学位論文要旨



No 127485
著者(漢字) 細畠,拓也
著者(英字)
著者(カナ) ホソバタ,タクヤ
標題(和) 共振駆動形静電誘導モータに関する研究
標題(洋)
報告番号 127485
報告番号 甲27485
学位授与日 2011.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7571号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 樋口,俊郎
 東京大学 教授 佐々木,健
 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 准教授 新野,俊樹
 東京大学 准教授 山本,晃生
内容要旨 要旨を表示する

(本文)

近年,ロボットや精密位置決め装置等の多自由度のメカトロニクスシステムにおいて,小型・軽量かつ高出力なアクチュエータへの要求が高まっている.この要求を満たすために開発された「交流駆動両電極形静電モータ」は,電磁モータに匹敵する高い出力重量比を薄型・軽量な構造で実現した実用化の期待されるアクチュエータである.

交流駆動両電極形静電モータは,微細な帯状電極の埋め込まれたフィルム状の固定子および可動子より構成され,高圧(1~2kV程度)の多相交流電圧を双方の電極に印加することによって電極間ギャップに強い電界を形成することを特徴とする,印加電圧の周波数に応じた速度で駆動される同期モータである.一方,静電モータにおいても電磁モータと同様,同期モータと対になるものとして「静電誘導モータ」があるが,交流駆動両電極形静電モータに相当する高出力の静電誘導モータは実現されていなかった.

静電誘導モータは,すべり角周波数(電極間ギャップに生ずる進行電場の可動子に対する相対速度を電気角毎秒に換算したもの)に応じてトルク(直動形の場合は推力)の変化するモータであり,一定周波数の電圧を印加した場合でも滑らかな加速を得ることができ,また可動子側と外部電源との直接的な接続が必要ないという利点を有している.高出力の静電誘導モータを実現することができれば,同期モータである交流駆動両電極形静電モータと併せて,より広い範囲での静電モータの応用が可能になる.そこで本研究では,交流駆動両電極形静電モータの持つ高い出力特性を継承した静電誘導モータを実現することを目的とした.

上述の目的を達成するために開発した「共振駆動形静電誘導モータ」の特徴は下記の通りである.

1.電極の基本構造は従来の交流駆動両電極形静電モータと同様である.

2.電源に接続されるのは固定子電極のみであり,可動子電極には電気的共振を利用して電位を高くするためのインダクタが接続されている.

3.すべり角周波数が系の共振角周波数に一致する条件において,可動子電極の電位は最大となり,トルク/推力が最大化される.

本論文は,共振駆動形静電誘導モータの理論・設計法および共振駆動方式の応用について報告するものであり,各章の構成は下記のようになっている.

序論である第1章では,本研究の背景および着想の経緯について述べる.まず,交流駆動両電極形静電モータおよび他形式の静電モータに関する過去の研究成果を参照し,静電モータ研究における本研究の位置付けを明らかにする.次に,静電誘導モータと電磁誘導モータの双対性に関する考察から,固定子・可動子の双方に電極を有する「両電極形静電誘導モータ」の実現可能性が示唆されることを示す.

第2章は,電磁誘導モータにおけるかご型誘導モータから類推される,両電極形静電誘導モータについての理論的な検討に関するものである.

まず,交流駆動両電極形静電モータの集中定数モデルより出発し,かご型誘導モータとの双対性を考慮した両電極形静電誘導モータのモデルを構築する.ここで検討の対象とした両電極形静電誘導モータは,固定子・可動子共に三相電極を有し,固定子電極には三相交流電圧が印加されており,可動子電極は外部抵抗によって相互に接続されているという構造を有する.このモデルに対する考察から,可動子電極の電位が形成する周期的な電位分布がすべり角周波数に応じて変化し,従ってすべり角周波数に依存した推力/トルク特性が得られることを示す.この特性は,従来の誘電体形静電誘導モータと類似しており,また電磁誘導モータと双対関係にあるものである.

しかしながら,実際の電極形状を仮定した定量的な考察により,この静電誘導モータの推力/トルクは交流駆動両電極形静電モータの数十分の一と弱く,高出力のモータの実現困難であることが結論付けられる.これは,固定子・可動子間の相対変位によって変化しないキャパシタンス(可動子電極間の寄生キャパシタンスおよび固定子・可動子電極間の可変キャパシタンスのオフセット)の影響により,可動子電極の電位振幅が固定子側に比して低くなり,また固定子・可動子電位分布間の最適な空間的位相差が得られないことに起因している.以上の考察から,高出力の静電誘導モータを実現するためには,電磁誘導モータからの単純な類推以上の工夫が必要であるとの結論に至る.

第3章は,第2章における考察を元に考案した共振駆動形静電誘導モータに関するものである.同モータは,可動子電極に三つのインダクタを接続することにより,電気的共振を利用して大きな推力/トルクを得ることを特徴としている.

まず,同モータの集中定数モデルを構築する.このモデルより,同モータにおいてはすべり角周波数が静電モータとインダクタで構成される系の共振角周波数に等しい条件において,可動子電極の電位振幅を共振の鋭さ(Q値)に応じて高くすることができ,またこの際の固定子・可動子電位分布間の空間的位相差は交流駆動両電極形静電モータにおける最適値と等しくなることを示す.従って適切なQ値が得られるインダクタを用いることにより,共振条件において交流駆動両電極形静電モータと同等の推力/トルクを得ることができる.

次に,理論の検証を目的として試作したモータおよびこれを用いた実験の結果について述べる.試作したモータは,三相電極を有する9対の固定子・可動子フィルム電極と,スリップリングを介して可動子電極に接続された三つの空芯コイルから成り,固定子電極に三相交流電圧を印加することによって駆動される回転形静電誘導モータである.また,9対のフィルム電極は,三相電極間の形状の違いによるキャパシタンスの非対称性を解消するために考案した平均化積層法を適用したものである.このモータに振幅900[V],周波数8.25[kHz]の三相交流電圧を印加した際の最大トルクは約20[mNm]であり,また達成した無負荷回転数は125[rpm](印加電圧の周波数は8.55[kHz])であった.以上の結果により,共振駆動形静電誘導モータの実現可能性を示した.

第4章は,共振駆動形静電誘導モータの設計法に関するものである.第3章の試作モータから得られた知見を元に,より詳細なモデルを構築し,このモデルの解析に基づいた電極およびインダクタの設計法について述べる.

まず,共振駆動形静電モータにおいては電極間のキャパシタンスの対称性が極めて重要であること示す.従来の交流駆動両電極形静電モータにおいては全ての電極の電位が電源によって能動的に制御されるが,本モータにおいては可動子電極の電位は受動的に決定される.従って,可動子側電極における電極間寄生キャパシタンスや固定子・可動子電極間の可変キャパシタンスのオフセット等のパラメータが非対称である場合,可動子電極の電位は非対称三相交流となり,トルクに非理想的な振動を生じる結果となる.ここでは,キャパシタンスの非対称性のトルクへの影響を対称座標法によって解析する.また,この問題を解決するために考案した,給電配線を三重螺旋形状とし,三相電極が幾何学的に対称になるように設計された対称形電極について述べる.

次に,フィルム電極の持つ誘電損を考慮したモデルを構築し,その影響について考察する.同モデルより,フィルム電極の誘電損は系の共振の鋭さ(Q値)を低下させ,達成可能なQ値の上限値を決めることが示される.また,対称形電極を用いた場合を例として,誘電損を考慮した設計法を示す.

さらに,可動子に搭載することを前提としたインダクタ設計法について述べる.可動子に搭載する場合には三つのコイルを近接して配置せねばならず,従ってコイル間の相互インダクタンスについても考慮しなければならない.また,コイルを磁性体コアに巻く場合,磁気飽和についても考慮する必要がある.

最後に,以上を総合した共振駆動形静電誘導モータの設計法についてまとめ,実際に製作したモータを例にその設計手順を示す.

第5章は,共振駆動方式の応用に関するものである.電気的共振によって可動子電極の電位を昇圧する方法は,静電モータを用いた様々な受動的システムへの応用が可能である.この章では,その一例として同方法の静電マスタースレーブ機構への応用について述べる.

静電マスタースレーブ機構は固定子電極のみに電圧の印加された,相互に結線された二つの静電モータによって構成される.一方のモータに作用する力は他方に伝達され,無負荷時には二つのモータの位置が受動的に同期するという,電磁モータにおけるシンクロ系に類似の機能を有する機構である.しかしながら,静電マスタースレーブ機構においても両電極形静電誘導モータと同様の理由により,可動子電極の電位が固定子側に比して低くなるという理由から,実用的な推力/トルクを得ることは困難であった.

そこで,電気的共振を利用して可動子電極の電位を昇圧し,静電マスタースレーブ機構の伝達可能推力を強化する方法を考案した.この方法は,二つの可動子の三相電極に三つのインダクタを接続し,固定子側電極の1相を接地,残り二相に反転された単相交流電圧を印加することによって実現できる.結果として振幅660[V],周波数5.95[kHz]の電圧を印加した状態で,最大速度20[mm/s],加速度0.16[mm/s2 ]で二つの静電モータを受動的に同期可能であり,最大0.6[N]の力を相互に伝達可能なマスタースレーブ機構を実現した.

第6章では,本研究を総括した上で,今後の課題と展望について述べる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「共振駆動形静電誘導モータに関する研究」と題し,可動子への直接的な給電を必要とせず,トルクがすべりに依存する静電誘導モータの性質を有し,また電気的共振を利用して高い出力を得ることができるという特徴を持つ,新しい原理の静電モータに関する一連の研究で得られた成果を纏めたものである.

本文は以下に示す6章で構成されている.

第1章「序論」では, 研究の背景と目的について述べている.まず,先行研究として,高い出力重量比を有する静電アクチュエータである交流駆動両電極形静電モータについて述べ,その実用化へ向けた課題の内,特に解決が困難であるものとして,高い出力を維持しつつ可動子と外部電源との直接的な電気的接続を排除することを挙げている.また,この問題を解決するため,高出力の静電誘導モータの実現を研究目的としたことを述べている.

第2章「両電極形静電誘導モータに関する基礎的検討」では,交流駆動両電極形静電モータの三相電極構造を踏襲した静電誘導モータの実現可能性について理論的な検討を行っている.まず,電磁モータにおける誘導モータからの類推により,固定子・可動子の双方に電極を有し,可動子電極には抵抗要素が接続され,固定子電極に三相交流電圧を印加することにより駆動される両電極形静電誘導モータのモデルを構築している.このモデルにおいては,電極間ギャップに生ずる電場の進行速度と実際の可動子の速度の差からすべり角周波数を定義しており,この角周波数に依存してトルクの変化する静電誘導モータの実現可能性を理論的に示している.また,同モデルを用いた定量的な考察から,この構成では可動子電極の電位が固定子側に比して大幅に低下するという理由により,実用的な出力を有するモータは実現困難であることを示している.さらに,同モータの等価回路に対する考察から,系にインダクタを追加することにより,電気的共振によって可動子電位を高くすることができ,高出力の静電誘導モータが実現可能になることを示している.

第3章「電気的共振による静電誘導モータの高出力化」では,第2章における考察を基に考案した共振駆動形静電誘導モータについて,基礎的な理論を構築し,回転形のモータを製作してその理論を検証した結果について述べている.このモータは,回転子側の三相電極にはスリップリングを介して三つの空芯コイルが接続されており,固定子側の三相電極には高圧の三相交流電圧が印加されているという構成となっており,すべり角周波数が系の共振角周波数と一致する条件において回転子電極の電位が最大となり,トルクが最大化されるという特徴を有している.また,同モータを実現するに当たり,電極間の静電容量の非対称性が問題となったが,9対のフィルム状電極を用いて静電容量を平均化する結線方法により,問題が解決可能であることを示している.同モータを用いた実験により,理論と実際との定性的な一致を確認しており,従来の交流駆動両電極形静電モータと同等のトルクを発生することができる静電誘導モータを実現することに成功している.

第4章「共振駆動形静電誘導モータの設計法」では,より実際的な観点から共振駆動形静電誘導モータの設計法について述べている.まず,第3章で用いたモデルで簡略化のために無視されていた固定子・可動子における誘電損およびインダクタ間の相互インダクタンスを考慮したより詳細なモデルを構築しており,前者が系の共振の鋭さに,後者が系の共振角周波数に影響することを述べている.次に,共振駆動形静電誘導モータにおいては電極間の静電容量が対称であることが極めて重要であり,非対称である場合には振動的なトルクを生ずることを理論と実験の両側面から述べている.また,この結果を踏まえた上で,電極設計における同モータに特有の要件について明らかにし,これを実践した三相が完全に幾何学的に対称な電極を製作している.最後に,この電極を用いて,三つのトロイダルコイルを回転子に搭載したモータおよびスリップリングを介して三つの空芯コイルの接続されたモータを製作し,同電極設計法の有効性を示している.

第5章「静電マスタースレーブ機構」では,電気的共振を利用して静電モータを高出力化する方法の一つの応用例として,静電マスタースレーブ機構と名付けられた新しい機構を提案している.静電マスタースレーブ機構は,二つの相互に結線された直動形の静電モータで構成され,二つのモータの固定子電極に交流電圧を印加することで,無負荷時には二つのモータの位置が同期し,負荷を一方に加えると他方に伝達されるという,電磁モータにおけるシンクロ系に類似の機能を持つ機構である.まず,同機構においても,可動子電極の電位が固定子側に対して大幅に低くなるというという理由により伝達可能な推力が制限されるという問題点があることを示している.次に,この機構においても可動子側に三つのインダクタを接続することで,電気的共振を利用して伝達可能推力を大幅に向上させることが可能であることを,理論と実験の両側面から明らかにしている.

第6章「結論」では,論文を総括するとともに,今後解決されていくことが望まれる具体的な技術課題について述べている.

このように,本論文は,高出力の静電誘導モータを,電気的共振を利用するという斬新な手法により実現し,また同モータの理論・設計法から応用まで,詳細な検討結果を報告したものである.その成果は,新たな原理の静電モータを提案することで精密機械工学,メカトロニクス,静電気工学等の学問分野の発展に貢献するものであり,工業的利用への期待も大きいと言える.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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