学位論文要旨



No 127595
著者(漢字) 助川,裕子
著者(英字)
著者(カナ) スケガワ,ユウコ
標題(和) 分裂酵母Mei2によるMAPキナーゼとCTDキナーゼを介した減数分裂開始のフィードバック制御
標題(洋) Mei2 ensures the commitment to meiosis through feedback regulation involving MAP kinase and CTD kinase in fission yeast
報告番号 127595
報告番号 甲27595
学位授与日 2011.10.31
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5731号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 斎藤,春雄
 東京大学 教授 伊藤,隆司
 東京大学 教授 太田,邦史
 東京大学 准教授 程,久美子
 東京大学 教授 山本,正幸
内容要旨 要旨を表示する

減数分裂は子孫に遺伝情報を伝える上で重要な機構である。しかし、その分子機構は体細胞分裂に比べ、未だ不明な点が多い。本研究は減数分裂を容易に誘導できる分裂酵母を用いて減数分裂を制御する分子機構を明らかにすることを目指した。

分裂酵母の減数分裂を制御する重要な因子として、Mei2が知られている。Mei2は、その活性化型Mei2-SATAを栄養増殖期の細胞に発現させると、一倍体からでも強制的に減数分裂を誘導することから、減数分裂開始のマスターレギュレーターと考えられている。近年、Mei2は減数分裂の進行に重要な一群の遺伝子の発現を安定化していることが示された。しかしながら、この機能のみではMei2の減数分裂誘導活性の全てを説明できない。本研究では、Mei2の未解明の機能を明らかにすることを目標に、活性化型Mei2-SATAが一倍体細胞で引き起こす異所的減数分裂の抑圧変異の探索を行った。この抑圧変異体の一つの原因遺伝子としてSPCC4B3.08を同定し、詳細に解析した。

SPCC4B3.08はRNA Polymerase IIの最も大きなサブユニットであるRpb1のC-terminal domain (Pol II CTD)をリン酸化するCTDK-Iのγサブユニットと相同性を有するタンパク質をコードしていた。CTDK-Iはα, β, γサブユニットで三量体を構成している。分裂酵母ではα, βサブユニットの遺伝子はそれぞれlsk1, lsc1と名付けられていたため、今回単離した遺伝子をlsg1と名付けた。lsg1がCTDK-Iのγサブユニットをコードすることを確認するため、lsg1遺伝子破壊株を作製し、lsk1遺伝子破壊株やlsc1遺伝子破壊株の表現型と比較した。lsg1遺伝子破壊株は、lsk1遺伝子破壊株やlsc1遺伝子破壊株と同様、生育には欠損がみられないものの、アクチン重合阻害剤であるラトランキュリンA感受性を示した。また、lsk1, lsc1遺伝子を破壊することでも活性化型Mei2-SATAの致死性を抑圧した。これらの結果からlsg1はCTDK-Iのγサブユニットをコードし、CTDK-Iの不活性化が活性化型Mei2-SATAの致死性を抑圧することが示された。

CTDK-Iサブユニット遺伝子破壊株では生育にはほとんど影響がみられなかったが、接合・減数分裂に欠損がみられた。一倍体細胞に窒素源飢餓によって接合を誘導したところ、CTDK-Iサブユニット遺伝子破壊株では顕著に接合率が低下した。そして、二倍体のCTDK-Iサブユニット遺伝子破壊株では、胞子形成率が低下した。さらに、二倍体における減数分裂の進行の様子をFACS解析により観察した。野生型株では窒素源飢餓培地に移してから2hでG1期停止した細胞が観察され、4~6hで減数分裂前DNA合成が観察されたものの、CTDK-Iサブユニット遺伝子破壊株では、G1期停止が8hと大幅に遅れ、減数分裂前DNA合成は24h経過してもほとんど観察されなかった。

CTDK-Iサブユニット遺伝子破壊株ではなぜ接合率・胞子形成率が低下するのかを調べるため、接合・減数分裂に必須の転写因子をコードするste11の発現をノザンブロット解析により調べた。その結果、lsg1遺伝子破壊株では、野生型株に比べてste11の転写量が非常に少ないことが分かった。また、CTDK-Iの各サブユニット遺伝子破壊株においてste11を過剰発現したところ、接合率・胞子形成率の低下が回復した。これらの結果より、CTDK-Iサブユニット遺伝子破壊株における接合率・胞子形成率の低下は、ste11の転写量の低下が大きな要因であると考えられる。

次に、CTDK-Iにより制御される遺伝子にはste11以外にどのようなものがあるかを調べるため、マイクロアレイ解析により、窒素源飢餓培地に移して2.5時間後におけるlsg1遺伝子破壊株と野生型株の全遺伝子の発現量を比較した。lsg1遺伝子破壊株では、野生型株と比較して22遺伝子が2倍以上の発現量を示し、64遺伝子が半分以下の発現量を示した。そして、発現量が低下した64遺伝子のうち33遺伝子がSte11により制御されることが知られている遺伝子だった。また、Ste11の上流の因子の発現に注目してみると、atf1, pcr1, rst2等ste11の発現を制御することが知られている遺伝子の発現は、lsg1遺伝子破壊株と野生型株でほとんど変化がみられなかった。これらの結果から、CTDK-Iはste11の発現を直接制御していることが示唆される。

これまでに、Lsk1はPol II CTDの7アミノ酸のリピート配列中の2番目のセリンをリン酸化することが報告されている。次に、2種類のrpb1変異株、rpb1-12xCTD, rpb1-12xS2ACTD株の表現型を調べた。rpb1-12xCTD株は12個の野生型リピート配列(YSPTSPS)からなるRpb1をコードし、 rpb1-12xS2ACTD株は2番目のセリンがアラニンに置換された12個のリピート配列(YAPTSPS)からなるRpb1をコードする。その結果、rpb1-12xS2ACTD株では接合率・胞子形成率が顕著に低下し、ste11の転写量も低下していた。そして、rpb1-12xS2ACTD株の接合率・胞子形成率の低下はste11の過剰発現により回復した。これらの結果からCTDK-IはPol II CTDのSer-2をリン酸化してste11の転写を促進していることが強く示唆される。

CTDK-Iサブユニット遺伝子破壊株では減数分裂に欠損がみられたため、減数分裂を誘導した時のPol II CTDのリン酸化状態を調べた。窒素源飢餓培地に移して減数分裂を誘導すると、野生型株ではSer-2のリン酸化が増加することが観察され、lsg1遺伝子破壊株ではSer-2のリン酸化がまったくみられなかった。これらのことから、窒素源飢餓によりCTDK-I依存的にPol II CTD Ser-2のリン酸化が誘導されることが示唆される。

次に窒素源飢餓によりPol II CTD Ser-2のリン酸化が増加する機構の解明を目指した。窒素源飢餓のシグナルを受けて活性化される、ストレス応答性MAPK Sty1の遺伝子を破壊したところ、窒素源飢餓によるSer-2のリン酸化の増加が大幅に抑えられた。また、Sty1 MAPK経路のMAPKKであるWis1の活性化型を発現させてSty1 MAPKを活性化させたところ、窒素源が豊富な状況であっても、Ser-2のリン酸化が増加することが観察された。このリン酸化はlsk1遺伝子破壊株では観察されず、Sty1 MAPKの活性化によるSer-2のリン酸化の増加はCTDK-I依存的であると考えられる。以上のことより、窒素源飢餓のシグナルを受けて活性化されたSty1は、CTDK-IによるPol II CTD Ser-2のリン酸化を促進していると考えられる。

また、活性化型Mei2の発現により引き起こされる異所的減数分裂時のPol II CTD Ser-2のリン酸化状態を観察した。窒素源が豊富な状況で、人為的にMei2-SATAを発現したところ、予想外にPol II CTD Ser-2のリン酸化が増加するのを観察した。そして、このリン酸化の増加がSty1 MAPK経路、CTDK-I依存的であることをlsk1, sty1遺伝子を破壊し、確認した。これまでSty1はmei2の上流の因子として知られていたが、この結果により、活性化型Mei2は上流の因子にフィードバック制御を行っていることが示唆された。更なる解析により、活性化型Mei2からのフィードバックシグナルは、Sty1 MAPK経路のMAPKKKであるWis4とWin1の両方に向かっていることが示された。

以上の結果から、分裂酵母では図1に示すような機構により減数分裂が制御されていると考えられる。

図1 分裂酵母における新たな減数分裂制御機構

審査要旨 要旨を表示する

分裂酵母の減数分裂を制御する重要な因子として、メッセンジャーRNAの安定化に関わるRNA結合タンパク質Mei2が知られている。学位申請者助川裕子はMei2の未解明の機能を明らかにすることを目標に、活性化型Mei2が一倍体細胞で引き起こす異所的減数分裂の抑圧変異の探索を行い、得られた抑圧変異の原因遺伝子を解析した。本学位論文ではその成果が、序、材料と方法、結果、考察と今後の展望、結論、謝辞、参考文献に分けて述べられている。結果と考察の概略は次の通りである。

本論文の最も主要な成果を記載した結果の第一章では、抑圧因子の一つとして、RNA Polymerase IIのC-terminal domain (Pol II CTD)をリン酸化するCTDK-Iのγサブユニットの遺伝子lsg1を同定したことが述べられている。CTDK-Iはα(Lsk1), β(Lsc1), γサブユニット(Lsg1)からなる三量体を構成している。CTDK-Iサブユニット遺伝子破壊株は生育にはほとんど影響がなく、接合・減数分裂に欠損がみられた。これらの遺伝子破壊株では、mei2など、接合・減数分裂に必要な遺伝子の転写因子をコードするste11の転写量が低下しており、ste11を過剰発現させると接合・胞子形成が回復した。すなわち、CTDK-Iサブユニット遺伝子破壊株における接合・胞子形成の低下は、ste11の転写量減少が大きな要因と考えられた。CTDK-Iがリン酸化するCTDの7アミノ酸繰り返し配列中の2番目のセリンをアラニンに置換した場合も接合率・胞子形成率が顕著に低下し、ste11の転写量も低下した。よって、CTDK-IはPol II CTDのSer-2のリン酸化を介してste11の発現を促進していることが強く示唆された。

次に生理的に減数分裂を誘導した時のPol II CTDのリン酸化状態を調べた。野生型株を窒素源飢餓培地に移して減数分裂を誘導すると、Ser-2のリン酸化が増加した。窒素源飢餓に応答してSer-2のリン酸化が増加する機構を検討し、ストレス応答性MAPキナーゼ Sty1の遺伝子を破壊するとリン酸化が大幅に抑えられることが分かった。逆に、Sty1 MAPKを人為的に活性化させると、窒素源が豊富な状況でもSer-2のリン酸化が増加した。このリン酸化はCTDK-I依存的であった。以上より、窒素源飢餓のシグナルを受けて活性化されたSty1がCTDK-Iをリン酸化して活性化し、次いでCTDK-IがPol II CTD Ser-2のリン酸化を促進していると考えられた。

いっぽう、Mei2の活性化型変異により引き起こされる異所的減数分裂でのPol II CTD Ser-2のリン酸化状態を観察したところ、この場合もリン酸化が増加し、その増加はSty1 MAPK経路およびCTDK-I依存的であることが確認された。Mei2の発現はSte11で制御されているので、この観察は意外なものである。これらの結果から、活性化型Mei2は上流にフィードバック制御を行っていることが強く示唆された。さらなる解析で、活性化型Mei2からのフィードバックシグナルは、Sty1 MAPK経路のMAPKKKであるWis4とWin1の両方に向かっていることが示された。

結果の第二章では、方法を改変・工夫して、活性化型Mei2の標的を狙ったスクリーニングを行い、得られた三つの遺伝子についてその基本的な性格づけが述べられている。それぞれ興味深い遺伝子であるが、それらがどのように分子レベルでMei2の機能と関わっているかは今後の解析に残されている。

以上、学位申請者助川裕子は分裂酵母の減数分裂制御において、RNA Polymerase IIのCTDリン酸化酵素CTDK-Iが、減数分裂のための主要な転写因子をコードするste11遺伝子の発現に不可欠であり、その活性は窒素源飢餓に応答したストレス応答性MAPキナーゼ Sty1によって活性化されていることを明らかにした。加えて、減数分裂開始マスター制御因子Mei2が活性化すると、フィードバック制御により上流のSty1 MAPキナーゼ経路が活性化され、Pol II CTDのリン酸化が上昇することを発見した。これらの研究成果は、これまで知られていなかった減数分裂制御機構の存在を明らかにするものであり、学位申請者の業績は博士(理学)の称号を受けるにふさわしいと審査員全員が判定した。なお本論文は山下朗、山本正幸との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、助川裕子に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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