学位論文要旨



No 127610
著者(漢字) 伊藤,瑛海
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,エミ
標題(和) 植物固有型RAB5,ARA6 のエフェクターを介した機能発現機構の研究
標題(洋) Studies on Effector Molecules of Plant-unique RAB5, ARA6 in Arabidopsis thaliana
報告番号 127610
報告番号 甲27610
学位授与日 2011.11.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5733号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中野,明彦
 東京大学 教授 塚谷,裕一
 東京大学 教授 澤,進一郎
 東京大学 准教授 佐藤,健
 東京大学 准教授 上田,貴志
内容要旨 要旨を表示する

<序論>

真核生物細胞の中は,生体膜によりオルガネラと呼ばれるコンパートメントに区画化され,それぞれが特有の性質をもつ.オルガネラ間では,メンブレントラフィックにより,活発な物質・情報交換が行われており,これにより,さまざまな生命現象が制御されている.低分子量GTPase であるRAB は,メンブレントラフィックにおいて膜融合の過程を制御する.また,RAB は,活性型と不活性型をサイクルする分子スイッチとして機能し,活性型時に,エフェクターと呼ばれる分子群と相互作用することにより,膜融合のみならず,多様な下流現象を制御することが明らかになっている(図1 A ).なかでもRAB5 は,エンドサイトーシス経路で機能することが知られている.RAB5 のホモログは,植物を含む真核生物に広く保存されているが,陸上植物は保存型RAB5 に加え,ユニークな一時構造をもつRAB5 ホモログを有するという特徴をもつ(図1 B ).モデル植物であるシロイヌナズナには,保存型RAB5 であるARA7・RHA1と,植物固有型であるARA6 が存在し,最近の研究から,この二種類のRAB5 が,異なる輸送経路を制御することにより,花成や細胞分化,根の形態形成,非生物的ストレスに対する応答などの現象の制御に関わることが分かってきた.このようなRAB5 の機能は,さまざまなエフェクターとの相互作用を介して発現していると考えられるが,植物には,これまで動物で報告されているRAB5 エフェクターのホモログは見いだされず,その仕組みは全く明らかになっていない.そこで,本研究では,シロイヌナズナの植物固有型RAB5 であるARA6 に注目し,エフェクターの同定と機能解析を行った.修士課程において,yeast two-hybrid スクリーニングにより,活性型ARA6 と相互作用する7 つのエフェクター候補を獲得し,plant-unique RAB5 effectors(PUF1~7)と名付けた.博士課程では,培養細胞を用いた一過的発現系において,ARA6 エンドソームに局在することが明らかになったPUF2,PUF3,PUF7 について機能解析を行った.

<結果と考察>

第一章 PUF2 はVPS9a の制御を介して,二種類のRAB5 が制御する輸送経路を統御する

PUF2 が,ARA6 の機能発現機構に関わる分子かどうかを調べるため,puf2 変異体背景で活性型ARA6 を過剰発現する形質転換体を作成し,PUF2 の影響を見た.その結果,puf2 背景では,活性型ARA6の過剰発現による塩ストレス耐性獲得効果が見られなかった(図2).このことから,PUF2 はARA6 の機能発現を制御する分子であることが分かった.

PUF2 の細胞内での機能を調べるため,pPUF2::PUF2-GFPを形質転換した植物個体を作成し,PUF2-GFP の局在解析を行った.結果,PUF2 は,brefeldin A とwortmannin に感受性を示すオルガネラに局在した.次に,各種オルガネラマーカーとの共局在性を調べたところ,PUF2-GFP は,ARA6-mRFP やmRFP-ARA7 が局在するエンドソームに局在した.ARA6 とARA7 は一部オーバーラップしながらも異なるエンドソーム集団に局在することから, PUF2-GFP ,ARA6-VENUS,mRFP-ARA7 が発現する形質転換体を作成し,局在を比較したところ,PUF2 はARA6 に比べ,ARA7 とよりよく共局在した(図3).また,PUF2-GFP は,ara6 変異体や,ARA6 と保存型RAB5の共通の活性化因子であるVPS9a の変異体(vps9a-2)の細胞中でも,エンドソームに局在した.このことから,PUF2 はARA6 やVPS9a 非依存的にエンドソームに局在できることが分かった.

次に,puf2 変異体中でのARA6 とARA7 の局在を調べた.その結果,ARA6-GFP とmRFP-ARA7 の局在パターンに変化はなかったが,puf2 変異体中では,wortmannin 処理により生じる空胞化したエンドソームのサイズが減少した.また,puf2 変異体中では,VPS9aエンドソームの数が減少する様子が見られた.以上の結果から,PUF2がエンドソーム同士の融合,ならびに,VPS9a のエンドソームへのリクルートに寄与する可能性が示された.

続いて,puf2 変異体を用いた遺伝学的解析を行った.puf2やara6puf2 は単独では目立った表現型を示さなかったが,rha1puf2は矮化の表現型を示した(図4).また,液胞輸送経路で膜融合を制御するSNARE タンパク質であるVAM3/SYP22 の変異体(vam3-1/syp22-1)や,vps9a-2 との二重変異体を作成したところ,puf2変異はこれらの表現型を昂進した.これと同様の作用が保存型RAB5の変異でも見られることから,PUF2 はvam3-1/syp22-1,vps9a-2 に対して保存型RAB5 と同じ遺伝学的相互作用を示すことが分かった.そこで,PUF2 が保存型RAB5 の制御する液胞輸送経路に関与すると考え,種子貯蔵タンパク質のプロセシングを調べたところ,puf2vam3,puf2(+/-)vps9a-2 の種子で12S グロブリンの前駆体の蓄積が見られた.また,液胞に輸送される積み荷の一つであるSP-GFP-CT24 の局在を観察したところ,puf2vam3,puf(+/-)vps9a-2 の胚において,GFP-CT24 が細胞外に誤輸送される様子が観察された.これらの結果から,PUF2 が液胞輸送経路の制御に関与することが明らかになった.また,puf2 とvps9a-2 の間には,強い遺伝学的相関が見られた.puf2(+/-)vps9a-2は実生致死となり,puf2vps9a-2 は,異常な形態の胚を形成し,胚致死となった.さらに,PUF2 の過剰発現はvps9a-2 でみられる主根伸長の異常などの表現型を抑圧した.このことから,PUF2 がVPS9a の機能を制御する可能性が示された.

PUF2 の関わる分子機構について理解を深めるため,PUF2 の一時構造を調べたところ,PUF2は,4 つのcoiled-coil 領域を持つ分子であることがわかった.そこで,エンドソームに局在する他分子との相互作用を調べたところ,PUF2 は,PUF3 とVPS9a と相互作用することが分かった.これらの結果から,PUF2 が二種類のRAB5 が制御する輸送経路を統御する因子であると考え,その分子機構について図5 に示すモデルを提唱した.

第二章 PUF3 は核とエンドソームをシャトルするシグナル分子として機能する

PUF3 の一時構造を調べたところ,coiled-coil 領域とC 末端側にpleckstrin-homology ドメインを持つことが明らかになった.そこで,ファットウエスタン法によりPUF3 の脂質親和性を調べたところ,ホスファチジルイノシトール4リン酸(PI4P)に親和性を持つことが明らかになった.PUF3 は植物個体の細胞内において,ARA6 エンドソームだけでなく,核と細胞質にも局在する様子が観察された.さらに,活性型ARA6 を過剰発現させた形質転換体中でのPUF3 の局在を調べたところ,PUF3が局在するエンドソームの数と,PUF3 のエンドソーム局在量が増加し,PUF3 の核局在量が減少する様子が観察された.一方,不活性型ARA6 を過剰発現させた形質転換体中では,PUF3 の細胞質局在量とエンドソーム局在量が共に減少し,核局在量が増加した.また,PUF3 のcoiled-coil 領域には転写活性可能があった.これらの結果から,PUF3 はARA6 が活性型のときにはエンドソームにとどめられており,不活性型になるとエンドソームから解離して核に移行し,下流遺伝子の転写調節を行うシグナル分子である可能性が示された(図6).

第三章 ライブイメージングによるクラスリンの動態解析

PUF7 はクラスリン重鎖をコードしており,活性型ARA6 と相互作用を示したことから,クラスリンがARA6 の機能発現に関わる可能性が示唆された.クラスリン被服小胞を介した輸送は,植物細胞において最もメジャーな輸送手段であるが,その細胞内分布や挙動について明らかになっていない.そこで,本研究では,クラスリン重鎖と複合体を形成するクラスリン軽鎖をGFP で可視化し,ライブイメージングによるクラスリンの動態解析を行った.pCLC::CLC-GFP 観察の結果,クラスリンは細胞膜,細胞板,細胞内のドット上のオルガネラに局在した.細胞板上でのクラスリンとダイナミンの局在を比較したところ,これらは一部重なりながらも異なるドメインに存在した.また,細胞内のクラスリンとオルガネラマーカーの局在の比較を行った.シグナル間の重心間距離を半自動的に測定するマクロを構築し,クラスリンの細胞内局在を評価したところ,クラスリンはトランスゴルジネットワークに最も良く局在し,ARA6 エンドソームの近傍にも局在することが明らかになった.また,細胞膜上のクラスリンはbrefeldin A やwortmannin に対して感受性を示した.

<まとめ>

本研究により,植物固有型RAB5 のエフェクターが初めて同定され,その機能が明らかになった.得られた結果をふまえ,本研究では,図7 に示すエフェクターによるARA6 の機能発現機構モデルを提唱した.

図1:(A) RAB GTPase サイクル.(B) シロイヌナズナに存在する三つのRAB5 メンバーの一次構造

図2:puf2 背景での活性型ARA6 の過剰発現の影響.Q93L; GTP 固定型

図3:PUF2, ARA6, ARA7 の細胞内局在

図4:puf2,およびara6puf2,rha1puf2の表現型

図5:PUF2 による輸送経路振り分けモデル.PUF2 は二種類のRAB5 が制御する輸送経路を統御する.(A) PUF2-VPS9a 複合体が保存型RAB5 を優先的に活性化することにより,液胞への輸送が実行される.(B) ARA6-PUF2-VPS9a 複合体はARA6 を優先的に活性化する.これにより細胞膜への輸送が実行される.

図6:PUF3 によるエンドソームシグナリングモデル.PUF3 は活性型ARA6 とPI4P 依存的にエンドソームに局在する.ARA6 の不活性化や脂質代謝により,PUF3 は安定してエンドソーム局在できなくなり,エンドソームから解離し,核へと移行する.核へ移行したPUF3 はcoiled-coil 領域が露出し,下流遺伝子の転写調節を行う.

図7:エフェクターによるARA6 の機能発現モデル.PUF2 はVPS9a をエンドソームにリクルートし,PUF2-VPS9a 複合体は,保存型RAB5を特異的に活性化することにより,液胞への輸送が実行される.一方,ARA6-PUF2-VPS9a 複合体は,ARA6 を優先的に活性化し,細胞膜への輸送が実行される.PUF3 は,ARA6 とPUF2の両方と相互作用することから,ARA6 をPUF2-VPS9a 複合体にリクルートする役割を持つ.また,PUF3 はARA6 エンドソームから核への情報伝達を行う.クラスリンはARA6 エンドソーム上で,細胞膜に輸送するカーゴの濃縮や,細胞膜からARA6 が解離する過程,または,リサイクリングする過程で機能する.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は,植物固有型RAB5,ARA6のエフェクターを介した機能発現機構について研究されたものであり,序論,第1章,第2章,第3章,総括から構成されている。

序論では,この研究の背景や目的が示されている。RAB5は,小胞輸送機構において膜融合を制御する低分子量GTPaseの一つである。RAB5は,真核生物に広く保存されているが,陸上植物は,保存型RAB5に加え,ユニークな一次構造を有するRAB5ホモログをもつ。本研究では,シロイヌナズナに存在する植物固有型RAB5であるARA6の機能発現機構を解明することを目的とし,そのエフェクターの同定と機能解明を行った。この章では,論文提出者が,修士課程で行ったスクリーニングにより単離されたARA6エフェクター候補(Plant-unique RAB5 effectors (PUFs))や,本研究においてPUF2,PUF3,PUF7/クラスリン重鎖が注目された経緯についても述べられている。

第1章では,PUF2の解析結果について述べられている。まず,PUF2がARA6の機能発現に関わる分子であるかどうかを調べるため,puf2変異体を入手し,活性型ARA6過剰発現時における生育を調べたところ,この形質転換体は活性型ARA6が賦与する塩ストレス耐性を示さなかった。このことから,PUF2がARA6の機能発現に関わる分子であることが確認された。その一方で,PUF2は,保存型RAB5の局在するエンドソーム集団に局在し,保存型RAB5が制御する液胞輸送経路を制御した。また,PUF2は,ARA6と保存型RAB5の両方を活性化するRAB5グアニンヌクレオチド交換因子であるVPS9aと相互作用し,VPS9aのエンドソーム局在を制御した。以上の結果から,本研究では,PUF2が,VPS9aの働きを制御することにより,2種類のRAB5が制御する輸送経路を統御するモデルを提示した。

続いて,第2章では,PUF3の機能解析を行い,PUF3が核とARA6エンドソームに局在することを明らかにした。また,活性型ARA6の過剰発現時には,PUF3はエンドソームに,不活性型ARA6過剰発現時には核により多く局在した。このことから,PUF3がARA6の活性状況に応じて核とエンドソームをシャトルするシグナル分子である可能性が提示された。

第3章では,PUF7/クラスリン重鎖とARA6の細胞内動態を明らかにするとともに,クラスリンの細胞内分布を調べるため,ライブイメージングによるクラスリンの動態解析を行った。クラスリン重鎖と複合体を形成することが知られているクラスリン軽鎖をGFPで可視化し,オルガネラマーカーとの局在を比べた。メタモルフ上で,クラスリンとオルガネラマーカーの重心間距離を半自動的に測定するマクロを作成し,クラスリンの細胞内局在を定量的に評価した結果,クラスリンはトランスゴルジに最もよく局在し,ARA6の局在するエンドソームの近傍に局在することが明らかになった。また,動態解析では,ARA6エンドソームの一部にクラスリンが局在し,一緒に動く様子が観察された。このことから,クラスリンとARA6エンドソームの細胞内動態には密接な関連があり,クラスリンがARA6の機能発現に関わる可能性が示された。

総括では,第1章から3章までに得られた結果が総合的に考察されており,ARA6のエフェクターを介した機能発現モデルが提唱されている。

本研究では,これまで全く明らかになっていなかったARA6のエフェクターを同定し,ARA6の機能を支える分子機構について新しいモデルを提唱した。これは,植物固有型RAB5の機能を理解する上できわめて重要な位置づけにあるのみならず,この分野の進展に重要な示唆を与えるものである。また,本論文は,提出者が自立して研究活動を行うのに十分な研究能力と学識を有することを示すものである。

なお,本論文第3章は藤本優博士,海老根一生博士,植村知博助教,上田貴志准教授,中野明彦教授との共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める。

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