学位論文要旨



No 127489
著者(漢字) 黄,鎮川
著者(英字)
著者(カナ) コウ,チンセン
標題(和) CFDを用いたプロペラ及び船体の推進性能予測に関する研究
標題(洋)
報告番号 127489
報告番号 甲27489
学位授与日 2011.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7575号
研究科 工学系研究科
専攻 システム創成学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山口,一
 東京大学 特任教授 末岡,英利
 東京大学 教授 木下,健
 東京大学 教授 高木,健
 東京大学 准教授 北澤,大輔
内容要旨 要旨を表示する

舶用プロペラの性能推定は古くからポテンシャル理論に基づく方法により行われてきた。ポテンシャル理論に基づく方法は、結果に経験的な修正を加えることによって、性能をある程度正確に推定することができる。しかし、経験に基づく修正が必要であることから、プロペラ形状が従来と大きく異なる場合や、使用条件が大きく異なる場合に信頼性が低くなるという問題がある。

船後部に装備されるプロペラの性能は船体伴流の空間的分布に大きく左右される。その周りの流場によって、キャビテーションを含む様々な現象が起きる。プロペラキャビテーションが発生すると、騒音、振動、エロージョンなどの原因となる。一般的にキャビテーションの発生は、プロペラの荷重度に強く影響を受け、荷重度が大きくなるほど、キャビテーションが起こりやすく、それが起こす問題も深刻となる。非線形な現象であることから、プロペラ形状の微妙な変化が、キャビテーションの発生とその影響を大きく変えることもある。設計上では、設計点におけるプロペラ推進性能に及ぼすキャビテーションの影響はわずかであるが、極めて短い時間に発生、消滅することによる船体表面圧力の変動やそれによる振動、エロージョンなどのデメリットを伴うことが無視できない。プロペラキャビテーションの発生メカニズム、またそれによる圧力変動などの悪影響に関する研究は、実験的手法がほとんどである。

一方、船舶の推進性能を推定する際、船体及び舵の抵抗とプロペラの性能を別々に求め、相互干渉の影響を加える方法が一般的である。現在の基本的な手法としては、曳航水槽における抵抗及び自航試験の結果に、経験に基づく修正を加えて推進性能の推定を行う。プロペラの作動による船体抵抗の変化、舵抵抗の変化、または船体と舵の存在によるプロペラ性能の変化を完全に分離することは実験では困難であるため、船体・プロペラ・舵の相互干渉の問題はこれまで、単純化された自航要素として扱われている。また、実船の馬力推定においては尺度影響を考慮する必要があるが、成分の分離が困難であるため、経験的な修正を行っているのみである。このような方法は、既存の船型と大きく異なる新しい設計に適用することが難しい。また、従来の方法では、船体抵抗の形状影響係数は尺度影響のない一定値であると仮定して実船の性能を推定するが、その適切さに関する検証は殆どなされていない。

コンピュータの発達と格子生成技術の進歩などにより、プロペラ及び船体の推進性能推定へのCFDの適用は急速に進んでいる。船体自航性能を推定するためには、船体の抵抗、プロペラの単独性能及び船後部の性能の推定が必要である。自航時の推進抵抗の数値的予測方法は、概ね二種類に分けられる。一つ目はプロペラの代わりに船後部のプロペラの位置に推力と同等の力を与える体積力分布を与える方法である。もう一つは、船後部に実際のプロペラを取り付け、計算を行う方法である。一つ目の方法は、簡便な方法であり、計算が早くできるという長所があるが、船体伴流中で作動するプロペラと等価な体積力を正確に求めることは難しく、通常は簡略化されたプロペラモデルで推定を行っており零、その簡略化の影響はこれまでに十分検討されているとは言えない。後者の方法は、計算時間が掛かるが、プロペラ周りの流れをCFDにより解くこ・とで、新たな仮定や簡略化を導入することなく、より一般性が高い方法である。しかし、これまでに適用例が殆どなく、計算条件や計算精度は検討を要する。

また、プロペラ推進性能、船体抵抗及び自航性能に関する実験的もしくは数値的研究の殆どのケースが模型スケールである。模型実験では、実験条件や設備及び計測対象の幾何誤差等が結果に影響を及ぼす上、多大なコストや時間がかかる。また、模型ヒ実機はレイノルズ数の差が大きく、それに対する尺度影響の認識はまだ不十分であ5。実船馬力推定のように、従来のデータに基づいた経験的な方法は実用的であるもりの、形状的に大きく異なる船型に適用できるとは断言できない。

そこで本研究では、従来の経験的な方法に依存しないCFD手法を用い、次のような目的で研究を行う。まず、模型スケールのプロペラ及び船体の推進性能を予測し、その結果を実験結果と比較してCFDの予測精度を確認する。次に、実験で計測困難である実機プロペラ及び実船の推進性能に関する予測を行い、その結果と従来法の推定結果と比較した上で、実機プロペラ及び実船の予測結果を検証する。最後に、プロペラや船体抵抗及び自航性能の尺度影響を議論する。

計算は市販汎用熱流体解析ソフトであるFluentのバージョン6.3を利用した。メッシュの作成は、Fluentに付属するGambitやTgridで行った。乱流モデルはkω一SSTを用いた。キャビテーションモデルはFluentに搭載されているフルキャビテーションモデル(FCM)を利用した。

プロペラの単独性能の予測においては、青雲丸CP(MAUプロペラ)を含めていくつの対象を用いた。船体抵抗及び自航性能の予測では、二隻の肥大船船型(Tankerl,Tanker2と呼ぶ)を対象とした。船体抵抗やその尺度影響及び自航性能における予測では、造波の影響を無視し、二重模型を仮想した計算領域を用いた。

プロペラPOT(Propeller Open Test)計算では、kω一SSTと、翼面境界層の遷移を考慮できるkω一SST Transの2つの乱流モデルを用いた。どちらも模型実験の結果と良い一致を示すが、後者の方がより良好な一致を示した。また、プロペラ性能の尺度影響の予測結果は、同じ前進係数においては、レイノルズ数が増加するにつれて、スラスト係数KTが増加すると共にトルク係数KQが減少し、効率が大きくなる。これは従来から知られていた傾向であるが、kω一SST Transの結果は、翼面境界層の遷移の影響により複雑な挙動を示した。

プロペラキャビテーションの計算結果は、同じ翼角位置におけるキャビティのパターンは、傾向的には実験の結果と合っているものの、翼前縁からシートキャビティの発生する範囲が、より翼根側に延びる傾向が現れ、実験で見られたバブルキャビティが再現されていない。また、翼端下流側の格子解像度が足りないため、チップボルテックスキャビティの再現が出来なかった。また、プロペラキャビテーションによる変動圧が過小評価となった。その原因は、キャビティの生成消滅パターンが実験の結果と異なること、さらに計算の結果ではキャビティ内部の蒸気はその勾配が緩くて蒸気による周囲流体への排除効果が低下するためであると考える。最後に、異なる翼端荷重度をもつ2つのプロペラの差異を検討した。翼端部に発生したキャビティパターンは、均一流中、伴流中とも、実験結果と同様の傾向が再現された。

船体抵抗を予測するとき、メッシュが予測結果に及ぼす影響は大きい。従来の計算領域では、十分なプリズム層を利用することにより、粘性摩擦抵抗については精度良く予測できたが、船後におけるメッシュの解像度が足りないため、粘性圧力抵抗を正確に評価できなかった。そこで、補助面を用いて、船尾の流れの解像度を改善することで、粘性圧力抵抗の予測精度を高めた。さらに、この方法を利用して、実船スケールまでの抵抗を予測した。しかし、実船スケールでの形状影響係数Kは模型スケールより大きくなり、従来の仮定に従わない結果が得られた。そこで、実船レイノルズ数付近における抵抗係数の計算結果と、従来の粗度影響係数△Cfを用いる方法による抵抗係数の推定値を比較し、検証した。結果的に、形状影響係数Kの増加分と△Cfは量的に比較的良く一致し、今回行った実船レイノルズ数の数値計算の結果は従来の実船有効馬力に関する知見と矛盾しないことが確認できた。これは即ち従来法の「Kに尺度影響はない」という仮定は正しくなく、その分を粗度影響係数という違う物理的意味を持ったもので補償していたということであると考えられる。

自航性能の予測では、スラストー致法を用いて自航要素を求める。模型スケールにおけるTanker1の自航性能の予測結果は、実験結果を比べると、有効伴流係数(wm)、推力減少率(t)、単独効率η。はほぼ実験結果に一致しているものの、プロペラ効率比ηr,は過小評価であったため、推進効率は実験結果より4.7%ほど過小評価となった。Tanker2に対しても模型時の自航性能の予測結果は、1-wmや1-t、単独効率η。が、それぞれの実験結果よりやや大きい。また、Tanker1と同様、ηrは過小評価となった。最終的に、推進性能は実験の結果にほぼ一致している。

Tanker1の実船自航性能の予測結果は、模型スケールの予測結果に比べ、1-ws、η。及びηrは大きくなっているが、1-tは小さくなっている。推進効率は0.644となった。また、Tanker2の実船自航性能の予測結果は、Tankerlの場合と同様、1-wsとη。及びηrは大きくなっているが、1-tは小さくなっている。推進効率は0.612となった。

そこで、従来法の一つであるITTC法を利用し、実船スケールにおける自航性能の計算結果の妥当性を検証した。Tankerlの計算結果とITTC法による推定結果を比較してみると、伴流率εiの計算結果は2つのITTC法(ITTC1975とITTC1978)による結果よりもやや大きく評価されているが、定性的に一致している。実船推進効率ηについては、計算結果がITTC法の推定結果との差が小さい。有効馬力及び伝達馬力に対しては、ITTC法の推定結果と比較して、計算予測の結果はEHPが1.80%の誤差で、DHPがそれぞれ3,08%(ITTC1978)と1.93%(ITTC1975)の誤差となった(Error=(Cal-ITTC)/ITTC×100%)。Tanker2に対しては、伴流率εiの計算結果は1.265となるが、ITTC1978とITTC1975法による推定結果はそれぞれ1.145、1.280となった。推進効率η。はそれぞれ、0.612,0。646,0578となった。また、有効馬力及び伝達馬力の比較に関しては、従来の推定結果より、計算予測の結果はEHPが2.05%の誤差で、DHPがそれぞれ7.75%(ITTC1978)と一3.55%(ITTC1975)の誤差となった。

以上のように、Tanker1及びTanker2の実船自航予測結果を、ITTC法を用いてその妥当性を検証した。しかし、Tanker2の揚合のように、ITTC1978とITTC1975法によってεゴの差が大きく、今回に利用した二隻の肥大船のような対象にはその適用限界があることを示唆している。

また、模型自航点におけるプロペラの実質的な前進係数より、実船の方がある程度小さくなる。それぞれの自航点における単独効率を比較すると、実船の方が大きくなっている。しかし、従来の実船馬力推定では、プロペラの実質的な前進係数の異なりに基づいた伴流係数の尺度影響の修正が施されるものの、単独効率に対する修正は行われない。以上のようなことで、従来の実船馬力推定法は、伴流係数の修正や1づ、η。及びη.の振る舞いにより、全体としては整合性がある結果となっており、実用的であるが、論理的には成り立っていない。

審査要旨 要旨を表示する

CFD(数値流体力学)手法を用いて、直進状態のプロペラの性能解析、船体の性能解析、船体とプロペラを組み合わせた自航状態の性能解析を行い、丹念な精度確認により、高精度計算法を開発した。同時に、従来の経験的解析手法の裏に潜む物理を解明した。計算には市販ソフトであるFluent(有限体積法)を用いたが、UDF(ユーザ定義関数)による機能拡張を行うとともに、乱流モデル、キャビテーションモデル、計算格子分割法について物理的考察に基づき丹念に工夫し、実験や従来の経験式との詳細な比較を行った。そして、流体力学的に難しい本問題に対して、高精度計算法を開発したこと、またそれにより、従来から使われている経験式の物理的説明を行ったことに特徴がある。

プロペラに関しては、まず、均一流中単独作動状態にて計算し、プロペラ翼面境界層の遷移を表現できる乱流モデルを用いると、実験結果と非常によく一致する計算結果が得られることを示した。さらに、模型スケールから実船スケールまでの広範囲のReynolds数における計算を丹念に行い、プロペラ単独性能に対する尺度影響を定量的に明らかにした。次に、均一流中単独作動状態及び船後伴流中作動状態におけるプロペラ・キャビテーションを計算した。キャビテーションのパターンは実験と一致するものの、船尾変動圧力は過小評価になる。これは、計算におけるキャビテーションがボイド率の緩やかな変化として表現されるため、キャビティ体積が実際よりも小さくなるためであろうと推測し、将来の改善の可能性を示唆している。

船体抵抗に関しては、模型スケールから実船スケールまでの広範囲の計算を行い、実験と比較してその精度を確認するとともに、抵抗性能のスケール影響、特に形状影響係数kの物理的意味と、そのスケール影響を議論した。従来の実船抵抗推定法では、形状影響係数が模型実験で得られたものと変わらないと仮定するとともに、実績に基づく粗度修正係数を導入している。しかしながら、計算結果では形状影響係数に明確な尺度影響が見られ、Reynolds数の増加とともに値が増加する。そして、実船Reynolds数付近では、形状影響係数の増加による抵抗増加が、粗度影響係数による抵抗増加にほぼ一致する。これは、従来法で行われていた粗度影響係数による修正が、結果として良い値を与えるものの、論理的には正しくないことを意味している。

自航性能に関しては、従来の簡易プロペラ理論を用いた方法と異なり、模型船及び実船に直接プロペラを取り付けた計算を行った。模型・実船それぞれのスケールにおいて、実験結果及び従来法であるITTC法の推定結果と数値計算結果を比較し、自航性能の数値的予測結果の妥当性を検証した。数値計算結果と模型実験結果及び実船推定結果は良好な一致を示し、その精度が確認できた。一方、ITTC法をはじめとする従来の実船推進性能推定法では伴流係数にのみ尺度影響があると仮定しているが、数値計算結果ではその他の自航要素である推力減少率やプロペラ効率比にも明確な尺度影響が見られ、やはり従来法の仮定には問題があることを示唆している。すなわち、従来法は現象を単純化し過ぎていて問題があるものの、豊富なデータベースにより、値だけは良いものになるということであり、論理的に成り立っていない。このことが、大きな船型変更には適用できないという拡張性・普遍性の阻害に繋がっていた。この問題点は従来より研究者の頭の中にはあったが、定量的な検討を行う手段がないため、手を付けられなかった。本研究は、より合理的で汎用性のある実船推進性能推定法の開発に、CFD利用という一つの方向性を示したと言える。

以上要するに、本研究はプロペラ、船体、および両者を組み合わせた自航状態における流体力学的性能を、CFD手法により模型スケールから実船スケールに至るまで、実験や従来法の推定結果と丹念に比較して高精度計算法を開発するとともに、経験に基づく従来法の物理的意味と問題点を明らかにしたものであり、船舶流体力学の発展に資するところが大きい。

よって本研究は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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