学位論文要旨



No 127488
著者(漢字) 山磨,敏夫
著者(英字)
著者(カナ) ヤマトギ,トシオ
標題(和) 複合材料製プロペラに関する研究
標題(洋)
報告番号 127488
報告番号 甲27488
学位授与日 2011.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7574号
研究科 工学系研究科
専攻 システム創成学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 村山,英晶
 東京大学 教授 影山,和郎
 東京大学 教授 山口,一
 東京大学 特任教授 大内,一之
 東京大学 特任准教授 鵜沢,潔
 海上技術安全研究所 主任研究員 川並,康剛
内容要旨 要旨を表示する

世界の経済や物流を支えているのは、海上輸送である。一度に大量の貨物や巨大な重量物、そして多くの人を遠くまで低コストで運ぶことが可能である。日本の経済活動を維持していくために必要なエネルギや鉱物資源そして食糧等の多くは海外に依存しており、その大半を輸送する船舶は国民生活・経済活動を支える極めて重要な役割を担っている。また、国内輸送、漁業やレジャーにも船舶は利用されている。一方で、日本は四方を海で囲まれ経済水域や領海を守るために防衛省の海上自衛隊や海上保安庁も多岐にわたる艦艇や船舶を保有しており、その責任はかなり高い。

これらの船舶は多くの機器類で構成されているが、その中でも推進器は重要であり、一般商船は運航中の燃料消費を抑えるための省エネ、レジャー関連では加速性や乗り心地等の嗜好性が求められ、特殊船については制振性や非磁性等、様々な要求がある。

その中で舶用プロペラの材料は、銅系ニッケルアルミブロンズ(NAB)が一般的である。この材料の主原料は銅であり、可採可能年数が約40年程度であり、銅は投機対象となりLMEでも高値で推移し変動も激しい。このような背景で、舶用プロペラの代替材料が求められている。

その代替材料として、注目されるのは複合材料である。金属材料と比較して比強度が高く、耐腐食性が高いなどの利点があり、航空機、自動車、風力発電のタービンなどに利用されている。舶用分野において、複合材料はボートやヨットの船体に通常使用されている。一方、大型船への応用はまだ少ない。しかしながら、複合材料は様々な船のプロペラや舵等の付加物として将来有望な構造材料になり得ると期待される。その中で、複合材料を舶用推進器に適用した製品も幾つか発表され、複合材料を舶用プロペラに適用するための多くの研究が行われている。しかし、複合材料のコストは従来の金属材料に比べ高価であるが、比較的高コストが容認される艦船や潜水艦などの特殊船のプロペラとして使用されている。近年、複合材料の航空宇宙や自動車への幅広い普及や生産技術の進歩により複合材料のコストは下がっており、一般商船のプロペラ材料として利用可能な域まで達していると考えられる。

一般商船に使用するための課題として、キャビテーション・エロージョンの問題が挙げられるが、舶用プロペラを対象とした複合材料に関するキャビテーション・エロージョンの研究は僅かしか発表されていない。また、舶用プロペラで重要な疲労強度、弾性変形を利用したプロペラ設計法を確立するための系統的な水槽試験評価、ならびに実船試験による性能評価および耐久性評価が、ほとんど行われていないのが実情である。

そこで、本研究では以下の項目について研究を行った。

1)複合材料の材料特性試験

舶用プロペラの代替材料として複合材料を選定した。材料特性試験として、引張、曲げ、層間せん断およびアイゾット衝撃試験を行い、炭素繊維のFRPは舶用プロペラの一般的な材料であるニッケルアルミブロンズ(NAB)と同等以上の強度を有することが分かった。また、弾性率が1/5~1/3程度と低く同荷重でも大きな変形が生じることが分かった。

次に、2種類のCFRPについてイオン交換水および3%NaCl水に1年以上に亘り浸漬させ、膨潤による強度劣化およびプロペラ材料として重要な疲労強度について、材料特性試験ならびに疲労試験を行った。材料強度の低下はほとんど見られず、劣化は確認されなかった。また、疲労試験を3%NaCl水に浸漬状態で行い、疲労強度は約10%程度低下したが、NABより4倍以上の疲労強度を有する結果を示した。

2)複合材料のキャビテーション・エロージョン試験

舶用プロペラは、作動状況にもよるが一般的に翼面上にキャビテーションが発生しエロージョンを引き起こし、表面悪化や損傷等を受ける。

数種類の複合材料やフィラー材について、磁歪式超音波キャビテーション試験を実施した。

先ず、数種類の複合材料についてキャビテーション試験を行い、アラミド繊維のFRPがエロージョン耐性が高かった。また複合材料のキャビテーション・エロージョンのメカニズムも得た。

次に、繊維と樹脂との界面強度がキャビテーション・エロージョンにどのように影響を与えるか確認するためにガラス繊維のFRPについて、樹脂と繊維のサイジングを変更した。界面強度の計測にはマイクロドロップレット試験を行い、本材料では樹脂による影響が大きく、不飽和ポリエルステルが高かった。しかし、キャビテーション試験結果は、エポキシ樹脂の方がエロージョン耐性が高かった。この結果から、母材である樹脂の特性を変更することでエロージョン耐性が向上することが推定された。

さらに母材特性変更するために数種のフィラー材を用い、キャビテーション試験を行った。その結果、ガラスのマイクロバブルズを混ぜたフィラー材が、AFRPよりもエロージョン耐性が高かった。

エロージョン耐性を向上させるために、ポリプロピレン樹脂についてもキャビテーション試験を行い、今回試験した樹脂材の中で一番高いエロージョン耐性を示した。また、CFRPに軟質のシリコン系樹脂を塗装したものは、かなりエロージョン耐性が向上した。

以上のように、複合材料の母材である樹脂の特性を変更することや軟質のコーティングを実施することでエロージョン耐性が向上することが分かった。しかし、舶用プロペラの一般材料であるNABよりもエロージョン耐性は劣っていた。

3)複合材料製プロペラの設計法および水槽試験

複合材料の材料特性試験から、塩水中での疲労強度がNABより高いこと、および弾性率が低いことを利用したプロペラの設計法について、水槽試験で性能および設計法の確認を行った。

複合材料の疲労強度を考慮して、ハンディーバルクキャリアを対象船とし、ブレードを薄肉化および小翼面積化したモデルプロペラを設計・製作した。プロペラ単独性能試験を行い、効率は最大で2.4%向上した。この効率向上で大きく影響したのは小翼面積化で支配的であった。

次に、弾性プロペラ設計のために対象船を3.3G/T遊漁船として複合材料プロペラの変位率を相似にしたポリ塩化ビニル製のモデルプロペラを設計・製作した。プロペラの設計には、揚力面理論(LST)と構造解析(FEM)とを繰り返し計算する双方向連成計算を用いた。この連成計算法をLST-FEM法と呼ぶこととした。

LST-FEM法で設計したモデルプロペラをプロペラ単独性試験を実施し、プロペラの輪郭形状でピッチの増減方向が変化することを確認した。この傾向は、LST-FEM法でも確認しており、良い一致を示していた。

プロペラ作動時の変位を計測するためにキャビテーション水槽でブレードの前後縁位置をレーザで変位計測を行った。その結果、計測した前後縁端の変位は、計測誤差を考慮すると設計点付近ではLST-FEM法で推定した変位と合致することが分かった。しかし、設計点から外れてくると推定値と計測値の誤差が大きくなることが分かった。これは、LSTの計算保証範囲を超えているからである。ところが、前後縁の位置からピッチに換算すると、設計点から外れていても推定と計測で5%未満であり、傾向を十分捉えていることが分かった。

以上から、本研究で提案したLST-FEM法でプロペラ性能を推定するには完全ではないが、ブレードのピッチ変化は推定と計測である程度合致しており、プロペラ設計に使用可能である。今後、設計点を外れた箇所についても設計を行うためにはLSTだけではなく、CFDの適用も考えて行きたい。

4)実船試験

3.3G/T遊漁船のプロペラをLST-FEM法により複合材料で設計・製作した。

先ず、複合材料プロペラの制振性を評価するために2種類のCFRPとNABについて振動試験を行った。材料単体では、CFRPはNABの4倍以上の減衰比を示した。実機プロペラについては、CFRPプロペラはNABプロペラに比べ減衰率が1次曲げで10倍以上、1次ねじりで5倍以上以高くなっており、複合材料の特徴である高い制振性を示した。

次に、3種類CFRP製と2種類の金属製のプロペラについて実船試験を行った。その結果、1つのCFRPプロペラが、到達船速や加速性が高く、振動も低かった。複合材料プロペラの持つ幅広い運転状態への適合性の可能性が見出せた。

水槽試験と実船試験との結果に関して、キャビテーションを考慮することで良い一致を示し、水槽試験のモデルプロペラの剛性相似則が成り立っていることを証明するものであった。

LST-FEM法による推定トルクと実船試験を比較すると、LST-FEM法においてもキャビテーションを考慮した計算を行うことで実験値に良い一致を示した。

本研究で考案したLST-FEM法で完全にプロペラ性能を推定することはできなかったが、十分に複合材料プロペラの設計が行える領域にある。

一方で、プロペラとして問題となるキャビテーション・エロージョンがルート部に発生していた。今後、実船において上記のエロージョン耐性向上技術を研究し、適用したい。

上記の通り、複合材料プロペラを実用化するために、材料強度評価から水槽試験、実船試験まで一通りの研究を行った。その中で複合材料の弾性を利用したプロぺラの設計が行えるLST-FEM法を考案し、ある程度の精度でプロペラ設計できるようになった。しかし、CFRPプロペラの実船試験でルート・キャビテーション・エロージョンが発生してしまった。今後も取り組まなければならない大きな課題であるが、本研究においてその解決策の糸口を得たものと考える。

現段階では、制振性もありキャビテーションの発生しない条件で運転される特殊船等には十分適用の可能性がある。また、一般商船については、チップ部のキャビテーション・エロージョンが問題になるが、複合材料の弾性およびテーラリングを利用してチップ部のキャビテーションを抑制させることも可能である。ルートエロージョンを解決することで、嗜好性の高いレジャーボートにも加速性や静寂性もあり広がって行くと期待できる。

審査要旨 要旨を表示する

近年の銅資源枯渇の懸念、価格高騰・急変動に伴い、銅合金で製造されている舶用プロペラの代替材料として複合材料が注目されている。複合材料は、優れた比強度、比剛性、減衰特性を持ち、プロペラの軽量化による軸系への負担や振動の低減が期待される。さらに、高い疲労強度からプロペラの面積や厚さを減少させることで効率向上の可能性がある。しかし、回転中に生じるキャビテーションによる壊食(エロージョン)に対する耐性が従来材料よりも劣ることが予想される。

複合材料製のプロペラは、すでに海外で商品化されているものもあるが、主にキャビテーション・エロージョンの問題から作動環境が限られ、信頼性に対して課題がある。また流体-構造連成解析を駆使して流体面からの性能評価を主な目的とした研究が行われているが、実験との比較や実船での評価、材料・構造面からの検討がほとんど行われておらず、実用化に向けた総合的な評価が十分とは言えない状況にある。

そこで本研究では、複合材料製プロペラの実用化を目的として、複合材料の材料特性および水中での疲労特性の評価、キャビテーション・エロージョン特性の評価と向上方法の提案、実験と解析によるプロペラの性能評価および設計法の提案、実船試験による特性評価を行い、総合的な観点から複合材料製プロペラの実用性について検討した。

本論文は7つの章から構成される。

第1章は序論であり、プロペラ材料として、近い将来に枯渇が懸念され、価格の高騰・急変動が激しい銅の代替材料の必要性、代替材料に求められる要件が研究背景として概略的に述べられている。また実用化を目的として、材料特性、キャビテーション・エロージョン特性、性能評価・設計法、実船試験について検討することが述べられ、それらに対して以下の章が割り当てられている。

第2章では、舶用プロペラ材料の要件をより詳しく解説し、船種による要件の違いについても分析している。そして、代替材料としての複合材料の優位性とともに問題点を指摘し、取り組むべき研究課題を明らかにしている。

第3章では、各種の複合材料の材料特性試験について、方法と結果・考察が述べられている。強化繊維として炭素繊維が選定され、いくつかの基材、成形方法による特性の違いについてまとめられ、従来材料であるアルミ青銅(NAB)との比較をしている。また、これまでほとんど行われてこなかった長期間塩水に浸漬した試験片に対する静的試験、疲労試験から、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)の強度的な優位性が示され、小面積化・薄肉化による効率向上の可能性が示されている。一方で、弾性率が比較的小さいことから、弾性変形を考慮した新しいプロペラの設計方法の必要性が述べられている。

第4章では、キャビテーション・エロージョン試験について、方法と結果・考察が述べられ、さらにエローション耐性の向上についての検討結果が示されている。複合材料のキャビテーション・エロージョン特性については、これまでほとんど検討されていない。いくつかの繊維、樹脂、成形方法、フィラー材を組み合わせた多くの材料・供試体を用意し、実験的な分析からエロージョンのメカニズムを詳しく考察し、新たな知見も得られた。特に、母材となる樹脂特性が耐性に支配的な影響を与えていることを見出し、耐性の向上について提案がなされ、基礎的な検証が行われている。

第5章では、第3章で述べている小面積化・薄肉化による効率向上と新しい設計方法について検討されている。小面積化による効果がより大きく、薄肉化と合わせることで2%以上の効率向上が期待できることが、実験と数値解析の両面から示されている。また、従来は剛体として取り扱われる舶用プロペラに対して、弾性変形を考慮した実験と数値解析に基づいた新しい評価手法、および設計方法の提案・検証がなされている。相似則をもとに低弾性率の材料を用いた模型による水槽実験、および流体-構造連成解析を合わせた性能評価は新規的な試みであり、複合材料製プロペラの性能評価に利用可能であることが示された。さらに弾性変形後に最適な形状を実現するための流体-構造連成解析を用いた設計方法を提案し、その妥当性を示している。

第6章では、実際にCFRP製のプロペラを製作し、全長約10 mの遊漁船による実船試験の結果が示されている。キャビテーション・エロージョンや数値解析の性能推定精度の課題は残されているが、5章で提案された設計方法がある程度利用できること、加速性や振動低減に効果があることなどが確認された。

第7章は結論であり、本研究で得られた知見をまとめ、今後の展望が述べられている。

以上を要するに、本論文では、複合材料を用いた舶用プロペラについて、総合的な観点からその実用性を評価し、綿密に準備された実験と解析を通して耐久性・効率向上、提案した設計手法についての検証がされている。本研究により実用化に大幅に近づいたとともに、システム的な観点から解決すべき課題など今後の指針を示した点は、システム創成学分野にとって大きな価値がある。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク