学位論文要旨



No 127497
著者(漢字) 高木,雅昭
著者(英字)
著者(カナ) タカギ,マサアキ
標題(和) 電気自動車・プラグインハイブリッド車の充電制御による系統貢献度の評価
標題(洋)
報告番号 127497
報告番号 甲27497
学位授与日 2011.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7583号
研究科 工学系研究科
専攻 電気系工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 岩船,由美子
 東京大学 特任教授 谷口,治人
 東京大学 准教授 馬場,旬平
 東京大学 准教授 藤本,博志
 電力中央研究所 上席研究員 田頭,直人
内容要旨 要旨を表示する

日本全体におけるCO2排出量の約20%は運輸部門が占め,そのうちの90%は自動車由来となっている。従って,温室効果ガスの大幅な削減を達成するためには,低公害車の更なる普及が必要不可欠である。近年,石油依存度の低減およびCO2排出量を削減する自動車として,電気自動車(EV: Electric vehicle)やプラグインハイブリッド車 (PHEV: Plug-in Hybrid Electric Vehicle)が注目を集めている。PHEVとはハイブリッド車に搭載されている蓄電池の容量を増加することで,数十kmまでの電気走行を可能とし,かつ家庭用電源からの充電が可能な車のことである。EVやPHEVの導入による環境負荷低減効果は、充電エネルギーの供給元である発電部門からのCO2排出量も同時に考慮する必要がある。ここで、注意すべき点は、発電部門からのCO2排出量は単に充電に伴う電力需要の増分だけでなく,充電を行う時間帯にも大きく左右されることである。従って、EVやPHEVによる充電カーブが電源構成に与える影響を評価するモデルの開発が望まれる。

一方,発電部門においては,発電過程にCO2を排出しない原子力発電の発電比率向上が,今後も重要な要素になると考えられる。また、電力系統の負荷平準化には最低需要(ボトム)時間帯の充電が望ましく、負荷平準化によって原子力発電の導入量が増加した場合,更なるCO2排出量の削減も期待できる。しかしながら、原子力の発電比率が系統電源に対してある一定割合を超えた場合、夜間に負荷周波数制御(LFC: Load Frequency Control)容量の確保が困難になるといった問題が生じてくる。これは、現状,原子力は出力一定運転を行っており,負荷に追従した運転を行っていないためである。

また、これと同時に発電部門では、太陽光発電(PV: Photovoltaic)の大量導入が促進されており、「長期エネルギー需給見通し」の最大導入ケースにおいては,2030年度までに約5300万kWが導入されることを前提としている。しかしながら、自然エネルギーの出力は天候に左右されることから,PVの大量導入にあわせて系統安定化対策を講じる必要性があることが指摘されている。特に、余剰電力対策として導入される蓄電池や揚水発電の設備投資費用が支配的であるという結論が得られており,PVの大量導入を実現するためにはこれらの課題を解決する必要があるといえる。

本研究では、PHEVの充電電力を制御することによって、負荷平準化や負荷周波数制御(LFC: Load Frequency Control)の代替を実現する手法、ならびにEVの蓄電池を用いたPVの余剰電力対策を提案する。併せて、提案アルゴリズムの導入による系統貢献度を評価し,電源構成の変化から生じるコストメリットから,提案システムの経済価値を算出する。

本研究で提案する制御システムに関しては、技術的には既に実現可能な領域に達しており、実際にシステムを導入するかどうかを決定する主な要因は費用対効果である。つまり、システムの導入によって得られる便益が、システムの構築に必要な投資費用をどれ程上回るかである。その為には、可能な限りシステムを簡便化し、投資費用を抑制することも重要な要素となる。また、提案システムのインフラ構築はEVやPHEVの普及割合や各コンポーネントの価格、制御効果(便益)をフィードバックしながら、段階的に行われると想定される。直感的には、片方向制御(充電側のみを制御)の段階を経た後、両方向制御(充放電制御)へとシフトするものと予想される。本研究で提案する充電アルゴリズムについてシステムの簡便さや通信頻度等を考慮すると、次に示す順番で段階的に導入することが望ましいと考える。

(1)PHEVのボトム充電(最低需要時間帯から優先的に充電)による負荷平準化

(2)PHEVの充電制御によるLFC容量の代替

(3)EVの蓄電池を用いたPVの余剰電力対策

本論文は上記の導入ステップに沿った章構成としている。次に、各章の内容を概説する。

(1)PHEVのボトム充電による負荷平準化

第2章では、PHEVの負荷持続曲線に基づいたボトム充電アルゴリズムを提案する。本アルゴリズムでは、理想的にボトム充電した場合の負荷持続曲線の形状と、ある一定の充電電力で充電した場合の負荷持続曲線の形状が同一となるように、後者の充電電力の大きさを調整し、全てのPHEVに同一の充電電力を適用する。各PHEVの充電電力量に応じて、電力需要の小さい時間帯から優先的に充電時間を選択することでボトム充電を実現する。本手法の最大のメリットは,一度充電電力の大きさを設定した後は通信による制御を必要とせず,自律分散的にボトム充電を実現できる点にある。PHEVの総充電電力量を理想的にボトム充電するケースを目標ケースとし、提案手法と目標ケースとの結果の差異を分析することで提案手法の有効性を確認した。

第3章では、電力価格を用いたボトム充電アルゴリズムを提案する。本アルゴリズムでは、理想的なボトム充電カーブの形状に基づき、各PHEVがこの形状と相似に充電を行うことで電気料金が最小となるような電力価格の設定手法を提案する。各PHEVは、提示された電力価格に対して電気料金が最小となるように各時間の充電電力の大きさを決定する。全てのPHEVの充電カーブを合計することで、理想的なボトム充電が実現される。本手法では、電力会社からPHEVの所有者に価格情報を伝達する必要があるが、第2章で述べる提案手法よりも高精度にボトム充電を実現できる。PHEVの総充電電力量を理想的にボトム充電するケースを目標ケースとし、提案手法と目標ケースとの結果の差異を分析することで提案手法の有効性を確認した。

(2)PHEVの充電制御によるLFC容量の代替

第4章では、PHEVの充電電力を制御することで,LFC容量の代替とする制御手法を提案する。地域内に多数存在するPHEVに需給バランスを保つために必要な変化量(地域要求電力)を一台ずつ割り当てるには、制御の繁雑さや情報処理量の増大などの課題を克服する必要がある。提案手法では、PHEV一台ずつに周波数特性定数を持たせ、系統全体の負荷データを解析することによって、エリア内の全PHEVの周波数特性定数を推定する。推定された周波数特性定数に基づき,地域要求電力を各PHEVに配分することで,自地域の需給バランスを維持する。本手法の適用により,単一の制御情報を送信するだけで地域要求電力の大きさが各PHEVに適切に配分され,電力会社から所定の大きさの電力を制御することが可能となる。

第5章では、第4章で提案した充電制御手法の経済価値を算出する。提案システムの効果について、定性的にはPHEVの充電制御をLFC容量の代替とすることで,LFC運転を行っている高燃料費の石油火力や天然ガス火力等の発電電力量が削減されると解釈できる。つまり,出力調整可能な高燃料費の電源が,出力調整不可能な低燃料費の電源に代替されることよってコストメリットが生じることになる。提案システムの比較対象として、充電制御によるLFC容量の代替は行わず、1日の総充電電力量を各時間帯に最適配分するケースを考える。PHEVの普及率を変化させた時の各制御ケースの経済価値について比較、考察を行う。

(3)EVの蓄電池によるPVの余剰電力対策

第6章では、EVの蓄電池を用いた充放電制御によるPVの余剰電力対策を提案する。本研究では、充電インフラの一つであるバッテリー交換ステーションの蓄電池をPVの余剰電力対策として活用することを提案し、その系統貢献度から経済価値を算出する。また、算出した経済価値について経済学的な解釈を与え、最適な導入容量の決定メカニズムについて論ずる。併せて、各天候における蓄電池の運用パターンについても明らかにする。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、電気自動車(EV: Electric vehicle)やプラグインハイブリッド車 (PHEV: Plug-in Hybrid Electric Vehicle)を活用することにより、再生可能エネルギーの大量導入により生じる需給バランスの不安定化を解消する方法を提案し、その経済性について論じたものである。PHEVの充電電力を制御することによって、負荷平準化や負荷周波数制御(LFC: Load Frequency Control)の代替を実現する手法、ならびにEVの蓄電池を用いたPVの余剰電力対策を提案した。併せて、提案アルゴリズムの導入による系統貢献度を評価し,電源構成の変化から生じるコストメリットから提案システムの経済価値を算出した。

第1章では、「序論」と題し、本研究の背景および、EVやPHEVによる電力系統への貢献手法に関する先行研究、論文の構成について述べている。

第2章では、「プラグインハイブリッド車の負荷持続曲線に基づいたボトム充電アルゴリズム」と題し、走行距離分布とボトム充電の負荷持続曲線に基づき、PHEVを用いてボトム充電を実現する具体的なアルゴリズムを提案し、系統貢献度を評価している。提案手法により、簡便なシステムで自律分散的に、理想状態に近いボトム充電が実現できた。

第3章では、「ボトム充電カーブに基づいた電力価格設定アルゴリズム」と題し、最適なボトム充電を実現する電力価格設定アルゴリズムを提案し、その系統貢献度を評価している。PHEVがボトム充電した時の電力会社の電源構成の変化をシミュレートすることにより、ボトム充電の経済的・環境的なメリットを定量的に評価することができた。

第4章では、「LFC信号を用いたプラグインハイブリッド車の充電制御による負荷周波数制御手法」と題し、周波数変動抑制対策としてのPHEVを用いる手法について提案している。本手法はPHEV個別の充電状況を把握することなく、単一の制御情報を送信するだけで、所定の大きさの電力を制御することが可能なものである。

第5章では「プラグインハイブリッド車の充電制御によるLFC容量代替の経済価値」と題し、PHEVの充電制御を火力発電所の負荷周波数制御(LFC)容量の代替とした場合の系統貢献度を評価し、その経済価値を算出する手法を提案している。

第6章では「電気自動車の交換用蓄電池を用いた太陽光余剰電力対策」と題し、太陽光発電の余剰電力対策として、バッテリーステーションにおけるEV用蓄電池を用いることによる系統貢献度を評価している。バッテリーステーションの蓄電池を電力会社にリースすることによる追加的な経済価値を算出することができた。

第7章では、「結論」と題し、本研究で得られた成果をまとめ、今後の課題について述べている。

以上これを要するに、本論文は、今後電力システムにおいて重要な要素であるスマートグリッド技術の中でも期待の高いEV、PHEV用電池の系統貢献度を経済性、環境性から詳細に検討したものであり、電気工学、特に電力システム工学の分野に与える貢献が少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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