学位論文要旨



No 127524
著者(漢字) 竹内,晃一
著者(英字)
著者(カナ) タケウチ,コウイチ
標題(和) 時間要素と周辺要素に着目した支援技術の開発と利用に関する研究
標題(洋)
報告番号 127524
報告番号 甲27524
学位授与日 2011.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7610号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中邑,賢龍
 東京大学 教授 鎌田,実
 東京大学 特任教授 田中,敏明
 東京大学 准教授 渡邊,克巳
 東京大学 准教授 巖淵,守
内容要旨 要旨を表示する

本研究は,支援技術の開発と利用に関して,従来あまり議論されることのなかった,時間要素(時間経過によって変動する要素)と周辺要素(技術そのものや個人の外側にある,社会、一般技術、医療技術、法制度など)に注目する.

まず,支援技術の開発や活用を推進するための様々な先行取組みをレビューした上で,本研究で取扱うべき中心的な課題である時間要素と周辺要素の重要性を示す.

次に,3つの実証研究によって,この課題に複眼的な視座からアプローチする.

研究1では数秒~数分単位の時間枠での実験心理学的手法,研究2では数カ月~数年単位の時間枠でのインタビュー手法,研究3では数年~十数年単位の時間枠でのインタビュー手法および文献調査手法,と異なった時間枠と研究方法で現象を捉える.研究1と研究2では個人内での変化を対象とするが,研究3では,個人を超えて社会,一般技術,利用技術,法制度なども含めた巨視的な観点からの変化もその対象として扱う.

これらに基づき,支援技術の開発や利用に関わる問題点や注意すべきポイントを明らかにし,今後のあり方の方向性を示す.

以下,各章の概要を示す.

【第1章】

本研究の動機・背景,目的,論文の構成について述べる.

本研究は,支援技術の開発および利用に関して,これまであまり議論されることのなかった,時間要素と周辺要素に注目するものである.

この背景には,筆者がこれまで支援技術の研究開発・評価を行う中で感じた研究開発現場での理想と利用現場での現実のギャップがある.このギャップにおいて,時間要素と周辺要素に着目することが重要であることを明らかにし,これらを考慮に入れた,俯瞰的な視座から分析することを提案する.これによって,支援技術の開発や利用に関わる問題点や陥りがちなポイントを明らかにし,今後の開発や利用をよりよく進めるための方向性を示すことが本研究の目的である.

【第2章】

支援技術の開発や利用を推進するために行われてきた様々な先行取組みをレビューした上で,本研究で取扱うべき中心的な課題である時間要素と周辺要素の重要性を明らかにする.

【第3章】

本章では,支援技術を利用したときに起こる個人内での主観パフォーマンスおよび客観パフォーマンスの変動について,数秒~数分程度の短期で起こる変動について調べる.

具体的には,手袋・眼鏡を使ったシミュレーションでタスク遂行が阻害される状態を作り,それを支援技術で支援することが,主観パフォーマンスおよび客観パフォーマンスの変化としてどのように表れてくるかを定量的に調べた.このような方法は従来ヒューマンインタフェース評価の分野でしばしば行われてきた評価手法である.

これにより,短期的に起こる,シミュレーション制約によるタスク阻害効果や支援技術による支援効果が計測可能であることがわかった.しかし,利用効果が表れるまでにタイムラグを伴うことがあることや主観パフォーマンスと客観パフォーマンスが必ずしも比例しないことがあることなどがわかった.

これらの限界に対応するためには,より長い時間幅での評価を行うことや,データとして取得が容易な客観パフォーマンス値だけでなく,主観パフォーマンスの変化も調べ,両者の相関なども見てみる必要がある.

【第4章】

支援技術開発利用プロセスにおいて,支援技術を受け入れた後の利用・継続フェーズを対象とし,数カ月~数年を単位とするような中長期的な時間枠の中で,個人の主観パフォーマンス(自己効力感)の変動要因や変動量について半構造化された利用者インタビューに基づく調査を行う.

これによって,第3章で採った方法では明らかにできなかった,個人内での主観パフォーマンスの中期的な変動パターンやその変化をもたらした要因について,時間要素や周辺要素との相互作用が明らかにする.

【第5章】

本章では,支援技術について,コミュニケーションエイドを事例として,数年~十数年単位の長期的な時間幅をもって,機器開発・サービス・周辺要素の3観点からその変遷を辿る.

本章では,コミュニケーションエイドの開発を事例とし,技術開発を軸とした系譜を辿り,それに関わった諸要素の相互関係を分析する.これにより,コミュニケーションエイドが,どのような経緯や背景の中で開発・提供・利用され,変遷してきたのかについて俯瞰的に理解する.

このようなアプローチにより得られた知見に基づき,今後の支援技術の開発や利用のあり方について方向性を示す.

【第6章】

ここまでの議論に基づいて総合的な考察を行う.特に、支援技術の開発や利用において陥りがちなポイントについてまとめ,今後の支援技術の開発と利用に関して方向性を示す.

【第7章】

本研究の結論と今後の展開について述べる.今後のあるべき方向性を,具体的に示すため,筆者が支援技術関連の政策担当者になったと仮定し,具体的施策の試案を示す.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,支援技術の開発と利用に関して,従来あまり議論されることのなかった,時間要素と周辺要素に注目し、支援技術開発の抱える問題点を整理し、その方向性を提言したものである。

第1章では、目的に至る動機・背景が述べられている。ユニバーサルデザインの研究開発に従事して来た筆者が、これまで支援技術の研究開発・評価を行う中で感じた研究開発現場での理想と利用現場での現実のギャップを指摘し、時間要素と周辺要素に着目して俯瞰的な視座から支援技術開発と利用を分析し、その方向性を示すことを目的とした。

第2章では,支援技術の開発や活用を推進するための先行研究や取組みをレビューした上で,本研究で取扱うべき周辺要素(技術そのものや個人の外側にある,社会、一般技術、医療技術、法制度など)をMan-Machine Interface, Life-Interface, Socio-Interfaceの3つに整理し、それを各々時間軸と関連づけて評価する妥当性を裏付けした。

第3章ではMan-Machine Interface的観点から、手袋・眼鏡を使ったシミュレーションで課題遂行が阻害される状態を作り,支援技術による機能補償が,主観パフォーマンスおよび客観パフォーマンスにどのように影響するかを短い時間枠の中で定量的に測定した。その結果,利用効果発現までにタイムラグがある点、主観パフォーマンスと客観パフォーマンスが必ずしも比例しない点を明らかにし、より長い時間幅での評価や,客観・主観の2つのパフォーマンス値からの評価が必要であると結論づけた。

第4章では支援技術の生活場面での活用といったLife-Interface的観点から、支援技術導入後の数カ月~数年を単位とするような中長期的な時間枠の中で,個人の主観パフォーマンス(自己効力感)の変動要因や変動量について半構造化された利用者インタビューに基づく調査を行った。これによって,第3章では明らかにできなかった個人内での主観パフォーマンスの中期的な変動パターンや時間要素や周辺要素の影響を明らかにした。

第5章では,個人を超えて社会,一般技術,利用技術,法制度なども含めたSocio-Interface的な観点から支援技術開発の課題にダイナミックにアプローチした。70年代から現在までのコミュニケーションエイド開発の歴史を開発者へのインタビューと周辺の工学的技術や医療技術開発や普及・制度の変化の歴史とも重ね合わせ、数年~十数年単位の長期的な時間幅をもって,機器開発・サービス・周辺要素の3観点からその変遷を辿った。当事者のニーズから開発はスタートするが、医療技術や一般ICT製品の出現により技術者の気づかないうちにそのニーズが低下し、開発意義を失うといった貴重な事例が示された。

第6章では、前章までの結果を踏まえ、支援技術開発の留意点として、「短期的・長期的評価および主観的・客観的評価の乖離」、「意義づけできる活用の場の提供」、「ニーズのシフト」、「一般技術による支援技術の追い越しや代替」を示した。

第7章では、支援技術開発の具体的施策として「問題解決型開発助成制度の導入」、「開発者教育プログラムの開発」、「公的機関による支援技術の買い上げ・レンタル制度」、「利用ログデータの収集と活用」を提言した。

審査委員会では、竹内論文の3つの周辺要素であるMan-Machine Interface, Life-Interface, Socio-Interfaceについて、時間要素とその周辺要素の広がりが必ずしも一致しないのではないかといった指摘がなされた。これに対し、竹内氏からは、ユーザの支援技術利用の評価という視点では、それぞれに短期・中期・長期の時間軸をもって評価することが効率的であるとの応答があった。また、竹内論文の主張が支援技術開発全般について当てはまるものではないのではないかという指摘については、新規の技術開発の著しいICT(情報コミュニケーション技術)を活用した支援技術に関しては、今回提唱したモデルがよく適合すると述べた。委員会ではその他にも活発な質疑応答が行われ、支援技術とその周辺要素に時間軸を組み合わせたモデル構築というユニークな視座からの検討と今後の開発の方向性をエビデンスとともに示した点が高く評価された。特に、第4章の支援技術を利用するユーザ15名に対する詳細なヒアリングは、開発者でありながら障害者雇用の現場に入り研究・開発者として日常入り込んでいる竹内氏だからこそ得られたデータである。また、第5章は、ICTを活用した我が国の支援技術開発の歴史をまとめた唯一の資料であり、初期の開発者が 高齢になり、今を逃すと失われる可能性のある開発者の声を聞き取った資料としても価値がある。

よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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