学位論文要旨



No 127550
著者(漢字) 柴田,佑里
著者(英字)
著者(カナ) シバタ,ユリ
標題(和) 新規NF-κB活性化抑制因子p47の同定と機能解析
標題(洋)
報告番号 127550
報告番号 甲27550
学位授与日 2011.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第730号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 教授 正井,久雄
 東京大学 教授 渡邉,俊樹
 東京大学 准教授 深井,周也
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

NF-κBは炎症、免疫応答、細胞分化や増殖など広範な生命現象に必要な転写因子である。無刺激時、NF-κBはinhibitor of NF-κB (IκB) と結合し、核移行シグナルが遮蔽された不活性型の状態で細胞質に繋留されている。NF-κBの活性化は刺激依存的なIκBの分解により誘導されるが、IκBの分解はリン酸化触媒サブユニットのIKKαとIKKβ、調節サブユニットのNEMOで構成されるIκB kinase (IKK) 複合体によって厳密に制御されている。細胞がサイトカイン (IL-1、TNF-α) などの刺激を受けると、レセプター下流の分子receptor-interacting protein 1 (RIP1) やNEMOのユビキチン化が誘導される。すると、これらのポリユビキチン鎖を足場として下流分子が複合体を形成し、その結果IKK複合体が活性化する。活性化したIKK複合体はIκBαのリン酸化を誘導し、このリン酸化を指標としてIκBαはプロテアソームによって分解される。その後、NF-κBは核内に移行して標的遺伝子の転写を促進する。このように、NF-κB活性化経路においてポリユビキチン鎖を介したIKK複合体の活性化は非常に重要なステップである。

通常、NF-κB の活性化は一過性となるように厳密に制御されている。そのため、NF-κB の制御機構の破綻は様々な疾患の原因となる。恒常的なNF-κB活性化は細胞腫瘍化、腫瘍悪性化に関与することが示されており、ヒトレトロウイルスHuman T-cell leukemia virus type 1 (HTLV-1) の感染によって発症する成人T細胞性白血病 (Adult T-cell leukemia: ATL) は恒常的にNF-κBが活性化している腫瘍のひとつとして知られている。HTLV-1のプロウイルスゲノムにはTaxタンパク質がコードされており、Taxは恒常的なNF-κBの活性化を誘導してT細胞を腫瘍化すると考えられている。これまでの研究により、TaxはNEMOに結合してIKK複合体活性化を誘導すること、それと同時にTaxはNF-κB活性化抑制分子A20の機能を阻害してIKK複合体活性化を持続させることが示されている (図1)。しかしながら、Taxによる恒常的なIKK複合体活性化機構の全容は明らかとなっていない。そこで、1) IKK複合体活性化に関与し、2) Taxによりその機能が制御される分子を新たに同定するために本研究を行った。

【方法と結果】

マス解析により新規IKK複合体結合タンパク質としてp47 (NSFL1C) を同定し、p47はTax依存的にIKK複合体から解離することを見出した (図2)。p47はIKK複合体のどの構成分子に結合するのか検討したころ、p47とIKKα、IKKβの結合は確認できなかったのに対して、NEMOとp47の結合は検出することができた (図3)。

さらに、内在性のp47がIKK複合体と結合するかどうか検討したところ、TNF-α刺激依存的にp47とIKK複合体の結合が増強することが明らかとなった (図4)。以上の結果から、サイトカイン刺激後にp47はNEMOを介してIKK複合体に結合することが示唆された。

p47はATPアーゼp97の補助因子として同定されたタンパク質で、ゴルジ体の膜形成に関与することが報告されている。しかし、p47のIKK複合体活性化経路における機能は解析されていない。p47とIKK複合体の結合はTaxによって阻害されることから、A20と同様にp47はIKK複合体活性化の負の制御分子であるのではないかと仮説を立てた。そこでp47を標的としたsmall interfering RNA (siRNA) を用いてp47の発現を抑制した後、TNF-αによって誘導されるIκBαのリン酸化をウェスタンブロッティングにより検出した。その結果、p47発現抑制によってIκBαのリン酸化は亢進し、それに伴いIκBαの分解も促進していることが明らかとなった (図5)。次に、NF-κBレポーターアッセイを行ってp47の過剰発現および発現抑制がNF-κB転写活性化に影響を与えるかどうか検討した。p47を過剰発現させるとTNF-αにより誘導されるNF-κB転写活性は減弱した。一方、p47の発現を抑制するとNF-κB転写活性は上昇した (図6)。さらに、p47がNF-κB標的遺伝子の発現に影響を与えるかどうか検討するために、リアルタイムPCRを行って標的遺伝子の転写産物量を測定した。その結果、p47発現抑制によってNF-κB標的遺伝子Il8およびTnfaの発現が上昇することが明らかとなった (図7)。以上の結果から、p47は新規NF-κB活性化抑制因子であることが示唆された。

次に、我々はp47によるIKK複合体抑制メカニズムの解明を試みた。はじめに、IKK複合体活性化を抑制するために必要なp47のドメインの決定を行った。p47はN末端側にUBAドメイン、中央にSEPドメイン、C末端側にUBXドメインを有している。各ドメインを欠損させたp47変異体を作成し、これら変異体がNF-κB活性化を抑制するかどうか検討した。p47-WT同様にp47-DUBXはTNF-αにより誘導されるNF-κB活性化を抑制したが、p47-DUBA、p47-DUBA/SEPはNF-κB抑制能が低下していた (図8)。この結果から、p47のUBAドメインはIKK複合体活性化を抑制するために必要であることが示唆された。UBAドメインはポリユビキチン鎖に結合することが知られている。また、p47が結合するNEMOは刺激依存的にユビキチン化修飾を受けること、NEMOのポリユビキチン化はIKK活性化に必要であることから、p47はポリユビキチン化NEMOを制御しているのではないかと仮説を立てた。そこで、p47の発現を抑制し、サイトカイン刺激により誘導されるユビキチン化NEMOを検出した。その結果、p47の発現を抑制した場合に、サイトカイン刺激後5、15分におけるユビキチン化NEMOが蓄積していた (図9)。以上の結果から、p47はUBAドメインを介してポリユビキチン化NEMOに結合して、ポリユビキチン化したNEMOの量を減少させることが示唆された。

【結語】

以上の結果から、p47は新規NF-κB活性化抑制因子であること、p47はポリユビキチン化NEMOの量を減少させることによってNF-κB活性化を負に制御することが示唆された。Taxはp47とIKK複合体の結合を阻害することによって、IKK複合体活性化を持続させるのではないかと考えている (図10)。

図1 NF-κB活性化経路

図2 p47とIKK複合体の結合HEK293T細胞にFlagタグ付加p47を発現させた後、抗NEMO抗体を用いて共免疫沈降を行った。IKK複合体に結合しているp47をウェスタンブロッティングによって検出した。

図3 各IKK構成分子とp47の結合HEK293T細胞にHAタグ付加IKKα、IKKpまたはNEMOとFlagタグ付加P47を発現させた後、抗HA抗体を用いて共免疫沈降を行った。各IKK構成分子に結合しているp47をウェスタンプロッティングによって検出した。

図4 内在性p47とIKK複合体の結合HeLa細胞を表記した時間でTNF-α(10ng/ml)処理した後、抗NEM0抗体を用いて共免疫沈降を行った。その後、IKK複合体に結合しているp47をウェスタンプロッティングによって検出した。

図5 p47発現抑制のIKK活性化への影響HeLa細胞にp47siRNAまたはcontrol siRNAを導入し、TNF-α(1.0ng/ml)処理を行った。その後細胞を回収し、ウェスタンブロッティングによってIκBαのリン酸化を検出した。

図6 p47過剰発現および発現抑制のNF-κB活性化への影響HEK293T細胞にFlagタグ付加p47とNF-κBレポーターを導入した後、表記の濃度でTNF-α処理を行った。24時間後、ルシフェラーゼアッセイを行ってレポーター活性を測定した。p47発現抑制効果は、HEK293T細胞にp47siRNAとNF-κBレポーターを導入し、以後上記と同様の実験を行って検討した。

図7 p47発現抑制のNF-κB標的遺伝子発現への影響HeLa細胞にP47siRNAまたはcontrol siRNAを導入し、表記の時間TNF-α(10ng/m1)処理を行った。回収したRNAを鋳型としてcDNAを調製し、リアルタイムPCRによってII8およびTnfaのmRNA量を測定した。

図8 p47欠損変異体のNF-κB活性化への影響予め内在性p47の発現を抑制したHEK293T細胞に各p47欠損変異体とNF-κBレポーターを発現させた後、TNF-α(1.Ong/ml)処理を行った。24時間後、ルシフェラーゼアッセイを行ってレポーター活性を測定した。

図9 p47発現抑制のポリユビキチン化NEMOへの影響HeLa細胞にp47siRNAを導入し、表記の時間TNF-α(10ng/ml)処理を行った。抗NEMO抗体を用いて免疫沈降を行った後、ウェスタンブロソティングによってポリユビキチン化NEMOを検出した。

図10 p47によるNF-κB抑制機構

審査要旨 要旨を表示する

本研究は新規IKK複合体結合タンパク質としてp47 (NSFL1C) を同定し、p47のNF-κB活性化経路における機能を解析したものであり、以下の結果を得ている。

1. HEK 293T細胞強制発現系を用いた共免疫沈降実験により、p47はIKK複合体構成分子NEMOに結合するすることを明らかにした。一方、他の構成分子IKKα、IKKβとの結合は認められなかった。また、TNF-αおよびIL-1刺激依存的に内在性p47とIKK複合体が結合することを明らかにした。以上の結果から、p47はサイトカイン刺激依存的にNEMOを介してIKK複合体に結合することが示された。

2. p47がIKK複合体活性化制御に関与しているか検討するために、IκBαを基質としたin vitroキナーゼアッセイを行った。その結果、p47を強制発現させるとTNF-α により誘導されるIKKキナーゼ活性が減弱すること、siRNAを用いて内在性p47の発現を抑制するとIKKキナーゼ活性が増強することを明らかにした。さらに、p47の発現を抑制した際に、TNF-αおよびIL-1刺激により誘導されるIκBαのリン酸化、分解が亢進していることもウェスタンブロッティングにより確認した。以上の結果から、p47はIKK複合体を負に制御していることが示された。

3. p47がNF-κB活性化を抑制するかどうか検討するために、NF-κBレポーターを用いたルシフェラーゼアッセイを行った。p47を強制発現させた際にTNF-α により誘導されるNF-κB転写活性が減弱すること、内在性p47の発現を抑制させた際にNF-κB転写活性が増強することを明らかにした。また、サイトカイン刺激後に核内に存在するNF-κBをEMSAにより検出したところ、内在性p47の発現を抑制した場合においてTNF-αおよびIL-1刺激後における核内の活性化したNF-κBの量が増加することも確認した。さらに、サイトカイン刺激後のNF-κB標的遺伝子Il8、Tnfaの転写産物量をリアルタイムPCRにより測定したところ、内在性p47の発現を抑制した際にこれらの転写産物量が上昇することも明らかにした。以上の結果から、p47はIKK複合体の活性化を抑制することによってNF-κB活性化を負に制御することが示された。

4. p47のユビキチン結合ドメインを欠損させた変異体ではNF-κB抑制能が顕著に減弱することから、p47のユビキチン結合能がNF-κB活性化制御に重要であることが明らかとなった。また、p47はポリユビキチン化されたNEMOに結合することをin vitroの結合実験を行って確認した。さらに、p47が優先的に結合するポリユビキチン鎖の型をin vitroユビキチン結合実験により解析したところ、p47は48型ポリユビキチン鎖と比較して63型、直鎖状のポリユビキチン鎖に優先的に結合することを明らかにした。以上の結果から、p47のポリユビキチン化NEMOへの結合がNF-κB活性化を抑制するために重要であることが示唆された。

5. p47がポリユビキチン化NEMOの量を制御するかどうか検討するために、HEK 293T細胞にp47、NEMOを共発現させて、ポリユビキチン化NEMOをウェスタンブロッティングにより検出した。その結果、ポリユビキチン化NEMOの量はp47発現量依存的に減少することを明らかにした。また、リソソーム阻害剤pepstatin A/E64D処理によってp47により減少するNEMOの発現量が回復することも明らかにした。さらに、pepstatin A/E64D処理および内在性p47の発現抑制を行った際に、TNF-αによって誘導されるポリユビキチン化NEMOが蓄積することも明らかにした。以上の結果から、p47はリソソームを介したポリユビキチン化NEMOの分解を誘導することによって、NF-κB活性化を抑制することが示唆された。

なお、本論文は合田仁、尾山大明、秦裕子との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

以上、本論文は新規IKK複合体結合分子p47を同定し、p47がIKK複合体活性化を負に制御する機構を新たに見出しており、NF-κB活性化制御機構の解明に重要な貢献を成すと考えられる。従って、博士 (生命科学) の学位を授与できると認める。

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