学位論文要旨



No 127623
著者(漢字) 澤谷,由里子
著者(英字)
著者(カナ) サワタニ,ユリコ
標題(和) 知識集約的サービス業におけるサービス・イノベーションの研究 : 価値共創に基づく分析
標題(洋) Research on Service Innovation in Knowledge-Intensive Services : Analysis based on Value Co-creation
報告番号 127623
報告番号 甲27623
学位授与日 2011.12.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第1114号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤垣,裕子
 東京大学 教授 植田,一博
 東京大学 教授 開,一夫
 東京大学 准教授 廣野,喜幸
 東京大学 名誉教授 丹羽,清
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、これまで製造業においてイノベーションの原動力となってきた理工学、主に情報技術(Information Technology, IT)、データ科学、最適化技術等、数理科学の研究開発が貢献したサービス・イノベーション事例を分析し、製造業のサービス化による研究開発行動の変化と、サービス・イノベーションにおける研究開発の顧客との価値共創行動の解明を目的としている。

第1章では、研究の目的と本研究で扱う重要な概念であるサービスについて整理した。第2章では、サービス・イノベーションに関する先行研究を組織間コラボレーションに焦点をあてレビューした。製造業のサービス化による研究開発者の変化の先行研究では、研究開発者の概念的な思考様式の変化を示唆するのに留まり、研究開発者の行動に関する分析は少ないことが示された。また、サービス業を対象としたイノベーション研究では、主にサービス組織の調査が行われ、サービス組織外とのインタラクションの重要性について言及はあるものの研究開発組織への示唆は限られている。製造業を対象とした研究開発とマーケティングとのコラボレーションによる先行研究では、研究開発と顧客の間の情報収集機能であるマーケティングの介在を前提としており、既存製品の機能拡張や開発期間の短縮における研究開発とマーケティングのコラボレーションの有効性を示していた。しかしながら、顧客のサービス・システムの創造を目的とし、顧客が能動的に関わる研究開発との価値共創によるイノベーションについては十分に議論されていなかった。先行研究のレビューの結果、(1)製造業のサービス化にともなう研究開発行動の変化、(2)サービス・イノベーションにおける研究開発と顧客・サービス組織による価値共創についての研究は不十分である事を明らかにした。

第3章では、中心概念である「価値共創」を研究開発において位置づけ、価値共創の場の共有を特徴とする研究開発の行動モデルと、価値共創に基づくサービス・イノベーションの研究開発行動の分析枠組みを提示した。

第4章では、本研究の調査分析方法を示した。本研究では、実証研究の各種手法を比較検討した結果、アンケート調査およびインタビュー調査を行うことにした。製造業のサービス化の先進企業であるIBMで行われたサービス・イノベーションの実験的プロジェクトであるオン・デマンド・イノベーション・サービス(ODIS)の経験者を対象とすることにした。アンケート調査は2度行った。アンケート調査#1とインタビュー調査は、サービス部門に出向しサービス部門と同じ環境でODISを行った研究開発者に対して行った。順序尺度(5点尺度)による設問を設定し、定量的分析に利用できるものとした。インタビュー調査は、アンケート調査#1に表れない研究開発の行動や成果を把握するために実施した。アンケート調査#2は、サービス化による研究開発の行動間の相関を分析するため、出向以外のODIS経験者を含むより広い研究開発者を対象として行った。順序尺度(7点尺度)とテキストによる自由回答による設問を設定し、定量・定性的分析を行うこととした。

第5章では、アンケート調査#1、過去のレポートおよび、インタビュー調査によってサービス化による研究開発行動の変化の分析の結果、下記3点が明らかになった。第1は、サービス組織とのコラボレーションによって研究開発者の行動が変化し、顧客の問題解決を重視し新しい研究領域を作り出す行動(使用価値を出発点とする新規研究開発)を示すようになることが示唆された。「使用価値を出発点とする新規研究開発」を示したグループでは、研究開発者が顧客およびサービス組織と価値共創の場を共有することにより、顧客の使用価値の理解を深めた。その結果、研究開発者が研究対象として捉える領域が単に技術開発だけではなく、顧客のサービス・システムの創造にまで拡張されたことが示唆された。さらに、価値共創の場で得られる情報を積極的に活用することによって、新しい研究領域を創出する行動も新たに観察された。一方、「研究開発基点の技術開発」においても、技術開発を注視しつつ、顧客やサービス組織での技術の使い方について理解を深める事、顧客の使用価値を理解することの重要性が認識されており、思考様式の変化が示された。第2として、サービス研究において研究開発者によって創造された成果は、技術だけではなく、顧客の使用価値の具現化のために技術をサービス・システムに埋め込むための統合・デザイン手法や、顧客やサービス組織の保持する知識から得られた現場知にまで至る事が示された。第3は、サービス・システムのタイプに関してである。「顧客とのインタラクションの度合い」と「システム化の度合い」によりサービス・イノベーション事例を分類した。それによって、R&Dマネジメント・サービスを代表とするプロフェッショナル・サービス、テキスト分析技術の多様なビジネスでの適応等のIT化されたフロント・ステージのサービスおよび、最適化技術の応用等を含むIT化されたバック・ステージのサービスとしてサービス・システムの特性を整理することができた。

第6章では、アンケート調査#2の結果を用い、価値共創の場の共有を特徴とする研究開発の行動間の相関を分析した。その結果、研究開発者が研究対象として捉える領域が単に技術開発だけではなく、顧客のサービス・システムにまで拡張され、顧客との価値共創の場の議論によって新しい課題の発見、ビジネス領域の発見が行われ、それによって研究領域の発見が促されることが示された。また、サービス組織と研究開発組織間の相互理解により、価値共創が促進されることが示唆された。一方、顧客やサービス組織の保持する現場知は、技術を深める議論には必ずしも有用ではないことが示され、使用価値の実現のみを重視するのではなく技術深化の行動を考慮したマネジメントが必要であることが示唆された。

第7章では、アンケート調査#2から、サービス研究における成果とサービス・プロジェクトがきちんと完了することとの関係を分析した。その結果、サービス・イノベーションのためには、顧客の使用価値の具現化のために技術をサービス・システムに埋め込むための統合・デザイン手法の開発が重要であることが明らかになった。サービス研究の課題の分析では、価値共創の場のマネジメントの必要性が示された。サービス研究の統合・デザイン手法、現場知等の成果を得るためには、価値共創の場でのサービス組織・顧客とのインタラクションが重要である。価値共創の場における効果的な活動のために、研究所と関連する組織間の相互理解の向上を含めたマネジメント施策の必要性が示唆された。また、サービス・プロジェクトのタイプごとにサービス・イノベーションに対して異なる知識が貢献しており、研究開発マネジメントの観点からサービス・プロジェクトのタイプ別の管理の必要性が示された。

本研究の意義は次の3点である。まず第1は、製造業の技術を基礎とした研究開発を対象とし、サービス化による研究開発者の研究開発行動の変化の分析と、顧客との価値共創の場の共有を特徴とする研究開発の行動を、研究開発者、サービス・プロジェクト・レベルで定性的・定量的に分析したことである。従来から、サービス産業レベル、企業レベルの研究が行われていたが、マクロ・レベルの調査においてサービス・イノベーションの実態をつかむ事には限界があり、サービス・イノベーションの概念の提示に留まっていた。また、サービス・イノベーション研究では、サービス業のサービス組織と顧客とのコラボレーションに関する研究が行われてきたが、技術を基礎とする研究開発に注目した研究は十分に行われていなかった。本研究のように、実際にサービス・プロジェクトに関わった技術を基礎とする研究開発者に対するアンケート調査およびインタビュー調査を行い定性的・定量的に分析した先行研究はほとんどない。本研究では、製造業のサービス化による研究開発行動の変化と、サービス・イノベーションにおいて研究開発の成果である統合・デザイン手法の重要性を明らかにした。

第2は、顧客との価値共創の場の共有を特徴とする研究開発者の行動間の相関分析を行い、研究開発の行動モデルの検証を行った事である。顧客やサービス組織との深い議論によって新しい課題の発見、ビジネス領域の発見が行われ、それによって研究領域の発見が促されることが示された。また、サービス・イノベーションにおいては、技術以外の貢献が強調されがちだったが、今回調査を行った製造業の研究開発によるサービス・イノベーション事例においては、技術を基礎にした研究開発者の行動も重要な要素である事が示された。価値共創の場の共有を特徴とするサービス研究の研究開発者の行動を分析し、構造化した先例はほとんどなく、独自性があるものと考える。

第3は、サービス・イノベーションにおけるサービス・システムのタイプとサービス研究の成果の関係を明らかにし、サービス研究を実施する際の課題を整理した点である。サービス・イノベーションにおいて、価値共創の場のマネジメントの必要性を示したことは、研究開発マネジメントの実務上大きな示唆を与える。さらに、「顧客とのインタラクションの度合い」と、「システム化の度合い」の観点からサービス・イノベーション事例を分類し、サービス・システムのタイプ別の研究開発マネジメントの重要性を示した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、製造業においてサービスの視点を導入することによって研究開発行動がどのように変化するかを分析し、顧客と研究開発者の価値共創がサービスのイノベーションを生み出し、かつ新たな研究領域を生み出すことを明らかにしたものである。これまでのサービス・イノベーションに関する先行研究では、サービス業を対象にしたものが多く、製造業を対象とした研究は限られていた。また製造業を対象とした数少ない研究では、製造業のサービス化による研究開発者の思考様式の変化を示唆するのに止まり、研究開発者の行動にまで分析が及んでいなかった。さらに、製造業における研究開発で、顧客が能動的に関わり研究開発者との価値共創を行った場合、どのようなものが生み出されるかについては明らかになっていなかった。本論文は、実在する企業の製造業の現場における研究開発者の行動を調査することによって、これら先行研究に欠けていた知見を明らかにした。

本論文は以下の8章からなる。

第1章では、サービスという概念について整理し、本論文の背景と目的を述べている。第2章では、サービス・イノベーションに関する先行研究を、サービス業、製造業のそれぞれを対象とした組織間コラボレーションに焦点をあててレビューし、先行研究でまだ明らかになっていない事柄を精査した。

第3章では、本研究の中で扱う顧客と研究開発者の「価値共創」概念に焦点をあて、これに基づく研究開発行動の特徴を吟味した。第4章では、第3章の概念分析をもとに、これを現場調査として行う上での方法論を示した。製造業でサービス化を行っている先進企業であるIBMを対象とし、この会社におけるサービス・イノベーションの実験的プロジェクトであるODIS(オン・デマンド・イノベーション・サービス)の経験者を対象とすることとし、2回の質問紙調査とインタビュー調査を行った。

第5章では、質問紙調査1、過去のレポート、およびインタビュー調査をもとに、製造業のサービス化に伴って研究開発行動がどのように変化するかについての分析結果を示した。第一に、サービス組織とのコラボレーションによって、顧客と研究開発者による「価値共創」の場がつくられ、製造業の研究開発者の行動が変化し、顧客の問題解決を重視した新しい研究領域を作り出す行動を示すことが示唆された。第二に、研究開発者によって創造された成果は、技術だけではなく、顧客の使用価値を実現するためのデザイン手法にまでいたることが示唆された。

第6章では、質問紙調査2を用いて、第5章で見られた傾向を統計的に検証した。質問紙のなかの各質問項目への応答をもとに「組織間相互理解」「価値共創」「新研究領域の実現」を得点化し、それぞれの相関を検討した。その結果、「組織間相互理解」と「価値共創」の間の相関が高く、また「価値共創」と「新研究領域の実現」の間の相関が高いことが示唆された。

第7章では、質問紙調査2を用いて、製造業のサービス化による成果を中心に分析を行った。つまり、成果がきちんと出て、プロジェクトがきちんと完了するためには何が必要であるかを分析した。その結果、顧客と研究開発者との間のインタラクションが進むためには、サービス研究のデザイン手法および現場知が必要であることが示唆された。さらに、顧客と研究開発者とサービス組織との相互作用のために、研究所と関連組織間の相互理解の向上、およびサービスプロジェクトのタイプ別のマネジメントの必要性が示唆された。第8章ではこれらの成果をまとめた結論を述べている。

本研究より得られた知見は、製造業の技術を基礎とした研究開発を対象とし、産業レベル、企業レベルといったマクロ・レベルの分析ではなく、実際のプロジェクトと対象とした調査によって、製造業における技術を基礎とする顧客と研究開発者のコラボレーションによる「価値共創」による研究開発者の行動の変化とその成果を具体的に明らかにした。これらの知見は、今後の製造業のサービス化のための技術経営に指針を与えるものであり、技術経営論という研究分野の発展におおいに資するものである。

したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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