学位論文要旨



No 127590
著者(漢字) 西垣(岡﨑),佳織
著者(英字)
著者(カナ) ニシガキ(オカザキ),カオリ
標題(和) 重症心身障害児を対象としたレスパイトケアに関する研究
標題(洋)
報告番号 127590
報告番号 甲27590
学位授与日 2011.10.26
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3774号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 村嶋,幸代
 東京大学 教授 赤林,朗
 東京大学 教授 芳賀,信彦
 東京大学 准教授 北中,幸子
 東京大学 講師 古村,眞
内容要旨 要旨を表示する

<背景と目的>

在宅で生活する重症心身障害児(以下、重症児)の主介護者の負担軽減には、主介護者が児から離れる時間を提供するレスパイトケアの利用が効果的であるが、レスパイトケアは十分には利用されていない。そこで本研究は、レスパイトケアとして機能する社会サービスの利用を促進する方策について検討するために、在宅重症児の主介護者の社会サービス利用希望及び、実際のレスパイトケア利用と利用量の実態とその関連要因を明らかにすることを目的に実施した。

<本調査の構造>

調査Aとして、レスパイトケア利用希望及び利用の有無に関連する要因をインタビュー調査で抽出した。抽出した要因を用いて、調査Bでは、社会サービス利用希望、レスパイトケア利用の有無と利用量の関連要因を質問紙調査で明確化した。

【調査A】利用希望・利用の関連要因の抽出

<背景と目的>

重症児主介護者を対象としたレスパイトケアに関して、主介護者を対象に、利用希望及び利用有無の関連要因を系統的に明らかにした先行研究は少ない。また、利用と対を成す提供について、ケア提供者を対象に明らかにした先行研究は、安全な状況での利用者受け入れに関する実態調査や、利用者の特徴に関する調査に限定されており、ケア提供の阻害/促進要因についての調査は行われていない。そのため、調査Aでは、重症児を対象としたレスパイトケアに関して、主介護者の利用希望及び利用を阻害/促進する要因を、多方面から系統立てて抽出することを目的とした。

<方法>

1.調査方法

2007年8月~11月に、半構造化面接を実施した。対象者は、神奈川県の重症児施設及び、千葉県東部と東京都下の小児科クリニック等の長である3名の小児科医師らから紹介を受けた、在宅重症児の主介護者及び、重症児を対象としたレスパイトケアの提供者とした。インタビュー逐語録は質的内容分析の手法を用いて分析した。

2. 用語の定義

調査Aでは、主介護者が児と同じ建物内に留まらずに利用可能な社会サービスをレスパイトケアと定義した。

<結果と考察>

12名の主介護者(全て母親)、5名の提供者に面接した。利用希望の関連要因として、主介護者と家族の思い、児に医療的ケアが必要なこと、レスパイトケアスタッフの質やレスパイトケアの情報の必要性に関する内容が挙げられた。利用及び提供の関連要因として、レスパイトケアの供給量、児の重症度、所在地域の特性に関する内容が挙げられた。今後は、主介護者の居住地域の特徴を踏まえた支援や、スタッフの対応困難に対する主介護者の不安への対処が求められる。加えて、レスパイトケアや医療機関からの情報発信も重要である。

【調査B】利用希望・利用有無・利用量の関連要因の明確化

<背景と目的>

調査Aでは、対象者の実態に基づいた阻害/促進要因を幅広く抽出したが、対象者が限定された質的研究であったため、各要因がどの程度の強さで利用希望、利用有無、利用量に結びついているかを明らかにできないという限界点があった。そのため、調査Bとして量的分析を実施した。

先行研究では、レスパイトケア利用者と非利用者を単純に比較した研究が主であり、レスパイトケア利用有無の検討の際に、利用希望の有無を合わせた検討はほとんど実施されてこなかった。そこで調査Bでは、利用希望有無で層別した上で、利用有無と利用量についての検討を行うこととした。そして利用希望及び利用に加えて、これまで明らかにされていない利用量の関連要因を明らかにすることで、レスパイトケア利用を促進するための、より具体的な示唆が得られると考えられた。

そのため、調査Bでは、医療サービス利用の量的分析に関する先行研究で活用されている、医療サービス利用行動に関するAndersenモデルを概念枠組みに用いて、重症児主介護者の社会サービス利用希望、レスパイトケア利用有無及び利用量の関連要因を量的に明らかにすることを目的とした。

<方法>

1.リクルート

2010年1月~3月に、東京都2施設(施設A,施設B)と千葉県1施設(施設C)のリハビリ施設を所有する病院に通院中の、大島の分類1~4に該当する19歳未満の重症児の主介護者に調査を依頼した。最終的には施設Aと施設Cの主介護者169名を分析対象者とした。

2.用語の定義

調査Bでは、主介護者が児と同じ建物内にとどまらない状況、即ち児から自由に離れる又は、すぐに戻れる距離まで離れる状況で利用する医療福祉サービスを「レスパイトケア」、主介護者が、児と同じ建物内に留まる状況で利用する医療福祉サービスを「非レスパイトケア」、両者を合わせた医療福祉サービスを「社会サービス」とした。

3.調査内容

説明変数として、対象者の概要、社会サービス利用希望及び利用状況に加え、調査Aの結果を基に、社会サービスへの思いや社会サービスの状況等を尋ねた。目的変数として、「社会サービス利用希望」、「利用有無」、「利用量」を尋ねた。

4.分析方法

対象者の概要、社会サービス利用希望及び利用の概要について、記述統計を明らかにした。調査Aの結果を基に尋ねた説明変数を、医療サービス利用行動に関するAndersenモデルに基づき、「属性」、「阻害/促進要因」、「ニード要因」に分類した上で、全対象者において、社会サービス利用希望の有無を目的変数としたロジスティック回帰分析を実施した。さらに、社会サービス利用を希望していた対象者(N=133)において、レスパイトケア利用有無を目的変数としたロジスティック回帰分析を実施した。また社会サービス利用を希望していた対象者の内、過去1ヶ月間に利用していた対象者(N=76)において、過去1ヶ月間の利用量を目的変数とした重回帰分析を実施した。このように、利用有無及び利用量については、利用希望の有無で層別した分析を実施した。

<結果と考察>

1.対象者の概要

主介護者がケアする児は、約98%が身体障害者手帳1級を有し、約60%の児が医療的ケアを必要としており、対象者を重症児の主介護者に限定することができた。また、主介護者の介護負担感得点は先行研究と比較して高値であった。

2.社会サービス利用希望及び利用の概要

社会サービスの定期利用者は79名(46.7%)であり、児の重症度が高いことで社会サービス利用の必要性が高いために、先行研究より高率であったと考えられる。しかし、約80%の対象者が社会サービスの利用希望をもっていたことを考慮すると、利用が十分に行われていたと結論付けることはできない。また、レスパイトケアの定期利用者は46名(27.2%)のみであり、レスパイトケアとしての利用は進んでいない現状が明らかになった。

3. 社会サービス利用希望の関連要因

全対象者における社会サービス利用希望の関連要因として、児にきょうだいがいること(オッズ比=2.76[95%信頼区間:1.01-7.57])、児の性別が女であること(オッズ比=3.26[95%信頼区間:1.13-9.36])、社会サービス利用が児の楽しみになると思うこと(オッズ比=4.15[95%信頼区間:1.43-12.06])、社会サービス利用に家族が賛成していること(オッズ比=4.67[95%信頼区間:1.68-12.99])が示された。

4. レスパイトケア利用有無の関連要因

社会サービス利用希望者(N=133)における、レスパイトケア利用有無の関連要因として、通学でのレスパイトがあること(オッズ比=3.51[95%信頼区間:1.19-10.31])、社会サービス利用に家族が賛成していること(オッズ比=4.22[95%信頼区間:1.46-12.18])、自宅の近所に社会サービスが存在すること(オッズ比=3.03[95%信頼区間:1.18-7.81])が示された。

5.レスパイトケア利用量の関連要因

社会サービス利用希望者かつ過去1ヶ月間のレスパイトケア利用者(N=76)におけるレスパイトケア利用量の関連要因として、主介護者が就業していること(β=-0.31, p=0.01)、配偶者がいること(β=-0.54, p=0.00)、主介護者の介護負担感が高いこと(β=0.26, p=0.04)が示された。

6.レスパイトケア利用促進への示唆

複数の目的変数の促進要因であった、社会サービス利用への家族の利用への賛成(利用希望と利用有無に関連)を得るために、主介護者に加えて、その他の家族に対しても関わることが重要と考えられる。

<総括>

本研究で、在宅重症児主介護者の社会サービス利用希望、利用有無、利用量の実態と関連要因が明らかになった。障害児の中でも主介護者に特有の負担がある重症児に対象を限定し、児と母親が離れる時間をもつことが可能な社会サービスであるレスパイトケアに焦点を当て、レスパイトケア利用による児へのメリットを主介護者が認知すること及び、家族がレスパイトケア利用に賛成していることが、レスパイトケア利用を促進していたことを新たに明らかにした。本研究では、レスパイトケア非利用者も対象に含めたこと、さらに、利用希望を有する主介護者の、実際の利用有無及び利用量について検討したことによって、主介護者にとって適切なレスパイトケア利用の関連要因について検討することができた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、在宅重症心身障害児を対象としたレスパイトケアを主介護者が利用することに関連した要因を明らかにするために、質的研究と量的研究を組み合わせて行い、下記の結果を得ている。

1.質的研究によって、在宅重症心身障害児の主介護者のレスパイトケア利用の関連要因を系統立てて明らかにした。

2.量的研究により、在宅重症心身障害児主介護者のレスパイトケア利用は十分には行われていない実態が明らかになった。

3.レスパイトケア利用希望の促進要因として、児にきょうだいがいること(オッズ比=2.76[95%信頼区間:1.01-7.57])、児の性別が女であること(オッズ比=3.26[95%信頼区間:1.13-9.36])、社会サービス利用が児の楽しみになると思うこと(オッズ比=4.15[95%信頼区間:1.43-12.06])、社会サービス利用に家族が賛成していること(オッズ比=4.67[95%信頼区間:1.68-12.99]) が明らかになった。

4.レスパイトケア利用の促進要因として、通学でのレスパイトがあること(オッズ比=3.51[95%信頼区間:1.19-10.31])、社会サービス利用に家族が賛成していること(オッズ比=4.22[95%信頼区間:1.46-12.18])、自宅の近所に社会サービスが存在すること(オッズ比=3.03[95%信頼区間:1.18-7.81]) が明らかになった。

5.レスパイトケア利用量の促進要因として主介護者の介護負担感が高いこと(β=0.26, p=0.04)が、阻害要因として主介護者が就業していること(β=-0.31, p=0.01)、配偶者がいること(β=-0.54, p=0.00) が明らかになった。

6.Andersenモデルを概念枠組みとして利用希望・利用・利用量の関連要因を明らかにしたことで、小児を対象としたレスパイトケア利用促進への示唆を得た。

以上、本研究で、在宅重症児主介護者の社会サービス利用希望、利用有無、利用量の実態と関連要因が明らかになった。障害児の中でも主介護者に特有の負担がある重症児に対象を限定し、児と母親が離れる時間をもつことが可能な社会サービスであるレスパイトケアに焦点を当て、レスパイトケア利用による児へのメリットを主介護者が認知すること及び、家族がレスパイトケア利用に賛成していることが、レスパイトケア利用を促進していたことを、新たに明らかにした。本研究では、レスパイトケア非利用者も対象に含めたこと、さらに、利用希望を有する主介護者の、実際の利用有無及び利用量について検討したことによって、主介護者にとって適切なレスパイトケア利用の関連要因について検討することができた。

その結果、これまで未知であった、医療者から主介護者に対する、レスパイトケア利用促進への関わりについて重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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