学位論文要旨



No 127605
著者(漢字) 河野,崇宏
著者(英字)
著者(カナ) コウノ,タカヒロ
標題(和) クラミドモナス鞭毛軸糸スポークヘッドにおけるタンパク質間相互作用の研究
標題(洋) Study on the subunit interactions within the Chlamydomonas flagellar spokehead
報告番号 127605
報告番号 甲27605
学位授与日 2011.11.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5732号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 神谷,律
 東京大学 教授 久保,健雄
 東京大学 准教授 奥野,誠
 東京大学 准教授 廣野,雅文
 筑波大学 教授 稲葉,一男
内容要旨 要旨を表示する

真核生物の鞭毛・繊毛運動は屈曲波の伝播という特徴的な運動を行う。その運動は、基本的には周辺微小管上の外腕ダイニンと内腕ダイニン群が隣接する微小管に対して滑り力を発生することにより実現されている。規則正しい波動運動を発生するために、そのダイニンの力発生過程は時間・空間的に厳密に制御されている必要がある。重要な制御の1つは、中心対微小管とラジアルスポークによる制御である。機構の実体はまだ多くが不明であるが、現在の一般的なモデルでは、ラジアルスポーク先端部(スポークヘッド)と中心対微小管が相互作用し、その情報がスポークを介して周辺微小管に伝わり、その結果、ダイニンの活性が調節されるものと想像されている。単細胞緑藻クラミドモナスの突然変異株で、中心対微小管やラジアルスポークを欠失したものはダイニン内腕の活性が低下し、運動性が失われている。

中心対微小管とラジアルスポークによる制御の機構の全貌はまだ不明であるとしても、スポークヘッドと中心対微小管の相互作用が非常に重要な役割を果たしていることは、疑問の余地がない。しかし、スポークのサブユニット構造についてはこれまでいくつかの研究が行われているものの、スポークヘッドの構造や性質については、約30年前にその構成タンパク質が同定されて以来、ほとんど何も明らかにされてこなかった。そこで本研究では、スポークヘッドを構成するタンパク質を組換えタンパク質として機能的に発現し、それら構成タンパク質間の相互作用を生化学的に解析することによってスポークヘッドの構造への手がかりを得ることを目的とした

本論文は2部からなる。第1部では、全てのスポークヘッド構成タンパク質をクローニングして、大腸菌や培養細胞発現系を用いて発現した研究について述べる。一部については変異株に導入して変異形質をレスキューし、組み換えタンパク質が生理的機能を保持していることを検証した。

鞭毛軸糸ラジアルスポークヘッドはラジアルスポークプロテイン(RSP)1、4、6、9、10の5つのタンパク質から構成されており、本研究を開始した時点では、そのうち4と6がクローニング済みであった。本研究ではまずRSP1、9、10のクローニングを行った。そのためにスポークヘッドを軸糸から生化学的に単離、精製して、各々のタンパク質のアミノ酸配列を解読し、データベース検索により遺伝子を同定した。このようにして得られた遺伝子の情報をもとに、それら5種のスポークヘッド構成タンパク質と、スポークヘッドの近傍にあると考えられているRSP2、5、23の組換えタンパク質(タグ配列を付加したもの)を作製した。また、その多くのタンパク質(RSP1、9、10)に対する抗体を作製した。さらに、変異株の存在するRSP4、6、9については、生理的活性を検定するため、得られた組換えタンパク質をエレクトロポレーションによるタンパク質導入法で各々を欠損するか異常を持つ変異株pf1、pf26、pf17に直接導入し、それらの非運動性変異株の運動性が野生株レベルにまで回復することを観察した。したがって、少なくともこれらの組換えタンパク質が生理的活性を保持していることが示された。以前同様の方法によって、ダイニン内腕のサブユニットの生理活性を検定した例が報告されているが、スポーク構成タンパク質の組換え体において生理的活性が示されたのは、これがはじめてである。

第2部で述べる研究では、組換えタンパク質を用いたプルダウン実験、化学架橋実験、および組換えタンパク質同士の会合能の検定により、スポークヘッド構成タンパク質間の相互作用を明らかにすることを試みた。

まず、上記5種のスポークヘッド構成タンパク質と、先行研究によってスポークヘッド近傍に位置すると示唆されている3種のラジアルスポークタンパク質(RSP2、5、23)の組換えタンパク質を作製し、相互にGSTプルダウンアッセイを行った。その結果、64通りの組み合わせのうち10の組み合わせで相互作用が検出された。また、軸糸中のスポークヘッドにおけるタンパク質間の相互作用を検出するため、軸糸を種々の化学架橋剤で処理し、電気泳動の後、各スポークヘッドサブユニットの抗体で架橋産物を解析した。その結果、プルダウンアッセイで検出されたタンパク質間相互作用の一部と、新たにスポーク本体のサブユニット2種(RSP2、23)とスポークヘッドサブユニットとの相互作用が検出された。これらの実験によって、スポークヘッド内部でのタンパク質間相互作用と、スポークヘッドとスポークのストーク部分との間の結合に関する情報が得られた。その結果、はじめて、スポークヘッド構成タンパク質間相互作用のモデルを提案することが可能になった。

上記のサブユニット間相互作用の解析に加えて、スポークヘッドをサブユニットの組換えタンパク質からin vitroで再構成する試みを行った。5つの組換えスポークヘッドタンパク質を混合してからショ糖密度勾配遠心にかけたところ、RSP10を除く4種のタンパク質、RSP1、4、6、9が沈降係数約7Sの複合体を形成することがわかった。比較のため軸糸から生化学的に単離したスポークヘッドを同様にショ糖密度勾配遠心法で沈降させたところ、それらは約23Sと7Sの2種類の複合体を形成した。すなわち、組換えスポークヘッド構成タンパク質によって形成される複合体はこのうち小さい方の複合体とほぼ同じ大きさを持つことになる。軸糸から抽出されたスポークヘッドにはRSP10を含む全5種のタンパク質が含まれているという違いはあるが、この結果は、スポークヘッドの特定の一部がin vitroで再構成されうる可能性を示すものである。

ラジアルスポークは対称的形状をしており、その構成タンパク質のいくつかがホモ二量体形成に関わるドメインをもっている。そのことから、細胞内で作られたラジアルスポークの前駆的複合体が鞭毛先端部に輸送され、そこで2つ組み合わさってホモ二量体化し、最終的なラジアルスポーク複合体を形成する可能性が指摘されている。興味深いことに、組換えタンパク質を化学架橋剤で処理したところ、RSP10がホモ二量体を形成することが判明した。スポークヘッド自体も二量体として存在し、その構造をRSP10の二量体化が安定化させている可能性が考えられる。

以上のように、本研究では、全てのスポークヘッド構成タンパク質と3種のラジアルスポークタンパク質を組換え体として作製した。それらを用いた相互作用検定実験から、スポークヘッド構成タンパク質間の相互作用のモデルを提案することができた。また、それらの組換えタンパク質から、スポークへッドの一部がin vitroで部分的に再構成される可能性を示した。これらの結果は今後スポークヘッドの機能を研究する上で重要であろう。

審査要旨 要旨を表示する

真核生物の鞭毛・繊毛は原生動物からヒトにいたる広範な生物間で保存された細胞運動器官で、生物の運動や発生において重要な役割を果たしている。その内部には2本の中心対微小管を9本の周辺微小管が円筒状に囲んだ軸糸と呼ばれる構造があり、周辺微小管の上のダイニンが隣接する微小管間に対し局所的滑り運動を発生することによって屈曲波を発生する。規則正しい波動が生じるためにはダイニンの力発生が厳密に調節されている必要があるが、その調節ではスポークと呼ばれる構造が重要な役割を果たしていると考えられている。また、スポークの機能のためには先端部にあるスポークヘッドが重要と考えられるが、その構造については、5種のタンパク質からなるということのほかには、ほとんど何もわかっていない。本論文では、そのスポークヘッドにおける構成タンパク質間の相互作用を解析した研究結果が述べられている。

本論文は2部からなる。第1部では、クラミドモナスのスポークヘッド構成タンパク質5種(RSP1, 4, 6, 9, 10)すべてを大腸菌内で組み換えタンパク質として発現し、そのうちの3種について、電気穿孔法を使った細胞内導入法によって生理的活性を検証した実験が記されている。現在存在する3種のスポークヘッドを欠いた非運動性突然変異株(RSP4, 6, 9を欠失したもの)それぞれについて、細胞から細胞壁を除去してから各組み換えタンパク質溶液中で電気パルスをかけたところ、一定時間後に、一部の細胞が運動を開始することが認められた。すなわち、それらの組み換えタンパク質は、細胞内にとりこまれたあと、正常な機能を発揮することが確認された。これにより、作製した組み換え体のうちの少なくとも3種が正常な機能を持つことが確認され、電気穿孔法がそのような構造タンパク質の活性を検定する方法として有効であることが示された。

第2部では、組み換えタンパク質を用いて、スポークヘッド構成タンパク質間の相互作用を解析した研究の結果が記されている。ここでは、5種のスポークヘッド構成タンパク質に加えて、スポークヘッドと相互作用している可能性が考えられるスポーク本体のタンパク質3種 (RSP2, 5, 23) が用いられた。まず、最初の実験として、共沈実験が行われた。それら8種のタンパク質につき、それぞれのアミノ末端に2種の配列タグをつけた組み換えタンパク質を作製し、2つずつ混合した後に、片方のタグに結合するビーズで沈殿させた。その結果、64通りの組み合わせのうち、10の組み合わせで相互作用が検出された。第2の実験として、化学架橋剤を用いて実際の軸糸内のスポークヘッド中におけるタンパク質間の相互作用が調べられ、5つのタンパク質の組み合わせで相互作用が存在する可能性が示された。さらに、第3の実験として、作製した組み換えタンパク質を混合してスポークヘッドを再構成する試みが行われた。その結果、5種のスポークヘッド構成タンパク質のうちRSP10を除く4種のタンパク質が高次の複合体を形成することが明らかになった。密度勾配遠心法の解析によると、この複合体は鞭毛から抽出されたスポークヘッドに近い沈降係数を持っており、スポークヘッドの部分構造が再構成された可能性がある。これらの結果から、鞭毛・繊毛軸糸のスポークヘッドについて、初めて構成タンパク質間の相互作用地図を描くことが可能になった。また、スポークヘッドとスポーク本体の結合部位に関しては、これまでRSP5が関与しているという報告があっただけであったが、本研究ではRSP5 は結合と無関係で、別の二つのタンパク質(RSP2, 23)が関与していることを明瞭に示した。

以上のように、本研究では、これまで全生物を通じてまったく不明だったスポークヘッド構成タンパク質間相互作用の概要を明らかにし、スポークヘッドとスポーク本体の結合様式についても重要な情報を提供するものである。さらに、組み換えタンパク質からスポークヘッドの部分構造が再構成できる可能性を示したことは、将来の構造研究のために重要であると考えられる。

なお、本論文の主要部分は若林憲一、Dennis Diener、Joel Rosenbaum、神谷律との共同研究であるが、論文提出者が主体となっておこなったものであると判断する。したがって、河野崇宏に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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