作用による外来出稼ぎ者の受け皿としてのインフォーマル廉価賃貸住宅地であり、中国版の都市スラム地区でもある。

設問4:どのような住環境整備が行われているか

2000年代に入り、経済発達した一部の都市において城中村整備事業が行われ始めた。今まで見られる城中村整備事業には、撤去再建型も漸進改善型も両方とも存在しているが、殆どの都市では撤去再建型のみの城中村整備事業が行われている。事業の主導主体によれば、政府主導型、市場主導型、村主導型、連携主導型がみられる。撤去再開発事業では、最初は、合意形成から資金調達、プロジェクト施工までのあらゆる開発段階において政府主導により進められていたケースが見られるが、2000年代半ばから現行の整備手法として、政府による支援・協調の下で、市場、村あるいはそれらの連携団体が事業の主体として城中村再開発の事業を推進するのが一般的である。なお、深〓市に行われている漸進改善型事業は、財政的には政府主導によるものである。

設問5:それぞれ整備事業の効果が如何だろうか

物的住環境改善の面においては、どの類型の事業でも、それなりの改善効果があるといえる。撤去再開発事業では、物的住環境の徹底的改善、村民の生計維持・向上の問題をうまく解決することができる一方、低所得者の借家人の住み続きを難しくさせ、社会公平、都市発展の後続力などの問題をもたらす恐れがあるのである。漸進改善型整備事業では、城中村の基本的な住環境問題を解決した上で、その廉価賃貸住宅地の機能を活用できるような住環境改善事業であり、バランスよく各主体の利益を守れる面が評価される。しかし、今までの政府主導によるこの漸進改善事業を、今後、如何に住民主導により持続的に展開させていくのか、重大な課題となる。

以上の調査結果に基づいて、本研究の視座から今後の城中村整備のあり方について検討した結果、以下のようになる。

1 少人数の権利者である村民、開発業者、政府にとって、成功とも言える現行の城中村の再開発手法は、大多数である外来低所得の借家人の利益を配慮しなく、城中村の低所得者の受け皿の機能を活かすことはできなくさせるため、今後の整備のあり方として、全国に普及するのは不適当である。

2 今後、廉価賃貸住宅地の性質を維持しつつ、低所得者である居住者を満足させるような住環境整備を推進すべきである。今後の城中村の対応策の方向性として、従来のルールに基づいて村の建設管理を強化するよりは、中国の都市化の実況にあわせて従来の規制を緩和すべきである。

3 城中村問題の徹底的解決は、中国都市計画法の訂正により済まなく、中国の社会・経済の地域間の均衡発展に頼るほかにならない。

本研究の調査結果・検討を踏まえ、城中村の廉価住宅地の機能を生かしつつ、各地の状況にあわせて実施可能、かつ持続可能な城中村住環境整備事業の仕組みを構築していくことが望まれる。これも今後の研究課題となる。

全国の各代表都市における城中村の状況を把握した上で、現地生活者に対する調査を行い、城中村を世界開発途上国における低所得者地区の一員として、議論を展開するものである本研究は、城中村における生活者の息吹をとらえた研究が少なく、全国的ないし世界的な視野から城中村問題をとらえた検討が稀であるという先行研究のキャップを埋めるのに有意義なものであると思われる。また、実践上では、先行都市における整備政策・事業手法に対する評価、各類型事業実施による改善効果の比較は、今後全国的に城中村住環境整備事業が大規模展開される際に他都市の参考になれると考えられる。なお、日本語で城中村問題に関する研究の全体枠組みを提示することにより、世界低所得者地区住環境の改善に関する研究のさらなる展開を期待する。

審査要旨 要旨を表示する

中国では、市場経済化政策による経済発展の一方、地域間の所得格差の拡大による農村からの出稼ぎ労働者(農民工)が主体である都市低所得者層の急増は都市経営上の大きな課題となっている。とくに、近年、流入した農民工たちの主な受け皿として、中国都市においても、「城中村」(都市の中の村)と呼ばれている都市現象が生まれ、1990年代以降、大・中都市における普遍的な現象となってきている。一方で、多くの中国都市の都市開発政策は、再開発重視へと転換しつつあり、経済発展した都市では、城中村に対する住環境整備・再開発事業が次々と登場している。このような背景のもとで、本研究は、中国都市における城中村現象とその住環境整備の実態を明らかにし、今後の低所得者地域の住環境改善の方向性について検討を加えることを主たる目的としている。

研究の方法は、現地短期滞在観察、インタビュー・アンケート調査、政府・専門家・居住関係者訪問インタビューであり、インタビュー調査は政府関係者30人程度、学者・専門家20人程度、城中村のリーダー、村民、借家人、周辺市民、一般市民50人程度に対し、アンケート調査は重慶市における300世帯、深〓市における450人に対して行った。本論文の概要は以下のとおりである。

第1章では、城中村の概念に関する文献レビューを行い、中国の東・中・西部の三つの経済地帯から選定した8つの典型都市における城中村の資料の分析を通じて、城中村全体としての類型、規模、特徴などの実態を把握している。第2章では、城中村形成の背景とそのメカニズムについて論じ、城中村形成全過程の流れ、形成メカニズムを解明している。第3章では、アンケート調査と通じて、特定地域について低所得者地域の住環境の現状と、居住関係者の住環境改善意識を解明している。第4章では、西安市における完成事例へのケーススタディを通じて、撤去・再建型住環境整備事業の実態について考察を行っている。第5章では、漸進改善を主軸とする住環境整備が行われている深〓市の城中村政策、完成事例の状況が考察されている。第6章では、深〓市における各類型事業の完成事例地区を調査対象地区として、居住者に対するアンケート調査を通じて、それぞれ事業効果を把握しながら、各事業の効果を比較している。最後に第7章において、本研究より得られた知見に基づいて、今後の城中村の住環境整備のあり方についての総合的考察を行っている。

本研究により得られた知見を以下のようにまとめることができる。

(1)中国都市における城中村は、中国の急速な都市化、中国における二元体制の存在という社会背景がその形成・続きの必要条件であり、両者の総合作用による結果である。

(2)改革開放以来の急速な都市化による都市の新規低所得者の激増により、ここ数年その受け皿としての「城中村」が生まれてきた。

(3)中国独特な都市・農村分割の二元体制の存在により、他国とは異なり、中国都市における低所得者地域が城中村という形で現れてきた。

(4)今まで見られる城中村整備事業には、撤去再建型も漸進改善型も両方とも存在しているが、殆どの都市では撤去再建型のみの城中村整備事業が行われている。事業の主導主体によれば、政府主導型、市場主導型、村主導型、連携主導型がみられる。一方、先進的な事業として、深〓市では漸進改善型事業が開始された。

(5)撤去再開発事業では、物的住環境の徹底的改善、村民の生計維持・向上の問題をうまく解決することができる一方、低所得者の借家人の住み続きを難しくさせ、社会公平、都市発展の後続力などの問題をもたらしている。

(6)一方、漸進改善型整備事業では、城中村の基本的な住環境問題を解決した上で、その廉価賃貸住宅地の機能を活用できるような住環境改善事業であり、バランスよく各主体の利益を守れる面が評価されるが、今までの政府主導によるこの漸進改善事業を、今後、如何に住民主導により持続的に展開させていくのか、重大な課題となっている。

以上の知見に基づき、さらに、本論文は今後の城中村整備のあり方として、廉価賃貸住宅地の性質を維持しつつ、低所得者である居住者を満足させるような住環境整備を推進すべきこと、今後の城中村の対応策の方向性として、従来のルールに基づいて村の建設管理を強化するよりは、中国の都市化の実況にあわせて都市住宅地域として整備していくべきこと、既存村民による改善市街地の維持管理の制度的枠組みを整えるべきことを提言している。

本研究は、中国型の都市低所得地域である城中村を対象都市として、中国の各代表都市における状況を把握した上で、現地生活者に対する調査を行い、さらに、先行都市における整備政策・事業手法に対する評価、各類型事業実施による改善効果の比較を行ったものであり、他に類例のない先駆的研究であり、学術的に優れた価値を有していると同時に、城中村地域の改善を進めるにあたってきわめて有益な提言となっている。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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