学位論文要旨



No 127555
著者(漢字) 栗林,美紀
著者(英字)
著者(カナ) クリバヤシ,ミキ
標題(和) 中小企業における持続可能な経営のあり方及びその評価指標に関する研究
標題(洋) A Study on Concept and Indicators of Sustainable Management in Small and Medium-sized Enterprises (SMEs)
報告番号 127555
報告番号 甲27555
学位授与日 2011.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第735号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 環境システム学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 客員教授 亀山,康子
 東京大学 教授 徳永,朋祥
 東京大学 准教授 吉永,淳
 東京大学 准教授 吉田,好邦
 東京大学 教授 森口,祐一
内容要旨 要旨を表示する

近年、企業の事業活動において、企業経営として利潤を追求するとともに、環境関連の課題に取り組むことや従業員に向けた社内制度・福利厚生を充実することが求められるようになってきている。このことは、大企業のみならず、企業経営がより厳しいといわれる中小企業においても同様である。本研究では、上記の社会的要請に応えながら経済的にも発展していく企業の状態を「持続可能な経営」という概念で示し、その概念の実現可能性を我が国の中小企業を対象に検討する。実現できるのであればそのための条件の提示、実現の水準を計測する評価指標の検討および具現化に向けた諸方策の提示を研究の目的とする。

1章では、問題意識、研究の背景、目的、全体の構成について説明した(図1)。1980年代に築かれた「持続可能な発展」概念は、その後、その実現に向けて、各界・各層に幅広く展開していく中で、経済界とも結びつきを強めていく過程をたどった。同概念の構成要素として「経済」「環境」「社会(従業員)」の3軸を抽出する。

2章では、まず、「持続可能な発展」の定義を類型化し、次に「持続可能な発展」を企業の活動と結びつけ、「持続可能な経営」概念を築いている既存の定義や議論を概観し、本研究で用いる「持続可能な経営」概念の特徴を明確化する。

本研究では、「持続可能な経営」を、企業本来の活動としての営利活動(「経済的」側面)、企業が取り組む環境保全活動(「環境的」側面)、従業員を対象とした企業内の制度、福利厚生(「社会的」側面)の各側面が関係性を高めることによって、全体として向上している状態として概念化する。

さらに「持続可能な経営」という用語自体はすでに世の中で用いられていることから、「持続可能な経営」を計測することを目的とした既往の指標をレビューする。そして、これらの指標をまとめて、「経済的」「環境的」「社会的(従業員)」の側面から整理した。

3章では、2章で整理された指標をもとに、複数の専門家の意見をふまえ、本研究の「持続可能な経営」概念を計測するのにふさわしいと考えられる指標を抽出し、「持続可能な経営」概念の指標構成を決定する。

この指標の妥当性を検証するために、データが入手可能な大企業製造業のデータを活用して、「経済的」「環境的」「社会的(従業員)」側面の関係性を分析する。これら3側面における因果関係の仮説を立て、共分散構造分析により、モデルの検証をおこなった。

その結果、大企業においては、経済的なゆとりから、企業が様々な環境保全活動に取り組むことや、従業員に対する制度、福利厚生を充実させる場合もありえるし、また、企業の環境保全活動への取り組みや、従業員に対する制度、福利厚生の充実が、結果としてその企業の経済的価値を高める場合もあり得るということが示された。

4章では、3章で特に指標として活用できると提示された指標の有効性について、中小企業の経営層の意識調査を行う。中小企業の経営層が、「持続可能な経営」 における「経済的」「環境的」「社会的(従業員)」な側面の相互関係をどのように認識しているかを計測するために、企業の「環境報告書の公表年数」・「環境会計の公表年数」など環境情報や、社員の「雇用柔軟制度」・「インセンティブ制度」が、「企業価値」にどのような影響を及ぼすと評価しているのかをプロファイル調査を実施し、ロジスティック回帰分析で項目の重要度を検証する。

なお、比較対象として、大企業の経営層への意識調査も実施する。

その結果、中小企業の経営層の認識も、大企業ほどの水準ではなかったが、本研究で設定した「持続可能な経営」概念を共有している割合が高いことが示された。

また、中小企業経営層へのアンケート調査では、従業員が環境に関する知識を持ち合わせる状態を想定する場合であっても、最初からそのような知識を持つ人材を採用するよりは、雇用後ですべての従業員に対して環境教育を行うことが、企業価値の向上につながると考えられているという結果が見出された。さらに「環境報告書の公表」は、従業員に対しても周知させることを希望していることが確認できた。

一般的には、環境保全活動や従業員制度の充実は、コストがかさむと中小企業で思われていると言われがちであるが、少なくとも経営層の認識としてはそうではないことが示された。

5章では、中小企業の実際の活動内容に見出される「持続可能な経営」概念について、業種ごとに明らかにすることを目的とし、約3,000社の企業の環境報告書のデータを用いて、中小企業の活動の「経済的」「環境的」「社会的(従業員)」側面における活動項目の関係性を分析する。「持続可能な経営」の評価指標は、製造業、廃棄物・リサイクル業、建設業、卸売業・小売業、サービス業その他の業種別に示し、どのような活動で「持続可能な経営」を実現しているのかを企業全般から見出すこととした。

活動項目の関連性についての調査にあたり、多量のデータベースを分析し、その傾向や意味ある情報を探し出す手法のデータマイニングを用いて、ディシジョンツリー分析を行った。「従業員一人当たりの売上高」に関連性のある活動の実施の状況を連鎖的に分析した。

その結果、どのような活動の組み合わせが、「従業員一人当たりの売上高」が高いのか、そして、そのことを実現している企業はどのくらい存在するのかを業種別に示すことができた(表1)。

また、企業全般では、「経済的」側面の「従業員一人当たりの売上高」と「環境的」側面の「自己管理表による自主管理」と「社会的」側面の「空調管理」において、3側面が両立している「持続可能な経営」のモデルを見出すことができた。

ただし、本研究で対象とした我が国の中小企業においては、「経済的」「環境的」「社会的(従業員)」を両立させている企業はごくわずかであった。中小企業経営者の多くが「持続可能な経営」概念に賛同しつつも実践できない背景には、業種ごとに取り組める活動が異なることに起因する困難さの度合いや、その業種をとりまく社会経済情勢の厳しさの度合いが見受けられた

6章では、3章から5章までの研究結果を踏まえ、「持続可能な経営」概念に近いと思われる企業事例3社の動向を調査し、「持続可能な経営」の具現化には、どのような方策が必要なのか自分なりの「持続可能な経営」のあり方を明示する。

3つの中小企業を事例として取り上げて、その「持続可能な経営」概念への適合性を本研究で導かれた指標を用いて検証した結果、事例では、我が国の企業全体からみれば少数例かも知れないが、その中でも、「持続可能な経営」概念の達成のあり方にいくつかの異なるパターンを見出すことができた。また、「環境的」側面の充実に向けて努力していても、それが他の側面の充実に至っていない例も見られた。

これらの企業では、経済的に余裕があったために「環境的」「社会的(従業員)」側面に投資できたということではない。経済的に心機一転の必要性が生じ、展開の方向性を「環境的」側面に求めた結果、成功したという過程をたどっている。このような例は大企業では多くは見られないが、現在、活路を見出そうと努力している我が国の多くの中小企業にとっては貴重な参考例となると思われる。

7章では、本研究のまとめとして、本研究で用いた「持続可能な経営」概念の妥当性、また、「持続可能な経営」概念がいかなる条件のときに具現化するかの検討、そして、中小企業の「持続可能な経営」概念を計測するため本研究で提示した指標について述べる。

本研究の目的の「持続可能な経営」概念が具現化するための条件として、次の3つを挙げる。

(1)経営者が、「持続可能な経営」概念にあるような「経済的」「環境的」「社会的(従業員)」3側面の両立関係を認識していることが具現化のための条件である。

(2)「環境報告書」や「環境会計」の作成及び企業内外への公表は、従業員の技能を高め、「環境的」側面と「経済的」側面の向上につながりやすく、具現化の条件とする。

(3)従業員の「雇用柔軟制度」・「インセンティブ制度」の充実は、「社会的(従業員)」側面と「経済的」側面の向上につながることが多いことから、具現化の条件とする。

以上のことから、本研究で掲げた「持続可能な経営」の概念は、非現実的なものではなかったことが示された。「環境的」「社会的(従業員)」側面に力を注ぐ企業が「経済的」側面も上向くということと、「経済的」側面が高い企業が「環境的」側面と「社会的(従業員)」側面に取り組むことができるということの両方を見出すことができた。また、中小企業が、「持続可能な経営」に向かう過程についても、幾つかの道筋を示すことができた。中小企業には、企業それぞれの課題もあり、「持続可能な経営」を実現に向けて、効果的な具現策を選択する必要がある。

一般化は難しいものの、本研究では、企業の経済的成長をミクロ経済的要因や、中小企業を取り巻くマクロ経済的要因だけに依存してきた今までの主流の企業成長論とは異なる新たな示唆を提供できたと考えられる。

図1 本研究の構成

表1 「経済的」「環境的」「社会的(従業員)」の側面の両立させる指標構成

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、企業が経済的利潤を追求しつつ環境保全及び従業員の福利厚生の改善にも取り組む状態を「持続可能な経営」として概念化した上で、日本国内の中小企業を対象として、同概念の妥当性の検証、同概念の達成度を計測するための指標の提示、及び、同概念の具現化策の提示を目的としている。

本論文は7章からなる。

第1章では、序論として、研究を始めるにあたっての問題意識、研究の背景、目的、及び、全体の構成について説明している。

第2章では、本研究で用いる「持続可能な経営」概念を規定し、既往の「持続可能な経営」に関する指標の課題を明らかにすることを目的としている。まず、同概念がふまえる「持続可能な発展」概念並びに既往の「持続可能な経営」概念の包括的レビューを実施し、ここから得られた知見を踏まえ、本研究で用いる「持続可能な経営」概念を、「企業本来の活動としての営利活動(「経済的」側面)、企業が取り組む環境保全活動(「環境的」側面)、従業員を対象とした福利厚生制度(「社会的」側面)の各側面が関係性を高めることによって、全体として向上している状態」と規定している。また、関連する既往の指標をレビューし横断的に整理した結果、これらの指標が一般的に活用され有用性が認められるものの、大半が大企業を対象としたものであり、中小企業には適用困難である点を指摘している。

第3章では、前章で示した概念の妥当性を検証するため、第2章で整理した指標を活用し、企業の一般的な特徴を持つとされる大企業製造業のデータを用いて共分散構造分析を行い「経済的」「環境的」「社会的(従業員)」側面の因果関係を検証している。その結果、大企業においては、経済的なゆとりが環境保全活動や従業員に対する福利厚生の充実につながる場合と、企業による環境保全活動の実施や福利厚生の充実が、結果としてその企業の経済的価値を高める場合の両方向がありえることを示した。

第4章では、第3章で示された因果関係の中小企業への適合度を検証するための第一歩として、プロファイルを用いた中小企業の経営層の意識調査を実施している。回答をロジスティック回帰分析にかけた結果、中小企業の経営層の認識においても、本研究の「持続可能な経営」概念を共有する割合がそうでない割合より相対的に高いことを示した。一般的には、環境保全活動や福利厚生の充実は、コストがかさむと中小企業で思われていると考えられがちであるが、少なくとも経営層の認識の多くはそうではないことを示した。

第5章では、研究対象を中小企業の活動内容に移し、業種ごとに「持続可能な経営」計測に適切な指標を見出すことを目的としている。そのために、約3,000社の中小企業の環境報告書のデータを用い、中小企業の活動の「経済的」「環境的」「社会的(従業員)」側面に関する活動の関係性についてディシジョンツリー分析を行っている。分析の結果、中小企業の「経済的」側面と関連する「環境的」「社会的」側面の指標として、業種ごとに異なる指標を選定した。また、「持続可能な経営」を達成しやすい業種と達成しづらい業種を提示した。さらに、中小企業全般における同様の分析では、いくつかの具体的な活動を「持続可能な経営」計測に役立つ指標として抽出した。

第6章では、第3章から第5章までの研究結果を企業3社の事例に適用し、3社の「持続可能な経営」達成度を評価した。その結果、「持続可能な経営」概念の達成に関して、複数のパターンを示した。また、「持続可能な経営」に到達できていないと評価された企業に対しては、今後「持続可能な経営」に近付けるための方策を提示した。

第7章では、本研究のまとめとして、本研究で用いた「持続可能な経営」概念の妥当性、同概念が具現化する条件、及び、本研究で提示した指標の発展性について述べている。個別に多彩な事情を有する中小企業において、本研究で掲げた「持続可能な経営」概念の一般化は難しいものの、中小企業の経済的成長を、ミクロ・マクロ経済的要因だけに依拠してきた今までの主流の企業成長論とは異なる、新たな示唆を提供できたと結論づけている。

なお、本論文第3、4章は、亀山康子との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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