No | 127540 | |
著者(漢字) | 眞弓,皓一 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | マユミ,コウイチ | |
標題(和) | ポリロタキサンの分子ダイナミクスと環動ゲルの力学物性 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 127540 | |
報告番号 | 甲27540 | |
学位授与日 | 2011.09.27 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(科学) | |
学位記番号 | 博創域第720号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 物質系専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【背景】 通常の合成高分子はモノマーを共有結合によって重合することで作られるが、近年超分子化学の技法を応用することで、共有結合以外の結合を利用した分子設計が行われるようになっている[1]。非共有結合によって形成される分子集合体のうち、複数の分子を幾何学的な拘束によって集合した分子複合体はトポロジカル超分子(mechanically interlocked molecules)と呼ばれる。トポロジカル超分子の代表例としては、軸分子が複数の環状分子を貫通し、更に環状分子が抜けないように軸分子の末端が封鎖されたポリロタキサンが挙げられる(図1左)。トポロジカル超分子の特長は、各分子が幾何学的な拘束によって束縛されながらも、相対的な運動自由度を残している点にある。例えば、ロタキサンの場合、内部の環状分子は軸分子上を自由に回転およびスライドすることができる。この分子内運動自由度を利用することで、従来の高分子とは異なる動的物性を持った新規機能性材料が生み出されている。例えば、Stoddartらは、pHや光照射などの外場によってポリロタキサン中の環状分子の位置を制御する単分子スイッチを報告している[2]。ポリロタキサンの応用は上記のような分子レベルのデバイスにとどまらない。ポリロタキサンの環状分子間を架橋すると、8の字型の架橋点によって高分子鎖が連結された「環動ゲル(slide-ring gel)」と呼ばれる超分子ネットワークができる(図1右)[3]。環動ゲル内部の高分子鎖同士は直接結合されていないため、架橋点を自由に通り抜け、8の字架橋点はあたかも滑車のように振舞うと考えられる(滑車効果)。高分子間を共有結合による固定架橋点によって架橋した通常の化学ゲルに比べて、環動ゲルは高伸長、高膨潤であることが知られている。 【目的】 研究の目的は、高分子と環状分子からなるポリロタキサンの分子レベルにおける構造(次節(1))とダイナミクス(次節(2))を観察し、さらにその実験的知見を元にポリロタキサンのスライド運動と環動ゲルの力学物性とをつなぐ分子論を構築する(次節(3))ことである。 ポリロタキサン内部の環状分子と線状高分子それぞれの構造およびダイナミクスを分離して観察するために、コントラスト変調中性子散乱法を用いた。コントラスト変調法とは、試料の一部を重水素化することによって中性子の散乱コントラストを変化させ、各構成要素の情報を分離して抽出する手法である。特に分子ダイナミクスを調べるために用いた中性子スピンエコー法にコントラスト変調法を適用したのは本研究が世界初である。また、環動ゲルの力学物性を理解するために、環状分子がスライド運動することによる環状分子の軸高分子上における一次元の配置エントロピーを導入し、環動ゲル特有の力学モデルを構築することを試みた。 【研究方法および結果】 (1)溶液中におけるポリロタキサンの精密構造解析 (発表論文1,3,9) 環状オリゴ糖であるシクロデキストリン(CD)と線状高分子であるポリエチレングリコール(PEG)から成るポリロタキサンの溶液中における静的な構造を小角中性子散乱法によって調べた。コントラスト変調小角中性子散乱法を用いることで、PEGの形態、CDの軸分子上での凝集分散状態、PEGとCDとの相互相関をそれぞれ分離して調べることができる。CDあるいはPEGを部分重水素化することで散乱コントラストの異なる3種類のポリロタキサンを合成し、これらの重ジメチルスルホキシド(DMSO)溶液の散乱関数I(Q)を解析することで、CDの構造を表すSCC(Q)、PEGの形態を表すSPP(Q)、およびCD・PEGの相互相関に対応するSCP(Q)の各部分散乱関数を得ることに成功した。まず、CD・PEGの相互相関に対応するSCP(Q)は正の値をとっており、このことはポリロタキサン中のCDはPEGにトポロジカルに結合していることを示唆している。また、PEGの形態を表すSPP(Q)を解析し、PEGの剛直性を定量的に評価した。ポリロタキサン中のPEGは、CDに包接されていないPEGに比べてより剛直な形態をとっていることが分かった。さらに、CDの構造を表すSCC(Q)から、ポリロタキサン中のCDはPEG上で凝集することなくランダムに分散していることが明らかになった。 (2)溶液中におけるポリロタキサンの分子ダイナミクス (発表論文2) CDとPEGから成るポリロタキサンの溶液中における分子ダイナミクスを中性子スピンエコー法によって観察した。中 性子スピンエコー法はnm・nsの時空間分解能を有する分光法であり、環状分子の運動や高分子のセグメント運動を直接観察することができる。また、中性子スピンエコー法にコントラスト変調法を適用することで、ポリロタキサン中の線状高分子のセグメントダイナミクスと環状分子の運動を分離して観察することが可能となる。試料としては、第3章のコントラスト変調小角中性子散乱実験で用いた散乱コントラストの異なる3種類のポリロタキサンを本研究においても使用した。各ポリロタキサンの重DMSO溶液の中間散乱関数S (Q,t)を測定した結果、PEGセグメントの運動を表すSPP(Q,t)とCDの運動を表すSCC(Q,t)は観察した時間領域(0 < t < 30 ns)においてほぼ一致しており、PEGとCDの相対運動であるスライド運動はPEGのセグメント運動よりも十分遅いことが明らかとなった。 (3)環動ゲルの力学物性 ポリロタキサンの架橋体である環動ゲルの力学物性を理論・実験の両面から調べた。まず、(1)の結果から、DMSO中でCDはPEG上にランダムに分散していることが分かっている。このことから、環動ゲルにおいては、高分子の形態エントロピーに加えて、環状分子の軸分子上における一次元の配置エントロピーも力学物性に影響を及ぼすと考えられる。また、(2)の結果から、CDのスライド運動はPEGのセグメント運動よりも十分遅いことが分かっている。以上のことから、環動ゲルの弾性率は図2に示した周波数依存性を示すことが予想される。まず、軸高分子のセグメント運動のタイムス ケールに対応する周波数でガラス状態(軸高分子のセグメント運動が凍結された状態)からゴム状態(軸高分子のセグメントが自由に運動している状態)への転移が起こる(ガラス-ゴム転移)。これは通常の高分子材料でも観察される力学緩和である。ゴム状態を示す周波数領域において、8の字架橋点を含めて環状分子は依然として軸高分子上でスライドすることができないため、高分子は化学ゲルと同様、固定架橋点によって架橋されていると見なすことができる。したがって、ゴム状態における復元力は高分子鎖の形態エントロピー変化に由来する。次に、低周波領域において、環状分子のスライド運動に対応した周波数帯において通常の高分子系では見られない第2の力学緩和(スライディング転移)を考えることができる(図3の赤矢印)。環状分子がスライドするようになると、高分子鎖が8の字架橋点をすり抜けることができるようになるため、微小変形領域における高分子の形態エントロピー変化は生じない。一方、環状分子の配置エントロピーは網目構造の変形に応じて変化し、このエントロピー変化が弾性を生み出すと考えられる。実際に、Affine変形を仮定した上で、環状分子の配列エントロピー変化を算出し、環動ゲルの弾性率を記述する分子論的理論モデルを構築した。また、環動ゲルの線形粘弾性を一軸伸長試験によって調べ、ゴム状態からスライド状態への転移の存在を示し、またスライド状態を記述する理論モデルによって予想される弾性率E'slideの架橋密度依存性を実証した。 図1. ポリロタキサンと環動ゲル 図2. 環動ゲルの力学緩和 | |
審査要旨 | 論文では、線状高分子が複数の環状分子を貫いた分子複合体であるポリロタキサンの分子レベルにおける構造とダイナミクスを観察し、さらにその実験的知見を元にポリロタキサンの架橋体である環動ゲルの力学物性を理解する分子論的描像を構築した。 本論文は6章から構成され、各章の概要は以下の通りである。 第1章では、超分子化学の技法を応用した新しい高分子の分子設計としてトポロジカル超分子とその代表であるポリロタキサンを紹介している。続いて、ポリロタキサン内部の環状分子が軸分子上をスライドする分子内運動に着目した応用研究例として、分子モーターなどの分子デバイスとポリロタキサン架橋体である環動ゲルについて記述している。最後に、ポリロタキサンを用いた機能性材料の物性を理解するうえで、ポリロタキサンの分子構造やダイナミクスを調べることが必須であることを示し、ポリロタキサンの分子レベルでの基礎物性と環動ゲルの巨視的な力学物性を明らかにすることを本研究の目的として説明している。 第2章では、α-シクロデキストリン(CD)とポリエチレングリコール(PEG)から成るポリロタキサンの合成方法について記述している。PEGの分子量、包接時の温度・濃度による包接率の変化を系統的に調べ、高分子量PEGのCD包接率を制御する方法を探索するとともに、PEGとCDの水中における包接メカニズムについても考察を行った。 第3章では、CDとPEGから成るポリロタキサンの溶液中における静的な構造を小角中性子散乱法によって調べた結果について記述している。コントラスト変調小角中性子散乱法を用いることで、PEGの形態、CDの軸分子上での凝集分散状態、PEGとCDとの相互相関をそれぞれ分離して調べることができる。CDあるいはPEGを部分重水素化することで散乱コントラストのことなる3種類のポリロタキサンを合成し、これらの重ジメチルスルホキシド(DMSO)溶液の散乱関数I(Q)を解析することで、CDの構造を表すSCC(Q)、PEGの形態を表すSPP(Q)、およびCD・PEGの相互相関に対応するSCP(Q)を得ることに成功した。まず、CD・PEGの相互相関に対応するSCP(Q)は正の値をとっており、このことはポリロタキサン中のCDはPEGにトポロジカルに結合していることを示唆している。また、PEGの形態を表すSPP(Q)を解析し、PEGの剛直性を定量的に評価した。ポリロタキサン中のPEGは、CDに包接されていないPEGに比べてより剛直な形態をとっていることが分かった。さらに、CDの構造を表すSCC(Q)から、ポリロタキサン中のCDはPEG上で凝集することなくランダムに分散していることが明らかになった。最後に本章では、CD包接率によるポリロタキサンの構造変化についても記述している。分子量2万のPEGを軸分子とするポリロタキサンの場合、包接率が35%以上ではDMSO中でCD間の水素結合による凝集構造を形成し、包接率30%以下ではDMSOに溶解してCDの凝集は起こらないことが分かった。また、包接率が30%以下のポリロタキサンの剛直性を定量的に調べ、ポリロタキサンの持続長が包接率に対して単調に増加することを示した。 第4章では、疎水性の高分子鎖と親水性の環状分子からなるポリロタキサンが極性溶媒中で形成する高次構造を小角中性子散乱法によって調べた結果を述べている。疎水性高分子であるポリジメチルシロキサン(PDMS)やポリブタジエン(PBD)はジメチルホルムアミド(DMF)/LiCl溶液には溶解しないが、PDMSやPBDとγ-シクロデキストリン(γ-CD)からなるポリロタキサンはDMF/LiCl溶液に溶解し、無色透明な溶液となることが知られている。筆者は、疎水性高分子を含むポリロタキサンが極性溶媒であるDMF/LiCl中に分散する溶解メカニズムを理解するために、小角中性子散乱法を用いてPDMS、PBDを軸分子とするポリロタキサンのDMF/LiCl溶液中における静的構造を調べた。その結果、DMF/LiCl溶液中において、PDMSおよびPBDを軸分子とするポリロタキサンは、疎水性高分子の濃厚相を核とする直径数十nmの花形ミセルを形成していることが分かった。また、この花形ミセルがいくつか連結した数百nm程度の二次凝集構造の存在も明らかとなった。 第5章では、CDとPEGから成るポリロタキサンの溶液中における分子ダイナミクスを中性子スピンエコー法によって観察した結果を記述している。中性子スピンエコー法はnm・nsの時空間分解能を有する分光法であり、環状分子の運動や高分子のセグメント運動を直接観察することができる。また、中性子スピンエコー法にコントラスト変調法を適用することで、ポリロタキサン中の線状高分子のセグメントダイナミクスと環状分子の運動を分離して観察することが可能となる。試料としては、第3章のコントラスト変調小角中性子散乱実験で用いた散乱コントラストの異なる3種類のポリロタキサンを本研究においても使用した。各ポリロタキサンの重DMSO溶液の中間散乱関数S (Q,t)を測定した結果、PEGセグメントの運動を表すSPP(Q,t)とCDの運動を表すSCC(Q,t)は観察した時間領域(0 < t < 30 ns)においてほぼ一致しており、PEGとCDの相対運動であるスライド運動はPEGのセグメント運動よりも十分遅いことが明らかとなった。 第6章では、ポリロタキサンの架橋体である環動ゲルの力学物性に関する研究結果が示されている。第3章の結果から、DMSO中でCDはPEG上にランダムに分散していることが分かっている。このことから、環動ゲルにおいては、高分子の形態エントロピーに加えて、環状分子の軸分子上における配置エントロピーも力学物性に影響を及ぼすと考えられる。また、第5章の結果から、CDのスライド運動はPEGのセグメント運動よりも十分遅いことが分かっている。したがって、環動ゲルの場合、環状分子のスライド運動に対応する周波数域においてガラス転移とは異なる力学緩和を示すと予想される。筆者は、環状分子の軸分子上における配置エントロピーに由来するエントロピー弾性を理論モデルによって定式化し、線形粘弾性試験の結果との対応を議論した。さらに、環動ゲルの非線形領域における一軸伸長試験の結果から、環動ゲルの場合、伸長方向の鎖が伸びきることによる急激な応力の立ち上がりが緩和され、大変形時における応力が通常の化学ゲルに比べて極めて小さいことが明らかとなった。このことは、環動ゲルを大変形させた際に、軸高分子が可動架橋点をすり抜けて、伸長方向と垂直な方向の鎖から伸長方向の鎖へセグメントが供給されていることを示唆している。 以上のように本論文で著者は、ポリロタキサンの溶液中における孤立鎖および高次構造の精密構造解析を行い、またポリロタキサンにおける軸分子と環状分子のナノスケールにおけるダイナミクスを観察した上で、ポリロタキサンの架橋体である環動ゲルの力学物性の分子論的な描像を実験・理論の両面から明らかにした。これらの一連の研究成果は、ポリロタキサンを含めたトポロジカル超分子の高分子機能材料への応用研究を展開するうえで重要な示唆を与えるものと予想される。 本論文の内容において、第3章は柴山 充弘、遠藤 仁、Dieter Richterとの共同研究、第4章は加藤 和明との共同研究、第5章は柴山 充弘、遠藤 仁、長尾 道弘、Dieter Richterとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験を行い解析したものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断される。したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。 | |
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