学位論文要旨



No 127516
著者(漢字) 楊,菲
著者(英字)
著者(カナ) ヨウ,ヒ
標題(和) 可視光型酸化エネルギー貯蔵型光触媒の開発
標題(洋)
報告番号 127516
報告番号 甲27516
学位授与日 2011.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7602号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 立間,徹
 東京大学 教授 渡辺,正
 東京大学 教授 藤岡,洋
 東京大学 准教授 小倉,賢
 東京大学 准教授 野口,祐二
内容要旨 要旨を表示する

TiO2光触媒は、光によって価電子帯の電子が伝導帯に励起され、価電子帯にホールが生成する。励起電子は酸素を還元し、スーパーオキサイドや過酸化水素が生成され、これらは一部の有害物質を酸化したり、殺菌したりすることができる。ホールは光触媒上に吸着・付着した有機物のほとんどを直接、あるいはヒドロキシルラジカルを介して酸化分解する。これらの特徴を活かして、建材や医療器具など、多方面へ応用されている。

しかし、TiO2光触媒には大きな欠点が二つある。一つは光が当たらないと機能しないということである。この欠点を克服するために、還元エネルギーまたは酸化エネルギーを貯蔵するエネルギー貯蔵型光触媒が開発された。もう一つの欠点は、紫外光しか利用できないということである。この欠点を解決し、太陽光や蛍光灯などの光の利用効率を高めるために、可視光応答型光触媒が盛んに開発されている。第1章においては、光触媒や可視光応答型光触媒、エネルギー貯蔵型光触媒などの開発状況について述べ、さらに、エネルギー貯蔵型光触媒と可視光応答型光触媒を組み合わせることにより、可視光により働く酸化エネルギー貯蔵型光触媒を開発し、TiO2光触媒が持つ二つの欠点を同時に解決するという本研究の目的について述べた。

第2章では、エネルギー貯蔵型光触媒によるメタノールとホルムアルデヒドの酸化について述べた。実用的な観点からみると、還元エネルギーの貯蔵より、酸化エネルギーの貯蔵のほうが重要である。シックハウス症の原因物質といわれるHCHOなどを酸化除去できる可能性があるためである。エネルギー貯蔵材料であるNi(OH)2をTiO2と組み合わせた酸化エネルギー貯蔵型光触媒では、TiO2の価電子帯に生じたホールによりNi(OH)2が酸化され、酸化エネルギーが貯蔵される。この貯蔵した酸化エネルギーによって、さまざまな物質を酸化できることがわかっているが、詳細はまだわかっていない。そこで、貯蔵した酸化エネルギーによる、暗所での反応の詳細を解明することを本章の目的とした。有害ガスとして、CH3OHとHCHOを対象とし、これらを無害なCO2にまで酸化できるかどうか、検討した。

pH 10のバッファ中で、エネルギー貯蔵型光触媒を紫外光(30 mW cm(-2))で照射することにより、酸化エネルギーの貯蔵を行った。酸化エネルギーを貯蔵した光触媒基板をガラスセルにいれ、暗所でCH3OHやHCHOのガスをセルに注入し、ガスクロマトグラフィー法により気相中のCH3OH、HCHO、CO2の濃度変化を測定した。

まず、暗所でのCH3OHの酸化について調べた。CH3OHの初期濃度が97 ppmの場合の、ガスクロマトグラムの経時変化の結果では、反応時間とともに、CH3OHに帰属されるピークが減る一方、CO2に帰属されるピークが強くなった。このことから、貯蔵した酸化エネルギーはCH3OHをCO2にまで酸化できることがわかった。また、それ以外の、HCHO、HCOOHなどの物質は気相からは検出されなかったことから、生成したとしても膜に吸着しているものと考えられる。また、CH3OHの初期濃度を下げていくと、CO2の生成効率が高くなり、10 ppmになると約90%のCH3OHがCO2に酸化された。最後に、HCHOの酸化も試みた。貯蔵した酸化エネルギーにより、HCHOもCO2にまで酸化できることがわかった。

第3章では、紫外線だけでなく可視光でもエネルギー貯蔵を行うことを目的とした。そのために、可視光応答型光触媒を使用した。WO3、白金ナノ粒子担持酸化タングステン(Pt-WO3)、銅イオン修飾酸化タングステン(Cu(II)-WO3)、窒素ドープ酸化チタン(N-TiO2)、鉄イオン担持酸化チタン(Fe(III)-TiO2)を用い、Ni(OH)2と組み合わせ、pH 10のバッファ中で、可視光(≧420 nm; 100 mW cm(-2))を照射することにより、酸化エネルギーの貯蔵を試みた。貯蔵前後の自然電位と吸光度の変化から貯蔵特性を評価した。

どのサンプルでも、吸収の増加が観察された。また、N-TiO2以外のサンプルでは、自然電位が正側へシフトした。これらのことから、可視光下でも酸化エネルギー貯蔵が可能であることがわかった。なかでも、1 wt% のPtを担持したWO3を用いた酸化エネルギー貯蔵型光触媒が、最も高い貯蔵効率を示した。

また、1 wt% Pt-WO3を用いた酸化エネルギー貯蔵型光触媒について、実用性を評価してみた。蛍光灯を10時間照射すると、1 wt% Pt-WO3を用いた酸化エネルギー貯蔵型光触媒の貯蔵電気量は0.2 mC cm(-2)であることがわかった。幅、奥行とも5 m、高さ3 mの部屋の内壁面全てに、この酸化エネルギー貯蔵型光触媒を塗布すると、その面積は110 m2となる。蛍光灯を10時間照射すると、この部屋全体でおよそ220 Cの電気量を貯蔵できる。この電気量によって、約0.2 ppmのHCHOを分解することができる。基準値程度のHCHO(0.08 ppm)であれば、十分分解できると考えられる。

こうして、可視光による酸化エネルギー貯蔵が可能だとわかった。しかし、電解析出法でNi(OH)2を作製するのは実用的ではない。実用性を向上させるためには、光触媒とエネルギー貯蔵材料の粒子を混合して塗布するだけで機能することが望まれる。そのためには、両者の接触が良好でなくても、エネルギーが貯蔵できる必要がある。TiO2を用いた酸化エネルギー貯蔵型光触媒では、TiO2と貯蔵材料が接触していなくても、非接触酸化反応によってエネルギーを貯蔵できることがわかっている。そこで第4章では、TiO2の紫外光下における非接触酸化反応速度について、白金ナノ粒子の担持条件を変えることで最適化を図った。

TiO2光触媒を被覆したガラス基板と、オクタデシルトリエトキシシラン(ODS)で修飾し疎水化したガラスを向かい合わせ、疎水性基板側から紫外光(30 mW cm(-2))を照射した。もしオクタデシル基が分解されれば、表面が親水化され、水接触角が減少する。

白金の光触媒析出条件を最適化することにより、従来より高い非接触酸化活性が得られた。確認した条件中では、塩化白金酸濃度が1-3 mM、析出時間が2-10秒の条件が最適であった。また、このような条件で作製した白金担持酸化チタンを用いて、紫外光強度を200 mW cm(-2)に、光触媒と疎水基板との距離を7.5 μmにすると、50秒で超親水化できた。非接触酸化活性を高くするには、白金ナノ粒子サイズを3 nm以下に、被覆率を1%以下に保つのが良いことがわかった。

非接触酸化が可視光でも可能であれば、可視光型光触媒と貯蔵材料の粒子混合膜でも機能すると考えられる。そこで第5章では、可視光下での非接触酸化が起こるかどうか、TiO2光触媒の代わりに可視光応答型光触媒を用いて検討した。

Fe(III)-TiO2やWO3を用いた場合は、非接触酸化活性はほとんど観察されなかった。しかしWO3上にCu(II)イオンやPtを担持することにより、可視光下でも非接触酸化反応が観察された。Pt-WO3の活性が最も高く、40分程度で疎水性基板表面が超親水性になった。しかし、Pt-TiO2に紫外光を照射した場合には、1分以内で超親水化できたことと比べると、活性はかなり低いと考えられる。そこで、Pt-WO3とPt-TiO2を用いて、非接触酸化反応の作用スペクトルを測定した。Pt-TiO2は、320 nm以下ではより高い非接触酸化活性を示した。一方、340 nm以上の近紫外域から可視域では、Pt-WO3のほうが非接触酸化活性が高いことがわかった。また、TiO2の紫外光による非接触酸化と違って、二重励起機構ではなく、非接触上で生成した●OHが拡散して非接触酸化反応に寄与していると示唆される結果が得られた。

次に第6章では、可視光による非接触酸化反応に基づく非接触酸化エネルギー貯蔵が可能かどうかを調べた。Pt-WO3を用いて、Ni(OH)2基板と向かい合わせ、距離を7.5 μmにし、Ni(OH)2基板側から可視光(≧420 nm; 100 mW cm(-2))を照射した。その結果、可視光照射とともに自然電位が正側へシフトし、また、貯蔵電気量が増加した。照射開始から20時間後には自然電位が一定になり、90時間後には貯蔵電気量がほぼ飽和した。これらのことから、可視光下でも、非接触酸化による貯蔵が可能であることがわかった。可視光で励起されたWO3の価電子帯の電位は、H2Oの酸化による●OHの生成に十分であり、伝導帯の電位もやはり、酸素のH2O2への還元、さらに●OHへの還元に十分である。したがって、可視光下においてWO3上で生成した●OHが気相を拡散し、非接触酸化エネルギー貯蔵に寄与している可能性が高いと考えられる。

第7章では、これまでに用いてきた膜の作製方法よりも実用的な方法の開発を試み、作製した膜の酸化エネルギー貯蔵特性について検討した。光触媒上にNiイオンを吸着させ、加熱処理で酸化させてNiOとすることにより、酸化エネルギー貯蔵型光触媒が得られた。このように得られた光触媒に光照射すると、酸化エネルギー貯蔵が可能だとわかった。光触媒粒子上にNiOを担持し、基板上に塗布することによっても、酸化エネルギー貯蔵型光触媒を作製できることがわかった。

第8章では、全体を総括した。

第9章では、将来展望について述べた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、すでに実用化されているTiO2光触媒が持つ、光が当たらないと機能しないという欠点と、紫外光しか利用できないという欠点を同時に解決することを目的としている。第1章においては、光触媒や可視光応答型光触媒、エネルギー貯蔵型光触媒などの開発状況について述べ、さらに本研究の目的について述べた。

第2章では、光触媒としてTiO2、エネルギー貯蔵材料として電解析出したNi(OH)2を用いたエネルギー貯蔵型光触媒による、有害ガスの酸化反応について調べた。まず、紫外光照射により貯蔵した酸化エネルギーによる、CH3OHの酸化反応について調べた。その結果、貯蔵した酸化エネルギーによりCH3OHをCO2にまで酸化できることが明らかにされた。それ以外の、HCHO、HCOOHなどの物質が気相からは検出されなかったことから、仮に生成したとしても膜に吸着しているものと推測された。また、CH3OHの初期濃度が低いほどCO2の生成効率が高くなることが示された。シックハウス症候群の原因物質といわれるHCHOも、貯蔵した酸化エネルギーにより、CO2にまで酸化できることがわかった。基準値(0.08 ppm)程度の濃度であれば、ほぼ全てCO2に酸化できることが示された。

第3章では、紫外線だけでなく可視光でもエネルギー貯蔵を行うことを目的とした。可視光応答型光触媒としてWO3、白金ナノ粒子担持WO3 (Pt-WO3)、銅(II)イオン修飾WO3 (Cu(II)-WO3)、窒素ドープTiO2 (N-TiO2)、鉄(III)イオン担持TiO2 (Fe(III)-TiO2)を用い、エネルギー貯蔵材料であるNi(OH)2と組み合わせ、可視光下で酸化エネルギーの貯蔵を試みた。可視光照射前後の自然電位と吸光度の変化から貯蔵特性を評価した。その結果、1 wt% Pt-WO3を用いた酸化エネルギー貯蔵型光触媒が、最も高い貯蔵効率を示した。また、1 wt% Pt-WO3を用いた酸化エネルギー貯蔵型光触媒について、蛍光灯を10時間照射することにより貯蔵した酸化エネルギーによって、基準値レベル以上のHCHOをCO2に酸化分解できることが示唆された。

こうして、可視光による酸化エネルギー貯蔵が可能だと示された。しかし、電解析出法でNi(OH)2膜を作製するのは実用的ではない。実用性を向上させるためには、光触媒とエネルギー貯蔵材料の粒子を混合して塗布するだけで機能することが望まれる。そのためには、両者の接触が良好でなくても、エネルギーが貯蔵できる必要がある。TiO2を用いた酸化エネルギー貯蔵型光触媒では、TiO2と貯蔵材料が接触していなくても、非接触酸化反応によってエネルギーを貯蔵できることがわかっている。そこで第4章では、TiO2の紫外光下における非接触酸化反応速度について、白金ナノ粒子の担持条件を変えることで最適化を図った。非接触酸化活性を高くするには、白金ナノ粒子サイズを3 nm以下に、被覆率を1%以下に保つのが良いことが示された。

非接触酸化が可視光下でも可能であれば、可視光型光触媒と貯蔵材料の粒子混合膜もエネルギー貯蔵型光触媒として機能すると考えられる。そこで第5章では、可視光下での非接触酸化が起こるかどうか、TiO2光触媒の代わりに可視光応答型光触媒を用いて検討した。その結果、可視光下でも非接触酸化が可能であることが示された。調べた中では、Pt-WO3の活性が最も高いことも明らかとなった。また、TiO2の紫外光による非接触酸化のように、光触媒から気相を拡散するH2O2が光開裂して・OHを生じ、これが酸化を引き起こす(二重励起機構)のではなく、光触媒上で生成した・OHが気相を拡散して、そのまま酸化を引き起こすことが示された。

第6章では、可視光による非接触酸化反応に基づく非接触酸化エネルギー貯蔵が可能かどうかを調べた。Pt-WO3を用いて、Ni(OH)2膜と7.5μm離して向かい合わせ、可視光を照射した結果、可視光照射によってNi(OH)2膜に酸化エネルギーを貯蔵できることがわかった。

第7章では、これまでに用いてきた膜の作製方法よりも実用的な方法の開発を試た。光触媒上にNi2+を吸着させ、加熱処理で酸化させてNiOとすることで、光触媒による酸化エネルギー貯蔵が可能となることが示された。

第8章では、全体を総括した。

第9章では、将来展望について述べた。

本研究で得られた知見は、光触媒の高機能化や実用性の向上に貢献するのみならず、光触媒反応をはじめとする半導体光電気化学過程の機構解明や、光電気化学全般の発展にも寄与するものと期待される。以上のように本研究は、光電気化学、材料化学などの進展に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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