学位論文要旨



No 127556
著者(漢字) 吉田,寛
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,ヒロシ
標題(和) 物流追跡端末の低消費電力化に関する研究
標題(洋)
報告番号 127556
報告番号 甲27556
学位授与日 2011.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第736号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 人間環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 保坂,寛
 東京大学 教授 佐々木,健
 東京大学 准教授 稗方,和夫
 東京大学 教授 鈴木,克幸
 東京大学 教授 太田,順
内容要旨 要旨を表示する

1.研究の背景と目的

物流とは,生産者が生産した生産物を消費者に引き渡すための活動一般をさす.近年の経済のグローバル化,消費の多様化により,物流が経済活動に与える役割はますます増大を続けている.物流を構成する主要な機能として,輸送・保管・荷役・包装・流通加工の5つがある.「輸送」とは,製品を拠点から拠点に移動させる手段で,その際にはトラック,鉄道,船などが用いられる.「保管」とは,輸送,荷役等の間に商品を一定の場所で保管することであり,このために倉庫等が必要となる.「荷役」とは,異なる輸送手段,または輸送手段と倉庫との間で製品を移動させる手段であり,フォークリフトやターレットトラックなどの移動手段が用いられる.荷役時においては,円滑に製品を取り扱うために,物流機器として規格化された物流コンテナやパレットが用いられている.

物流においては,製品管理の複雑化と,移動中の事故や盗難の増加が問題となっている.この課題を解決するため,物流の各機能において追跡管理システムの開発が進んでおり,保管時の追跡管理システムとしてRFIDの活用が,輸送時におけるトラックの追跡のためにGPSの活用が進められている.一方,荷役時における追跡管理では,保管時のように経路を倉庫に限定することが出来ないため,ゲートの設置場所が限定出来ずRFIDの適用は困難である.また,物流機器にはトラックのような固有の電源が存在しないことから,トラックのようにGPSを装着することも出来ない,さらに物流機器はその数の多さから端末のコストや交換間隔に対する制約が厳しいため,荷役時における位置追跡システムは本格的な導入が進んでいない.例えば,PHSを用いた位置追跡システムの単価は現在1台1月あたり3000円であり,この金額を荷物の輸送費にそのまま転嫁することは困難であるため,貴重品の輸送等で限定的に用いられていることが多い.

こうした位置追跡端末は,一般にセンサネットワーク技術として検討が進められている.センサネットワークの技術要素としては,端末,伝送路,NW管理が存在するこのうち,伝送路,NW管理については現在さまざまな検討が進んでおり,物流用位置探査端末に対しての適用も可能である.端末については,小型化と長寿命化が課題となっており,そのためには電源の効率化と端末の低消費電力化が主要な課題となる.低消費電力化,特に動作の効率化が最も効果があるが,各アプリケーションの特性に合わせて行う必要があり,一般的な設計指針が示されてはいない.

そこで本研究では,物流用位置追跡端末の動作効率化について検討を行った.

2.動作効率化に向けた検討の方向性

動作効率化の方向性として,ネットワーク状態の識別と,端末の移動状態の識別に着目した.ネットワーク状態の識別は,端末に情報を蓄積し通信が可能な場合にのみ伝送を行うことで消費電力の削減を図るものである.端末の移動状態の識別は,物流機器が一般に移動と静止を繰り返し,移動中においては目的地に到着するまで連続した位置情報の測定が不要であり,また,静止時においては位置情報が更新されないため再度移動するまで位置情報の測定が不要であることから,端末側で移動と停止の判別を行い,必要な時にのみ位置情報の測定を行うことで,端末の動作の効率化が可能とする.

物流機器に対して端末の動作効率化の研究を進めることで.これと類似のアプリケーションにおいても同様にセンサネットワークを適用することが可能になると考えられる.そこで本論文では,荷役機器に対するセンサネットワーク端末の動作効率化について検討を行う.

まず,現在の事例を基に,端末の要求仕様について検討を行った.現在の物流における事情を考慮した結果,電池寿命については目標値を半年,通信コストについて現在の3分の1である月1000円を目標として,検討を進めることにした.さらに,物流機器の標準的移動パターンを定義し,端末が上記仕様を満たしているかの評価を可能にした.

3.各章の構成

第1章「序論」では,物流追跡が必要とされる現状と,物流追跡を実現するセンサネットワークにおける課題を説明し,本論文で扱う研究の目的を明らかにした.

第2章「端末の基本検討と野生動物探査への応用」では,野生動物を対象とし,通信可能性を識別しつつ通信が不可能な場合はGPS位置情報を端末内部に蓄積し,必要な時期にまとめて伝送を行う,また加速度を計測し,固定的な閾値を用いて移動停止の判定を行う端末について検討を行った.設計した端末を実際に野生動物に取り付け,追跡を行うことで,本端末の実用性を評価することが出来た.加速度の取得を行うことは出来なかったが,これはベルトの固定方法がまずく,端末がずれて破壊されたためであると考えられる.野生動物追跡は,物流追跡と技術的な共通点が多く,かつ少数高額でも需要がある.このため,物流追跡の予備検討として本章の研究を行った.追跡端末における電源,通信,計測,制御ハードウェアの基本技術を確立した.

第3章「教師あり学習による物流機器の移動検出」では,PHSを用いた物流追跡システムの通信コスト低減,省電力化を目的に,振動により物流機器の移動停止を判定し,移動時のみ位置探査を行うアルゴリズムを考案した.まず,1軸の加速度からの判定を行った.次に,3軸の加速度から算出した加速度レベルによる判定を行った.判定閾値の学習中にはPHSにより1日1回計測される位置データにより実際の移動停止を確認し,停止時,移動時の加速度の最大値,最小値を逐次更新し,その平均値に閾値を設定した.本研究では,上記のアルゴリズムを実装した端末を作成し,実際の物流を想定して貴重品輸送パッケージに装着し,期待通りの動作を行うことを確認した.本章の方法は,振動分布を仮定しないため,任意の振動形態に対応できる.特に,移動,停止,アイドリングなど,複数ピークが存在する場合にも,移動停止を正しく判定できる.

第4章「教師なし学習による物流機器の移動検出」においては,第3章の手法の一層の低消費電力化のため,測位データを使わず,加速度のみで移動停止を判定出来,かつ加速度の分布において重なりが発生しても正しく閾値を判定出来る方法を検討した.このために,移動時と停止時の振幅の平均値からマハラノビス距離が等しい点を閾値とし,漸化式により閾値を繰り返し計算することで,最適な閾値を簡便に得る方法を考案した.シミュレーションにより,振動形態が変化する場合にも最適な閾値が設定されることを確認した.また乗用車の振動に適用し,アイドリングを含む場合にも約88%の確率で移動停止が判定出来ることを示した.さらに,低消費電力化を目的とした端末の実装を行い,1日4回の計測の場合,想定した移動パターンにおいてPHSの消費電力を含めて平均0.5mWで動作可能な端末が実現出来ることを示した

第5章「複数クラスタ時の移動停止振動閾値の自動設定」においては,複数の加速度分布のピークを持つ物流機器において,クラスタ境界を仮に与えて計算を繰り返すことで,最適なクラスタ境界を導き出す方法を提案し,実際に観測された加速度を用いて評価を行った.また,複数のクラスタが近接しクラスタ境界が重なっている時に,判定のために重要度が高いクラスタ数を算出する方法を提案し,シミュレーションと実データにより有効性を確認した.この方法では,前章までに提案した方法と異なり,逐次計算を行うことが出来ず,後から一括計算を行う必要がある.本手法の用途としては,コンテナや汎用容器における輸送手段ごとの所要時間の把握や,フォークリフトやターレットトラックなど荷役機械の稼働状態の記録が想定される.

4.結言

第4章の結果をもとに,第1章で示した要求仕様を基に,物流機器に適用した際の本技術の適用性を検討した.

第1章の標準的移動パターンによれば,1日4回の計測を標準とする場合2日で8回の計測が行われるが,そのうち7回の計測は静止時の不要な計測となる,本研究の成果によって静止時の計測を行わなくなるため,通信コストを最大87%削減することが出来る.よって,現在月3000円の通信コストを,要求仕様に満たした通り,月1000円とすることは可能であると考える.

また,消費電力については,第4章に示したとおり平均消費電力をPHSを含めて0.5mWとする見込みを得た.これは,現在の端末の平均消費電力の約5分の1であり,現在の電池寿命である1年を,5年まで伸ばす目標を達成することが可能であると考える.

ただし,端末も現在の検討においてはプロトタイプとなっており,回路のサイズが大きく小型化も実現出来ていない.信頼性を含めて実際に装着するまでには,量産技術の確立が必要であり,今後の発展が待たれる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「物流追跡端末の低消費電力化に関する研究」と題し,全5章からなっている.物流における追跡管理システムにおいて,端末側における状態認識,具体的には端末の通信可能性と移動停止状態の判別及び端末側での判断によって,物流機器追跡端末の動作を効率化する研究をまとめた.

第1章「序論」では,物流追跡が必要とされる現状と,物流追跡を実現するセンサネットワークにおける課題を説明し,本論文で扱う研究の目的を明らかにした.

第2章「端末の基本検討と野生動物探査への応用」では,野生動物を対象とし,通信可能性を識別しつつ通信が不可能な場合はGPS位置情報を端末内部に蓄積し,必要な時期にまとめて伝送を行う,また加速度を計測し,固定的な閾値を用いて移動停止の判定を行う端末について検討を行った.設計した端末を実際に野生動物に取り付け,追跡を行うことで,本端末の実用性を評価することが出来た.加速度の取得を行うことは出来なかったが,これはベルトの固定方法がまずく,端末がずれて破壊されたためであると考えられる.野生動物追跡は,物流追跡と技術的な共通点が多く,かつ少数高額でも需要がある.このため,物流追跡の予備検討として本章の研究を行った.追跡端末における電源,通信,計測,制御ハードウェアの基本技術を確立した.

第3章「教師あり学習による物流機器の移動検出」では,PHSを用いた物流追跡システムの通信コスト低減,省電力化を目的に,振動により物流機器の移動停止を判定し,移動時のみ位置探査を行うアルゴリズムを考案した.まず,1軸の加速度からの判定を行った.次に,3軸の加速度から算出した加速度レベルによる判定を行った.判定閾値の学習中にはPHSにより1日1回計測される位置データにより実際の移動停止を確認し,停止時,移動時の加速度の最大値,最小値を逐次更新し,その平均値に閾値を設定した.本研究では,上記のアルゴリズムを実装した端末を作成し,実際の物流を想定して貴重品輸送パッケージに装着し,期待通りの動作を行うことを確認した.本章の方法は,振動分布を仮定しないため,任意の振動形態に対応できる.特に,移動,停止,アイドリングなど,複数ピークが存在する場合にも,移動停止を正しく判定できる.

第4章「教師なし学習による物流機器の移動検出」においては,第3章の手法の一層の低消費電力化のため,測位データを使わず,加速度のみで移動停止を判定出来,かつ加速度の分布において重なりが発生しても正しく閾値を判定出来る方法を検討した.このために,移動時と停止時の振幅の平均値からマハラノビス距離が等しい点を閾値とし,漸化式により閾値を繰り返し計算することで,最適な閾値を簡便に得る方法を考案した.シミュレーションにより,振動形態が変化する場合にも最適な閾値が設定されることを確認した.また乗用車の振動に適用し,アイドリングを含む場合にも約88%の確率で移動停止が判定出来ることを示した.さらに,低消費電力化を目的とした端末の実装を行い,1日4回の計測の場合,想定した移動パターンにおいてPHSの消費電力を含めて平均0.5mWで動作可能な端末が実現出来ることを示した.

第5章「複数クラスタ時の移動停止振動閾値の自動設定」においては,複数の加速度分布のピークを持つ物流機器において,クラスタ境界を仮に与えて計算を繰り返すことで,最適なクラスタ境界を導き出す方法を提案し,実際に観測された加速度を用いて評価を行った.また,複数のクラスタが近接しクラスタ境界が重なっている時に,判定のために重要度が高いクラスタ数を算出する方法を提案し,シミュレーションと実データにより有効性を確認した.この方法では,前章までに提案した方法と異なり,逐次計算を行うことが出来ず,後から一括計算を行う必要がある.本手法の用途としては,コンテナや汎用容器における輸送手段ごとの所要時間の把握や,フォークリフトやターレットトラックなど荷役機械の稼働状態の記録が想定される.

以上のように,本論文は,物流機器の位置追跡端末の低消費電力化の手法について検討し,低消費電力化に向けた端末側における状態認識アルゴリズムを提案した.さらに提案したアルゴリズムについて端末を製作し検証した結果,実際の消費電力の削減効果を予測し効果を結論づけてある.

なお,本論文第3章,第4章,第5章は,川原靖弘,保坂寛, 廣田輝直,川崎悟史,との共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

したがって,博士(環境学)の学位を授与できると認める.

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