学位論文要旨



No 127492
著者(漢字) 谷,洋海
著者(英字)
著者(カナ) タニ,ヒロウミ
標題(和) 液体ロケットエンジン噴射器を想定した超臨界圧下の極低温同軸噴流に関する研究
標題(洋)
報告番号 127492
報告番号 甲27492
学位授与日 2011.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7578号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 寺本,進
 東京大学 教授 渡辺,紀徳
 東京大学 教授 津江,光洋
 東京大学 准教授 姫野,武洋
 東京大学 准教授 岡本,光司
内容要旨 要旨を表示する

液体ロケットエンジン燃焼器にとって噴射器近傍の推進剤の混合・燃焼過程は燃焼器性能を左右する重要な過程であるが、燃焼圧が推進剤の臨界圧を超える条件下の混合・燃焼過程の詳細は十分に理解されていない。その原因の一つには、混合・燃焼過程の基礎を成す超臨界圧下の極低温同軸噴流(極低温流体とガスの同軸噴流)の混合過程が明らかでないこと、つまり混合過程に支配的な流れ構造が明らかでないことがある。

超臨界圧極低温同軸噴流がガス/ガス同軸噴流や気液同軸噴流と根本的に異なる点は噴射流体が超臨界圧下の熱力学的物性の特徴を有することである。ここでいう熱力学的物性の特徴とは(1)気液界面と表面張力が消失するという単相流的性質と、(2)擬臨界温度で急激な物性値変化が存在するという二相流的性質、の二つを兼ね備えることである。これらの熱力学的物性の特徴は、同軸噴流の支配的流れ構造に影響を与える可能性があり、ガス/ガス同軸噴流や気液同軸噴流とは全く異なった混合過程となり得る。そのため、超臨界圧下の支配的な流れ構造を理解するということは、同時に流れ場に対する超臨界圧下の熱力学的物性の影響を理解しなければならない。

そこで本研究は、超臨界圧極低温同軸噴流の支配的な流れ構造の調査し、その流れ構造を含む流れ場に対して熱力学的物性が及ぼす影響を調査することを目的とした。

また、推進剤混合過程が明らかでないため、開発現場では超臨界圧下の混合過程を解析する際に混合現象を単相流と仮定した解析ツールが使用される現実がある。そこで、本研究では上記の基礎的な調査を基に、超臨界圧極低温同軸噴流の混合過程に対する一般的な設計解析ツールの適用限界と改良点を調査することも目的とした。

支配的流れ構造に対する熱力学的物性の影響を明らかにするためには、熱力学的物性の影響が及び得る乱流混合現象の基礎的調査から行う必要がある。そこで本研究の数値解析では、超臨界圧下の乱流混合層の詳細な調査から始め、乱流混合現象への熱力学的物性の影響を確認後、支配的流れ構造の調査を行う手順を踏んだ。これに加え、数値解析結果の妥当性を検証するデータを得るために本研究では高圧噴射実験を行った。

本研究で得られた知見を以下に述べる。

まず始めに、数値解析結果の検証データを得るために高圧噴射実験を行った。実験では、実際の極低温酸素と水素ガスの代わりに極低温窒素と窒素ガスを超臨界圧雰囲気中に噴射した。そして、噴流の非定常観察と温度分布測定によって、超臨界圧下の乱流混合層と流れ構造の特徴を示す実験データの取得を行った。その結果、それぞれ以下に示す特徴を持つことがわかった。

乱流混合層の特徴

(1) 気液混合層と同様に高密度流体が混合層内に巻き上がり、その後一様に拡散する。

同軸噴流の流れ構造の特徴

(1) 噴射器出口直後から極低温噴流の境界が波打つ不安定波が存在する。

(2) 極低温噴流の高密度領域の終端付近から高密度の塊が定期的に千切れる。

(3) 時間平均した中心軸上の温度分布には擬臨界温度付近で温度上昇が停滞する領域が形成される。

これらの実験データを取得後、数値解析による混合過程の詳細な調査を行った。

まず、超臨界圧下の乱流混合層のDNS(Direct numerical simulation)解析を行い、混合層内の運動量/熱乱流輸送と物理量分布に現れる熱力学的物性の影響を調査した。このとき、理想気体を仮定した混合層の解析結果を比較対象とした。

この解析の結果、混合層内の乱流渦構造に対しては熱力学的物性の影響が小さく、運動量/熱乱流輸送の性質は理想気体の混合層とほとんど変わらないことがわかった。そのため、流れ方向速度場と比エンタルピ場には熱力学的物性の影響がほとんど現れないこともわかった。結局、唯一密度場には二相流的性質を表す比エンタルピ-密度関係が反映され、混合層下部から巻き上がる極低温流体が高密度状態を保ったまま混合層中央部まで到達する特徴があることがわかった。最後に実験で確認した乱流混合層の特徴(1)と比較し、高密度領域の挙動の考察が実験と矛盾しないことを確認した。

超臨界圧下の乱流混合層の特徴を確認した後、超臨界圧下の支配的流れ構造の調査に移行した。調査では、まず乱流混合層のDNS解析結果を基にLES(Large-eddy simulation)解析手法の検証を行った。そして、そのLES解析手法を用いて、計算コスト的に解析可能で、かつ同軸噴流の流れ構造について議論が可能な平面噴流の解析を行った。調査の結果、支配的流れ構造は次の二つであることがわかった。

(流れ構造1) 外側噴流コア終端付近より上流では内側混合層の不安定波

(流れ構造2) それより下流からは内側/外側混合層の干渉で形成されるコヒーレント渦列

上記の流れ構造と実験で確認した同軸噴流の流れ構造の特徴(1),(2)と比較したところ、実験の特徴(1),(2)がそれぞれ流れ構造1と流れ構造2の存在を示す特徴であることを確認した。加えて、温度分布に現れる特徴(3)も数値解析結果で確認され、本解析の平面噴流の流れ構造に関する考察が同軸噴流にも適用できることを確認した。

最後に上記の流れ構造で構成される流れ場に対する熱力学的物性の影響について考察した。まず、流れ構造自体への影響について、乱流混合層の調査結果を踏まえて考察したところ、熱力学的物性の影響はやはり内側混合層の高密度領域の挙動に現れることがわかった。しかし、その影響は流れ構造自体を変化させることなく、混合過程を大きく変える程の影響ではないことを確認した。次に、よりスケールの大きい流れ場の性質に対する影響として、熱力学的物性によって現れる密度分布の特徴を調査した。その結果、混合が進んだ噴流後流においても、密度分布は熱力学的物性の影響を受けて、極低温窒素/窒素ガス間の密度分布が不連続に近付く特徴があることがわかった。

以上の調査により、基礎的な乱流混合現象から支配的流れ構造に至るまで超臨界圧極低温同軸噴流の混合過程を理解することができた。本論文では最後に、混合過程の調査結果を基に、通常の設計解析ツールがどの程度混合過程を再現できるかを調査した。調査では一般的に設計解析ツールとして使用されるRANS(Reynolds-averaged Navier-Stokes)解析手法を叩き台とした。

まず、乱流混合層のRANS解析を行った。そして、超臨界圧下の乱流混合現象についてはRANS解析の乱流モデルに適切な修正を施すことで再現可能であることを確認した。次に、噴流の流れ場への適用限界を調べるため、平面噴流の非定常RANS解析を行った。その結果、通常の非定常RANS解析では支配的流れ構造のスケールと乱流渦スケールを分離できず、下流のコヒーレント渦列の非定常性を再現できないことがわかった。また、その影響は下流の混合が抑制される形で現れることがわかった。さらに、実験の同軸噴流のRANS解析を行い、上記の結果が同軸噴流にも共通して現れることを確認した。

最後に、超臨界圧極低温同軸噴流の混合過程に関して本論文から得られた知見を簡潔にまとめると、次のように総括される。

●超臨界圧極低温同軸噴流の混合過程を支配する流れ構造は次の二つの要素である。

-外側噴流コア終端付近より上流では内側混合層の不安定波

-それより下流では内側/外側混合層の干渉で形成されるコヒーレント渦列

●熱力学的物性の影響は内側混合層内の高密度領域の挙動に現れるが、混合過程を大きく変化させるほどではない。ただし、噴流後流においても極低温流体/ガス間の密度分布を不連続に近付ける影響がある。

●超臨界圧極低温同軸噴流を解析する設計解析ツールには、支配的流れ構造のスケールの現象を乱流スケールと明確に分離して非定常解析する手法が求められる。ただし、乱流混合現象についてはRANS解析の乱流モデルを適用することができる。

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学) 谷 洋海提出の論文は「液体ロケットエンジン噴射器を想定した超臨界圧下の極低温同軸噴流に関する研究」と題し、7章から成っている。

液体ロケットエンジン燃焼器にとって、噴射器近傍における推進剤の混合・燃焼は燃焼器性能を左右する重要な過程であるが、燃焼圧が推進剤の臨界圧を超える条件下における混合・燃焼過程の詳細は十分に理解されていない。その原因の一つとして、混合・燃焼過程の基礎を成す超臨界圧下の極低温同軸噴流(極低温流体とガスの同軸噴流)を支配する流れ構造が明らかでないことが挙げられる。超臨界圧極低温同軸噴流がガス/ガス同軸噴流や気液同軸噴流と根本的に異なる点は、噴射流体が超臨界流体特有の熱力学的物性を持つことである。ここでいう熱力学的物性の特徴とは、気液界面と表面張力が消失するという単相流的性質と、擬臨界温度で急激に物性値が変化するという二相流的性質の二つを兼ね備えることである。そのため、超臨界圧下の極低温同軸噴流において支配的な流れ構造を理解するためには、超臨界圧流体の熱力学的物性が流れ場に及ぼす影響を理解する必要がある。

本研究で著者は、基礎的な乱流現象の数値解析,噴射器流れを模擬した噴流の数値解析,数値解析結果の妥当性を検証するための高圧噴射実験を組み合わせる事で、全体として信頼性の高い解析に基づいて超臨界極低温同軸噴流を理解することを目指している。さらに、ロケットエンジン設計において超臨界流体の特性を反映しない解析手法が多用されていることを指摘した上で、その妥当性についても考察を行っている。

本論文は、第1章から第7章までの構成となっている。

第1章は緒言であり、研究背景、同軸噴流および超臨界流れに関する従来研究、そして本論文の目的が述べられている。

第2章では、高圧噴射実験について述べている。超臨界圧下での極低温流体の同軸噴射を実現するための実験装置および計測手法について説明したのち、高圧噴射実験から得られた知見として、超臨界圧下の混合層も気液混合層と同様に高密度流体が混合層内に巻き上がりその後一様に拡散することを明らかにしている。また、同軸噴流の特徴として、噴射器出口直後から極低温噴流の境界が波打つ不安定波が存在すること、 極低温噴流の高密度領域の終端付近から高密度の塊が定期的に千切れること、中心軸上の温度分布には擬臨界温度付近で温度上昇が停滞する領域が形成されることを述べている。

第3章では、数値解析手法として、乱流混合層の解析に用いたDirect Numerical Simulation (DNS), 平面噴流の解析に用いたLarge-Eddy Simulation (LES), Reynolds-Averaged Navier-Stokes (RANS),および超臨界流体の熱力学的物性値の評価方法について詳細を述べている。

第4章では、時間発展平面混合層のDNS解析を行うことで、超臨界流体特有の物性値が乱流輸送に及ぼす影響について述べている。超臨界圧下の混合層と理想気体の混合層を比較した結果として、乱流渦構造に対しては熱力学的物性の影響が小さく、運動量/熱乱流輸送の性質は理想気体の混合層とほとんど変わらないことを明らかにした。

第5 章では、同軸噴流を模擬した平面噴流のLES解析について述べている。DNS解析との比較により手法の妥当性について検証を行ったのち、超臨界噴流の特徴について議論をおこなっている。その結果として、噴流において、外側噴流コア終端付近より上流では内側混合層の不安定波、それより下流では内側/外側混合層の干渉で形成されるコヒーレント渦列が支配的な流れ構造であることを明らかにし、さらにこれらの流れ構造が実験で観察された特徴と一致することを述べている。

第6 章では、前章までに得られた知見に基づいて、ロケットエンジン設計で広く用いられているRANS解析の妥当性について議論している。まず、第3章で得られたDNS解析結果を用いて乱流モデルの修正を行い、適切なチューニングを行う事により超臨界圧下の乱流混合現象をRANS解析で再現可能であることを確認した。次に、支配的流れ構造への適用性を調べるため、平面噴流の非定常RANS解析を行った。その結果、通常の非定常RANS解析では支配的流れ構造のスケールと乱流渦スケールを分離できず、噴流後流のコヒーレント渦列を再現できないことがわかった。また、その影響は噴流後流の混合が抑制される形で現れることがわかった。さらに、実験の同軸噴流のRANS解析を行い、上記の結果が同軸噴流にも共通して現れることを確認した。

最後の第7 章は結言であり、本研究から得られた知見をまとめている。

以上要するに、本研究は、液体ロケットエンジンの中核要素でありながら詳細な議論が行われていなかった超臨界極低温同軸噴流について基礎的な乱流現象、噴流の特徴、さらに設計現場で用いられる解析手法の妥当性まで幅広い知見を得ており、航空宇宙工学に貢献するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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