学位論文要旨



No 127619
著者(漢字) 木村,美枝子
著者(英字)
著者(カナ) キムラ,ミエコ
標題(和) Nondirective and Directive Support Survey 日本語版(NDSS-J)の開発およびNondirective supportとDirective supportの糖尿病患者の不安・抑うつに対する影響の検討
標題(洋)
報告番号 127619
報告番号 甲27619
学位授与日 2011.12.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3780号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 植木,浩二郎
 東京大学 准教授 福田,敬
 東京大学 教授 木内,貴弘
 東京大学 准教授 吉内,一浩
 東京大学 准教授 上別府,圭子
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

糖尿病をはじめとする慢性疾患が増加している。糖尿病治療では患者教育が重要である。患者の健康に影響を与える決定のほとんどは患者の日常生活の中でなされるため、患者は日々の生活の中で健康を支える決定ができる知識と技術を学ぶ必要がある。従来の医学モデルに基づいた知識提供型の患者教育では糖尿病の血糖コントロールや合併症予防など糖尿病のアウトカムが十分に改善しないことが明らかになってきた。近年エンパワーメントモデルに基づいた患者教育が推奨されている。エンパワーメントモデルが目指すのは、患者が自分自身の潜在的な力に気づき、自分で納得した上で行動を変えていくことである。エンパワーメントモデルのアプローチでは、患者は自分自身の専門家として自発的に活動し、医療者は疾患の専門家として患者と「協働する」関係性を築いていくことが必要である。Fisherらは2つの支援行動Nondirective supportとDirective supportを測定する尺度Nondirective and Directive Support Surveyを開発した。Nondirective supportは「支援を提供する者が支援を受ける者と協働し、支配することなく、支援を受ける者の気持ちや選択を受け入れる」エンパワーメントモデルの支援行動であり、Directive supportは「支援を提供する者が課題の結果に対して責任を持ち、支援を受ける者が正しい感じ方やベストな選択をするよう励ます」従来の医学モデルに基づく支援行動である。エンパワーメントモデルのアプローチを普及させていくためには、臨床の中に活かされるエビデンスを集積していくことが急務であり、この尺度はエンパワーメントモデルの支援を検討していく上で有用であると考えた。研究1ではFisherらが開発したNondirective and Directive Support Surveyの日本語版を開発し、信頼性および妥当性の検証を行った。

一方、糖尿病患者は心理的問題を抱えることが多く、非糖尿病患者に比べうつ病や不安障害を合併しやすい。先行研究では、診察において患者主体の話し合いを行うことで患者の不安が低下したり、エンパワーメントモデルに基づくプログラムで患者の心理的QOL、糖尿病関連負担感、抑うつ症状が改善することが示されている。糖尿病治療でエンパワーメントモデルに基づく支援が提供されることには、不安や抑うつを軽減する効果があるのではないかと考えた。研究2では、医療者から提供されたNondirective supportが糖尿病患者の不安や抑うつを弱める方向に関連しているという仮説を検証するため、Nondirective supportおよびDirective supportが糖尿病患者の不安・抑うつに与える影響について検討した。

2.対象と方法

研究1

関東地方にある糖尿病専門Aクリニックに通院中の糖尿病外来患者の253名(男性104名、女性149名、平均年齢56.9±15.1歳)を対象とした。

Nondirective and Directive Support Survey 日本語版 (NDSS-J)を作成し、(1)確認的因子分析(スクリー法により因子数を決定。主因子法、プロマックス回転による因子分析)で因子的妥当性、(2)Cronbachのα信頼係数で内部一貫性、(3)NDSS-Jの各下位項目とヘルスリテラシースケール、エンパワーメントスケールおよび他者依存性尺度との相関で構成概念妥当性を検証した。

研究2

関東地方にある糖尿病専門Aクリニックに通院中の糖尿病外来患者の253名のうち、欠損値のない218名(男性89名、女性129名、平均年齢57.8±13.6歳)を解析対象とした。

医療者から提供された支援(Nondirective supportおよびDirective support)をNDSS-J、不安・抑うつをK6、セルフケア行動をSummary of Diabetes Self-Care Activities Measure 日本語版 (SDSCA-J)で測定、カルテ記録よりヘモグロビンA1c値と糖尿病細小血管合併症の有無を得た。

Nondirective supportおよびDirective supportの不安・抑うつへの影響を検討するために、モデル1では不安・抑うつを従属変数、Nondirective supportおよびDirective supportを独立変数として投入した重回帰分析(強制投入法)を行った。調整変数は、性別、年齢、不安・抑うつ気分による過去の受診歴である。モデル2ではモデル1に加え、先行研究で抑うつとの関連が示されているセルフケア行動、インスリン使用の有無、血糖コントロール、合併症の総数を独立変数として追加投入した。

3.結果

研究1

(1)因子的妥当性:全対象者の因子分析では2つの因子が抽出され、それぞれ第1因子はNondirective support(19項目)、第2因子はDirective support(9項目)と解釈された。1型および2型糖尿病それぞれを対象としたサブ解析では、2型糖尿病では2つの因子が抽出され、それぞれ第1因子はNondirective support(18項目)、第2因子はDirective support(10項目)と解釈された。1型糖尿病では3つの因子が抽出され、それぞれ第1因子はNondirective support attitude(支援提供者の態度)、第2因子はDirective support、第3因子はNondirective support behavior(支援提供者の行動)と解釈された。

(2)内的一貫性:Cronbachのα信頼係数は0.81~0.91であった。

(3)構成概念妥当性:ヘルスリテラシースケールは、Nondirective supportおよびDirective support両方で有意な正の相関がみられた(Nondirective ρ = 0.28, p < 0.01; Directive ρ= 0.18, p < 0.01)。エンパワーメントスケールは、Nondirective supportのみ有意な正の相関がみられた(ρ = 0.20, p < 0.01)。他者依存性尺度は、Nondirective supportのみ有意な負の相関がみられた(ρ = -0.17, p < 0.01)。

研究2

モデル1:調整済みR2乗0.06の有意なモデルが形成された。不安・抑うつに対しNondirective supportは有意な負の関連(β = -0.28, p < 0.01)、Directive supportは有意な正の関連(β = 0.23, p < 0.05)を示した。

モデル2:調整済みR2乗0.09の有意なモデルが形成された。不安・抑うつに対しNondirective supportは有意な負の関連(β = -0.28, p < 0.01)、Directive supportおよびインスリン使用の有無は有意な正の関連(β = 0.20, p < 0.01; β = 0.25, p < 0.01)を示した。

4.考察

研究1

糖尿病患者全体および2型糖尿病患者を対象として行った因子分析の結果はオリジナル版と同様2因子構造を示し、第1因子がNondirective support、第2因子がDirective supportと解釈された。1型糖尿病患者を対象とした因子分析では3因子構造を示したが、第2因子がDirective support、Nondirective supportが第1因子と第3因子に分かれたと解釈された。本データから導き出された因子構造は、オリジナル版の尺度構成と異なるものであった。主に異なっていた点は、オリジナル版でDirective supportに分類されていた項目が本データから導き出された結果ではNondirective supportに分類されたことだった。本調査を行ったクリニックでは、医療者が患者の目標や行動を選択、決定するのではなく、医療者はあくまでも患者に寄り添い、情報を提供し、その後どのように行動するかを決定するのは患者自身に任せるという姿勢を取っていた。医療者がエンパワーメントモデルに基づく基本姿勢を持ち、患者が選択や決定の権限をきちんと持っている状況では、一見指導的にみえる支援行動や、一見支配力を持つようにみえる支援行動(Directive support)が、協働的な支援行動(Nondirective support)として受け止められる可能性が考えられた。

構成概念妥当性について(1)ヘルスリテラシー(HL):HLは健康情報にアクセスし、理解し、活用する能力である。HLと患者-医師間の情報交換に関する先行研究において、伝達的HLは医師からの情報提供に影響をおよぼし、伝達的HLが高いほど医師から情報提供を多く受けていると認識しているという結果が報告されている。伝達的HLとNondirective supportの相関係数は0.33 (p < 0.01)であり、伝達的HLとDirective supportの相関係数0.15 (p < 0.05)よりも高い値を示した。医師との情報交換が双方向になることを促進するであろう伝達的HLとNondirective supportの関連がDirective supportよりも強いということは、Nondirective supportの協働性を示唆していると考える。(2)エンパワーメント:糖尿病教育が協働的なエンパワーメントモデルに基づくアプローチで目指しているのは、患者が自分自身の潜在的な力に気づき、自分で納得した上で行動を変えていくことである。エンパワーメントは、自分自身の生活や自分が置かれた生活環境・社会に対する力を持つということである。Nondirective supportとエンパワーメントに正の相関がみられたということは、Nondirective supportには、患者自身の潜在的な力を持たせることができることを示唆している。(3)他者依存性:他者依存性尺度は絶えず精神的な支持が得られていないと耐えられない「情緒的依頼心」、相手に受け容れられるか不安があるためあらかじめ自分の方が引き下がる、また、自分の判断力に自信がないため自律的な行動がとりにくい「社会的自信の欠如」の2つの概念からなる。Nondirective supportと他者依存性の負の関連は、Nondirective supportを提供する上である程度の判断力や自律性が必要であること、または、Nondirective supportが提供されることで判断力や自律性が低い状況が改善する可能性を示していると考えられる

研究2

医療者がNondirective supportを提供することが糖尿病患者の不安や抑うつを弱め、Directive supportを提供することが不安や抑うつを強める可能性があることが示唆された。先行研究において、患者にdecision-makingさせることがうつ病を回復する確率を高めること、patient-participationを高めることがアドヒアランスを高めることを通して抑うつ症状の改善に影響を与えることが示されている。Nondirective supportを通して患者の意思決定や治療参加が高められ、不安や抑うつ症状が抑えられた可能性が考えられる。一方、患者の抑うつ症状が重いと、医師は「患者から情報を引き出す」、「状態を説明する」、「エンパワーメントする」、「意思決定させる」ことが少なくなることが先行研究において示されている。本研究の結果は、抑うつ症状が強い人に対しNondirective supportが控えられ、Directive supportが増えていた可能性も考えられる。また、インスリン使用が不安・抑うつを強める方向に影響をおよぼすという結果が得られた。不安・抑うつを引き起こさないインスリン治療の導入を工夫していく必要があるかもしれない。

5.結論

研究1

糖尿病外来患者を対象としたNondirective and Directive Support Survey 日本語版(NDSS-J)は、2因子構造が確認され、第1因子はNondirective support、第2因子はDirective supportと解釈された。Cronbachのα係数は0.81~0.91で十分な信頼性が確認された。外部尺度との相関からNondirective supportおよびDirective supportの構成概念の妥当性が確認された。

研究2

セルフケア行動、インスリン使用の有無、血糖コントロール、合併症とは独立に、Nondirective supportは糖尿病患者の不安・抑うつと負の相関が、Directive supportは糖尿病患者の不安・抑うつと正の相関が認められた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、糖尿病をはじめとする慢性疾患を有する人への支援のあり方として近年推奨されているエンパワーメントモデルに基づく支援(Nondirective support)、および、従来の医学モデルに基づく支援(Directive support)がどのように提供されているか、また、臨床指標にどのような影響を与えるのか明らかにしていく上で有用と考えられるNondirective and Directive Support Survey 日本語版を開発し、その信頼性と妥当性を検証した。次いで、心理的問題を抱えやすい糖尿病患者において、医療従事者から提供された支援が糖尿病患者の精神健康に与える影響について解析を試み、下記の結果を得ている。

1.Nondirective and Directive Support Survey 日本語版の開発

(1)因子的妥当性

オリジナル版と同様2つの因子が抽出され、それぞれ第1因子はNondirective support、第2因子はDirective supportと解釈された。

(2)内的一貫性

Cronbachのα信頼係数は0.81~0.91であり、十分な信頼性が確認された。

(3)構成概念妥当性

外部尺度との相関から、Nondirective supportおよびDirective supportの構成概念の妥当性が確認された。

2.Nondirective supportとDirective supportの糖尿病患者の不安・抑うつに対する影響

(1)不安・抑うつを従属変数、性別、年齢、不安・抑うつによる過去の受診歴を調整変数、Nondirective supportおよびDirective supportを独立変数とした解析を行ったところ、Nondirective supportは不安・抑うつを弱める方向の、Directive supportは不安・抑うつを強める方向の関連が認められた。

(2)先行研究において抑うつとの関連が示されているセルフケア行動、インスリン使用の有無、血糖コントロール、合併症の総数を独立変数として追加投入し解析を行ったところ、Nondirective supportは不安・抑うつを弱める方向の、Directive supportおよびインスリンの使用は不安・抑うつを強める方向の関連が認められた。

以上、本論文は、エンパワーメントモデルに基づく支援(Nondirective support)および従来の医学モデルに基づく支援(Directive support)が、糖尿病患者の精神健康におよぼす影響について明らかにした。本研究は、これまで明確にされることのなかった糖尿病をはじめとする慢性疾患を有する人たちに医療従事者が提供する支援内容の実際と、それらの支援が慢性疾患患者の臨床指標に与える影響の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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