学位論文要旨



No 127507
著者(漢字) 佐藤,隆昭
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,タカアキ
標題(和) 固体潤滑の機構解明を目指すナノせん断破壊の実時間TEM観測
標題(洋)
報告番号 127507
報告番号 甲27507
学位授与日 2011.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7593号
研究科 工学系研究科
専攻 電気系工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 教授 下山,勲
 東京大学 教授 年吉,洋
 東京大学 准教授 高橋,琢二
 東京大学 准教授 杉山,正和
 東京大学 准教授 溝口,照康
内容要旨 要旨を表示する

MEMS(Micro Electro Mechanical System)とは、半導体微細加工技術を応用してシリコンウェハ上にミクロ寸法の機械を集積する技術であり、近年では携帯電話やTVゲームの人体動作検出センサー、デジタルカメラの手ぶれ補正用のジャイロセンサーなどで応用されている。MEMSの働く微小領域においては、長さの3乗に比例する体積の効果(慣性力や重力)は大きく減少し、応答速度や駆動速度などの性能が顕著に向上する。一方、長さの2乗に比例する面積の効果、例えば摩擦の効果が支配的になる。MEMSやナノマシンでは可動部と固定部の接点を必要とするため、そこでの摩擦や摩耗の低減が重要課題である。すなわち、低摩擦でエネルギー損失が小さく信頼性の高いMEMS開発には、ナノサイズの潤滑機構の解明や、潤滑材の特性向上が急務である。

摩擦とは二つの物体の界面で実際に接触している真実接触面のせん断破壊の総和である。摩擦現象をより深く理解するためにはこの微小なせん断変形を観察する必要がある。しかし、広く用いられている原子間力顕微鏡(AFM)によるナノ摩擦の研究では、接触界面の変形をリアルタイムで観察できない。このため、転位論や量子力学といった材料科学の観点から摩擦の現象に直接解釈を与えられない問題があった。そこで本研究では、(a)サブnmの精度で駆動できるマイクロマシン(MEMS)と(b)原子レベルの変形を観察できる透過型電子顕微鏡(TEM)を組み合わせ、変形と摩擦力の変化の関係を直接観測できる実験系を構築した。

原子レベルの変形をリアルタイムで観察し、同時にせん断力をサブnNの精度で観測できた。せん断駆動に伴って、原子由来の不連続な変形の観察に成功し、この際にかかる力の変化を計測した。サブnm精度でせん断変形の観察に成功し、摩擦のメカニズムの解明に向けて必要な実験系を構築した。

AgとSiのせん断破壊を比較することでAg潤滑の効果を確認した。Ag接合のせん断方向の伸びはSiより1/4であり、Agをせん断破壊させることに必要な力はSiより1/30であった。結果AgはSiとし比較して1/120のエネルギーでせん断破壊できることを確認した。

作製したMEMSを用い、Agの細い接合(接触直後の直径2.4nm)と太い接合(接触直後の直径13.1 nm)を作製し、せん断変形の降伏応力をそれぞれ比較した。2.4 nmの場合の降伏応力は2 GPa、13.1 nmの場合の降伏応力は0.5 GPaの瞬間に破断した。このように接触直後の接合の直径の変化に伴って、降伏応力が異なった。

ナノ・マイクロスケールの摩擦の考察からよりマクロスケールの摩擦・潤滑の法則にも貢献が期待できる。本研究はナノ構造の効果を微視的レベルで直接観察するアプローチによって、ナノサイエンスおよびナノトライボロジー技術に新たな知見を与えるだけでなく、実用的課題に対して有用な情報を提供することで、潤滑材の特性の向上につながる設計指針として多大な貢献を期待できる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「固体潤滑の機構解明を目指すナノせん断破壊の実時間TEM観測」と題し7章と付録からなる。固体の摩擦現象を微視的なレベルから解明するため、透過電子顕微鏡(TEM)内でマイクロマシン(MEMS)デバイスを駆動して、銀とシリコンのナノ接合のせん断破壊試験を行い、機械的変形と摩擦力の変化を実時間で対応させ評価する研究を扱っている。

第1章は序論であり、本研究の研究背景を述べている。長寿命、高信頼性、高効率なMEMSの開発には、ナノサイズの潤滑機構の解明や、潤滑材の特性向上が急務であることを述べ、これまでの研究を総括してその問題点を明らかにするとともに、透過電子顕微鏡中でMEMSが動作する実験系を解決策として提案し、本論文の目的と研究の意義を提示している。

第2章では、サブnmの精度で駆動できるマイクロマシン(MEMS)と、原子レベルの変形を観察できる透過型電子顕微鏡(TEM)とを組み合わせて、せん断破壊を実時間かつ原子レベルで観察する実験系の作製・構築方法について述べている。

第3章では、構築した実験系を用いてナノ接合のせん断破壊を観察する実験手順と、微小な摩擦力の測定方法について説明している。また典型的な実験結果に基づき、測定の精度について考察した結果を示している。

第4章では、材料によるナノ接合のせん断破壊の相違を述べている。潤滑材である銀と、マイクロマシンの標準的な材料であるシリコン、この2つのせん断破壊を比較した。直径が5 nmのナノ接点の場合、銀はシリコンに比べせん断破壊に要する力も変位量も格段に小さく、銀が良好な潤滑効果を示すことを確認した。

第5章は、銀ナノ接点のせん断破壊の詳細な観察と破壊機構の考察である。銀のナノ接点を極めて低速度でせん断変形させ、その時の内部構造の変化を原子レベルで観察することで、せん断変形の特徴について考察した。

第6章は、ナノ接点の太さとせん断強度の関係を扱っている。銀ナノ接合の直径を2~30 nmの範囲で変え、接合の直径とせん断破壊に必要な力との関係を測定した。直径が十nm程度以上であると、せん断破壊応力はバルクの値の2倍程度であるが、それ以下に直径が細くなると急激に増加する結果が得られた。

第7章は結論であり、本論文で得た成果をまとめ、その意義を論ずるとともに、巨視的な摩擦現象に結びつけるため、今後の研究で明らかにすべき課題を述べている。

以上これを要するに、本論文は、銀やシリコンでできたナノ接点のせん断破壊について、MEMSデバイスを透過電子顕微鏡内で駆動する実験系の構築により、摩擦力と構造変形を実時間で同時観察可能にするとともに、ナノせん断特性の定量的な測定、銀とシリコンのせん断変形と破壊特性の比較、せん断変形に伴う原子レベルの構造変化観測、および破壊特性へ及ぼすナノ接合のサイズ効果の測定を行い、ナノトライボロジーに新たな知見を加えたもので、電気工学に貢献するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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