No | 127510 | |
著者(漢字) | 郷田,慎一 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ゴウダ,シンイチ | |
標題(和) | 時間順序データの可視化技法とこれによる連鎖的経済・金融事象の構造把握支援 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 127510 | |
報告番号 | 甲27510 | |
学位授与日 | 2011.09.27 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第7596号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | システム量子工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 経済・金融事象で、連鎖倒産、株価変動の連鎖等の連鎖的事象の存在が実務家の間で一般的かつ重要な事象と認識されている。 しかし、分析やシミュレーションの際には独立の事象として扱われていたり、一部の関係を考慮にいれるに止まっている場合が多い。これは、(1)データの制約から連鎖構造を直接把握することができないこと、(2)既存の間接的構造推定手法では少量データでの推定や事象発生の前後関係を明示的に考慮に入れることが困難であることによる。 すなわち、連鎖的事象の分析ではデータの制約から間接的な構造推定を行う必要があるが、経済学・財務会計学等における関連研究には、企業の倒産確率の相関分析[1,2]や株式市場間の相関分析[3]のように、先験的・理論的に構築された比較的少数の構造方程式を検証するアプローチのものが主流であった。また近時、仮説に基づき構築した人工市場でのシミュレーションを通じ市場での連鎖的事象の分析を行うアプローチも発展している[4]。しかし、構造についての仮説の導出方法は明確でなく、多数の事象を対象とした未知の関係抽出を主なテーマとした研究は限られる。 他方、工学から始まり、マーケティングや社会ネットワーク研究等では、多事象間の関係をデータ・マイニング的にモデリングし、本来のモデルを探索的に推論・可視化するグラフィカルモデリング手法が多く用いられる。ブーリアンネット、ベイジアンネット[5]、KeyGraph等が代表的手法である。KeyGraphは、統計的基準のみによる構造決定ではなく、人間によるチャンス発見のための手掛かりを提供することを目指すツールである[6]。このため低頻度の事象や多数のノード間の関係を比較的少量のデータからでも抽出・可視化する。ベイジアンネットは、事象の種類が多かったりサンプル数が少ない場合の構造探索への適用は困難である。他方、KeyGraphは、事象間の共起関係でリンクを作成し、無向グラフである。共起グラフの有向グラフ化ツールには、事象の依存関係の強弱で方向付けする"Word Colony[7]がある。KeyGraphでも時間順による有向グラフ化の試みがあったが[6]、時間発生順序が因果関係の方向と必ずしも一致しないこともあり、その後は、同様の試みはなされていない。時間経過とともに次々と発生する連鎖事象の構造推定のためには、事象発生の時間順序を明示的に織り込んだ構造推定・可視化の手法が必要である。本研究では、こうした課題に対応する新たな技法を開発し、連鎖的経済・金融事象の構造把握を支援することを目的としている。 このような本研究のねらいを実現するため、筆者はチャンス発見の技法に着目した。チャンス発見技法では人間の持つ知見とコンピュータによるデータ分析・可視化の結果を相互に利用する二重螺旋プロセスにより、予兆や新たな機会の発見を促進する。時間やデータの制約や事象の独自性から、大量データによる統計分析が行いづらいビジネスの現場での意思決定支援に有効な手法であり、社会調査プロセスへの適用[8]をはじめ、ビジネス、医療等の実務での活用事例が蓄積されている。情報社会のプラットフォームのデザイン・検証プロセスへの螺旋的方法論の適用が提起されている[9]が、チャンス発見手法は社会・政策に係る幅広い分野での知見獲得支援にも適用可能であろう。 可視化は、二重螺旋プロセスでの人間とコンピュータのインタラクティブにおいて重要な手法である。可視化は、人間のメタ認知、他者との共感や知識の共有、知識の組合せ、等のプロセスを助け新たな価値の発見・掘起し・創造を支援する。視覚情報が認知獲得につながるプロセスがアンケート調査により検証されている[10]。可視化の際に、事象間の関係や変化の方向を示すことも重要である。編年型データを対象にデータの経年変化を視覚化することで新たな発見を支援するツールも提案されている[11]。特に、連鎖構造の推定においては事象発生の時間順方向の可視化は決定的に重要である。本研究では、時間順序データを可視化する技法として、新たに、データの前処理のための時間順序法と、連鎖キーグラフ(図1)を提示した [12]。 時間順序法は、複数種類の事象の時系列データを用い複数事象間の共起関係を分析するためのデータ前処理の手法である。例えば、業種別の倒産発生の時系列データがある場合、 Step 1) ある倒産と、その後一定期間に発生した個々の倒産を1対としたデータを作成。 Step 2) 1対にした倒産のうち、先に生じた倒産に識別コード("S")を付す。 Step 3) 上記で作成したバスケットをキーグラフで解析し、グラフ化の際に、倒産が先に生じることの多い業種("S"の付いたノード)から、後に起きることの多い業種("S"の付いていないノード)に向けた矢印付きの線(エッジ)を描く。 というもので、図1のような図が描けることになる。この手法のメリットは (1)発現データのみで連鎖事象の構造推定を行うことができる (2)時間の前後を明示的に考慮に入れた構造把握ができる (3)他の手法(ベイジアンネット、多変量解析等)に比べ比較的少数のデータでも構造推定を行え、稀な事象、短期間の構造変化に対応しやすい という3点であり、冒頭に示した実務上の要請にこたえるものである。本論文では、連鎖キーグラフで連鎖倒産の構造を把握することについて、3つの視点で評価している。一つは倒産連鎖の影響予測力を検証したもの、二つ目は金融の専門家に対し新たな視点に気づく効果をアンケートによって評価したものであり、3つ目は、サブプライム問題について風説に囚われず説得力のある解釈をすべく試みたものである。 まず、倒産連鎖の影響予測力を以下の枠組みで評価した。連鎖キーグラフで把握したノードとエッジの関係をもとに、ある業種の倒産数を、その業種にエッジでつながっている起点業種で前月に発生した倒産数の関数としてモデル化し予測に使用したものである。 (例) グラフ: S_業種10 → 業種20 ← S_業種30 (業種10,30で倒産が起きた後に業種20で倒産が起きる) モデル: 業種20へ矢印が入る業種での倒産有無指数 = S_業種10での倒産有無指数+S_業種30での倒産有無指数 結果として、05年の連鎖倒産構造を用いた05年実績の判別結果、同06年の予想結果とも、モデルにより倒産「あり」とし、実際に倒産「あり」となった確率は、全体(モデルを考慮しない)で倒産「あり」となった確率を上回った(各、1.74倍、1.27倍)。モデルの予測能力は相応にあると考えられる。 次に、実務家の連鎖倒産構造把握支援への適用実験を、実務的なチャンス発見の視点から行った。実務家が連鎖倒産構造を表した連鎖キーグラフを見ながら連鎖倒産が起きると思う業種ペアを選ぶアンケート調査を行い、連鎖キーグラフを見ることによる連鎖倒産構造把握の有効性の変化を見た。アンケート方法は、回答者として金融、土木業界等の実務者20人を集めた上で、回答者が連鎖倒産が起きると考える業種の組合せ(業種ペア)を、(1)1回目は何も見ないで、(2)2回目は連鎖キーグラフ(図1.2005年の九州の倒産データで作成)を見ながら、の2回、各々回答用紙に示した業種間に矢印を描く方法で選択させ結果を比較したものである。このうち1回目、2回目で選択した業種ペアが、2006年、2007年の九州の倒産データで作成した連鎖キーグラフでも、連鎖倒産が頻繁におきる業種として抽出されるか検証した。 適用実験の結果、1回目から2回目の間に、06年、07年のグラフと合致した選択ペアの件数は、06年、07年ともに増加。合致率(合致件数/選択したペア総件数)は、06年は横ばい、07年は大幅に上昇した。これは、回答者が2回目の回答時に連鎖キーグラフを見ることによって本質的な因果関係への気づきを掘り起こすことができ、未来の変化との合致率の低い業種ペアを選択から外し、逆に合致率の高い業種ペアを新規に選択したことによる。このように、連鎖キーグラフを見ながら選択を行うことで、連鎖倒産が頻繁に生じる業種ペア把握の有効性が向上することが確認できた。なお、回答者は、選択時には合致率を知らされておらず、意図的に高い合致率の業種ペアを選択したのではない。 さらに3つ目の評価として、リーマン・ショック前後の世界の主要市場の株価動向を、3つの時期に区分し、各期の株価下落の連鎖構造を時間順序技法と連鎖キーグラフを用い可視化し、シナリオを創出した[13]。リーマン・ショック以降、世界の株価・景気について、多くの場合「サブ・プライム問題→リーマン破綻→米国株下落→世界の株価下落→世界不況」という図式で語られた。しかし、この間の世界の主要株価下落の連動関係を連鎖キーグラフで把握し、主要な経済・政治イベントと合わせて解釈した場合、中国を中心としたアジア市場や原油に代表される資源市場が独自に先進国市場に先行して動きこれに日本市場が連動するシナリオにも注目する必要性があることを示した。 図1.連鎖キーグラフ - 2005年の九州の連鎖倒産構造 | |
審査要旨 | 経済・金融事象で、連鎖倒産、株価変動の連鎖、等の連鎖的事象の存在が実務家の間で一般的かつ重要な事象と認識されている。 しかし、分析やシミュレーションの際には独立の事象として扱われていたり、一部の関係を考慮にいれるに止まっている場合が多い。これは、(1)データの制約から連鎖構造を直接把握することができないこと、(2)既存の間接的構造推定手法では少量データでの推定や事象発生の前後関係を明示的に考慮に入れることが困難であることによる。「時間順序データの可視化技法とこれによる連鎖的経済・金融事象の構造把握支援」と題する本研究では、こうした課題に対応する新たな技法を開発し、連鎖的経済・金融事象の構造把握を支援することを目的としている。 このような本研究のねらいを実現するため、筆者は人間の持つ知見とコンピュータによるデータ分析・可視化の結果を相互に利用するプロセスにより、予兆や新たな機会の発見を促進するチャンス発見のアプローチに着目した。このプロセスにおいて可視化技術を適切に選択あるいは新規に開発することは重要となる。特に、連鎖構造の推定においては事象発生の時間順方向の可視化は決定的に重要であり、本研究では、時間順序データを可視化する技法として、新たに、データの前処理のための時間順序法と、連鎖キーグラフ(例:図1)を提示した。 時間順序法は、複数種類の事象の時系列データを用い複数事象間の共起関係を分析するためのデータ前処理の手法である。例えば、業種別の倒産発生の時系列データがある場合、 Step 1) ある倒産と、その後一定期間に発生した個々の倒産を1対としたデータを作成。 Step 2) 1対にした倒産のうち、先に生じた倒産に識別コード("S")を付す。 Step 3) 上記で作成したバスケットをキーグラフで解析し、グラフ化の際に、倒産が先に生じることの多い業種("S"の付いたノード)から、後に起きることの多い業種("S"の付いていないノード)に向けた矢印付きの線(エッジ)を描く。 というもので、図1のような図が描けることになる。 図1.連鎖キーグラフ - 2005年の九州の連鎖倒産構造 この手法のメリットは (1)発現データのみで連鎖事象の構造推定を行うことができる (2)時間の前後を明示的に考慮に入れた構造把握ができる (3)比較的少数のデータでも構造推定を行え、稀な事象、短期間の構造変化に対応しやすい という3点であり、先述の実務上の要請にこたえるものである。 本論文では、連鎖キーグラフで連鎖倒産の構造を把握することについて、3つの視点で評価している。1つは倒産連鎖の影響予測力を検証したもの、2つ目は金融の専門家に対し新たな視点に気づく効果をアンケートによって評価したものであり、3つ目は、サブプライム問題について風説に囚われず説得力のある解釈をすべく試みたものである。 まず、倒産連鎖の影響予測力を以下の枠組みで評価した。すなわち、連鎖キーグラフで把握したノードとエッジの関係をもとに、ある業種の倒産数を、その業種にエッジでつながっている起点業種で前月に発生した倒産数の関数としてモデル化し予測した。結果として、05年の連鎖倒産構造を用いた05年実績の判別結果、同06年の予想結果とも、モデルにより倒産「あり」とし、実際に倒産「あり」となった確率は、全体(モデルを考慮しない)で倒産「あり」となった確率を上回った。モデルの予測能力は相応にあると考えられる。 次に、実務家の連鎖倒産構造把握支援への適用実験を、実務的なチャンス発見の視点から行った。実務家が連鎖倒産構造を表した連鎖キーグラフを見ながら連鎖倒産が起きると思う業種ペアを選ぶアンケート調査を行い、連鎖キーグラフを見ることによる連鎖倒産構造把握の有効性の変化を見た。アンケート方法は、回答者として実務者20人を集め、回答者が連鎖倒産が起きると考える業種の組合せ(業種ペア)を、(1)1回目は何も見ないで、(2)2回目は連鎖キーグラフを見ながら、の2回、各々回答用紙に示した業種間に矢印を描く方法で選択させ結果を比較したものである。このうち1回目、2回目で選択した業種ペアが、2006年、2007年の九州の倒産データで作成した連鎖キーグラフでも、連鎖倒産が頻繁におきる業種として抽出されるか検証した。 適用実験の結果、1回目から2回目の間に、06年、07年のグラフと合致した選択ペアの件数は、06年、07年ともに増加。合致率(合致件数/選択したペア総件数)は、06年は横ばい、07年は大幅に上昇した。これは、回答者が2回目の回答時に連鎖キーグラフを見ることによって本質的な因果関係への気づきを掘り起こすことができ、未来の変化との合致率の低い業種ペアを選択から外し、逆に合致率の高い業種ペアを新規に選択したことによる。このように、連鎖キーグラフを見ながら選択を行うことの有効性が確認できた。 さらに3つ目の評価として、リーマン・ショック前後の世界の主要市場の株価動向を、3つの時期に区分し、各期の株価下落の連鎖構造を時間順序技法と連鎖キーグラフを用い可視化し、シナリオを創出した。リーマン・ショック以降、世界の株価・景気について、多くの場合「サブ・プライム問題→リーマン破綻→米国株下落→世界の株価下落→世界不況」という図式で語られた。しかし、この間の世界の主要株価下落の連動関係を連鎖キーグラフで把握し、主要な経済・政治イベントと合わせて解釈した場合、中国を中心としたアジア市場や原油に代表される資源市場が独自に先進国市場に先行して動きこれに日本市場が連動するシナリオにも注目する必要性があることを示した。 以上の結果は、学術上は工学的手法をもって経済学・財務会計学等の問題を克服する手立てを提案しその効果を検証したものであり、実務上も有益と考えられる有益な成果であると言える。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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