No | 127568 | |
著者(漢字) | 大木,健太郎 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オオキ,ケンタロウ | |
標題(和) | 量子ダイナミクスにおける非可換性と状態推定および制御 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 127568 | |
報告番号 | 甲27568 | |
学位授与日 | 2011.09.27 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(情報理工学) | |
学位記番号 | 博情第353号 | |
研究科 | 情報理工学系研究科 | |
専攻 | システム情報学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | Newton力学や電磁気学といった古典力学と呼ばれる物理学で説明できない物理現象の多くは, 量子力学を用いて高い精度で記述される. 例えば半導体の伝導特性やレーザー技術などは, 量子力学で記述される代表的なものであり, 現在の科学技術の基礎は量子力学の上に成り立っている. また, 次世代情報処理技術である量子情報技術は, 量子相関と呼ばれる特殊な相関状態を用いることで, 従来の計算機や通信技術の性能を大幅に上回る技術が可能になると期待されている. このような科学技術を実現するためには, 高精度な制御技術が必要とされ, それを支える理論がますます重要になっている. 量子力学と古典力学の違いは, 「確率」と「非可換」という2つの性質から説明される. とくに従来の確率論とも違う点は非可換性であり, 次世代技術である量子情報技術では非可換性によって生み出される特殊な相関(量子相関)が必須である. ここ10年ほどの研究で, 非可換性に基づいて量子系における量子性と古典性の分類に関する研究が進み, 次世代の科学技術にとって真に有用な量子状態生成が定量的に評価できるようになってきた. この量子性をどのように制御で生成するかという問題が, 次の大きな課題である. 本論文では, 「非可換性」に着目し, そこから導かれる量子特有の不確かさと相関のダイナミクスについて扱った. 量子相関を大きくするには, 非可換な相関を増やすように制御すればよく, そのための制御入力の設計を行えばよい. これまでの先行研究では, エンタングルメントと呼ばれる特殊な量子相関を得ることのみが考えられてきたが, 量子相関はエンタングルメントよりも広い概念であり, 量子相関を増やすことで量子情報処理が有効に行えることが知られている. 本論文では, この量子相関をフィードバック制御によって増加させることを考えた. また, 非可換性によって, 相関のみでなく不確かさにも古典的なものと量子的なものに分類することができる. 古典系と同様に, 量子系においても不確かさを減らすには測定によって系の情報を得なければならない. 特に時間連続的に情報を得て, 系の推定を行う機構は量子フィルタとして知られている. この量子フィルタが減らせる不確かさが, 非可換性に由来するか否かは自明ではない. 本論文では, 量子フィルタが減らせる不確かさが何であるかを議論した. 本論文の構成は, 以下の通りである. 第2章では, 本論文で用いる量子確率解析と量子フィルタリング理論の概要について述べた. また, その例として適応位相推定を取り上げ, フィルタリング理論による推定結果が従来用いられていた推定方法よりも精度が良いことを示した. 第3章では, 量子相関を増やす制御と非可換由来の不確かさについて述べた. 第4章では, 非可換性の中でも正準交換関係と呼ばれる特殊な非可換性とGauss状態と呼ばれる状態に着目し, 古典確率系との関連と特定の量子相関を生成する制御則について述べた. 第5章では, 熱雑音の影響が避けられない固体デバイスの一つである, 量子ドット系の状態推定器の構成を行った. 量子ドット系は量子計算機の基本素子であるビットを表現する物理媒体であるが, 制御を行うための数理モデルが得られておらず, 本論文では確率解析を用いて系のモデリングおよび状態推定器を構成した. 第6章では, まとめと今後の課題について述べた. 各章で述べている研究成果について, 簡単にまとめておく. 第3章では, Wigner-柳瀬の歪情報量を用いて,非可換性由来の相関および不確かさを定量的に定めた. これはSLD-Fisher情報量と呼ばれる量子Fisher情報量の1つであり, 密度作用素と物理量の非可換性を直接的に評価する指標である. これを用いて, 混合状態に由来する相関や不確かさを古典量として扱える. 本研究では, Wigner-柳瀬の歪情報量を用いた非可換相関を増大させる制御則を導出した. 導出した制御則は, 無限次元であっても, Hilbert-Schmidtクラス作用素で扱えるものならば利用できる. その一方で, 系を限定していないため結果が抽象的になってしまい, 実装しやすさの面で困難は残る. 量子情報技術を実現するためのデバイスは現時点で複数の候補があり, デバイスごとに数理モデルは異なり, 制御則もモデルに依存して変わることが予想される. 実装しやすい制御則の導出は, 今後の課題である. 第3章では, 量子フィルタが減らせる不確かさについても議論している. 量子フィルタは, 検出器によって得られた信号から系の状態を推定し, 不確かさをできる限り除去する機構である. 量子フィルタは, 検出器を通して得られた古典信号から, 古典確率変数として古典確率変数を出力する. 検出器を通る前が量子力学的信号であるか否かは関係なく, フィルタの入出力は古典的な確率変数である. したがって, 量子フィルタの減らす不確かさは, 古典的なフィルタが減らせるものと変わりないことが予想される. このことを議論するために, 前述のWigner-柳瀬の歪情報量を用いて非可換由来の不確かさと可換由来の不確かさを定量化し, フィルタがどの不確かさを減らせるかどうかを, Gauss状態の場合で調べた. その結果, Gauss状態では可換由来の不確かさを減らすことができることを示した. 量子フィルタは可換由来の不確かさを減らし, 非可換由来の不確かさは減らせるとは限らないことが分かった. 量子論と古典論の数理的な違いは非可換性であるので, 可換由来の不確かさは古典的な不確かさであると言える. すなわち, 量子フィルタも古典的な意味での不確かさを減らすものであり, 量子力学で現れる本質的な不確かさを減らすとは限らないことが分かった. Gauss状態に対する量子フィルタは, 古典フィルタに比べて特殊な情報抽出を行っているとは言えず, 同じ種類の不確かさを減らすフィルタであることが言える. 一般の量子系に対して同じことが言えるかどうかは今後の課題である. 第4章では, 線形量子系の1つの実現を行い, それが古典確率系と等価であることを述べた. 線形量子系は, 正準共役対と呼ばれる物理量の組で表され, 量子Wiener雑音によって駆動される系である. さらに系はGauss状態と呼ばれる状態で記述され, 任意の統計量は2次モーメントまでで記述できる. これらの性質から, 任意の統計量は物理量の非可換性に依存しなくなり, 制御性能などを統計的に評価する限り, 古典確率系を扱うことと変わらない. これはすなわち, 線形制御理論で得られている豊富な結果を, 線形量子系にも直接的に適用できることを意味する. Gauss状態において量子相関は共分散行列で特徴づけられるので, 特定の共分散行列を制御によって生成することが量子情報技術に対して有益である. 線形制御理論では共分散指定制御として知られており, 共分散指定制御を用いて, エンタングルメントと呼ばれる特殊な量子相関生成が可能であることを, 数値例によって示した. 共分散行列として指定可能な行列の集合とエンタングルメントを表す共分散行列の集合との関連は, まだ分かっておらず, 今後の課題である. 第5章では, 量子ドット系に対する量子フィルタの導出を行った. これは量子ビットを表す素子の一つであり, 量子計算機のデバイスとして有望視されるものの一つである. 量子ドット系は固体デバイスの1つであり, 熱雑音が避けられないため, エンタングルメントと呼ばれる特殊な量子相関を得ることが難しい系である. しかし, 量子相関を増大させることは可能であり, 第3章で導出した制御則を用いて量子相関を増大させられる. この制御則を適用するためには量子ドット系のモデリングおよび状態推定則が不可欠であり, 本章ではこれを行った. 固体系の場合, 多体相互作用に由来する量子雑音のモデリングが難しく, 量子確率解析を用いたモデリング手法は確立されていない. ここでは量子中心極限定理とMarkov近似を用いて量子雑音を数理的に表現し, 量子確率解析を(一部形式的に)導出した. 導出した量子確率解析を用いて, 量子フィルタリング理論を適用し, 量子フィルタを導出した. 導出した量子フィルタは, 温度が零の極限において, 先行研究で得られていたものと一致するため, この結果は先行研究を含んだ一般的な結果である. 温度が非零の場合の量子雑音は, Wiener雑音やPoisson雑音とはならず, 量子光学などで用いられている伊藤の公式を適用できない. 導出した伊藤の公式の妥当性は, 実際の実験結果から検証できる. 本章では, 出力過程の統計的性質を調べるため, 特性汎関数を導出した. 特性汎関数の形から, 出力過程がPoisson過程に近い分布をもつことが予想され, 実際にそのような実験結果も得られている. 詳細な比較検討は行わなければならないが, 導出方法から得られた結果は, 実験結果と矛盾せず, 先行研究を含んだ結果であると言える. 本論文の内容は以上であり, 非可換性に着目して解析(量子フィルタの減らせる不確かさ), 制御(非可換相関の増大, エンタングルド状態指定制御)および具体的系のモデリング方法を扱った. これらの結果は, 各章の説明の最後に挙げた課題が残っているが, 量子情報技術のための基本的な問題(モデリングと制御入力設計)を扱ったため, 今後の実装に貢献するものと信じる. | |
審査要旨 | 近年、量子力学的現象を積極的に活用した量子通信や量子計算といった量子情報技術の工学的応用が試みられるようになってきており、それらを高精度に再現性よく実現するための制御技術は, ますます重要となってきている。本論文は、このような背景のもとで、特に量子系が有する非可換性に着目し、そこから導出される不確定性関係・量子相関およびそれらのダイナミクスの諸性質をシステム制御理論的アプローチで解析し、主として混合状態を対象とした状態推定および制御の新しい方式の提案を目指したものである。 本論文は「量子ダイナミクスにおける非可換性と状態推定および制御」と題し、全6章と付録から構成されている。 第1章「はじめに」では、まず本研究の背景である近年の量子情報技術とその理論の発展について述べ、不確かさと量子相関の捉え方として作用素の非可換性による分類を紹介している。ついで、この非可換性に着目し、不確かさと量子相関を量子フィルタリング理論と量子フィードバック制御理論を用いてどのように扱えるかという本研究の目的について説明するとともに、従来の量子フィルタリング理論と量子制御理論の先行研究についてまとめている。 第2章「量子ダイナミクスと状態推定」では、本論文の準備として、量子雑音と量子確率解析の導入と、量子フィルタリング理論の概要について述べている。また、量子確率解析・フィルタリング理論の応用として、ホモダイン検出器の第一原理からの導出をレーザ光の位相の推定問題として扱っている。量子フィルタリング理論では一般にスムージングが適切に行えないが、量子系のダイナミクスにおいて本質的に可換な部分を非可換な部分から分離することで、古典論と同様にスムージングが有効な推定法であることを示している。 第3章「非可換性と不確定性、非古典相関」では、フィードバック制御によって量子相関を増加させる制御則を提案し、フィルタリング理論によって減少させることができる量子系の不確かさを明らかにしている。具体的には、量子相関の尺度を新たに提案し、量子相関が増大できるための十分条件と、それを達成させる制御則を導出している。また、量子系の不確かさを非可換性由来のものと可換性由来のものに分類し、ガウス状態の場合に量子フィルタによって減少できる不確かさは可換性由来のものであることを示している。さらに、非可換性に基づいた混合状態に対する新たな不確定性関係を導出している。 第4章「線形量子系のエンタングルド状態生成制御」では、線形量子系と呼ばれる量子系において、エンタングルメントと呼ばれる特殊な量子相関をフィードバック制御によって生成する問題について検討している。まず、このエンタングルド状態生成制御問題が、線形制御理論で知られる共分散指定制御を用いて定式化できることを述べ、観測信号数に対するある条件のもとで、エンタングルメントが生成可能か否かを判別する問題が非線形計画問題に帰着できることを示している。さらに、この定式化に基づいて、数値的にエンタングルド状態を生成する方法を提案し、数値例題によりその有用性示している。 第5章「ポイントコンタクトを用いた量子ドット系の状態推定」では、熱雑音の避けられない固体デバイスである量子ドット系に着目し、量子ドット系の確率解析モデルおよび量子フィルタの導出を行っている。熱雑音の避けられない量子系では、エンタングルメントの生成は非常に困難であり、より弱い条件である量子相関の生成が重要となる。また、固体物理系では従来の量子雑音とは異なり、雑音の統計的性質が複雑となるため、新たな枠組みが必要となる。ここでは、量子中心極限定理とマルコフ近似を用いてこの問題に取り組み、従来の結果をその特別の場合に含む結果を導き、得られた観測過程が実際に行われた電流実験とほぼ同じ性質を有することを示している。 第6章「まとめと今後の課題」では、本論文のまとめを行うとともに、今後の研究課題について述べている。 以上を要するに、本論文は、量子ダイナミクスが有する非可換性に着目し、そこから導出される不確定性関係・量子相関およびそれらのダイナミクスの諸性質をシステム制御理論的アプローチで解析し、状態推定および制御の新しい方式の提案を行ったもので、量子情報技術の工学的応用に対する基盤を与えるものとして工学上貢献するところ大である。よって本論文は、博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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