学位論文要旨



No 127536
著者(漢字) 藤澤,貴央
著者(英字)
著者(カナ) フジサワ,タカオ
標題(和) 筋萎縮性側索硬化症においてSOD1 変異が細胞毒性を発揮する共通の分子機構
標題(洋)
報告番号 127536
報告番号 甲27536
学位授与日 2011.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1412号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 准教授 富田,泰輔
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic Lateral Sclerosis: ALS)は上位・下位運動神経が選択的に侵される進行性の神経変性疾患である。発病後3~5 年で死に至る極めて重篤な疾患であり、日本国内における患者数は約8500 人、全世界では60 万人を超えるといわれている。しかし、治療薬開発への取り組みが遅れており、現在までに病態分子機構に基づく根本的な治療法は存在しない。1993 年にALS の原因遺伝子の一つとして、Cu, Zn superoxide dismutase (SOD1)が発見された。このSOD1 遺伝子変異によって産生される変異型SOD1タンパク質は、その獲得性細胞毒性によって運動神経細胞死を誘導することが示されている。しかし、これまでに報告されている130 種類以上ものSOD1 遺伝子変異が運動神経細胞毒性を発揮する共通の分子機構を実験的に示した報告は皆無であった。2008 年、当研究室において3 種類の変異型SOD1(A4V、G85R、G93A) が、小胞体関連分解(Endoplasmic Reticulum-Associated Degradation:ERAD)に関わる小胞体膜タンパク質Derlin-1 のC末端12 アミノ酸(CT4)に結合し、Derlin-1 の獲得性機能異常を誘導して、小胞体ストレスを介した運動神経細胞死を引き起こすことが明らかにされた(参考文献)。そこで私は、Derlin-1との結合を介した小胞体ストレス誘導が全ての変異型SOD1 に共通するか否かを実験的に検討し、さらに、変異型SOD1 がDerlin-1 と結合する分子機構を明らかにすることで、ALS発症の共通の分子機構を解明しようと試みた。

【方法と結果】

1. 124 種類の変異型SOD1 がDerlin-1 と結合する。

まず、ALS online database に登録されている132 種類の変異型SOD1 の発現ベクターを作製し、Derlin-1(CT4)との結合を共免疫沈降実験により検討した。その結果、驚くべきことに、124 種類もの変異型SOD1 がDerlin-1(CT4)と結合することが明らかとなった(図1)。この結果は、Derlin-1 との結合およびそれによって誘導される小胞体ストレスが、ほとんどの変異型SOD1 に共通する毒性発揮機構であることを示唆している。

2. Derlin-1 と結合しない変異型SOD1 は小胞体ストレスを誘導しない。

一方で、8 種類の変異型SOD1 はDerlin-1 と結合しなかった。これらの変異型SOD1 が小胞体ストレス誘導性運動神経細胞死に関与するか否かを明らかにするために、8 種類の変異型SOD1 が小胞体ストレスを引き起こすかどうか検討した。運動神経系細胞であるNSC34細胞にDerlin-1 と結合する変異型SOD1(G93A)を発現させると、小胞体ストレスによって発現誘導されるマーカータンパク質Herp の誘導と、小胞体ストレス受容体IRE1 の活性化依存的に起こるXbp-1 のmRNA スプライシングが観察された。しかし、Derlin-1 と結合しない変異型SOD1 を発現させても、野生型SOD1 を発現させた場合と同程度にしかHerp の誘導やXbp-1 のmRNA スプライシングは見られなかった(図2)。よって、8 種類の変異型SOD1 は、少なくとも小胞体ストレス誘導を介した神経細胞死を誘導しないことが示唆された。

3. 野生型SOD1 はDerlin-1 結合領域を保持している。

次に、変異型SOD1 がDerlin-1 と結合する分子機構を検討した。SOD1 の遺伝子変異はSOD1 遺伝子の5つのexon 全てに分布しており、124 種類もの変異型SOD1 のそれぞれが、各変異部位に新たにDerlin-1 との結合面を形成するとは考えにくい。そこで、野生型SOD1は元々Derlin-1 結合領域を持っているが、その領域は普段は隠されており、SOD1 に遺伝子変異が入ると構造が変化してDerlin-1 結合面が露出してくるのではないかと考えた。

この仮説を検討するため、まずDerlin-1 と結合する2 種類の変異型SOD1(G85R、G93A)のDerlin-1 結合領域のマッピングを行った。どちらの変異体も、N 末端20 アミノ酸の欠損変異体はDerlin-1(CT4)と結合せず(図3 左)、また、SOD1 のN 末端20 アミノ酸が全長の変異型SOD1(G93A) と同程度の強さでDerlin-1(CT4)と結合した(図3 右)。よって、SOD1 のN 末端20 アミノ酸がDerlin-1 との結合に必要十分であることが明らかになった。さらに結合領域を絞り込んだところ、SOD1 の5-18 アミノ酸がDerlin-1 結合領域(Derlin-1 binding region:DBR)であることが明らかとなった。以上の結果から、元々野生型SOD1 にはDBR が存在しており、遺伝子変異が入ることによってDBR が露出する可能性が示唆された。

4. Derlin-1 と結合する変異型SOD1 はDBR を露出している。

次に、Derlin-1 と結合する変異型SOD1 が、DBR を露出しているかどうかを生化学的に検証するため、当研究室において、DBR を免疫源としたモノクローナル抗体(抗変異型SOD1抗体)を作製した。この抗体を用いてSOD1 の免疫沈降実験を行ったところ、野生型SOD1は免疫沈降されず、抗体のエピトープ部位の変異体を除いた全てのDerlin-1 と結合する変異型SOD1 が免疫沈降された(図4)。よって、Derlin-1 と結合可能な変異型SOD1 は全て、「DBR の露出」という共通の構造変化を起こしていることが明らかとなった。

5. SOD1 遺伝子変異を持つALS 患者由来の細胞中の内在性SOD1 はDBRを露出している。

最後に、DBR の露出が実際にヒトのALS に関与しているかどうかを検討した。本学医学部神経内科よりご供与頂いたSOD1 遺伝子変異を持つヒトALS 患者由来のB 細胞中のSOD1 を、抗変異型SOD1 抗体により免疫沈降したところ、SOD1 遺伝子変異を有するALS 患者由来の全ての細胞でSOD1 が免疫沈降された(図5)。この結果は、DBR の露出という構造変化が、ヒトALS の病因に関与している可能性を強く示唆している。

【まとめ・考察】

本研究において私は、ALS 病態に関連するほぼ全ての変異型SOD1 が、野生型SOD1 では隠されているDBR を露出し、Derlin-1 と結合することで小胞体ストレス誘導性運動神経細胞死を引き起こすことを明らかにした。本研究結果は、これまで未解明であった多くのSOD1 遺伝子変異によるALS 発症の共通の分子機構の一つを提示するものである。さらに、今回作製された抗変異型SOD1 抗体は、世界で初めてのALS 分子標的診断ツールとしての可能性を有する。近年、孤発性ALS 患者の組織中において、小胞体ストレス誘導および野生型SOD1 の構造変化が報告されている。また、当教室において、生理的ストレスによって野生型SOD1 がDBR を露出することを見出している。よって、SOD1 以外の遺伝子変異・ALS 危険因子・脊髄内の何らかの環境的因子などによって野生型SOD1 がDBR を露出することで、Derlin-1 への結合を介した小胞体ストレスを引き起こし、SOD1 遺伝子変異によらないALS の発症に関与している可能性が考えられる。今後、野生型SOD1 とALS の関わりをさらに検討していきたい。

Nishitoh H. et al. ALS-linked mutant SOD1 induces ER stress- and ASK1-dependent motor neuron death by targeting Derlin-1. Genes Dev. (2008).

図1. 132 種類の変異型SOD1 とDerlin-1(CT4)の結合の検討

図2.Derlin-1 と結合しない変異型SOD1 による小胞体ストレスの検討

図3.SOD1 のDerlin-1 結合領域の検討

図4.全変異型SOD1 のDBR 露出の検討

審査要旨 要旨を表示する

筋 萎 縮 性側索硬化症(Amyotrophic Lateral Sclerosis:ALS)は、上位・下位運動神経が選択的に障害される進行性の神経変性疾患である。ALS の原因として、現在までに130種類以上ものSOD1 遺伝子変異が報告されている。これまでに変異型SOD1 が運動神経細胞死を引き起こす機構の研究が盛んに行われてきたものの、様々な変異型SOD1が運動神経細胞死を引き起こす共通の機構は全く不明であった。

近 年 我 々は、3 種類の変異型SOD1 が、小胞体品質管理に重要な役割を持つ膜タンパク質Derlin-1 と特異的に結合し、Derlin-1 の獲得性機能異常を介して小胞体ストレス誘導性運動神経細胞死を引き起こす機構を発表した(Nishitoh et al. Genes Dev. 2008)。近年、小胞体ストレスとALS との関連が注目されていることから、Derlin-1 との結合を介した小胞体ストレス誘導が全ての変異型SOD1 による共通の毒性発揮機構である可能性が考えられた。そこで申請者は、全ての変異型SOD1 がDerlin-1 との結合を介した小胞体ストレス誘導性運動神経細胞死に関与しているか否かを実験的に検討し、さらに、変異型SOD1 がDerlin-1 と結合する共通の分子機構を明らかにすることを目的として研究を行った。

本 研 究 により、以下の知見が明らかとなった。

1 . こ れまでに報告されているほぼ全ての変異型SOD1 がDerlin-1 と結合する。

2 .Derlin-1 と結合しない変異型SOD1 は小胞体ストレスまたは運動神経細胞死を誘導しない。

3 .野生型SOD1 はDerlin-1 結合領域を保持している。

4 .Derlin-1 と結合する変異型SOD1 はDerlin-1 結合領域を露出している。

5 .SOD1 遺伝子変異を持つALS 患者由来のB 細胞中の内在性SOD1 はDerlin-1 結合領域を露出している。

このように、申請者は、ALS 病態に関連するほぼ全ての変異型SOD1 が、野生型SOD1では通常隠されているDerlin-1 結合領域を露出し、Derlin-1 と結合することで小胞体ストレス誘導性運動神経細胞死を引き起こすことを明らかにした。本研究により、これまで全く未解明であった多くのSOD1 遺伝子変異によるALS 発症の共通の分子機構の一つが明らかとなったことは、非常に意義深い。さらにこの結果は、ほとんどの変異型SOD1 が引き起こす運動神経細胞死を抑制可能な薬の創出につながるものと期待される。

以 上 よ り、本研究は博士( 薬学) の学位に値するものと判定した。

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