学位論文要旨



No 127571
著者(漢字) 浦田,順一
著者(英字)
著者(カナ) ウラタ,ジュンイチ
標題(和) すばやさと力強さを備えるロボットのための電力系設計と実現
標題(洋)
報告番号 127571
報告番号 甲27571
学位授与日 2011.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第356号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 知能機械情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 稲葉,雅幸
 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 教授 下山,勲
 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 教授 國吉,康夫
 東京大学 准教授 岡田,慧
内容要旨 要旨を表示する

従来のヒューマノイドロボットでは,重い物を運ぶなどの力強さを必要とする動作や,跳躍時などすばやく脚を動かす動作は困難である.これらの動作は人間であれば容易であるが,ヒューマノイドロボットは各関節で出すことのできるトルク・角速度が人間より劣っているために困難となっている.従来のヒューマノイドロボットで用いられているのと同等の小型の電気モータと駆動系で,破損しない形で大出力駆動を実現する方法は明らかではなかった.本研究では大出力の電力系を開発し大出力のモータ駆動を実現し,多数の駆動系をつないで跳躍や歩行などの高出力・高速行動を実現するシステムの構成法を明らかにすることを目的とする.

第1章 「序論」では,本研究での背景と目的を示し,本論文の構成を述べた.

第2章 「人間とヒューマノイドロボットにおけるすばやさと力強さ」では,人間の筋肉とヒューマノイドロボットのアクチュエータである電気モータを比較し,人間において必要となるトルクと速度に対してそれらを実現する必要出力設計について考察した.本研究ではここでの考察を踏まえて,「すばやさ」と「力強さ」に必要な目標を設定し実現方針を示した.目標膝関節角速度として1000[deg/s],目標膝関節トルクとして200[Nm]を設定した.

第3章 「温度制御に基づく瞬発力モータ駆動」では,電気モータの大出力駆動を実現するための手法について論じた.第2章で論じた「すばやさ」と「力強さ」を電気モータを用いて実現するために,本研究では温度制御に基づく瞬発力モータ駆動を提案している.これは,電気モータの温度特性を積極的に利用し瞬間的に大出力で駆動することで結果として「すばやさ」と「力強さ」の両方を実現するものである.モータのハウジング外部に取り付けた温度センサからモータ内部の巻線の温度を推定するために,モータの熱モデルを2抵抗モデルによって近似し,さらに,液冷時の効果を評価する方法として液冷の熱モデルを定常時のモータから環境までの熱抵抗として近似した.これらのモータ・液冷の熱モデルのパラメータを実測によって得ることでモータの短時間時の駆動の温度推定を行う方法を考察し,焼損しない温度をあらかじめ決めたうえで短時間であれば大出力駆動できる可能性について示した.

第4章 「大出力駆動のためのロボット用電力システム」では,第3章で導入した温度制御に基づく瞬発力モータ駆動をヒューマノイドロボットに適用するうえで必要となる,1)大出力のモータドライバ,2)キャパシタを用いた大出力電源装置,3)エラー訂正符号を用いた頑強なロボット内通信系について述べた.1)大出力モータドライバではモータ温度推定制御に求められる電流駆動能力について明らかにし,それを得るためには大電流を流すことのできる厚銅基板を用いることが必要となる.モータドライバを大電流ドライバ部と制御部にとにわけ,大電流ドライバ部を通常35[um]のものから500[um]の厚銅レイヤーを2層もつ基板として実装している.制御部は弱め磁束制御を含むベクトル制御をFPGAとして実装した.温度制御はモータとFETに取り付けた温度センサはAD変換器をもつマイコン部で行う.2)回生可能で出力密度の高い電源装置としてキャパシタを採用し,ロボットに搭載可能な範囲で内部抵抗ができるだけ小さくなるような大出力電源とした.電源電圧が大きく変動するため,モータドライバは電源電圧を測定して制御に利用するようになっている.3)通信系に求められる転送帯域を示したうえで,これを実現しつつなるべくエラー訂正能力の高い実装コストの安い訂正符号としてリード・ソロモン符号を用いてモータドライバ制御部ののFPGA上に実装した.大電流ノイズに対してもエラーなく安定に通信できるように最大64bitのデータをエラー訂正符号を加えて120bitとして送る通信系としている.

第5章 「大出力ヒューマノイドロボットのための二脚ロボットの開発」では,開発した電力系をヒューマノイドロボットに展開するにあたってのプロトタイプとしてもっとも負荷が大きくなる脚部行動を評価するために開発した,等身大サイズ12自由度の二脚ロボットについて述べ,片脚での高負荷実験と高負荷実験での通信系と液冷による冷却系の評価を示している.二脚ロボットの設計では,膝と股関節の減速器を軸径を大きくすることで大トルク容量のものとし,ポンプとラジエータを胴体部に搭載し脚ごとにモータドライバとモータを柔軟配管で接続することで,液冷による冷却系を実現している.

第6章 「すばやさと力強さを示す行動実現と評価」では,第5章で論じた二脚ロボットを用いて本研究で提案する「すばやさ」と「力強さ」の実現と評価について論じた.「すばやさ」と「力強さ」を示す行動として,1)跳躍動作,2)高速歩行動作,3)外乱適応歩行動作を例として実現した.跳躍動作は,速度とトルクが両方が必要となる動作で,短時間大出力の行動の代表例となる.第4章で行った単軸の評価に加え,この実験で複数軸同時出力に対する電力系の評価を行った.この実験では,13.8[kW]の電力出力を出し,4.9[kW]の電力回生が可能な電力系となっていることを確認した.高速歩行動作では,動作の継続による通信系の安定性と,モータ温度上昇の評価を行った.外乱適応歩行動作では,通信系の安定性と応答性の評価を行った.最大597[N]の外力に対して,1[ms]以内で3歩の適応歩行軌道を生成し,トルクが最も必要な一歩を約250[ms]で踏み出し,速度が最も必要な二歩目を次の600[ms]で踏み出し,次の600[ms]で両足をそろえて安定に立ち止まる動作が実現できた.これにより電力系と通信系の安定性を評価できた.

第7章 「結論」では,これまで各章で述べた内容をまとめて本研究を総括した.

以上,本研究は人間の「すばやさ」と「力強さ」の基本として関節の最大角速度と最大トルクを従来と同等の電気モータを用いた等身大ヒューマノイドにおいて実現するためのシステムの構成法について示し,実機開発により跳躍・高速歩行・外乱適応歩行によりその検証を行ったものである.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「すばやさと力強さを備えるロボットのための電力系設計と実現」と題し,人がもつような「すばやさ」と「力強さ」を等身大のヒューマノイドロボットにおいても実現すべく,従来と同等サイズの電気モータでも人間が出しうる最大関節角速度と最大関節トルクを出しうるロボットの電力系の設計法と実現法を明らかにした研究をまとめたものであり,全7章からなる.

第1章「序論」では,等身大ヒューマノイドロボットの社会的な重要性と意義を示して,本研究の背景と目的,本論文の構成について述べている.

第2章「人間とヒューマノイドロボットにおけるすばやさと力強さ」では,人間の筋肉とヒューマノイドロボットのアクチュエータである電気モータを比較し,人間において必要となるトルクと速度に対してそれらを実現する必要出力設計について考察している.そこでの考察を踏まえ,「すばやさ」と「力強さ」に必要な最大関節角速度と最大関節トルクを設定し本研究での実現方針を示している.

第3章「温度制御に基づく瞬発力モータ駆動」では,電気モータの大出力駆動を実現するための手法について論じている.第2章で論じた「すばやさ」と「力強さ」を電気モータを用いて実現するために,本研究では温度制御に基づく瞬発力モータ駆動を提案している.これは,電気モータの温度特性を積極的に利用し瞬間的に大出力で駆動することで結果として「すばやさ」と「力強さ」の両方を実現するものである.モータのハウジング外部に取り付けた温度センサからモータ内部の巻線の温度を推定するために,モータの熱モデルを2抵抗モデルによって近似し,さらに,液冷時の効果を評価する方法として液冷の熱モデルを定常時のモータから環境までの熱抵抗として近似した.これらのモータ・液冷の熱モデルのパラメータを実測によって得ることでモータの短時間時の駆動の温度推定を行う方法を考察し,焼損しない温度をあらかじめ決めたうえで短時間であれば大出力駆動できる可能性を示している.

第4章「大出力駆動のためのロボット用電力システム」では,第3章で導入している温度制御に基づく瞬発力モータ駆動をヒューマノイドロボットに適用するうえで必要となる,1)大出力のモータドライバ,2)キャパシタを用いた大出力電源装置,3)エラー訂正符号を用いた頑強なロボット内通信系について述べている.

第5章「大出力ヒューマノイドロボットのための二脚ロボット」では,開発した電力系をヒューマノイドロボットに展開するにあたってもっとも負荷が大きくなる脚行動を評価するために開発した等身大サイズで12自由度の二脚ロボットについて述べている.開発した二脚ロボットは比較検討ができるように研究用ヒューマノイドプラットフォームHRP3の脚部と同じサイズの骨格とし,電気モータは元のDCモータよりも小型で定格出力の大きいACモータに置き換え,膝と股関節の減速器を軸径を大きくすることで大トルク容量のものとし,ポンプとラジエータを胴体部に搭載し脚ごとにモータドライバとモータを柔軟配管で接続することで,液冷による冷却系を付加して改造したものである.本二脚ロボットの片脚での複数モータの連動制御における通信系と冷却系の評価を行うために,高トルク動作と高速動作の両方の実験を行い,モータの温度変化を見ることでシステムの評価を行っている.

第6章「すばやさと力強さを示す行動実現と評価」では,第5章で示した二脚ロボットを用いて本研究で提案する「すばやさ」と「力強さ」の実現と評価について論じている.「すばやさ」と「力強さ」を示す行動として,1)跳躍動作,2)高速歩行動作,3)胴体への衝撃力に対する外乱適応歩行動作を例として実現している.跳躍動作は,速度とトルクが両方が必要となる動作であり,短時間大出力の行動の代表例となっている.本研究での改造前の二脚ロボットにおいて成された跳躍では数センチ程度の実現例はあったが,本研究で実現した跳躍動作は,体重55[Kg]の二脚ロボットで重心が0.25[m]足先で0.44[m]の跳躍を成功させているもので,大出力の効果を明確に示した実験となっている.この跳躍動作において複数軸同時出力のために13.8[kW]の出力と4.9[kW]の電力回生が可能な電力系となっていることを確認し,温度上昇も焼損温度に達していない動作となっていることを示している.高速歩行動作では,動作の継続による通信系の安定性と,モータ温度上昇の評価を行っている.外乱適応歩行動作では,胴体への衝撃力に対して足を踏み出すことで転倒しないような実時間動作生成と制御を行い,その動的制御中における通信系の安定性とシステム全体の応答性の評価を行っている.最大597[N]の衝撃力に対して,1[ms]以内で3歩の適応歩行軌道を生成し,トルクが最も必要な一歩を約250[ms]で踏み出し,速度が最も必要な二歩目を次の600[ms]で踏み出し,次の600[ms]で両足をそろえて安定に立ち止まる動作が実現されている.これにより電力系と通信系の安定性を評価できていることを示している.

第8章「結論」では,本論文を総括し,その成果と貢献,ならびに本論文の先にある課題を挙げ,今後の展望を述べている.

以上,これを要するに本論文は,人間が出しうる関節トルクと関節角速度をこれまで出すことができていなかった等身大ヒューマノイドロボットにおいて,従来と同等サイズの電気モータを用い,モータの熱特性によりモータ巻線温度を推定し,モータとそのドライバを液冷することで,モータを焼損させずに人が出しうる関節トルクと関節速度を出すことができる電力系とロボットシステムを設計し,人のような「すばやさ」と「力強さ」をもつ脚行動による実証実験を行った研究をまとめたものである.これまで電気モータにより実現されたことの無かった等身大ヒューマノイドの跳躍,全身重力と同程度の胴体への横衝撃力を受けても倒れずに適応歩行動作を実現しているところは世界に類を見ない成果であり,知能機械情報学へ貢献するところ少なくない.

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク