学位論文要旨



No 127626
著者(漢字) 岡田,健
著者(英字)
著者(カナ) オカダ,ケン
標題(和) 肝発生過程における肝幹・前駆細胞の時系列的解析
標題(洋)
報告番号 127626
報告番号 甲27626
学位授与日 2011.12.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第743号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中内,啓光
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 教授 吉田,進昭
内容要旨 要旨を表示する

[背景]

肝臓は成体内で最大の臓器であり、多数の代謝機能を有する個体の恒常性維持に必須な臓器である。しかし胎児期における肝臓は造血器官であり、肝発生中期にaorta-gonad-mesonephros 領域から流入してきた血液幹細胞が増殖しており、発生過程で機能が大きく変化するのが肝臓の特徴の一つである。

マウスの肝臓では、胎生9日目(E9)前後に心臓や横中隔組織から誘導を受けて腸管の一部から肝臓原基が形成される。肝臓原基に含まれる肝幹・前駆細胞はhepatoblastと称され、高い増殖能及び二方向性への分化能を有する。細胞外マトリクスをコートした培養皿上で胎生肝臓の細胞を低密度培養することで、単一細胞からalbumin(肝細胞マーカー)陽性の細胞とcytokeratin 19(CK19:胆管細胞マーカー)陽性の細胞からなる大型のコロニーが形成される。このような幹・前駆細胞様の活性を持つ細胞を"hepatic colony forming unit in culture (H-CFU-C)"と定義しており、セルソーターとH-CFU-Cコロニーアッセイ系による単一細胞レベルでのhepatoblastの解析が進んでいる1。肝発生中期(E13)におけるhepatoblastの特異的細胞表面マーカーとしてDlkやLiv2、CD13等が報告されており、増殖・分化機構を制御する転写因子などの分子機序の解析が行われている2 3, 4。

一方、腸管から肝芽が形成された直後の肝発生初期(マウスE9.5、E10.5)におけるhepatoblastの動態・性状の詳細は未だ不明である。Liv2陽性の細胞が発生に伴って増加することが報告されているが3 、in vitroで肝発生初期のhepatoblastを培養できる系が存在せず、特異的マーカー等の解析が不可能であった。肝発生初期におけるhepatoblastの詳細を明らかにすることにより、内胚葉から臓器が形成される動的な細胞の変化の解析を通じた発生学的な知見が得られるのみならず、embryonic stem (ES)細胞やinduced pluripotent stem (iPS)細胞等の多能性幹細胞から各種臓器を構成する細胞を誘導する上でも有用な知見が得られると考えられる。

[目的]

肝発生初期(E9.5及びE10.5)の肝臓細胞をin vitroにおいて増殖・分化誘導可能な培養系を構築することで、肝発生初期におけるhepatoblastの性状(特異的細胞表面マーカーの同定等)や機能を解析する。また、同定した膜表面抗原マーカーを指標にして肝発生初期及び中期の各ステージにおけるhepatoblastを純化し、細胞の形質を時系列的に解析する。

[実験方法]

肝発生初期から中期におけるhepatoblastの解析を行うため、各発生段階(マウスE9.5からE13.5)の肝臓細胞を分画および培養し、高い増殖能及び複数の系統への分化能という幹・前駆細胞の形質を有する細胞集団の同定を行った。次に各発生段階での遺伝子発現やタンパク質の発現を比較することで、肝発生におけるhepatoblastの時系列的な解析を行った。

具体的には、まず各発生段階から胎児肝臓を手術的に分離し、コラゲナーゼ処理を行った。分散させた胎児肝臓の細胞を各種膜表面抗原で染色した後にセルソーターにより解析を行い、純化した細胞をH-CFU-Cコロニーアッセイ系やマウス繊維芽細胞(MEF)との共培養系により解析した。膜表面抗原として、肝発生中期のhepatoblastのマーカーとして同定されているものを用いた。肝発生初期から中期にかけて高い増殖能と多分化能を有する細胞集団を同定し、遺伝子発現あるいはタンパク質の発現等を発生段階別に解析した。

[結果]

1. 各発生段階の肝臓細胞におけるhepatoblastマーカーの発現解析及びin vitroでの培養

肝発生中期(E11.5からE14.5前後)のhepatoblastのマーカーであるCD13及びDlkの発現を発生段階の肝臓細胞で解析した結果、肝発生初期(E9.5、E10.5)においてもCD13・Dlk両陽性細胞の存在を確認した。肝発生初期の胎児肝臓細胞におけるCD13・Dlk両陽性細胞の機能解析のために、タイプIコラーゲン上でのH-CFU-Cコロニーアッセイ系での培養を行なった結果、肝発生中期由来の細胞と異なりほとんどコロニー形成能が認められず、この条件では増殖できないことが分かった。

肝発生初期の肝臓で間葉系細胞特異的に発現しているHlxの欠損マウスでは、肝臓形成に異常があることが報告されている5。つまり、間葉系細胞との相互作用がhepatoblastの増殖に重要である可能性が示唆されている。そこで、この相互作用を模倣するため、MEFをfeeder細胞としてCD13・Dlk陽性細胞との共培養を行った。この結果、肝発生初期(E9.5)の単一のCD13・Dlk共陽性細胞に由来するコロニーが形成され、肝細胞様の細胞及び胆管上皮細胞様の細胞の両者から構成されていた。つまり、肝発生初期においてもCD13・Dlk共陽性細胞がhepatoblastの性質を有すると示された。

2. 各発生段階におけるCD13・Dlk共陽性細胞の時系列的解析

以上より、肝発生初期から中期にかけてCD13及びDlkを指標とすることでhepatoblastの純化が可能となった。各発生段階のCD13・Dlk共陽性細胞における遺伝子発現を解析した結果、CD13・Dlk共陽性細胞はE9.5からE13.5にかけて肝細胞特異的遺伝子の発現が有意に上昇していた。一方、内胚葉系前駆細胞のマーカーの発現はE9.5で最も強く、その後急激に減少していたことから、E9.5のCD13・Dlk共陽性細胞は前腸内胚葉前駆細胞としての性質を保持していると考えられる。

3. 肝発生初期のCD13・Dlk共陽性細胞の生存/増殖におけるRock-myosin II 経路の解析

肝発生初期におけるhepatoblastの生存/増殖を制御するシグナル経路を解析するため、様々なシグナル経路阻害剤を培地に加えて培養を行った。この結果、Rock阻害剤を添加することで、E9.5およびE10.5のCD13・Dlk共陽性細胞由来のコロニー数が有意に増大した。Rockシグナルの下流の因子の一つであるmyosin IIの活性を阻害した結果、Rockを阻害した際と同様に肝発生初期におけるCD13・Dlk共陽性細胞のコロニーの増殖が見られた。つまり、Rock-myosin II経路は肝発生初期におけるhepatoblastのin vitroでの増殖を負に制御している可能性が示唆された。Rockあるいはmyosin IIの阻害剤を培地に添加する時期を検討したところ、肝発生初期のhepatoblastの生存/増殖を促す上で、いずれの阻害剤も培養の初期に特に作用すると示唆された。なお、Rock阻害剤によるコロニー形成率の改善効果は、E13.5のCD13・Dlk共陽性細胞では認められず、肝発生初期の細胞に特異的であった。

4. MEFによる共培養系における細胞間接着及び分泌因子の影響の解析

MEFとの細胞間接着、またはMEFから分泌される液性因子による、初期hepatoblastの増殖制御機構の解明のために、通常のタイプIコラーゲンコート上で、MEFの馴化培地あるいは新鮮な培地を用いた培養を試みた。この結果、馴化培地を用いることで肝発生初期のCD13・Dlk共陽性細胞から多分化能を示す大型のコロニーが少数だが形成された。馴化培地を用いずに新鮮培地を用いた場合はほとんどコロニー形成能を示さなかったことから、MEFから分泌される液性因子がCD13・Dlk共陽性細胞の増殖を部分的に促進することが明らかとなった。

5. CD13・Dlk共陽性細胞において観察されたblebbing

Rockあるいはmyosin IIの阻害剤が特に培養の初期に効果を示したため(結果3)、Rock阻害剤存在下あるいは非存在下における培養開始直後のhepatoblastの動態の解析を試みた。MEF上ではhepatoblastの動態の解析が困難なため、細胞外マトリクス成分上での培養系を構築し、time lapse観察を行った。この結果、Rock阻害剤存在下では肝発生初期のhepatoblastの多くが細胞外マトリクス成分上に広がって吸着したのに対し、非存在下ではhepatoblastの多くが吸着しなかった。また、Rock阻害剤の非存在下では、hepatoblastの細胞膜が激しく波打つ現象が観察されたが、この現象はRock阻害剤の存在下では観察されなかった。近年、分散させたヒト多能性幹細胞で生じるアポトーシスがRock-myosin II経路依存的であり、またblebbingと呼ばれる細胞膜が波打つ現象を伴うことが報告された。そこで、ヒトiPS細胞および肝発生初期のCD13・Dlk共陽性細胞における、blebbingの比較を行った。その結果、両方の細胞でRock阻害剤の非添加時のみblebbingが認められた。

[考察]

肝発生初期における肝幹・前駆細胞は、これまで適切な培養系が存在しなかったために特異的な膜表面抗原の同定がなされず、その解析は困難であった。本研究ではMEFをフィーダー細胞に用いた新規培養系を樹立し、CD13・Dlk共陽性細胞が肝発生初期から中期にかけて二方向性の分化能及び高い増殖能を有するhepatoblastであることを単一細胞レベルで示した。しかし同時に、CD13・Dlk共陽性細胞は発生段階によって遺伝子の発現プロファイルが異なっており、特に肝発生初期のCD13・Dlk共陽性細胞は内胚葉系前駆細胞に類似した性質を保持していると示唆された。また、肝発生中期のCD13・Dlk共陽性細胞とは異なり、初期の共陽性細胞の培養には間葉系細胞との相互作用及びRock-myosin II経路の阻害が必要であることからも、CD13・Dlk共陽性細胞は肝発生初期から中期にかけて形質を変化させている可能性が示唆された。ヒト多能性幹細胞は単一細胞に分散すると、Rock-myosin II経路依存的にblebbingを伴ってアポトーシスを起こす6。本研究では、肝発生初期のhepatoblastの単一細胞からの増殖にRock-myosin II経路の阻害が必要であり、Rock阻害剤の非存在下ではblebbing様の現象が観察されることを明らかにした。blebbing現象はRock阻害剤の存在下では認められず、臓器発生段階の上皮系組織幹細胞で、ヒト多能性幹細胞と同様にRock-myosin経路が細胞死抑制・増殖に重要なことを示唆している。Rock-myosin II経路が肝発生初期のCD13・Dlk共陽性細胞において有する機能について今後詳細な検討が必要であると考えている。

1.Suzuki A et al., Hepatology 2000;32:1230-1239.2.Tanimizu N et al., J Cell Sci. 2003;116:1775-1786.3.Watanabe T et al., Dev Biol 2002;250:332-347.4.Kakinuma S et al., J Hepatol 2009.5.Hentsch B et al., Genes Dev 1996;10:70-9.6.Ohgushi M et al., Cell Stem Cell 2010;7:225-39.

図 1 マウス胎児肝臓由来の肝幹・前駆細胞の培養及び解析の概要

審査要旨 要旨を表示する

本論文は肝発生初期(マウス胎生9.5日目及び10.5日目)の肝臓細胞をin vitroにおいて増殖・分化誘導可能な培養系を構築することで、肝発生初期における肝臓の幹・前駆細胞(hepatoblast)の性状を明らかにした。

本論文は緒言、結果及び考察により構成される。緒言においては、幹細胞の定義や、肝臓の発生、そして胎生期のhepatoblastについて概説が行われている。肝発生中期のhepatoblastについては培養系及びマーカーが明らかにされているためにその性状解析が進んでいるが、肝発生初期のhepatoblastについては適切な培養系がないために単一細胞レベルでの解析が進んでいなかったことが述べられている。

研究結果の報告ではまずE9.5からE13.5の各発生段階の胎児肝臓から得られた肝臓細胞におけるCD13及びDlkの発現の解析がなされた。CD13及びDlkは肝発生中期のhepatoblastマーカーである。CD13・Dlk共陽性細胞の機能解析のために、タイプIコラーゲン上でのH-CFU-Cコロニーアッセイ系での培養を行なった結果、肝発生中期由来の細胞と異なり、肝発生初期由来の胎児肝臓細胞はほとんどコロニー形成能を認めなかった。

間葉系細胞との相互作用がhepatoblastの増殖に重要である可能性が過去の報告により示唆されている。そこで、本論文ではこの相互作用を模倣するため、mouse embryonic fibroblast (MEF) をfeeder細胞としてCD13・Dlk陽性細胞との共培養を行う系の構築を行った。この結果、肝発生初期(E9.5)の単一のCD13・Dlk共陽性細胞に由来するコロニーが形成され、肝細胞様の細胞及び胆管上皮細胞様の細胞の両者から構成されていた。つまり、肝発生初期においてもCD13・Dlk共陽性細胞がhepatoblastの性質を有すると示された。

次に各発生段階のCD13・Dlk共陽性細胞における遺伝子発現の解析が行われている。この結果、CD13・Dlk共陽性細胞はE9.5からE13.5にかけて肝細胞特異的遺伝子の発現が有意に上昇していた。一方、内胚葉系前駆細胞のマーカーの発現はE9.5で最も強く、その後急激に減少していたことから、E9.5のCD13・Dlk共陽性細胞は前腸内胚葉前駆細胞としての性質を保持していると考えられる。

更に本論文では肝発生初期におけるhepatoblastの生存/増殖を制御するシグナル経路を解析するため、様々なシグナル経路阻害剤を培地に加えて培養を行った。この結果、RockまたはRock下流のMyosin II分子の活性を阻害することでE9.5およびE10.5のCD13・Dlk共陽性細胞由来のコロニー数が有意に増大した。なお、Rock阻害剤によるコロニー形成率の改善効果は、E13.5のCD13・Dlk共陽性細胞では認められず、肝発生初期の細胞に特異的であった。Rock阻害剤によるコロニー形成効率向上の分子機序を明らかにするため、Rock阻害剤存在下あるいは非存在下におけるhepatoblastの動態の解析が行われた。この結果、Rock阻害剤存在下では肝発生初期のhepatoblastの多くが培養面上に広がって吸着したのに対し、非存在下ではhepatoblastの多くが吸着しなかった。また、Rock阻害剤の非存在下では、多くのhepatoblastにおいてblebbing現象が観察されたが、この現象はRock阻害剤の存在下では観察されなかった。

最後に本論文では考察として、肝発生初期及び肝発生中期のhepatoblastが生体内でおかれている環境との比較から、本培養系におけるMEFの果たす役割について論じている。また、発現遺伝子のプロファイルより、CD13・Dlk共陽性細胞はE9.5の時期においてはE13.5の時期とは異なり、原腸内胚葉細胞としての性質を一部有している点が議論された。さらに、単一細胞に分散した肝発生初期のhepatoblastにおいて観察されたblebbingがRockの活性依存的に生じる原因について、上皮系組織である原腸内胚葉からhepatoblastが分化誘導される点を考慮した考察がなされた。

以上の内容により構成された本論文は、これまで解析が困難であった肝発生初期のhepatoblastについて、フィーダー細胞との共培養系の構築を通じて単一細胞レベルでの解析を可能にし、肝発生中期のhepatoblastとは異なる形質を有することを明らかにしたことから、本学博士論文として十分な内容であると判断される。また、論文提出者は審査会において審査委員の質問に対して適切に答えることができた。

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