学位論文要旨



No 127587
著者(漢字) 宮西,弘
著者(英字)
著者(カナ) ミヤニシ,ヒロシ
標題(和) 魚類におけるナトリウム利尿ペプチドファミリーの機能解析
標題(洋) Functional analyses of the natriuretic peptide family in fishes
報告番号 127587
報告番号 甲27587
学位授与日 2011.10.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5730号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 竹井,祥郎
 東京大学 教授 三谷,啓志
 東京大学 准教授 井上,広滋
 東京大学 准教授 兵藤,晋
 東京大学 准教授 大久保,聡範
内容要旨 要旨を表示する

【目的】

ナトリウム利尿ペプチド(NP)ファミリーは、魚類から哺乳類に至る脊椎動物を通じて体液・循環調節に重要な役割を担うホルモンである。NPファミリーは硬骨魚類条鰭類で最も多様化しており、ANP、BNP、VNPとCNP1-4の7種類が同定されている。ANP、BNPおよびVNPは主に心臓で産生され循環する心臓型NPであり、CNP1-4は主に脳で発現する。しかし、CNP3は心臓型NPの祖先型分子であり、心臓でも発現している。魚類におけるNPファミリーの研究は浸透圧調節作用を中心に行われており、特にANPについては生理学的知見が多く得られている。ウナギを淡水から海水に移行すると、ANPが一過性に血中に放出され、飲水抑制、腸からのNa+吸収の阻害により、血漿Na+濃度の過剰な上昇を抑制して海水適応を促進することがわかっている。しかし、魚類においてANP以外のNP作用に関する知見は乏しく、近年同定されたBNP、CNP2, 3, 4については全く調べられていない。特にBNPは全ての脊椎動物に共通するNPであり、重要な役割をしていることが予想される。そこで、魚類におけるNPの体液調節、循環調節における役割を個体レベルの生理学的手法と遺伝子工学的手法の両面から明らかにすることを本研究の目的とした。

【結果】

1)ウナギにおけるNPファミリーの浸透圧調節作用の解析

生理学実験の手法が確立しているウナギを用いて、本種で同定されている6種のNPの浸透圧調節作用を明らかにした。その結果、BNP, VNPはANP同様に飲水を抑制し、血漿Na+濃度を減少させるホルモンであることがわかった。興味深いことに、CNP3は他のCNPと異なり、海水ウナギで心臓型NPと同様に飲水抑制・血漿Na+濃度減少作用があることが新たにわかった。これらの結果から、BNP, VNP, CNP3はANPと同様に海水適応において重要なホルモンである可能性が考えられる。

2)メダカ胚における心臓型NPの機能解析

NPファミリーの機能の全容を明らかにするためには、生体内に「NPがない」状態(loss-of-function)をつくることが重要で、そのためにはNP遺伝子のノックダウンは非常に有効である。しかし、ウナギでは卵の採取・飼育をふくめ、ノックダウン実験は不可能である。メダカはゲノム情報と遺伝子操作技術双方が確立おり、成魚および胚において、淡水・海水両方に適応する塩分耐性に優れた広塩性魚である。今までに調べられたメダカを含むダツ目ではANPとVNPは同定されておらず、メダカも唯一の心臓ホルモンであるBNPとCNP1, 2, 3, 4しか持たない。したがって、心臓型NPの機能を調べる上で利点があると考えた。先行研究によりメダカではNP受容体が3種同定されており、CNP1、CNP2、CNP4はOLGC1に特異的に結合し、CNP3はOLGC2にBNPはOLGC7に結合することがわかっている。OLGC2およびOLGC7はともに哺乳類における心臓型NPの受容体であるNPR-Aのホモログである。よって、ウナギを用いたNP投与実験の結果も含めて考えると、メダカではBNPおよびCNP3がNPR-Aタイプの受容体を介して、心臓型NPとして働いていると考えられるため、BNPとCNP3の2種に絞って解析を行った。

2-1) 心臓型NPの発生段階における発現動態

遺伝子ノックダウン実験は胚を用いるため、まず発生段階におけるNPファミリーの発現動態を調べる必要があった。リアルタイムPCRにより、BNP, CNP3および各受容体の初期胚における発現変化を淡水群および海水群で調べ、さらに、受精5日胚の心房および心室を摘出し、各組織におけるNPおよび受容体遺伝子の発現をRT-PCRにより調べた。その結果、BNPは淡水群・海水群ともに心室の形成が開始される受精48時間で発現が急激に上昇し、その後一定の高い発現を示し、心房よりも心室で強く発現が確認された。CNP3は淡水群・海水群ともに心臓原基の形成が開始される受精35時間で発現が一時的に上昇し、心房・心室それぞれで発現が確認できた。OLGC2およびOLGC7の発現はNPよりも早く、発生初期から発現が確認された。CNP3受容体であるOLGC2は心室よりも心房で強く発現し、BNP受容体のOLGC7は心房、心室でともに強く発現が確認された。さらにホールマウントin situ ハイブリダイゼーション(ISH)により、BNPは心室のみに強いシグナルが見られ、OLGC7は尾動脈でシグナルが見られた。CNP3およびOLGC2はISHでは一部の静脈にシグナルが見られた。

2-2)心臓型NP遺伝子ノックダウンによる心臓形成への作用

gripNAを用いてNPノックダウンにより心臓型NPの機能解析を行った。BNPおよびCNP3のアンチセンスオリゴをマイクロインジェクションにより受精卵の細胞質へ注入し、NP遺伝子をノックダウンした後、淡水および海水へ直接移行して観察を行った。アンチセンスオリゴの配列は翻訳領域中にあるイントロンとエクソンを含むように設計しているため、RT-PCRで成熟mRNAへのスプライシングの阻害の有無によりノックダウンの効率を確認すると共に特異的な抗体を用いた免疫組織化学でも確認した。その結果、ノックダウンの効率は約50%程であった。BNP遺伝子のみをノックダウンしても、特異的なフェノタイプは確認されなかった。BNPは発現が高く、ノックダウンが十分ではない可能性が考えられたため、その受容体OLGC7とのダブルノックダウンを行ったところ、心室が縮小し正常に心室形成が行われないことがわかった(図1-A)。心房の幅および心室の面積を測定したところ、心房への影響はないが、心室はアンチセンスの濃度依存的に縮小した。一方、CNP3は心室への影響は見られないが、心房の拡張がみられた(図1-B)。さらに、心肥大に関与するアンギオテンシンノゲン(AGT)およびエンドセリン1(EDN1)の関与を調べたところ、心房の肥大を顕著に引き起こすCNP3遺伝子ノックダウン群でAGT遺伝子の発現が有意に上昇し、EDN1遺伝子も同様に上昇傾向がみられた。ゆえに、CNP3遺伝子ノックダウンにおける心房の肥大はレニン-アンギオテンシン系を介する可能性が示唆された。しかし、BNP/OLGCノックダウン群では、対照群と比べて差は見られなかった。以上の結果から、心室で強く発現し、心室形成が始まる発生段階で発現が上昇するBNPは受容体OLGC7を介して心室形成に関わり、心臓形成が始まる発生段階で発現が上昇するCNP3は心房で強く発現する受容体OLGC2を介して心房形成に関わることが強く示唆された。哺乳類ではANPが心房ホルモンとして確立されており、ANPを消失したメダカでは、心臓型NPの祖先分子であるCNP3がその役割も担うようになったと考えられる。

3)心臓型NPの初期胚における浸透圧調節作用の解析

心臓型NPの主要な作用である浸透圧調節へのノックダウンの影響を調べるために、胚全体の浸透圧(細胞内液+細胞外液)を測定した。その結果、BNP/OLGC7およびCNP3ノックダウン行うと、淡水群では影響はないが、海水群では浸透圧が有意に上昇した(図2)。そこで、心臓型NPが胚の浸透圧調節にどのように関与するかを調べた。まず塩類細胞におけるNaCl排出への影響を調べたが、心臓型NP遺伝子のノックダウンは塩分排出に必須なイオン輸送体(Na+, K+-ATPase、Na+, K+, 2 Cl-共輸送体、CFTR型Cl-チャネル)の発現には影響しなかった。次に飲水を行わない胚の水の獲得には代謝水が重要で、さらに代謝により得られるATPはイオン輸送体の活性に関わるため、異なる基質代謝系の主な酵素(ホスホフルクトキナーゼ、ピルビン酸キナーゼ、グルタミン酸脱水素酵素、アシルCoA脱水素酵素、クエン酸シンターゼ)遺伝子の発現を調べたが、ノックダウンの影響はみられなかった。

そこで、血流の速度と浸透圧の相関を調べたところ、ノックダウン群では血液の流速と浸透圧に強い相関が見られた。さらに、心筋に特異的なATP阻害剤である2,3-butanedione monoximeを用いて血流を遅くすると、海水群の正常胚の浸透圧が有意に上昇した。以上の結果より、正常な浸透圧の維持には正常な血流が必須であり、心臓型NPノックダウンによる浸透圧の上昇は、血液循環の抑制が要因であることが示唆された。つまり、心臓型NPノックダウンによる心臓形成異常により血流が阻害され、卵黄嚢膜にある塩類細胞からのイオン排出効率が低下すると共に卵黄の代謝による水の産生が減少することで胚の浸透圧が上昇すると考えられる。

図2にみられるように、CNP3ノックダウン群でのみ発生が進んでも胚の浸透圧が低下しない。そこで胚の水分含有量を調べたところ、CNP3ノックダウン群は顕著な脱水が認められた。そこで、胚の水透過性に重要であるaquaporin(AQP)をゲノムデータベースから同定し、その発現を調べたところ、海水メダカ初期胚ではAQP1, 3, 4, 8, 9, 10bが発現していた。さらに、CNP3ノックダウン群ではこのうちAQP3, 4, 9の発現が有意に上昇していたが、対照群やBNP/OLGC7ノックダウン群では上昇が見られなかった。つまり、水透過性がCNP3ノックダウン群では上昇するため脱水が亢進し、浸透圧上昇を促進していると考えられる。このように、NPは循環調節により浸透圧調節に関わるだけでなく、輸送体遺伝子(水チャネル)の発現も調節していることがわかった。

【まとめ】

本研究における第1の発見は、心臓型NPの祖先分子であるCNP3がウナギでANP, BNP, VNPと同様の浸透圧調節作用を持ち、ANPとVNPが消失したメダカではBNPと異なる心臓型NPの受容体に作用してANPの役割を担っていることが明らかになった点である。CNP3のANP機能を示す例として、メダカBNPは心室形成に重要であるが、CNP3は心房形成に重要なホルモンである。第2の発見は、BNPとCNP3は初期胚において循環系を維持することにより海水適応に重要な役割を果たすと共に、水チャネルによる水透過性の調節を通して体を脱水から守っていることが示唆された。ウナギにおけるNP投与実験と合わせて考えると、心臓型NPは魚類において循環調節および浸透圧調節に深く関わることにより、広い塩分耐性(広塩性)に重要なホルモンであることが明らかになった。

図1心臓型NPノックダウンにおける心臓形成への影響

図2 心臓型NPノックダウンの胚浸透圧への影響。A,淡水群;B,海水群

審査要旨 要旨を表示する

・ 本論文の基本構成は、Abstract, General Introduction、Chapter 1~3、およびGeneral Discussionの6部からなる。本論文の特色および新規性は、(1)魚類で多様化しているナトリウム利尿ペプチドファミリー(ANP, BNP, VNP, CNP1~4)の全ての分子を用いて浸透圧調節作用をウナギを用いて比較検討した結果、心臓で産生され循環ホルモンとして機能しているANP, BNP, VNP、およびこれら心臓ホルモンの直接の祖先分子であるCNP3が浸透圧調節作用が強いことを初めて明らかにしたこと、(2)心臓ホルモンとしてBNPしかもたないメダカを用いて、BNPおよびCNP3遺伝子を魚類で初めてノックダウンしたところ、心臓の形成に異常が見られることを脊椎動物で初めて見つけたこと、および(3)BNPおよびCNP3 遺伝子をノックダウンされた胚を海水中で飼育すると対照群と比較して体液浸透圧が上昇するが、その原因が心臓形成の不全による循環障害により塩類細胞による塩分排出と代謝水の産生が十分でないこと、およびと水チャネルの発現が抑制されないため脱水が起こることによることを明らかにしたことにある.

浸透圧調節などのホメオスタシスをともなう調節には、ホルモンが重要な役割を果している。鰓の呼吸上皮(単層)を介して環境水と体液が接している魚類では、陸上動物よりもさらに環境の影響を受けやすい。ウナギやメダカのような広塩性魚とよばれる魚種は、水やイオンの調節が逆転する淡水と海水双方によく適応できる。この広塩性魚のもつ素晴らしい能力に内分泌系が関与していることは疑いないが、まだ主要なホルモンは十分に解明されていない。申請者が属する研究室で、心房性ナトリウム利尿ペプチド(Atrial Natriuretic Peptide, ANP)をウナギに投与すると、強力に海水適応を促進することが報告された。その後、魚類では哺乳類と比較してナトリウム利尿ペプチドが多様化していることが明らかになった。そこで、申請者は多様化したナトリウム利尿ペプチドファミリーの作用を決定するため、遺伝子工学の手法を用いてそれぞれの遺伝子をノックダウンしてその影響を調べることにした。

まずChapter 1において、ウナギに多様化したホルモンを投与して、飲水、血漿ナトリウム濃度(血漿浸透圧変化のマーカー)およびヘマトクリット(血液量変化のマーカー)に対する作用を比較した。その結果、ANPだけではなく、心臓ホルモンであるBNPやVNPも同様に海水環境への適応促進作用をもつことがわかった。心臓ホルモンであるANP, BNP, VNPは同一染色体上に存在するが、より起源が古いCNP3も同一染色体上にあるため、これら心臓型NPはCNP3から縦列重複により発生したと考えられている。興味あることに、CNP3も他のCNPとは異なり、弱いがウナギにおいて浸透圧調節作用をもつことを明らかにした。

Chapter1において心臓ホルモンのみが浸透圧調節作用を示したため、Chapter2では心臓ホルモンとしてBNPしか持たないメダカでBNPとその祖先分子であるCNP3遺伝子のノックダウンを試みた。しかし、ノックダウンの効率が50%程度であったため、心臓における発現量が少ないCNP3ではノックダウンによって心房が肥大して循環が抑制されたが、BNP遺伝子は心臓で大量に発現しているため、単独のノックダウンでは表現型に異常が見られなかった。そこでBNPの受容体も同時にノックダウンしたところ、心室の発達が抑制された。マウスでANPやBNPをノックアウトしても心臓の発生に明らかな影響が見られないことから、魚類を用いることにより心臓型ナトリウム利尿ペプチドが心臓形成に重要であることが明らかにされた。

Chapter 3では,ノックダウンによる浸透圧調節への影響を調べるため、発生段階にある胚の体液浸透圧を測定した。その結果、淡水中で発生させた胚では対照群と差がなかったが、海水中で発生させた胚では対照群と比較して体液浸透圧が高かった。その原因を明らかにするため、(1)塩分の排出に関与している塩類細胞のイオン輸送体の関与、(2)代謝水の産生に関与する代謝酵素の関与、(3)心臓の形成異常による血液循環不全の関与、を調べたところ、(3)が主要な原因であることがわかった。さらに、CNP3ノックダウン胚では対照群と比較すると高い体液浸透圧が発生後期でも持続するが、その原因は海水で発生させた胚で水チャネルであるアクアポリン3、4、9の発現が減少しないためであることがわかった。このように、BNP やCNP3遺伝子をノックダウンすることによりこれらの遺伝子が魚類の海水適応に重要な役割をもつことを初めて明らかにした。

なお、本論文の実験は全て論文提出者本人が行い分析したものであり、本論文の全ての研究において論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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