学位論文要旨



No 127609
著者(漢字) 渡邉,真理子
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,マリコ
標題(和) 経済取引メカニズム形成に関する実証研究 : 中国の企業間信用の事例
標題(洋) Empirical Essays on Emergence of Economic Transaction Mechanism : Case of Trade Credit in China
報告番号 127609
報告番号 甲27609
学位授与日 2011.11.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第302号
研究科 大学院経済学研究科
専攻 現代経済専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 柳川,範之
 東京大学 教授 伊藤,元重
 東京大学 教授 三輪,芳郎
 東京大学 教授 澤田,康幸
 東京大学 講師 小枝,淳子
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、経済取引を支える統治メカニズムの実態を把握し、実証的に分析したものである。

企業が行う取引のうち、商品の購入とその代金の支払いは、もっとも基礎的な経済行為である。そして、商品の購入と代金の支払いの時点をずらすことで、企業間で与信という金融取引も発生させることができる。この代金の支払いを履行させるメカニズムが十分に機能することで、経済取引を効率化し、経済成長を促す、と考えられる。そして、この経済取引を安定的にするメカニズムを理解することは、開発途上国、移行経済国の経済成長を可能にする要因のひとつを理解することにもつながる。

中国では、1978年に計画経済から市場経済への転換をスタートさせた際に、この企業間取引を統治するメカニズムが一度完全に崩壊した。この結果、1980年代の末には、企業は商品を販売しても代金を回収できず、資金繰りが滞ったために生産活動が停止し、経済活動全体も停滞するという事態にまで陥った。1990年代から2000年にかけて、中国をはじめとする移行経済国の全てで、代金の回収をめぐる混乱が発生していた。筆者は、当時市場経済の移行プロセスの実態を調査する中でこの混乱した事態を中国各地で目にし、その後当事者がどのように対応していくのかを観察することができた。この経験が雛者の本研究を始める動機となり、本研究の分析の対象となった。その後、観察を続ける中で、通常の発展途上国、先進国では目にすることのできない、統治メカニズムが再構築されるプロセスを、自分が観察していたを感じるようになっていた。

経済学の分野でもこうし現象に注目した研究が現れてきた。先行文献をみると、まずこの企業間取引を統治するメカニズムの実態を把握しよう、という実証研究が多く行われた。McMillan and Woodruff(1999)は、同じく移行経済であるベトナムで、新規参入者である民営企業が取引をどのように統治しようとしていたのかをサーベイを行い分析している。Johnson,MeMillan and Woodruff(2002)は、ロシアおよび東欧の移行経済国を対象にサーベイを行い、経済取引の統治(governance)、執行(enfbrcement)において、通常理論分析が履行者として想定している裁判所がはたして機能をしているのかを確認している。こうした実証分析に刺激を受け、理論分析も多く現れた。Dixit(2003a)(2003b)(2009)などの一連の理論分析では、契約の執行、取引の統治が当事者間のインセンティブの設計で機能する範囲は狭く、第三者や制度によって取引の安全が担保されると、経済取引の全体の規模が拡大することを論証している。

中国では、1990年代の半ばに政府は関連法規など制度を導入したものの、企業間取引が混乱する事態は、その後2000年頃までほぼ20年にわたって続いていた。結局のところ、法制度の導入だけでは十分に機能せず、企業間で取引メカニズムを再構築していくことで初めて、代金の支払いの履行がスムーズに行われるようになったのである。筆者は、テレビやエアコンを生産する家電企業において、この代金回収リスクという問題にどのように対応したのか、について、聞き取り調査を行った。そこで筆者が目にしたのは、多くのメーカーが代金回収リスクを回避するために、さまざまな流通のしくみを考えだし、よりよい取引メカニズムの構築を目指して試行錯誤を重ねる姿であった。本研究の論文(1)は、代金回収リスクの回避のために企業が取った戦略をモデル化し、それぞれの戦略が競争した結果、市場にどのような均衡が現れるかを観察したものである。として観察できた4つタイプの戦略が競争した結果、代金回収率の引き上げと販売数量の拡大へのインセンティブを組み合わせた流通契約が、同時に最も安い小売価格を達成し、市場での競争の結果生き残るものであることを確認した。代金回収のリスクという問題に関しては、法制度整備よりも、企業が多様な戦略を立てて競争することで、社会厚生も含めて最適な状態が生み出されたことが確認された。

企業間の交渉で決定される企業間信用が、法などの制度の影響を受けにくいという、という性質は、株式市場における上場企業の規律をやぶる手段となっていた。企業統治制度は、経営者のインセンティブを適切にコントロールすることで(外部)投資家の利益を守ることを目指している。この企業への規律づけの抜け穴として、経営者や支配株主が資源を私的に流用する手段として使われた。本来一株一議決権の株式のみが存在する場合、支配株主の意志決定は少数株主へも利益を公平に分配する効果をもつため、支配株主による私的利益の流用は起こらないと考えられている。しかし、議決権がないもしくは制限された株式と一株一議決権の株式が併存している(dual class share)、持ち株会社が何重にも垂直投資して上場会社を支配している(pyramiding)などの構造が存在している場合、支配株主が少数株主の利益を侵害することが可能になることが指摘されている。中国においては、この異質な株式の併存とピラミッド化の両方が起きていた。会社法上は一株一議決権のみが認められているが、市場経済への移行過程の経過措置として、流通を認められるが事実上非常に小さな割合での保有しか認められず、議決権のない株とブロックでの保有が認められる議決権が併存する状態が、2006年の株式制度改革まで続いていた。また、上場企業の多くがピラミッド構造を持っており、上場企業全体の8割の企業の最終的な支配株主が中央・地方の政府であり、「国有上場企業」となっている。こうした上場企業の支配株主が、子会社である上場企業の資源を利用するときには、すべて情報を開宗せねばならず、通常の配当支払いは公平に行わなければならない。しかし、企業間信用を用いて、支配株主が上場企業の資源を私的に流用することも可能であった。上場企業から関連会社への企業間信用、売掛金の残高を拡大させ、持ち株会社が私的な資源流用の支払いを行うかたちにする。この流用が起きている場合には、この売掛金の残高が過大に増え、過剰投資を行っていることになる。本研究の論文(2)では、中国の上場企業のデータを用い、以上の関係が存在するのかを確認する実証分析をおこなった。ここでは、次のような結果が確認された。まず、(1)支配株主が中央・地方の政府の場合、この売掛金の残高をふくらませて過剰投資を行っている企業は存在している。(2)この支配株主である政府と、中央と具体的な地方の別を特定して推計した場合、特定の地方政府の参加の上場企業で過剰投資が見られた。(3)支配株主が個人などの民営企業の場合、過剰投資は見られなかった。制度改正によって異質な株式の併存状態は解消されたものの、以上の分析からピラミッド化した企業統治制度のもと、企業問信用を通じた盗源の流用が確認されており、株式市場のゆがみは完全に解消されたとはいえない。

本研究の論文(3)は、そもそも企業間の取引において、どのような条件のもとで企業間信用が提供されるのか、他のメカニズムとの関係はどうなっているのかを分析することを目指した。McMillan and Woodruff(1999)などの先行研究は、企業の売掛金の残高などを企業間信用と定義し、分析を行っている。しかし、これは取引そのものの構造を明らかにはしていない。このため、筆者たちは、企業がおこなっている取引のうち、特定のものに関して、販売額、与信額、その他取引相手の属性などを記述してもらう形のサーベイを行った。法律など制度による代金回収の履行に問題のある中国では、各地の政府の権限の行使のような恣意的な履行強制力がより有効である、と考えられていた。そのため、地方政府の履行強制力の効果を確かめるために、企業に記述してもらう取引を(1)自社と同じ行政区域内に位置する企業との取引、(2)自社とは異なる行政区域に位置する企業との取引の2つを選び記述してもらった。これにより、地方政府による履行強制力の違いが把握できる、と考えたためである。このデータを分析した結果、次のような事実が確認できた。(1)代金の回収確率を左右する要因として、次の傾向が確認できた。異なる行政区分にある取引先からの回収確率は低い、所有は民営企業の回収確率は高い、政府との関係が強い、たとえば政府で働いていた人間を社長に迎えた企業の回収確率は高い、取り扱われる財に独占力がある、競争相手が少ない場合には回収確率が高い、などである。政府との関係は、企業間取引の統治を効率解するプラスの要因として機能していた・移行プロセスの中で政府の機能が麻痺してしまったロシアなどとは異なり、政府による履行強制力が機能していたことが、取引が混乱しながらも中国の経済が成長することを可能にしたといえる。(2)ある取引で企業間信用が提供される比率が高くなるのは、買い手の手持ち資金などの流動性に余裕がある、売り手の回収確率が高いときである。(3)この売り手の回収確率の高さは、その他の取引も拡大させる外部性を持っている。(4)買い手の手持ち資金、売り手の回収確率の高さはともに、企業間信用の比率、企業間の取引の規模を拡大させる関係にある。つまり、経済全体から見た場合、現金の残高と代金回収の履行確率は代替的な関係にある。このため、代金回収に関するメカニズムが混乱していた移行経済では現金の需要が大きく、十分な現金の供給が行われれば、代金回収メカニズムが混乱していたとしても、経済活動の拡大が可能であったことがわかった。

審査要旨 要旨を表示する

渡邉真理子氏は、中国における企業間信用や企業統治の問題を実証事例として、発展途上国における経済取引メカニズムという現実的にも理論的にも重要な課題に対して、独自に収集したマイクロデータを用い、中国経済に関する深い洞察力をもった理論的・実証的分析をおこなった。中国経済は世界的にも重要な分析対象であるが、特に企業間信用等に関する個別データについては収集が困難な面もある。このように研究上の制約があるものの、学術的に重要な研究課題に対して、渡邉真理子氏は、産業組織論および契約理論のフレームワークを用いて優れた学術的貢献を行った。よって、提出された渡邉真理子氏の博士論文が博士学位授与に値するものであると審査委員は全員一致で判断した。

本博士論文は、序論と三つの章から構成されている。それぞれの章は少しずつ異なったアプローチで構成されているものの、いずれも中国のデータを用いて、分析が行われている。

序章 Introduction to Empirical Essays on Emergence of Economic Transaction Mechanisms in transition China

第1章 Ex Ante Bargaining and Ex Post Enforcement in Trade Credit Supply:

Theory and Evidence from China

第2章 Competition of Mechanisms:

How Chinese Firms Coped with Trade Credit Default?

第3章 Control Rights, Pyramids and Expropriation of State-owned Listed Enterprises:

Evidence from the dual class share reform in China

以下において各章の内容を概観し、評価を述べる。

第1章 Ex Ante Bargaining and Ex Post Enforcement in Trade Credit Supply:

Theory and Evidence from China

この章では、中国の企業間信用に関するサーベイ調査を基に、企業間信用がどのような要因によって影響を受けているのかを理論的・実証的に検討している。サーベイ調査が行われた2003年時点の中国においては、経済取引に関するエンフォースメント(履行強制)が十分には機能していなかったと考えられる。このようにエンフォースメントに関する制度的基盤がぜい弱な移行経済において、企業間信用がどのような要因によって決まり、どのようなメカニズムによって返済されてきたのかを明らかにすることが、本論文の主要目的の一つである。

発展途上国における企業間信用の問題については、McMillan and Woodruff(1999)や Johnson, McMillan and Woodruff(2002)等の先行研究があり、その後も多くの論文が書かれている。本章の分析が、これらの既存文献と大きく異なっている特徴は、個別の取引情報に関する詳細なサーベイ調査を基に分析が行われている点である。その結果、今までの分析では十分には検討することができなかった、より詳細な構造に関する分析が可能になっている。

特に、本章においては、売り手の履行強制能力(enforcement power)という点に焦点を当てて実証分析を行っている点に特徴がある。この当時の中国のように制度的基盤が未整備な国においては、法制度的なエンフォースメントが十分ではなかったと考えられる。そのため、資金があるのに返済しない戦略的債務不履行の可能性がかなりあり、その点が企業間信用に影響を与えていたと考えられる。

ただし、債務不履行を起こせばその後の取引は困難になることから、ある程度独占力のある売り手は、買い手側に返済のインセンティブを与えることができる。つまり、売り手には履行回収能力があり、この能力の違いが企業間信用額や企業間信用比率に影響を与えている。このような推論の下に、本章では理論モデルを構築し、それに基づいて構造推計を行っている。

既存文献においては、このような事後的な履行強制能力についてのデータが入手困難だったこともあり、この点について焦点を当てた分析が行われてこなかった。しかしながら本研究においては、サーベイ調査によって、この点についての詳細なデータを入手できたことから、実証的に履行強制能力の影響を分析することができたのは大きな貢献であろう。

また、今までの文献では、貸し手側の交渉力の大きさが、企業間信用の比率にどのような影響を与えるかを分析したものが多かった。しかしながら、貸し手側の交渉力の大きさは、事前の取引金額や取引条件に影響するだけでなく、事後的な履行強制能力にも影響すると考えられる。このような履行強制能力への影響というルートを通じた、貸し手側交渉力の影響を分析することができたという点も本章の貢献と考えられる。

履行強制能力は、売り手(貸し手)側の交渉力だけでなく、中国の制度整備の状況によっても影響を受ける。このような分析を通じて、エンフォースメントに関する制度整備がどの程度、企業間信用および取引の拡大に寄与するかをシミュレーションしている点は政策分析面での本章の貢献といえる。

さらには、借り手側の現金保有額が増加すれば、乗数効果を通じて企業間信用を拡大させる効果があるため、履行強制能力が比較的低い場合には、借り手側の現金保有が相対的に重要な要素となることが示された。

このように、本論文は中国という移行経済における企業間信用の実態とそれに与える構造的な影響を明快な形で明らかにしている。が、その分析がサーベイ調査でのデータに基づいて行われているため、その情報の客観性・信頼性とそうしたデータに基づいた計量経済学的分析結果のバイアスについてはいくつかの課題が残されている。もちろん、移行経済において詳細な取引に関する完璧な客観データを入手するのは極めて困難であり、仕方がない面もある。だからこそ、より慎重なデータの取り扱いおよび統計処理が求められよう。

また、企業間信用の実態については、日本に関する詳細な研究が既に行われていることから、日本の実態と比較検討することで、さらに豊かな含意が得られると考えられる。

第2章 Competition of Mechanisms:

How Chinese Firms Coped with Trade Credit Default?

この章では、中国の企業間信用に関する契約の変遷を理論的・実証的に検証している。前章である程度説明されているように、中国では1990年代半ばに取引関係に関する法制度が導入されたものの、戦略的債務不履行の可能性などもあり、実際の取引現場においては、企業間信用および企業間取引に関する混乱は、ほぼ20年近く続いてきた。この間、企業側では、代金回収のリスクをいかに減らすかが大きな問題となり、取引契約上の工夫がさまざまな工夫がなされることになった。

著者は、テレビやエアコンを生産する家電業界に対して独自のヒアリング調査を行うことで、この代金回収リスクに対してどのように対応しようとしてきたか、どのような工夫をしてきたかを調査、分析してきた。この章では、それらの経験を踏まえて、企業間信用取引契約の変遷を分析している。

まず、理論的な検討として、現実に行われてきた取引契約をいくつかのパターンに分類し、それらについてそれぞれ理論モデルを構築した。そのあとで、それらの取引契約のパターンが相互に競争しあったときに、どの契約パターンが生き残るかを理論的に分析した。そこでは、取引数量に関するリベートを伴った契約が一番実質コストを低くすることが可能になり、競争に生き残ることが示された。

そして、実証分析では、このリベートを伴う契約が実際大きくシェアを伸ばし、この契約に全体が収束していくことが示されている。さらに、構造モデルに基づいた推計を行い、このリベートを伴う契約のほうが、市場価格が一番低くなることが示されている。

ここでの分析結果は、中国で実際さまざまに工夫されてきた取引パターンの変遷をうまく記述することに成功しているという意味で魅力的な結果になっている。

ただし、ここで述べられているリベートを伴う契約は、事実上の現金払いをある程度する契約パターンになっている。エンフォースメントが不完全で、代金回収のリスクが存在する場合には、できるだけ現金払いをしたほうが、代金回収リスクは小さくすることができる。この点は、理論的構造から考えれば比較的明らかなものであり、なぜただちにすべての企業がその契約パターンを採用しなかったのかについては、疑問点として残る。

ひとつの可能性としては、当初、借り手はみな規模が小さくそれだけの現金を保有したり、あるいは金融機関等から借り入れたりする能力がなかった。そのために、当初はリベート契約を採用することができなかった。しかし、時代の変遷におり規模が大きくなってくると、ある程度借入をしたり現金を保有することが可能になったために、リベート契約が可能になったとも考えられる。

これらの点から考えると、かなりデータの制約はあるものの、契約パターンが変遷していく理由について、もう少し踏み込んだ分析が行えれば、本章の内容はより大きな学術的含意をもってくると考えられる。

第3章 Control Rights, Pyramids and Expropriation of State-owned Listed Enterprises:

Evidence from the dual class share reform in China

この章は、主に中国企業に関する企業統治の問題を扱っている。支配株主が少数株主を搾取して利益を得ようとする可能性は、企業統治の大きな問題として認識されている。特に、一株一議決権が守られておらず、議決権が異なる株式が流通している場合(dual class share)や、株式保有構造がピラミッド型になっている場合には、この問題が顕著になる可能性があることが知られている。また、当然のことながら、法制度が十分に機能していない場合には、問題が大きくなる可能性がある。

中国では、このdual class shareの問題が2005年の制度改革まで存在しており、また上場会社の多くが、ピラミッド構造をもっていた。特に上場企業全体の8割は支配株主が中央・地方政府であり、「国有上場企業」となっていた。このような企業においては、企業間信用を悪用することで、支配株主が上場企業の資源を私的に流用することが可能な構造になっていた。

そこで、この論文では、エージェンシー理論モデルを用いて、この搾取の可能性を理論的に分析するともに、構造推計モデルを用いて、実際にどのような搾取が生じているかを検討している。

その結果、この論文では、支配株主が中央・地方の政府の場合、売掛金の残高を膨らませる過剰投資を行っている企業が存在すること、支配株主が個人などの民営企業の場合には、過剰投資は観察されないという結果を得た。

さらに構造モデルに基づいた推計によって、搾取の規模は、平均で総資産の7、8%にも上ること、もし一株一議決権の原則が実現していたならば、資産インフレはおよそ13%抑えられたであろうと推測している。

移行経済におけるこのような企業統治上の問題は、多く指摘されているものの、データ上の制約もあり、その実態に関する実証分析はあまり多くない。そのような中で、本論文は中国の実態に即した形で実証分析を行い、構造推計を行っている点は、評価できよう。また、このような実証の積み重ねが企業統治の実態を把握するうえで、重要なことであろう。

記述上の改善点としては、Private FirmとState-Owned Firmとでは、実質上どのような点で違うのか、それが企業統治上どのような影響をもたらずのかについて、もう少しは丁寧な記述があったほうが良いのではという意見が出された。

また、この章の結論では、企業統治に関する制度上、法律上の整備の必要性が強調されている。しかし、制度がどこまでここで記述されている実態をどこまで変えられるのかについて、もう少し踏み込んだ議論が展開されるとより望ましいといいう意見も出された。

以上みてきたように、本論文は、データの観測誤差にかかわる計量経済学的分析のバイアスや、計量分析結果の理論的解釈と更なる分析の拡張などにおいて、いくつか課題が残されており、改善の余地がある。とはいえ、現状での様々なデータの制約を出来うる限り克服し、理論的な枠組みに基づきながら丁寧な分析を行っている点で、本論文は中国の企業間信用と企業統治の実態を知るうえで極めて意義のある研究であることに間違いはなく、博士学位授与に値するものであると審査委員は全員一致で判断した。

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