学位論文要旨



No 127515
著者(漢字) 孫,慶福
著者(英字)
著者(カナ) ソン,ケイフク
標題(和) ウイルスから発想する分子球の多数成分自己集合
標題(洋) Virus-Inspired Multi-Component Self-Assembly of Molecular Spheres
報告番号 127515
報告番号 甲27515
学位授与日 2011.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7601号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,誠
 東京大学 教授 橋本,和仁
 東京大学 准教授 石井,和之
 東京大学 講師 藤田,典史
 東京大学 講師 佐藤,宗太
内容要旨 要旨を表示する

本論文では、ウイルスの球状殻構造から発想した、様々な球状分子の合成研究について述べられている。自然界では、自己組織化の原理に基づいた巨大かつ精緻な構造が数多く見受けられ、特に厳密な構成成分数のタンパク質が自己組織化したウイルスの球状殻構造は、その内部にDNAやRNAを貯蔵する機能も担うために興味深い。本研究では、このウイルス構造から発想し、複数の配位部位を有する配位子と、+2価のパラジウムイオンとの自己組織化を用いる合成化学のアプローチによって、従来法では合成しえない多数成分からなる分子球の合成法を確立した。第1章では、本論文に関連する過去の研究が総括され、本研究の新規性・重要性が述べられている。第2章では、折れ曲がった2座配位子(ligand: L)と平面四配位性の金属イオン(metal ion: M)とを用いた自己組織化を行うと、MnL2n (n = 6,12, 24, 30, and 60)組成の分子球のみが、幾何学的な制約を受けて生成する現象が考察されている。これまでにn = 6と12の分子球は合成されているが、本研究ではn = 24の新規分子の合成に成功し、世界最多の72成分からなる巨大分子球の構築を達成した。さらに、配位子の構造をわずかに変化させるだけで、M12L24分子とM24L48分子とを特異的に合成できることをつきとめ、多数成分の自己組織化に特有の構造制御現象を明らかにした。第3章では、分子球表面に新たな配位部位を導入する分子設計を行い、金属イオンの追加・除去を行うと、表面でのクロスリンク反応による表面細孔の開・閉を制御できることが述べられている。第4章では、大小2種類の配位子を共有結合で連結すると、小さい分子球を大きな分子球が包み込んでいる二重構造の分子球が合成できることが述べられている。第5章では、大小2種類の配位子を、連結することなく混合して用いると、2種類の配位子が選択的に組み込まれた新規構造の分子球を選択合成できることが述べられている。第6章では、枝分かれした側鎖を巨大な分子球内部に連結することで、「逆デンドリマー」とよぶべき特異構造を構築できることが明らかにされ、高密度にポリマー鎖が充填されたナノカプセル合成として有用であることが考察されている。第7章では、金属間結合を自己組織化の駆動力として用いることでAu36集合体の合成を達成できることが述べられている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文では、ウイルスの球状殻構造から発想した、様々な球状分子の合成研究について述べられている。自然界では、自己組織化の原理に基づいた巨大かつ精緻な構造が数多く見受けられ、特に厳密な構成成分数のタンパク質が自己組織化したウイルスの球状殻構造は、その内部にDNAやRNAを貯蔵する機能も担うために興味深い。本研究では、このウイルス構造から発想し、複数の配位部位を有する配位子と、+2価のパラジウムイオンとの自己組織化を用いる合成化学のアプローチによって、従来法では合成しえない多数成分からなる分子球の合成法を確立した。

第1章では、本論文に関連する過去の研究が総括され、本研究の新規性・重要性が述べられている。ウイルスは大きな興味を引いて研究されており、その構造と機能が次第に明らかになってきている。一方、合成化学においては自己組織化を用いた分子合成が熱心に研究されているが、その構成成分数はたかだか10成分程度であることがほとんどで、数十成分、時に数百成分を超すウイルスの構造とはかけ離れている。本研究では、最大で72成分にもおよぶ人工的な自己組織化を達成し、また、クロスリンク構造や多重構造といったウイルスの構造に類似した分子球の合成法を確立した。

第2章では、折れ曲がった2座配位子(ligand: L)と平面四配位性の金属イオン(metal ion: M)とを用いた自己組織化を行うと、MnL2n (n = 6,12, 24, 30, and 60)組成の分子球のみが、幾何学的な制約を受けて生成する現象が考察されている。これまでにn = 6と12の分子球は合成されているが、本研究ではn = 24の新規分子の合成に成功し、世界最多の72成分からなる巨大分子球の構築を達成した。さらに、配位子の構造をわずかに変化させるだけで、M12L24分子とM24L48分子とを特異的に合成できることをつきとめ、多数成分の自己組織化に特有の構造制御現象を明らかにした。

第3章では、分子球表面に新たな配位部位を導入する分子設計を行い、金属イオンの追加・除去を行うと、表面でのクロスリンク反応による表面細孔の開・閉を制御できることが述べられている。比較的、柔軟性が高い配位部位を分子球表面に導入すると、この配位部位は、錯体骨格の構築には使われず配位結合を作らない状態にある。さらに金属イオンを追加すると、この配位部位が錯体表面の細孔をふさぐように配位結合を作ることを見いだし、また、可逆的に金属イオンを除去できることを明らかにした。

第4章では、大小2種類の配位子を共有結合で連結すると、小さい分子球を大きな分子球が包み込んでいる二重構造の分子球が合成できることが述べられている。一見すると、2種類の配位子は配位結合の形成能力が同程度であることから、不定形な生成物が得られるように考えられるが、実際には、個々の配位子が閉じた分子球構造を形成することで生成物が安定化され、分子全体が構造安定化された二重分子球が得られることがわかった。

第5章では、大小2種類の配位子を、連結することなく混合して用いると、2種類の配位子が選択的に組み込まれた新規構造の分子球を選択合成できることが述べられている。エントロピーの効果により、生成物の構造としては様々な可能性が考えられる中から、特定の分子球のみが選択的に得られることがわかり、精緻な構造を単純な分子設計を用いて構築できることが示された。

第6章では、枝分かれした側鎖を巨大な分子球内部に連結することで、「逆デンドリマー」とよぶべき特異構造を構築できることが明らかにされ、高密度にポリマー鎖が充填されたナノカプセル合成として有用であることが考察されている。

第7章では、金属間結合を自己組織化の駆動力として用いることでAu36集合体の合成を達成できることが述べられている。多様な自己組織化の駆動力を用いることで、自在な分子設計の可能性が示された。

以上、本研究では、構成成分であるタンパク質が数多く自己組織化して構築されているウイルスの構造から発想した、様々な構造の分子球の人工合成を達成し、巨大かつ精緻な分子合成の礎を築いた。この直径が数ナノメートルにも及ぶ分子球は、内部に大きな中空構造を有し、また、内外の選択的な化学修飾が可能であることから、従来法では合成できない数ナノメートルの機能性カプセル状分子として、今後応用されることが期待できる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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