No | 127517 | |
著者(漢字) | 岡本,章玄 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オカモト,アキヒロ | |
標題(和) | 鉄還元細菌におけるヘムを介した細胞外電子移動機構に関する研究 | |
標題(洋) | Studies of Heme-Mediated Extracellular Electron Transfer Mechanism in Dissimilatory Iron-Reducing Bacteria | |
報告番号 | 127517 | |
報告番号 | 甲27517 | |
学位授与日 | 2011.09.27 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第7603号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 応用化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1. 緒言 近年、ヘムを電子移動中心に持つ膜上タンパク質を介し酸化鉄などの不溶性材料を還元する細胞外電子伝達能を有する微生物が発見され注目されている。細胞外電子移動によって作り出される電子の流れは、微生物燃料電池におけるアノード性能、ならびに自然界における鉄や硫黄の循環において本質な役割を担っている。そのため、細胞外電子移動の機構解明や、その制御法の開拓を目的とし、遺伝子解析に基づく重要タンパク質の同定、および精製膜タンパク質の電気化学的性質の検討などが精力的に行われている。しかし、微生物が作り出す電子の流れは、個々のタンパク質の働きに加え、代謝活性や遺伝子発現などの生体特有の動的挙動に強く依存する。したがって、細胞外電子移動機構の理解のためには、生きた細胞を研究対象とし、どのように電子移動過程が制御され、それが代謝活性と相互作用しているのかを明らかにする必要がある。 以上の観点から、本研究では細胞外電子移動機構に迫ることを目的に、生きた微生物を用いて電子移動過程の電気化学的追跡、および代謝電流の制御因子の決定の二点から研究を進め、これを通じて機構の解明を行ってきた。鉄還元細菌Shewanellaは膜タンパク質(シトクロム)の活性中心であるヘムを介した細胞外電子伝達能を有し、その機構として(1)直接型電子移動、(2)導電性ワイヤーによる電子移動と(3)自己分泌したフラビン分子を介した間接型電子移動が提案されている(図1)。本論文ではヘムを介した電子移動過程の(1)と(3)に焦点をあて、それぞれの電気化学的追跡を試みた。そして、そこで得た知見を用いて微生物が自己分泌するシグナル分子が電子移動過程や代謝活性に与える影響を調べた。また、電子移動中心であるヘムと酸化鉄などの鉱物材料との相互作用、ならびに人工無機錯体との複合化の可能性を検討した。 2. 外膜シトクロムを介した界面電子移動過程の電気化学的追跡 (論文4, 6) 直接型電子移動パスの存在を検証することを目的に、微生物と電極界面における電子移動の電気化学的追跡を行った。電極上で培養したShewanellaのCyclic voltammetry(CV)測定より、50 mV vs SHEに中点電位(Em)をもつ酸化還元波が観測された(図2)。ここで、このピーク電流値と電位走印速度が正の相関を示したことから、観測した電子移動反応が拡散過程を含まない直接型であることが確認できた。そこで、この酸化還元種が生きた細胞中の外膜シトクロムであることを検討するため、活性中心であるヘムがNOに高い反応性を有することに着目し、微生物懸濁液にNOを暴露した。ヘム/NO錯体が生細胞において形成すると、観察された酸化還元波が正に600 mVシフトすることを確認した。さらに外膜シトクロム遺伝子破壊株を用いると、酸化還元電流が80%減少した。このことから、Em = 50 mVの酸化還元種がシトクロムに帰属されることがわかる。以上の結果は、ヘムを介した直接型電子移動が微生物と電極界面において進行していることを示している。 3. フラビンを介した間接型細胞外電子移動過程(論文9) 間接型電子移動過程パスについて高感度な電気化的手法であるDifferential pulse voltammetry-DPV)を用い、さらなる電気化学検討を行った。すると、細胞膜シトクロムに帰属される酸化還元波のほかに、新たに-145 mVに酸化還元ピークが存在することが確認できた。このピーク電流値は、外部からフラビンを添加することで増大したことから、自己分泌フラビンに帰属される。ここで、細胞を含まない電極上で測定したフラビンの酸化還元電位は-260 mVである。また、細胞膜シトクロムを持たない遺伝子破壊株を用いて測定した際や、電子源である乳酸欠乏下においてフラビンはEp = -240 ~ -250 mVを示した。これらの結果は、分泌フラビンが還元状態にある細胞膜シトクロムとの特異的に相互作用し、その結果溶存状態にあるフラビンとは異なる電子状態を形成していることを示している-図3)。また、Ep = -145 mVの電流値と、微生物の代謝に由来する電流値が正の相関を示したことからヘムと相互作用を行っているフラビン分子が細胞外電子移動過程を媒介していることが示唆された。以上の結果は、シトクロムと相互作用したフラビン分子が間接型電子移動を媒介することを示す最初の報告であり、還元体のシトクロム量が増える条件において、フラビンによる電子移動過程が促進されることを示している。 4. 微生物による電子移動パスの自己調整(論文8) 代謝活性を増大させるシグナル分子が存在するとの仮説を立て、細胞が増殖する過程における一細胞当たりの触媒電流の時間変化を追跡した(図4)。電気化学セルにShewanella細胞を添加すると、代謝電流値は約5時間、1 nA程度の値を保った後に上昇を始め、10時間後には、1.0 μAの電流が観測された(図5(b))。この時、細胞一体あたりの代謝電流値を算出すると、電流上昇前後で100倍以上にまで増加しており、それに伴いDPVで観測されるフラビンの酸化還元電位が-260 mVから-145 mVまでシフトした。このことは、シトクロムに供給される電子量が増大した結果、還元されたシトクロムとフラビンが相互作用し、細胞外電子移動過程が促進されていることを示している。ここで、急激な電流上昇が起こる際の電極表面の細胞密度を測定すると、初期添加細胞濃度を変化させても常に107 cells/cm2(電極被覆率約50%)程度の値を示した。また、微生物が分泌した上澄み液を反応容器内に添加すると、電流値が増加するまでの時間が短縮された(図5(a))。以上の結果は、細胞分泌物の蓄積によって微生物一体当たりの代謝活性が増加していることを示しており、代謝活性に関与するシグナル分子が存在するとの仮説の正当性が示唆された。以上は、微生物の自発的な代謝活性制御によって、フラビン分子による間接型電子移動パスが誘起される、微生物の動的挙動と細胞外電子移動過程の相互作用を明確に示している。 5. 鉱物/微生物界面におけるヘムを介した細胞外電子移動過程 (論文3, 5, 7) Shewanellaは、自然界においては酸化鉄を電子受容体として利用している。そこで、酸化鉄などの鉱物材料においても、ヘムやシグナル分子によって制御された細胞外電子移動過程が進行するという考えの元、酸化鉄を豊富に含む環境を電気化学反応容器内に構築した。その結果、細胞からの電流生成能が50倍以上に飛躍的に向上することが観測された。遺伝子破壊株ならびに電気化学測定の結果、細胞がヘムを介して酸化鉄の伝導帯に電子注入を行い、その後、半導体コロイドを用いた電子ホッピング反応を行うことで、長距離電子伝達経路を細胞凝集体内部に自発構築していることを明らかにした(図6)。また、同様の現象は微生物の生合成によって金属導電性を有する硫化鉄ナノ粒子が形成した際にも観測された。以上の結果から、酸化鉄や硫化鉄に対しても微生物がヘムを介した電子伝達を行っていることが電気化学的に示された。さらに、微生物は固体材料の導電性を認識し、固体材料とヘムによる導電性ネットワークを形成する能力を有していることが示された。酸化鉄や硫化鉄は自然界においてShewanellaが共存している鉱物であり、深海や土壌内においてもこのような導電性ネットワークが形成され、微生物のエネルギー獲得において重要な役割を担っていると考えられる。 6. 人工錯体におけるヘム酸化還元反応の光誘起 (論文1, 2) ヘムの酸化還元反応が、細胞外電子移動過程において本質な重要性を有することをここまでで示した。ここでは、光励起した電子によって鉄錯体の酸化還元反応を駆動することを目的に、人工錯体触媒の開発を行った(図7)。錯体CO2還元触媒である鉄コロールとメソポーラスシリカ細孔内に坦持した光吸収中心TiO4サイトを結合させた錯体を合成した。そして、光励起した電子を異種金属間で移動させ、鉄錯体を還元することで触媒反応を駆動した。このことは、人工無機材料と生体材料を組み合わせれば、光駆動性などの機能を微生物に付加出来ることを示唆しており、無機生体ハイブリッド材料開発への展開が期待できる。 7. 総括 本研究では、細胞外電子移動過程を電気化学的に追跡することで、ヘムの酸化還元状態が、直接型パスだけではなく間接型パスにおけるフラビン分子とシトクロム間の相互作用を制御していることを明らかにした。さらに、ヘムの酸化還元状態の制御を行う代謝を活性化するシグナル分子の存在を見出した。これらの細胞外電子移動機構は、まさに生体の動的挙動によって細胞外電子移動過程が制御されていることを示している。これらの生体機構がヘム、フラビンやシグナル分子などの分子特性に基づいていることは、微生物が作る電子の流れを制御する手法の確立へ向けて重要な知見である。また、鉱物との導電性ネットワーク形成の有効活用、無機材料との複合材料化やシグナル分子の機構解明が進めば、微生物燃料電池や微生物電極触媒など近年注目を浴びている生体を用いたエネルギー変換技術の効率化に貢献できると期待できる。 図1 ヘムを介した細胞外電子移動過程。 図2 ShewanellaのCV測定結果。 図3 外膜シトクロムとフラビン分子の相互作用。電子源である乳酸無し(a)、有り(b)。 図4 シグナル分子蓄積による代謝の活性化。 図5 代謝電流値の時間変化。(a)微生物分泌物添加有り、(b)無し。 図6 微生物と酸化鉄コロイドによる導電性ネットワーク。 図7 合成した無機錯体における光励起電子による鉄錯体触媒の還元反応。 | |
審査要旨 | 本論文において、学位請求者(岡本 章玄)は、鉄還元細菌Shewanellaを用いたin-vivo電気化学測定により、細胞膜ヘムタンパク質シトクロムを介した細胞外電子移動機構、ならびにその代謝過程や生理機能との相関を明らかにする事を目的とした研究発表を行った。本論文は以下の7章から構成されている。 第1章では、研究の背景、目的、及び概要が論じられており、近年までの関連論文の成果や問題点などが明確にされ、本論文の研究の意義づけが明確にされた。 第2章では、細胞膜表面に高濃度な膜シトクロムを有するShewanella微生物そのものが電気化学測定系に適用され、膜シトクロムを介した細胞外電子動過程の存在がin-vivo条件下で検討された。Cyclic Voltammetry(CV)測定によって、膜シトクロムの電子移動中心ヘムと電極界面における電子交換反応が追跡された。微生物存在下において観測された酸化還元波は、シトクロムの電子移動中心ヘムに特異的なNO分子との軸配位反応により、正に600 mVシフトすることが観測された。更に、微生物電極界面に存在する膜シトクロムの遺伝子破壊株が作成され、CV測定が行われると、酸化還元電流が80%減少することが確認された。以上の結果、観測した酸化還元波の帰属が膜シトクロムのヘムの酸化還元反応に決定され、in-vivo条件下におけるシトクロムを介した直接型電子移動過程の存在が本研究で初めて明らかとされた。 第3章では、微生物の自己分泌した酸化還元分子であるフラビンが細胞外電子移動を媒介する機構が検討された。高感度な電気化学的分析法である微分パルスボルタンメトリー(DPV)測定が用いられ、微生物と電極界面に存在するフラビン分子の酸化還元反応が追跡された。その結果、細胞が存在する条件下で観測されたフラビン分子の酸化還元ピークは、溶液中の二電子酸化還元反応と比較して120 mV程度正にシフトすることが観測された。遺伝子破壊株を用いてフラビンと相互作用しているタンパク質の検討が行われた結果、フラビンは膜シトクロム内の電子移動中心としてヘムを介した細胞外電子移動過程を促進していることが確認された。また、電子スピン共鳴測定の結果から、膜シトクロムとの相互作用により、フラビンが一電子還元体のセミキノンとして安定化されていることが見出された。以上の結果より、in-vivo条件下におけるシトクロムと電極界面における、フラビンを介した一電子酸化還元反応による電子移動促進機構が本研究によって初めて明らかとされた。更に、フラビンと膜シトクロムが相互作用する条件が探索された結果、高代謝活性に準じて安定化する還元体のヘムを有するシトクロムと特異的にフラビンが相互作用する機構が明らかにされた。 第4章では、微生物の電子移動過程と代謝活性の制御機構について検討された。微生物が電極表面上で増殖する過程が共焦点顕微鏡観察された結果、細胞数が閾値を超えると微生物一体あたりの代謝電流値が急激に増加する現象が見出された。フラビン分子の酸化還元電位がDPVで電気化学追跡された結果、代謝電流値の増大に伴いフラビン分子とシトクロムの相互作用を示す酸化還元ピークシフトが確認された。以上の結果から、微生物は増殖する過程で代謝を活性化する機構を有することが明らかとされた。また、その代謝活性化機構が検討された結果、微生物が分泌するシグナル分子が代謝活性を制御する上で重要な因子である可能性が実験的に示された。 第5章では、細胞集団内における長距離電子移動機構が検討された。酸化鉄や硫化鉄などの導電性ナノ粒子が存在する場合、存在しない場合に較べて微生物代謝電流値が50 - 100倍程度増加する現象が見出された。代謝電流値が増大した機構を膜シトクロムの遺伝子破壊株を用いた電気化学検討が行われた結果、微生物が自発形成する導電性材料との凝集構造体内部において、膜シトクロムと導電性材料間での電子交換反応による長距離電子移動反応が進行していることが明らかとされた。また、高密度な微生物集合体においては鉱物が存在しない条件下においても、低効率ながら長距離電子伝達経路が自発形成されることが明らかとされた。 第6章では、合成鉄錯体分子が用いられ、フラビンとの相互作用において重要な細胞膜シトクロムヘムの酸化状態を光制御する可能性が検討された。メソポーラスシリカ細孔内に坦持したTiO4光分子ポンプとヘム類似鉄中心分子が連結した錯体が合成され、光照射下において鉄中心酸化状態の光制御が達成されている。 第7章では、本研究の総括、及び、今後の展望を論じられた。 本論文で明らかとされたin-vivo条件下における細胞外電子移動過程やその制御機構は、現在新しい学術分野として拓かれつつある生体と固体材料間電子移動の物理化学的研究のみならず、近年注目を浴びている生体を用いたエネルギー変換技術の効率化に貢献することが期待できる独創性の高い成果であるといえる。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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