学位論文要旨



No 127596
著者(漢字) 小平,憲祐
著者(英字)
著者(カナ) コダイラ,ケンスケ
標題(和) シロイヌナズナのC2H2型zinc-fingerタンパク質AZF1、AZF2の機能解析
標題(洋)
報告番号 127596
報告番号 甲27596
学位授与日 2011.11.04
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3732号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 篠崎,和子
 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 教授 浅見,忠男
 東京大学 教授 藤原,徹
 東京大学 准教授 柳澤,修一
内容要旨 要旨を表示する

序論

植物は、動物のように自ら移動する手段を持たないため、環境からの種々のストレスにさらされる。環境ストレスには、乾燥、高塩、低温、高温などのストレスが含まれ、これらのストレスは植物の正常な成長と発達を阻害する。植物は、多数の遺伝子群の発現を制御することで環境ストレスを克服している。乾燥、高塩、低温などの浸透圧ストレス下の植物では、多数の遺伝子の発現が誘導または抑制されている。シロイヌナズナのC2H2型zinc-fingerタンパク質であるSTZ/ZAT10は、転写抑制ドメインを持ち、転写抑制因子として機能する。ZAT10遺伝子を過剰発現させた植物は、矮化し、乾燥や高塩ストレスに対して耐性を示すことが報告されている。ZAT10は、環境ストレス下の植物の成長制御、および耐性の獲得において重要な役割を担っていると考えられている。シロイヌナズナのゲノムには、ZAT10に相同性の高い5 個の遺伝子AZF1、AZF2、AZF3、ZAT6、ZAT8が存在する。これらの遺伝子は、シロイヌナズナの浸透圧ストレス応答に関与していると考えられる。

本研究では、ZAT10に相同性の高いAZF1とAZF2に注目して、これらの遺伝子の高塩ストレス下における機能を解析した。また、AZF1やAZF2の標的遺伝子の同定を行った。

1.STZファミリータンパク質の系統解析および細胞内局在の解析

シロイヌナズナには、ZAT10に相同性の高い18 個のC2H2型zinc-fingerタンパク質が存在した。これらのタンパク質の中で、AZF1、AZF2、AZF3、ZAT6、ZAT8、STZ/ZAT10は、特に相同性の高いファミリーを形成しており、このファミリーをSTZファミリーと命名した。STZファミリーに相同性の高いタンパク質の配列を用いて、コケ、シダ、裸子、被子植物におけるC2H2型zinc-fingerタンパク質の分子系統樹を作成した。STZファミリーに相同性の高いタンパク質は、被子植物に広範に保存されており、被子植物のC2H2型zinc-fingerタンパク質は、大きく2 つのクラスに分類された。一方のクラスには、STZファミリーのみが属しており、STZファミリー内におけるタンパク質の機能の類似性が示唆された。

STZファミリーにおいて、AZF1、AZF2、AZF3、ZAT10は、細胞内で核に局在し、転写抑制因子として機能することが報告されている。そこで、全てのSTZファミリーに関して、GFP融合タンパク質を用いて細胞内局在を観察した。AZF/ZAT-GFP融合タンパク質は、細胞内の核で観察され、STZファミリータンパク質は、全て核に局在することが示唆された。

2.STZファミリー遺伝子のストレス誘導性および組織特異的発現の解析

RNAゲルブロット法による解析の結果から、ZAT6とZAT10遺伝子のmRNAの蓄積量は、乾燥、高塩、低温、高温の全てのストレスで増加した。AZF3遺伝子のmRNAの蓄積は、高温ストレスでのみ誘導された。一方、AZF1やAZF2遺伝子のmRNAの蓄積量は、主に乾燥および塩ストレスで増加した。ZAT8遺伝子は、これらすべてのストレスで誘導されなかった。GUSレポーター遺伝子を用いたSTZファミリー遺伝子のプロモーター解析の結果、AZF1、AZF2、ZAT6、ZAT10遺伝子は、根の成熟領域で強く発現していることが示された。また、乾燥ストレス下で、AZF2、ZAT6、ZAT10遺伝子は、植物の本葉で顕著に誘導されることが示唆された。

分子系統解析の結果、STZファミリーは、さらにAZF1、AZF2、ZAT8と、AZF3、ZAT6、ZAT10の2 つのクラスに分類されることが示されている。前者のクラスの遺伝子は、高温ストレス応答性を示さず、後者の遺伝子とは異なる機能を持つことが示唆された。乾燥や高塩ストレス下の植物におけるAZF1、AZF2、ZAT8遺伝子の機能は解析されていないため、これらの遺伝子の機能解析を行うことにした。

3.AZF1とAZF2の機能の重複

GVG転写誘導系の制御下で導入遺伝子を過剰発現した植物(pTA7002:AZF/ZAT)を用いて、遺伝子発現解析を行った。AZF1およびAZF2、ならびにZAT8遺伝子を過剰発現した植物を用いたマイクロアレイ解析において、mRNAの蓄積量が2 倍以上に減少した遺伝子は、それぞれ、468、1670、196 個であった。AZF1およびAZF2遺伝子の過剰発現体で発現が抑制された遺伝子には、151 個の共通な遺伝子が含まれており、AZF1とAZF2は、浸透圧ストレス下で共通の下流遺伝子の発現を抑制することが示唆された。ZAT8とAZF1およびZAT8とAZF2の下流遺伝子の共通性は非常に低く、AZF1とAZF2の機能の重複に注目して解析を行った。

4.植物体におけるAZF1およびAZF2の組織特異的発現および機能の解析

AZF1およびAZF2とGFPの融合タンパク質をそれぞれのプロモーター領域の制御下で発現した植物を用いて、GFPの局在を観察した。AZF1-GFPおよびAZF2-GFPの蛍光は、主に根の成熟領域の表皮細胞で観察された。さらにAZF2-GFPでは、ABA処理により葉の孔辺細胞で、塩ストレスにより葉の表皮細胞と孔辺細胞でGFP融合タンパク質が誘導されることが示された。

pTA7002:AZF1およびpTA7002:AZF2植物は、葉柄の湾曲を示し、顕著に矮化した。また、これらの過剰発現体ならびにRD29Aプロモーターの制御下でAZF1およびAZF2遺伝子を発現した植物は、顕著な高塩感受性を示した。AZF2プロモーターの制御下でAZF2遺伝子を発現した植物(AZF2pro:AZF2)も高塩感受性を示した。

マイクロアレイを用いた遺伝子発現解析の結果、AZF2pro:AZF2植物では、89 個の遺伝子の発現が2 倍以上に抑制されていた。一方、AZF2pro:AZF2植物で発現が2 倍以上に誘導された遺伝子は、27 個と少なかった。AZF2pro:AZF2、pTA7002:AZF1、pTA7002:AZF2植物で発現が減少した遺伝子には、浸透圧ストレスおよびABA処理でmRNAの蓄積量が減少し、オーキシンにより発現が誘導される遺伝子が多数含まれていた。また、これらAZF1やAZF2の下流遺伝子には、mRNAの転写や糖質、脂質、二次代謝に関与する遺伝子が多く含まれていた。

5.AZF1やAZF2の標的遺伝子の同定

AZF2pro:AZF2、pTA7002:AZF2、pTA7002:AZF1植物で共通に発現が抑制された遺伝子を調べた結果、多数のSAUR遺伝子が、AZF1やAZF2の共通の下流遺伝子であることが示唆された。シロイヌナズナのSAUR遺伝子には70 個以上のホモログが存在し、分子系統解析の結果、それらのホモログは大きく3 つのクラスに分類された。AZF1やAZF2により発現制御を受けるSAUR遺伝子は、2 つのクラスに局在しており、もう1 つのクラスのホモログに比べて顕著なオーキシン誘導性を示した。AZF1とAZF2の標的候補遺伝子として、SAUR63とSAUR20を選択した。ゲルシフト法により、AZF1およびAZF2とMBPの融合タンパク質がSAUR63とSAUR20のプロモーター領域に結合することを確認した。また、定量RT-PCR法により、変異体azf1 azf2において、AZF1とAZF2によるSAUR遺伝子の発現抑制が低下していることを確認した。

総括

本研究では、シロイヌナズナのC2H2型zinc-finger転写抑制因子であるAZF1とAZF2の機能を解析した。AZF1とAZF2は、浸透圧ストレス下の植物で、ABAで発現が抑制される多数の下流遺伝子の発現を負に制御していることが示された。AZF1とAZF2に共通な下流遺伝子には、オーキシン応答性の遺伝子が多数含まれており、オーキシン誘導性を示すSAUR遺伝子の多くは、AZF1とAZF2の標的遺伝子であることが示唆された。AZF1とAZF2は、転写抑制因子として、浸透圧ストレス下の植物の成長・発達およびストレスの感受性の制御に関与すると考えられた。今後、AZF1やAZF2とホモログの多重変異体を用いて、表現型の解析を行うことにより、環境ストレス下におけるSTZファミリーの生理的機能が解明されると期待される。

Kodaira, K., Qin, F., Tran, L.S., Maruyama, K., Kidokoro, S., Fujita, Y., Shinozaki, K., Yamaguchi-Shinozaki, K.: Arabidopsis C2H2 Zinc-Finger Proteins AZF1 and AZF2 Negatively Regulate ABA-Repressive and Auxin-Inducible Genes under Abiotic Stress Conditions. Plant Physiology, in press.
審査要旨 要旨を表示する

第I章では、本研究の背景および目的について述べた。植物は、乾燥や高塩などの浸透圧ストレス下において、耐性獲得のために働くタンパク質群や、糖およびアミノ酸などの代謝産物を蓄積する。一方、植物は光合成や種々の代謝系を抑制して成長を抑えていると考えられる。シロイヌナズナのSTZ/ZAT10は、C2H2型zinc-fingerタイプの転写抑制因子をコードしており、浸透圧ストレスによって誘導される。ZAT10に特に相同性の高い6 個のタンパク質は、分子系統解析によりZAT10、ZAT6、AZF3とAZF1、AZF2、ZAT8の2 つのサブクラスに分類される。先行研究による遺伝子機能の解析の結果から、ZAT10とZAT6は浸透圧ストレス下において重要な役割を担っていることが報告されてきた。しかし、AZF1、AZF2、ZAT8に関しては、形質転換体を用いた解析が困難であることから、機能解析はほとんど進められてこなかった。

本研究では、浸透圧ストレス下におけるC2H2型zinc-fingerタンパク質の新規な働きを解明することを目的として、AZF1、AZF2、ZAT8の転写因子としての機能を比較解析した。また、AZF1とAZF2の生理的機能の解析、およびこれらの転写因子に共通な下流標的遺伝子の同定を行った。

第II章では、AZF1、AZF2、ZAT8の比較解析を行った。AZF1は乾燥処理により一過的に誘導され、AZF2は乾燥、高塩、アブシシン酸(ABA)処理により経時的に強く誘導された。一方、ZAT8はストレス誘導性を示さなかった。また、AZF1とAZF2は根の成熟領域で恒常的に発現しており、AZF2は浸透圧ストレス下の葉で強く誘導されたが、ZAT8の明瞭な発現部位は観察されなかった。

AZF1、AZF2、ZAT8をそれぞれ構成的に発現した形質転換植物の作出は非常に困難であり、これらの遺伝子の過剰発現は植物の正常な発生や生育を阻害することが示唆された。よって、GVG転写誘導系によりこれらの遺伝子を一過的に発現誘導した形質転換植物を作出して、マイクロアレイ解析を行った。その結果、AZF1とAZF2の下流遺伝子には共通性があり、浸透圧ストレスとの顕著な相関が見られた。一方、ZAT8の下流遺伝子には浸透圧ストレスとの明瞭な関連性は確認されなかった。これらの結果から、ZAT8はAZF1やAZF2とは異なる機能を持つ転写因子であることが示唆されたため、AZF1とAZF2の転写抑制因子としての機能に注目して解析を進めた。

第III章では、AZF1とAZF2の機能解析を行った。GFPとの融合タンパク質を用いた解析の結果から、AZF1とAZF2は根の成熟領域の細胞で核に蓄積しており、AZF2 は高塩やABA処理により葉で蓄積することが確認された。

AZF1やAZF2の生理的機能を解明するために、GVG転写誘導系やストレス誘導性プロモーターの制御下でAZF1やAZF2を一過的に発現誘導した形質転換植物の表現型を観察した。その結果、AZF1やAZF2の高発現体は、顕著な矮化、および高塩感受性を示した。マイクロアレイ解析の結果から、AZF1やAZF2の高発現体では、転写や種々の代謝に関係する多数の遺伝子の発現が抑制されていた。これらの遺伝子の過度な転写抑制が形質転換体における正常な生理反応を阻害して、高塩感受性を誘起したと考えられた。AZF1やAZF2の高発現体において発現が抑制された遺伝子は、浸透圧ストレスやABA処理により発現量が減少する傾向を示した。さらに、AZF1とAZF2に共通な下流遺伝子には、オーキシン誘導性を示す多数のSAURが含まれていた。ゲルシフト解析の結果から、これらのSAURはAZF1やAZF2の直接の標的遺伝子であることが強く示唆された。また、これらのSAURは、オーキシンによる細胞伸長に関与している可能性が高く、AZF1やAZF2の高発現体が示した矮化と関係性が高いと考えられた。

第IV章では、本研究で得られた結果を総括としてまとめた。本研究により、シロイヌナズナのAZF1とAZF2は、ABAに依存的および非依存的な経路において多数の下流遺伝子の発現を抑制することにより、植物の浸透圧ストレス応答に寄与していることが示唆された。今後、AZF1やAZF2の結合配列や相互作用因子を解析することにより、C2H2型zinc-fingerタンパク質の転写抑制機構がより詳細に解明されることが期待される。

以上、本論文は植物の浸透圧ストレス時の成長制御機構において重要な役割を持つC2H2型zinc-fingerタンパク質の機能を明らかにしたものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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