No | 127594 | |
著者(漢字) | 香川,紘子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カガワ,ヒロコ | |
標題(和) | 鳥類の家禽亜種と野生亜種の歌特徴を規定する至近要因と究極要因 | |
標題(洋) | Proximate and Ultimate Factors Governing Song Features in Domesticated and Wild Finches | |
報告番号 | 127594 | |
報告番号 | 甲27594 | |
学位授与日 | 2011.10.27 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(学術) | |
学位記番号 | 博総合第1110号 | |
研究科 | 総合文化研究科 | |
専攻 | 広域科学 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 背景 自然淘汰によって生物の様々な形質が進化してきた。生物は、それぞれの生息環境下でより適した形質を獲得する方向に変化するため、異なる淘汰圧は形質の多様化を生じさせうる。一方で淘汰圧の緩和も形質の多様性に貢献する。淘汰圧の緩和とは、形質に影響していた淘汰圧が環境の変化によって弱まるもしくは取り除かれる状況のことを指す。淘汰圧の緩和は、言語を含む様々な複雑な形質の進化を促進した可能性がある (Deacon, 2010)。 家禽化は淘汰圧の緩和が起る状況の一つである。家禽化によって生物は野生下に存在する様々な淘汰圧から解放されるため、飼育環境では野生下で淘汰される形質も維持される。その結果、人為選択の対象となっていない家禽種の形質の多様性が促進される。本研究では、家禽化によって歌が変化したカエデチョウ科の鳥類であるジュウシマツとその祖先種コシジロキンパラについて歌の変化の道筋を至近要因と究極要因の側面から検討した。 家禽亜種ジュウシマツの歌は、野生亜種コシジロキンパラの歌に比べ、澄んだ音色、複雑な音系列から構成される。ジュウシマツは家禽化の際に、羽色に人為淘汰がかけられた。一方、歌には直接的な人為淘汰がかけられた記録はない。Okanoya (2004)とDeacon (2010) はジュウシマツの歌の変化は、家禽化よる淘汰圧の緩和によるものと述べている。飼育環境では、歌に影響を及ぼす淘汰圧から解放される。その結果、両亜種の歌特徴や歌の維持・学習機構が変化したのかもしれない。この仮説を検討するためには、野生亜種の歌に影響する淘汰圧、野生亜種と家禽亜種の歌の維持・学習機構の違いを明らかにする必要がある。本研究では、研究1では究極要因の側面から野生コシジロキンパラの歌にかかる淘汰圧を検討し、研究2では至近要因の側面から両亜種の歌学習・維持機構の違いを検討した。 研究1:究極要因 実験1:淘汰圧の緩和と歌の多様性の関係性:コシジロキンパラにおける歌の複雑さと環境要因の対応 野生亜種と家禽亜種の歌の違いに関連する究極要因として種認知の機能があげられる。カエデチョウ科は、オスのみが求愛場面で歌をうたう。歌には、自種特異的な特徴があり、メスは歌を利用して同種のつがいを選択する。交雑は、個体の適応度を下げるため、同所的近縁種が存在する場所では自種を識別する歌特徴がより顕著になるだろう。また、近縁種間で歌を比べると、同所的な近縁種間ほど歌が分化しているだろう。このように野生下では同所的近縁種が自種特異的な特徴を保つ淘汰圧として働くはずだ。しかし、飼育環境では、交雑の機会が減少し、自種特異的な特徴を保つ淘汰圧が緩まるだろう。その結果、飼育環境における淘汰圧の緩和は家禽種の歌を進化させた可能性がある。この仮説を検討するために、コシジロキンパラの歌の個体群差を検討した。歌特徴はそれぞれの環境の淘汰圧によって変化する。もし、歌に淘汰圧がかかっているのなら、歌の特徴に対応するような環境要因が存在するはずである。一方で歌は個体の移動によっても変化する。歌の違いが環境要因によるものか移動によるものかを検討し、野生種の歌特徴に影響する淘汰圧を検討した。 方法 台湾における3地域で歌の比較を行った。2006年から2008年の夏に、鳥を捕獲して歌を録音し(計74羽)、歌の持続時間、周波数、速さ、音圧、線形性、音の種類数に対して個体ごとに平均値を算出し3地域間で比較した。また、生息地比較のために2007年から2008年に環境調査を行った。同種の数、他種の数、同種の群れの数、他種の群れの数を目視でかぞえ、同種の群れと他種の群れの比率を計算して混群率とした。また、血液サンプルから、DNAを抽出しマイクロサテライト領域を用いて遺伝距離を測定した。 結果と考察 歌特徴の歌の速さ、複雑さ、周波数に地域差がみられた。生息環境にも地域の個体数、近縁種との混群率、近縁種の数に地域差がみられた。遺伝距離については、3地域のうち2地域の遺伝距離がわずかに離れていた。周波数は3地域間の遺伝距離と対応した。しかし、歌の複雑さと歌の速さは遺伝距離とは対応しなかった。歌の特徴と生息環境の対応をみると、歌の単純な地域ほど混群率が高いという傾向がみられた。近縁種と混群を作る地域ほど歌が単純になる傾向から、近縁種の存在が歌の複雑さを制約している可能性がある。この結果から、野生種の歌特徴に淘汰圧が影響している可能性が示唆された。 研究2:至近要因 実験1:歌維持における成鳥の聴覚フィードバックの機能:成鳥コシジロキンパラにおける検討 野生亜種と家禽亜種の歌の至近要因として歌の維持機構の違いが考えられる。鳥類は、学習期前期(感覚学習期)に同種の歌を聞き聴覚記憶を形成する。学習期後期(運動学習期)には発声練習をし、聴覚を介して自分の発声と聴覚記憶との整合性を確認しながら歌を獲得する。自己の発声と聴覚記憶との整合性を確認する機構を聴覚フィードバックと呼ぶ。聴覚フィードバックを学習期に阻害すると、歌を獲得できない。また、歌学習完了後の成鳥の聴覚フィードバックを阻害しても歌に変化が起きる。聴覚の阻害や剥奪によって歌が壊れる程度や時期は種によって異なるが、成鳥の歌の維持にも聴覚フィードバックが重要である。ジュウシマツは、学習完了後も聴覚フィードバックに強く依存して歌を維持している。他のカエデチョウ科の種では、聴覚剥奪後、時間が経ってから歌が変化する。しかし、ジュウシマツでは聴覚剥奪後すぐに歌の系列が変化する。ジュウシマツは複雑な歌構造を維持するために聴覚フィードバックに強く依存した歌維持機構をもつと考えられてきた。一方で野生種コシジロキンパラの成鳥の歌維持機構については研究されていない。もし、成鳥期の歌維持機構が両者の歌の違いの至近要因ならば、コシジロキンパラでは、聴覚剥奪直後の歌の変化がみられないかもしれない。この仮説を検討するためにコシジロキンパラ成鳥の聴覚剥奪実験を行った。 方法 2羽のコシジロキンパラ成鳥を用い、聴覚剥奪後、歌の変化を観察した。歌録音は手術前30日、手術日0日、手術後5日、30日、60日に行い、系列の変化、音の種類数、音響特性の変化を検討した。手術日と手術前、手術後の歌の遷移行列の相関から系列の変化を比較した。また、音の種類数の変化を見るために、手術日の歌に含まれる音の種類数を識別し、手術前と手術後の歌に同じ音が保持されているかを検討した。また、識別できた音に関しては、手術日と手術後での音響特性の相関を計算した。 結果と考察 手術前30日と0日の間で歌に変化はなかったが、聴覚剥奪後に歌が変化した。手術後5日目と手術日の歌の系列を比べると変化が見られた。音の種類数は手術後30日で減少が始まった。これらの結果は、ジュウシマツの先行研究の結果と類似する。コシジロキンパラにおいても成鳥期の聴覚フィードバックが歌の維持に重要な役割を持つことがわかった。聴覚フィードバックの依存性は歌構造の違いに関わらず、コシジロキンパラ・ジュウシマツに共通な種特異的な傾向であることがわかった。 実験2:生得的な歌鋳型の違い:野生種と家禽種の比較 歌の違いを形成する至近要因として学習機構の違いが考えられる。鳥は、歌学習の際に自種歌の学習を促進するような生得的な歌鋳型を保持している。例えば、発声練習前のヒナは他種歌よりも自種歌を選択するという学習選好性を持つ。また、学習期に他種歌を提示しても最終的に獲得した歌には自種特異的な特徴が保持される。ジュウシマツとコシジロキンパラの里子実験から、学習の生得性が両者で異なることがわかっている。コシジロキンパラは他種歌よりも自種歌を正確に学ぶ傾向があり、ジュウシマツは他種歌も自種歌も大ざっぱに学ぶ傾向が見られる。この結果から、両者の歌違いは、生得的な鋳型の違いが大きく関わる可能性がある。隔離して育てた鳥の歌解析から、生得的な歌鋳型の特徴が含まれる。私は両種の隔離歌の比較によって、生得的な鋳型の違いを検討した。 方法 歌から隔離した環境で育てたジュウシマツとコシジロキンパラそれぞれ6羽と7羽の120日の歌を録音した。また、通常の環境で育った120日以上のジュウシマツとコシジロキンパラそれぞれ6羽の歌も録音した。録音した歌の周波数、時間特性に関わる13の音響特性を解析し、個体ごとに平均値と標準偏差を算出した。これらの値を代表値として、2要因の分散分析を用いて、種と飼育環境の主要因と交互作用を検討した。 結果と考察 両亜種において、隔離すると標準偏差が大きくなる歌特徴の変数があった。これは、隔離飼育によって歌が不安定な構造になったことを示す。通常飼育でも隔離飼育でも歌のノイズ特性については種差がみられた。この結果から、両者のノイズ特性の違いは、生得的な鋳型の影響を受けていることが明らかとなった。また、ジュウシマツとコシジロキンパラで隔離の効果が異なる変数があった。ピッチ特性を比べると、コシジロキンパラでは隔離すると通常飼育個体よりも標準偏差が大きくなる。一方でジュウシマツでは隔離しても通常飼育個体と差がなかった。この結果は、コシジロキンパラがジュウシマツよりも聴覚記憶に依存する学習を行うことを示す 総合考察 この研究では鳥類亜種の歌特徴の変化が淘汰圧の緩和によってどのように生じたのかを検討した。ジュウシマツとコシジロキンパラの歌の違いを形成する究極要因として、野生亜種の歌に淘汰圧がかかり地域によってそれが異なることを示した。また、至近要因として、野生亜種と家禽亜種では成鳥期の聴覚フィードバックの役割が類似していること、学習期の生得的な鋳型が異なることが明らかとなった。一連の実験で得られた結果から、野生亜種から家禽亜種の歌への進化の過程を考察する。野生亜種は、様々な生息環境に生息している。そのため歌にはその環境ごとに異なる淘汰圧がかかる。地域特有の歌特徴を正確に学ぶことは野生亜種の適応度を上げる可能性がある。その結果、野生亜種は地域特有の歌特徴を正確に学ぶために、周りの同種個体の歌を正確に記憶しその聴覚記憶に依存した学習戦略を持つのかもしれない。一方で、家禽亜種は歌にかかる淘汰圧から解放され、野生種のもつ学習戦略を維持する必要がなくなった。その結果、聴覚鋳型にあまり依存しない歌学習戦略をとるようになったと考えられる。学習戦略が変化したことで、家禽亜種では歌の個体差が増加したことで亜種内変異が促進され、野生亜種との歌に違いが生じたのかもしれない。この研究は、言語を含む様々な形質の複雑性が淘汰圧の緩和によって生じたという仮説 (Deacon, 2010) を支持する重要な知見を提供した。 | |
審査要旨 | 淘汰圧の緩和とは、形質に影響していた淘汰圧が環境の変化によって弱まるもしくは取り除かれる状況のことを指す。淘汰圧の緩和は、言語を含む様々な複雑な形質の進化を促進した可能性がある。家禽化は淘汰圧の緩和が起る状況の一つである。ペットとして知られる鳥類であるジュウシマツは、東南アジア全域に生息する鳥類コシジロキンパラを家禽化したものである。家禽亜種ジュウシマツの歌は、野生亜種コシジロキンパラの歌に比べ、澄んだ音色、複雑な音系列から構成される。ジュウシマツの歌は、家禽化によって、歌に影響を及ぼす淘汰圧が緩和されたことで変化したのかもしれない。この仮説を検討するために、研究1では究極要因の側面から野生コシジロキンパラの歌にかかる淘汰圧を、研究2では至近要因の側面から両亜種の歌の維持・学習機構の違いを検討した。 野生亜種と家禽亜種の歌の違いに関連する究極要因として種認知の機能があげられる。歌はつがい選択の際に利用され、歌の自種特異的な特徴が種認知に寄与する。近縁種が存在する場所では、交雑の危険性が高まるため自種を識別する歌特徴がより顕著になるだろう。野生下では近縁種の存在が自種特異的な歌特徴を保つ淘汰圧として働くだろう。しかし、飼育環境では、交雑の機会が減少し、自種特異的な特徴を保つ淘汰圧が緩まるかもしれない。その結果、飼育環境における淘汰圧の緩和が家禽種の歌を進化させた可能性がある。研究1では、この仮説を検討するために、コシジロキンパラの歌の個体群差を検討した。その結果、歌特徴における歌の速さ、複雑さ、周波数に個体群差がみられた。それぞれの個体群の生息環境にも地域の個体数、近縁種との混群率、近縁種の和に違いが見られた。また、3個体群のうち2個体群の遺伝距離がわずかに離れており、周波数の違いと対応した。しかし、歌の複雑と歌の速さは遺伝距離と対応しなかった。歌の特徴と生息環境の対応をみると、歌の単純な地域ほど混群率が高いという傾向がみられた。近縁種と混群を作る個体群ほど歌が単純になる傾向から、近縁種の存在が歌の複雑さを制約している可能性がある。この結果から、野生種の歌特徴に影響している淘汰圧が存在する可能性が示唆された。 野生亜種と家禽亜種の歌の至近要因として、歌の維持機構の違いが考えられる。鳥は自身の発声と聴覚記憶との整合性を確認しながら、歌の発声制御を行う。これを聴覚フィードバックと呼ぶ。成鳥は歌の維持に聴覚フィードバックを利用しており、聴覚を剥奪すると徐々に歌が変化する。家禽亜種ジュウシマツでは、成鳥の聴覚剥奪実験から、聴覚フィードバックを阻害するとすぐに歌が変化することが明らかになっている。ジュウシマツは複雑な歌構造を維持するために、聴覚フィードバックに強く依存した歌維持機構をもつと考えられてきた。一方で野生亜種コシジロキンパラの歌維持機構は研究されていない。もし歌維持機構が両者の歌の違いの至近要因ならば、聴覚剥奪による歌の変化が両種で異なるかもしれない。この仮説を検討するために成鳥コシジロキンパラの聴覚剥奪実験を行った。結果、成鳥コシジロキンパラにおいて聴覚剥奪後、歌の系列、音の種類数がすぐに変化した。これらの結果は、ジュウシマツの先行研究の結果と類似する。聴覚フィードバックの依存性は歌構造の違いに関わらず、コシジロキンパラ・ジュウシマツ共通の種特異的な傾向であることがわかった。 学習機構の違いも歌の違いを形成する至近要因の可能性がある。鳥は、歌を学習によって獲得するが学習する特徴や戦略は種によって異なる。鳥は自種歌の学習を促進するような生得的な歌鋳型の存在を保持しており、この生得的制約が歌の種差を形成する。音から隔離飼育された個体の歌特徴は、生得的な歌鋳型の特徴を反映する。ジュウシマツとコシジロキンパラの生得的な歌鋳型の違いを明らかにするために、両種の隔離飼育及び通常飼育の個体の歌比較を行った。その結果、音のノイズ特性について、通常飼育でも隔離飼育でも種差がみられた。この結果から、両者のノイズ特性の違いは生得的に異なることが明らかとなった。また、音のピッチ特性についてジュウシマツとコシジロキンパラで隔離の効果が異なった。音のピッチ特性を比べると、コシジロキンパラでは隔離すると通常飼育個体よりも変動が大きくなる。一方でジュウシマツでは隔離しても通常飼育個体と差がなかった。この結果は、コシジロキンパラがジュウシマツよりも学習期に獲得される聴覚記憶に依存した学習を行う可能性を示す。 本研究では鳥類亜種の歌特徴の変化が淘汰圧の緩和によってどのように生じたのかを検討した。一連の実験で得られた結果から、野生亜種から家禽亜種の歌への進化の過程を考察する。野生亜種は、様々な生息環境に生息している。そのため歌にはその環境ごとに異なる淘汰圧がかかる。地域特有の歌特徴を正確に学ぶことは野生亜種の適応度を上げる可能性がある。その結果、野生亜種は地域特有の歌特徴を正確に学ぶために、周りの同種個体の歌を正確に記憶しその聴覚記憶に依存した学習戦略を持つのかもしれない。一方で、家禽亜種は歌にかかる淘汰圧から解放され、野生亜種のもつ学習戦略を維持する必要がなくなった。その結果、聴覚鋳型にあまり依存しない歌学習戦略をとるようになったと考えられる。学習戦略が変化したことで、家禽亜種では歌の個体差が増加し種内変異が促進され、野生亜種との歌に違いが生じたのかもしれない。本研究は、様々な形質の複雑性が淘汰圧の緩和によって生じたという仮説を支持する重要な知見を提供する。 これらの成果により、本論文は東京大学総合文化研究科博士課程(学術)の学位請求論文として合格であると、審査委員が全員一致で判定した。 | |
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