学位論文要旨



No 127554
著者(漢字) 清松,啓司
著者(英字)
著者(カナ) キヨマツ,ケイジ
標題(和) 渦解像OGCMを用いた黒潮続流10年規模振動と粒子輸送に関する研究
標題(洋) A study on the decadal-scale Kuroshio Extension oscillation and particle transport using eddy-resolving OGCMs
報告番号 127554
報告番号 甲27554
学位授与日 2011.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第734号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 海洋技術環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 早稲田,卓爾
 東京大学 教授 山口,一
 東京大学 教授 木村,伸吾
 東京大学 准教授 多部田,茂
 東京大学 准教授 小松,幸生
内容要旨 要旨を表示する

計算機の性能向上に伴い海洋モデルの複雑化・高解像度化・大領域化が進んでいる。本研究で扱うOGCM(Ocean General Circulation Model)と呼ばれる海洋モデルもその例外ではなく、中規模渦を満足に表現できない渦許容モデルから、現実的な中規模渦を表現可能な渦解像モデル(渦解像OGCM)へと発展した。

渦解像OGCMと渦許容OGCMで最も現象の再現性に差が現われるのが、北西太平洋では日本近海の黒潮と黒潮続流の周辺海域である。衛星海面高度計による観測データからSSH(Sea Surface Height)の平均場と分散を計算すると、黒潮と黒潮続流の周辺海域で分散が大きくなる。この大きな分散は中規模渦と黒潮・黒潮続流が相互作用することによって生じる流路変動を反映したものである。したがって、黒潮流路変動や黒潮続流10年規模振動といった流路変動現象は渦解像OGCMにおいて再現性が高いことが期待される。

OGCMで表現可能な現象の微細化が進むと、モデルで表現されている現象の時空間スケールが人間活動に関係する領域と重なってくる。渦解像OGCMとはそのような状態にある。例えば、海の天気予報で使用されているのは渦解像OGCMにデータ同化スキームを組み合わせた予測システムである。メキシコ湾におけるDeep Water Horizonの原油流出事故の際には、北西大西洋を扱う渦解像OGCMを用いた詳細な原油流出パターン解析が行われた。最近では船舶の航行支援業務や海底資源掘削支援業務にも渦解像OGCMの結果が使われるようになりつつある。このような応用が行われるようになったのは、黒潮のような西岸境界流の現実的な流路変動をモデル内で表現できるようになったことが大きい。

本論文にまとめた研究が目指す最終的な目標は、マイワシ資源量変動とそれに関連している海洋環境変動のメカニズムを解明することである。マイワシ資源量変動には0歳魚の死亡率(加入量)変動が重要であるとされているが、その0歳魚が産卵・輸送され分布している海域が黒潮・黒潮続流周辺海域である。したがって、渦解像OGCMがマイワシ資源量変動やそれに関係する海洋環境変動のメカニズム解明に役立つと考えられる。

本論文第1章では、上記のような研究背景を説明した後、マイワシ資源量変動に関する研究、衛星観測データ及び数値モデルを使用した黒潮続流10年規模振動に関する研究、そして黒潮続流周辺海域における粒子輸送に関する研究を簡単に説明する。そして、本論文で扱う具体的な研究課題として、"渦解像OGCMの検証"、"黒潮続流10年規模振動とKESA2月SST変動の関連性の解明"、"OGCMの検証結果に基づく卵稚仔輸送過程解析"、"力学系の理論を応用した黒潮続流周辺海域における粒子輸送過程の解析"の4つがあることを述べる。これらの具体的な研究課題とその背景にある最終的な目標を踏まえ、本論文の目的を"マイワシ資源量変動とそれに関連する海洋環境変動のメカニズム解明のために、上記4課題に取り組むこと"と定める。

第2章では渦解像OGCMにおける黒潮流路変動、黒潮続流10年規模振動、KESA2月SST変動の再現性を検証する。渦解像OGCMとしてはJCOPE(Japan Coastal Ocean Predictability Experiment)とOFES(OGCM For the Earth Simulator)を選んだ。比較に用いたのは衛星海面高度計の観測データ(AVISO(Archiving, Validation and Interpretation of Satellite Oceanographic)の delayed-time absolute dynamic topography)、MIRC(Marine Information Research Center)黒潮流軸データ、JMA(Japan Meteorological Agency)のSSTデータである。非大蛇行接岸流路、非大蛇行離岸流路、大蛇行流路として知られる黒潮流路パターン(Kawabe et al., 1995)はJCOPE再解析でよく再現されている。KESA2月SST変動と黒潮続流10年規模振動に伴う黒潮続流上流部平均緯度変動はOFESデータでよく再現されている。その一方で、OFESデータにおける黒潮続流10年規模振動に伴う黒潮続流上流部の力学的状態及び黒潮流路変動の再現性は低い。黒潮・黒潮続流周辺海域におけるマイワシ卵稚仔輸送過程解析にとって重要な現象の、渦解像OGCMにおける再現性は明暗分かれる結果となった。

OGCMの検証中に興味深い発見があったので、それについても第2章で紹介している。OFESデータにおける黒潮流路変動は黒潮10年規模振動と呼ぶべき非現実的な黒潮大蛇行の生成・発達・消滅サイクルが卓越している。本論文が明らかにしたのは、黒潮10年規模振動が、再現性が高いと考えられる黒潮続流上流部平均緯度変動と同期していることである。Double Wind Gyre Modelを用いて定常外力下における西岸境界流の慣性ジェットの非線形振動(intrinsic variability)を調べている一連の研究の中に、黒潮と黒潮続流が一体となった11年周期変動の存在を報告しているものがある(Pierini, 2006; 2008, Pierini et al., 2009)。それに加えて、OFESデータを解析した先行研究(Taguchi et al., 2007)によって得られた知見、そして本論文で行ったOFESのintrinsic variabilityに関する解析結果を考慮すると、黒潮続流10年規模振動のfrontal-scale variabilityが、黒潮からの渦位輸送量変動をメカニズムとする黒潮-黒潮続流一体型振動である可能性が高いと考えられる。これは、黒潮と黒潮続流の経年変動における関係を解明する上で、重要な知見である。

第3章では黒潮続流10年規模振動とKESA2月SST変動の関係を論じる。まず、OFESデータのSSTに対するEOF解析結果を紹介する。NPO(North Pacific Oscillation)やNPGO(North Pacific Gyre Oscillation)など黒潮続流10年規模振動に関係する変動はEOFモードを用いて表現されている(Ceballos et al., 2009)。北西太平洋2月SSTに対してEOF解析を行ったところ、KESA2月SST変動がより空間スケールの大きなSST変動であるEOF(Empirical Orthogonal Function)第2モード(SST-EOF2)の一部であることが示された。SST-EOF2は黒潮続流周辺海域で大きな値を持つが、これは、後述するように、黒潮続流の南北移動の影響である。

OFESデータの北西太平洋2月MLD(Mixed Layer Depth)についてもSSTと同様のEOF解析を行い、MLD-EOF1がKESA2月SSTと同期していることを示した。つまり、MLDとSSTは、春期餌摂環境と水温依存の成長率特性を通じて、KESA2月SST変動と同じタイミングで0歳マイワシ死亡率に影響を与えうることが、渦解像OGCMの結果からも示された。

第3章の内容で最も特徴的なのが、運動学的手法を用いたKESA2月SST変動メカニズムの解明である。一般に、SSTの変動要因を解析する場合、混合層内の熱量保存則、すなわちダイナミクスに基づいた解析が行われる(Qiu, 2000; Yasuda et al., 2000)。しかし、そのような手法では黒潮続流南北移動がSST変動に及ぼす影響を議論することが難しい。そこで、KESAと黒潮続流の相対的な位置関係に基づいて、KESA2月SSTを黒潮続流平均緯度と黒潮続流SST、黒潮続流南側SSTによって定式化し、それを基にKESA2月SSTの変動の原因を説明した。

運動学的手法による解析の結果は、KESA2月SSTが黒潮続流南北移動の影響を顕著に受けていることを示している。例えば70年代の終わりにSSTの急峻な高水温ピークがあるが、これは80年代の前半に黒潮続流が南下したために強調されていることがわかった。また、80年代前半から中盤にかけての期間や90年代後半のKESA2月SSTの低水温は、黒潮続流の南下なくしては説明できない。80年代以降のSSTの上昇傾向は、黒潮続流南北移動による影響ではなく、外部との熱交換の結果である。

第4章では渦解像OGCMの検証結果に基づくマイワシ卵稚仔輸送過程解析の結果、及び、日本南岸沖から黒潮続流に至る粒子輸送の様子について論じている。

まず、卵稚仔輸送過程解析に関連して、OGCMの検証結果はJCOPEの黒潮流路変動とOFESのKESA2月SST変動の信頼性が比較的高いことを示していた。そこで、黒潮流路変動とKESA2月SST変動(SST-EOF2)が、輸送海域と経験水温で決まる生存率(輸送成功率, Transport Success Rate、TSR)にどのように影響を与えるか調べた。

結果としては、黒潮大蛇行とKESA2月SSTの低水温が、TSRを高めていた。黒潮大蛇行時にTSRが高くなるのは蛇行により黒潮内側域が拡大するためであり、KESA2月SSTの低水温時にTSRが高くなるのは、黒潮の水温低下に原因がある。また、TSRに対する影響は、影響の空間分布に違いはあるものの、黒潮流路変動の方がKESA2月SST変動より大きい。実際の資源量変動とここで求めたTSRの関係の解明は、今後の課題として残された。

日本南岸沖を対象とした粒子追跡シミュレーションでは、小規模な黒潮流路変動に伴う黒潮内側域の渦の変動が、黒潮続流域への粒子輸送の成否とタイミングを決めることが示された。つまり、日本南岸沖における粒子輸送過程を表現するには、非大蛇行接岸流路、非大蛇行離岸流路、大蛇行流路といった黒潮流路パターンの再現性を確保した上で、さらに規模の小さな流路変動も再現することが重要である。

第5章では、力学系の理論を応用した黒潮続流周辺海域における粒子輸送過程解析手法について論じる。具体的には、カオス的輸送を表現するhyperbolic pointとstable/unstable manifoldsの時間発展を解析する特異点解析システムを作成し、黒潮域に投入した粒子によって作られる黒潮続流周辺海域の流れの幾何学模様がhyperbolic pointとstable/unstable manifoldsによって表現されていることを確認した。解析に使用したのはJCOPE2再解析・予測データセットである。流れの幾何学模様がhyperbolic pointとstable/unstable manifoldsによって表現されるということは、黒潮続流周辺海域における粒子輸送には渦の存在が重要であることを意味している。

流れの幾何学模様をhyperbolic pointとmanifoldで表現した際に、いくつかの問題点も明らかになった。例えば、同化データを解析した際に、逐次同化により生成されたノイズの影響で本来捉えたいhyperbolic pointとmanifoldを抽出できなかったことが挙げられる。また、manifoldを構成する粒子の数が足りず、manifoldの時間発展を精度良く計算できなかったケース、stable manifoldとunstable manifoldが交差しないケースもあった。これらの問題点を修正していくことが、今後の課題である。

第6章は論文のまとめである。第2章から第5章にかけて、渦解像OGCMにおける黒潮・黒潮続流周辺海域における現象の再現性の検証、現象間のつながり及びメカニズムの解明、卵稚仔輸送過程解析、そして力学系の理論を用いた粒子輸送に関する解析と、幅広い内容を本論文では扱っている。それらの内容を第6章として簡潔にまとめた。

本論文では、KESA2月SST変動(SST-EOF2)より、黒潮流路変動(大蛇行と非大蛇行)の方が、輸送海域と経験水温で決まる生存率(TSR)に与える影響が大きいこと示した(第4章)。すなわち、TSRがマイワシ資源量変動を説明できるならば、KESA2月SSTと黒潮流路変動の間に何らかの関連性があるはずである。

OFESデータの中にはそのような関連性が存在している。具体的には黒潮10年規模振動と黒潮続流10年規模振動は同期しており、しかも両者の間に因果関係がある可能性が高い(第2章)。そして、黒潮続流10年規模振動は、KESA2月SST変動を決める重要な要素である(第3章)。すなわち、黒潮10年規模振動とKESA2月SST変動は、黒潮続流10年規模振動によってつながっている。

この、黒潮10年規模振動、黒潮続流10年規模振動、そしてKESA2月SST変動のつながりを明らかにしたことが、本論文で最も強調すべき成果であると考えられる。今後の課題は、現実の海洋においてそのようなつながりが存在するのか、存在しないとしたらその理由はなぜなのか、明らかにすることである。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章からなり、第1章は「序論」、第2章は「渦解像OGCMの検証」について、第3章は「OFESデータにおける黒潮続流10年規模振動とKESA 2月SST変動の関係に関する検討」について、第4章は「マイワシを想定した卵稚仔輸送過程解析」について、第5章は「黒潮続流周辺海域における粒子輸送過程の解析」について述べられており、第6章で全体をまとめている。

本論文は、海洋大循環モデル(OGCM:Ocean General Circulation Model)により推定された過去の海流と海水温を利用して、マイワシ資源量変動のメカニズム解明に資する4課題に取り組んでいる。それぞれにおいて、高いレベルの解析が行われ、新たな知見が得られている。

課題1 渦解像OGCMの検証

課題2 黒潮続流10年規模振動とKESA2月SST変動の関連性の解明

課題3 渦解像OGCMの検証結果に基づく卵稚仔輸送過程解析

課題4 力学系の理論を応用した長期間・広範囲にわたる粒子輸送過程解析

渦解像OGCMは、50年にわたる過去の変動を再現することを目的とした、OFES(OGCM For the Earth Simulator)と、数か月程度の短期予報(海の天気予報)を目的とした、JCOPE(Japan Coastal Ocean Prediction Experiment)を用いた。

第2章では、OGCMの特性を、衛星データや現場観測データとの比較により明らかにした。OFESは海面水温の10年規模振動の時空間特性を良くとらえている半面、日本南岸黒潮流路や黒潮続流の強度の再現性が悪いなど、短期変動の再現に難点がある。一方、JCOPEは海面高度計や現場水温塩分観測データを同化しているため、黒潮や黒潮続流の流軸位置、流れの強さなどの再現性がよい。ただし、再現期間が1992年10月以降と、過去のマイワシ資源量豊潤期(1980年代など)を含まない。

このような、二つのOGCMの特性を定量的に示し、再現性の良いOFESの海面水温アノマリーとJCOPEの流速場を組み合わせることで、卵稚仔魚輸送過程の詳細を検証した(第4章)。ラグランジェ的に卵と稚仔魚が産卵場から生育場へ輸送される過程での、経験水温と輸送時間に制約を設けることで、マイワシの輸送成功率(Transport Success Rate TSR)を推定した。TSRは、経験水温13度から20度の範囲であること、輸送された海域が黒潮続流域(140°Eより東の海域)であることを生存条件とする。豊潤期と減少・低水準期との比較で、SST(Sea Surface Temperature)の低下によるTSRの向上が示されたが、大蛇行期にTSRが向上することを示したのは、新しい知見である。

これまで、マイワシの資源量変動と、黒潮続流とその南側の水温(KESA:Kuroshio Extension and its Southern recirculation Area海域)との相関が高いと考えられてきた。仮に日本南岸の黒潮流路の変動とマイワシ資源量の変動の相関があるとすれば、それは、KESA海域水温の変動が、黒潮流路変動と相関があることを示唆する。一方、KESA海域水温の変動は、SSTのEOF(経験的直交関数Empirical Orthogonal Function)第2モードであらわされる北西太平洋のSST10年規模振動の一部であることを示した(第3章)。以上から、卵稚仔魚輸送のシミュレーションから示唆されるのは、黒潮流路変動と黒潮続流の変動に相関があるということである。そのような仮説をもとに、黒潮と黒潮続流の関係についてOFESのデータから考察した(第2章)。OFESでは、太平洋北東部における10年規模の気圧場の変動が、海洋における傾圧ロスビー波として伝搬して起こる、黒潮続流の強度と緯度の変動が再現されていることが分かっている。しかしながら、本論文では、OFESの中で生じている非現実的な黒潮10年規模振動が、黒潮続流の10年規模振動の前兆であることを示した。黒潮大蛇行の終息が黒潮続流の北上の前兆となる。すなわち、OFESでは、黒潮と黒潮続流の変動が海洋内部の力学で結びついているのである。この相関は、モデル特異な現象で有る可能性もあるが、今後、新たな視点で観測データを解析する中で、太平洋全体のBasic Stateによっては、黒潮と黒潮続流との連動が、卓越するモードで有ることが示されるかもしれない。今後の研究につながる、重要な成果と考える。

本論文は、このように、マイワシ資源量の変動に資する短期変動(たとえば大蛇行)の役割を明らかにし、黒潮大蛇行の発現頻度を10年規模振動と結びつけたところに特徴がある。さらに、より詳細に短期変動が卵稚仔魚の輸送に及ぼす影響を、流れの幾何学という観点から解析を行った(第5章)。流れ場の中に現れる双曲的な特異点とそれに伴うマニフォルドが、卵稚仔魚の輸送の方向を定める輸送障壁となる。本論文では、モデルの流れ場から自動的に特異点とマニフォルドを検出し可視化するツールを開発した。今後期待されるのは、各特異点に伴う輸送量を定量化し、特異点形成に寄与する中規模渦の発現頻度の長期変動、すなわち、特異点に伴う輸送の累積効果の長期変動を定量化することである。

このように、本論文では、これまでに着目されていなかった、OGCMの特徴を明らかにすると同時に、黒潮の10年規模振動という新たな視点を提示した。それらの成果は、マイワシ資源量変動という大きな研究テーマに対して重要な貢献であると考える。

したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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