学位論文要旨



No 127627
著者(漢字) 鈴木,奈穂
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ナオ
標題(和) テラトーマ形成を介した人工多能性幹細胞からの機能的な造血幹細胞の分化誘導
標題(洋)
報告番号 127627
報告番号 甲27627
学位授与日 2011.12.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第744号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中内,啓光
 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 准教授 佐藤,均
 東京大学 准教授 秋山,泰身
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

現在、白血病やその他の血液疾患について造血幹細胞移植が有効な治療手段として用いられているが、一方で造血幹細胞移植は慢性的なドナー不足などの深刻な問題を抱えている。そのため、再生医療の分野では体外で造血幹細胞を増殖させる技術や造血幹細胞を誘導する技術の開発に期待が寄せられている。しかし、機能的な造血幹細胞をex vivoで無限に増殖させることは未だに困難である(1)。

近年、体細胞のダイレクトリプログラミング技術は、患者自身から胚性幹細胞 (Embryonic stem cells:ES細胞)とほぼ同等の能力を持つ多能性細胞を樹立することを可能にした(2)。この人工多能性幹細胞 (Induced pluripotent stem cells :iPS細胞) は、自己複製能と増殖能を合わせ持ち、様々な血液細胞にも分化することが可能である。従って、iPS細胞をin vitroで造血幹細胞に誘導できる技術を開発すれば、骨髄や臍帯血に替わる新たな移植ソースとして血液疾患の治療に用いることができる。これまでに、in vitroにおいて、ES細胞から造血幹細胞への分化誘導に関する知見は多数報告されている。しかし遺伝子を導入することなくES/iPS細胞から移植可能な造血幹細胞を分化誘導した例はない。

そこで我々は、造血幹細胞の誘導方法としてテラトーマに着目した。テラトーマは、ES細胞やiPS細胞などの多能性幹細胞を免疫不全マウスに移植した際に得られる良性腫瘍であり、三胚葉系の様々な組織へ分化した細胞が含まれている。既に過去の知見により、テラトーマやテラトカルシノーマの中にはES細胞由来の赤血球、巨核球などが形成されることが報告されている(3, 4)。以上より我々は、テラトーマを作製する過程で造血幹細胞の維持に必要とされるサイトカインや造血を支持するストローマ細胞を投与することで、テラトーマ内にiPS細胞由来の造血幹細胞を誘導できるのではないかと考えた。また、成体内の造血幹細胞は骨髄にホーミングする特性があることから、テラトーマ中に誘導したiPS細胞由来の造血幹細胞もホストマウスの骨髄に移行しうるのではないかと仮説を立てた (Fig. 1右)。

【目的】

本研究では、レポーター遺伝子以外のいかなる遺伝子導入も行わずにマウスあるいはヒトiPS細胞を機能的な造血幹細胞に分化誘導させることを目的とし、その方法としてテラトーマを介したin vivoでの誘導法の開発を目指した。

【方法】

テラトーマを作製するために免疫不全マウスの皮下にiPS細胞を注入するとともに次の条件で造血幹細胞への分化誘導を試みた。(1)コントロールとしてiPS細胞のみを注入する群。(2)造血系サイトカイン(SCFとTPO)をiPS細胞の注入と同時に浸透圧ポンプに入れ皮下に埋め込み、2週間継続投与する群。(3)OP9ストローマ細胞をiPS細胞と混合してマウスに注入する群。(4)サイトカインとOP9を両方投与する群。以上の4つの条件下で、テラトーマが形成されたマウスにおける末梢血中のiPS由来の血液細胞の頻度と、骨髄細胞中の造血幹前駆細胞の頻度をFluorescence activated cell sorting (FACS)にて解析し、誘導効率を比較した。また、iPS細胞由来の造血幹前駆細胞が検出された場合には、骨髄再建能および多分化能を有するかを確認するために、テラトーマが形成されたマウスの骨髄細胞を放射線照射したレシピエントマウスに移植し、移植後の末梢血におけるiPS由来の血液細胞のキメリズムをFACSにて解析した。さらに、分化した造血幹細胞が長期骨髄再建能を有するかを確認するために、二次移植を行った (Fig. 1左)。

我々はまず、造血活性の高いLnk(-/-) GFPマウスよりiPS細胞を樹立し(Lnk(-/-) GFP iPS)、テラトーマの作製と誘導条件の検討を行った。Lnkはノックアウトすることで造血幹細胞の数や機能が亢進することが報告されているLnk(-/-) iPS細胞より造血幹細胞が誘導されれば、誘導効率が低い場合でも移植時に高い造血能が期待でき、骨髄再建能の確認が容易である。

次に、正常なiPS細胞から機能的な造血幹細胞が誘導されるかどうかを検討するために、上記で確立した最も良い条件を用いてGFPマウスあるいは健常人よりiPS細胞を樹立し(各GFP iPS、hiPS)、テラトーマを作製して同様の解析を行った。

【結果】

1. Lnk(-/-) GFP iPS細胞を用いた造血幹細胞誘導条件の検討

Lnk(-/-) GFP iPS細胞よりテラトーマが形成されたマウスの末梢血をFACS解析した結果、造血幹細胞への誘導を行った各群においてiPS細胞由来の血液細胞であるGFP+CD45+細胞が検出され、その割合はiPS細胞を注入して12週後に最も高くなることが分かった。iPS細胞注入12週後における、末梢血のGFP+/CD45+細胞の頻度は、(4)サイトカイン+OP9投与群で4.26 ± 3.79%と最も高かった。また、同時期の骨髄細胞を解析した結果、造血前駆細胞(Lineage-)、造血幹前駆細胞(lineage-c-kit+Sca-1+ : KSL)および造血幹細胞(CD34-KSL)の全ての分画にGFP+細胞が検出された。骨髄中のGFP+ KSL細胞の頻度は、末梢血同様に(4) サイトカイン+OP9投与群(0.471 ± 0.461%)で最も誘導効率が高い結果となった。

2. Lnk(-/-) GFP iPS細胞から分化した造血幹細胞の機能解析

Lnk(-/-) GFP iPS細胞由来の造血幹細胞が機能的な造血活性を有しているかを評価するために、iPS細胞注入12週後の骨髄細胞より、GFP+ CD34-KSL細胞をsingle cell sortし、コロニーアッセイを行った。その結果、GFP+ CD34-KSL細胞は顆粒球、単球、赤芽球、巨核球と全ての血球系譜を形成したため、Lnk(-/-) GFP iPS細胞由来の造血幹細胞は、多分化能を有することが確認された。

また、骨髄移植の結果、移植12週後においても、レシピエントマウスの末梢血、脾臓、骨髄においてGFP+ CD45+細胞は高い骨髄再建能(キメリズム)を示し、全ての血球系へ分化していることが確認された。さらに二次移植を行った結果、12週後においてもやはりGFP+ CD45+細胞は高いキメリズムを示した。以上の結果からLnk(-/-) GFP iPS細胞由来の造血幹細胞は、機能的にも長期骨髄再建能を有していることが示唆された。また、二次移植後24週まで経過を観察しても、白血病及びその他の血液異常を発症したマウスは確認されなかった。このことから、Lnk(-/-) GFP iPS細胞由来の造血幹細胞は正常な造血能を有することが示唆された。

3. テラトーマ形成を介したGFP iPS細胞からの機能的な造血幹細胞の誘導

GFP iPS細胞注入12週後の、テラトーマが形成されたマウスの末梢血におけるGFP+/CD45+細胞の割合は条件(4)サイトカイン+OP9投与群で最も高く、0.3 ± 0.12%であった。また、同時期の骨髄細胞では、全ての造血幹前駆細胞分画にGFP+細胞が検出された。

テラトーマが形成されたマウスから骨髄移植を行った結果、移植12週後においても、レシピエントマウスの末梢血、脾臓、骨髄にiPS由来の細胞が生着しており、全ての血球系へ分化していることが確認された。また、レシピエントマウス骨髄のLin-細胞、KSL細胞、CD34-KSL細胞に高いキメリズムでGFP+細胞が検出された。さらに、二次移植では、レシピエントマウスの骨髄細胞を全て移植した場合はキメリズムが顕著に減少するものの、骨髄よりGFP+CD34-KSL細胞を40個分取し競合的に移植した結果、12週後まで高いキメリズムが確認された。このことより、GFP iPS細胞由来の造血幹細胞は、長期骨髄再建能を有した機能的な造血幹細胞であることが示唆された。

4. hiPS細胞からの機能的な造血幹細胞の誘導

最後に、我々は上記の実験系がhiPS細胞にも応用できるかどうかを検討した。NOD/SCIDマウスにhiPS細胞とOP9細胞、SCF+TPOのサイトカインポンプを投与し、12週後に末梢血と骨髄を解析した。その結果、末梢血中でmCD45-hCD45+を示す細胞が検出されたマウスは、1/15匹であった。しかし、骨髄中にmCD45-hCD45+が検出されたマウスは10/15匹で、その中には終末分化した血球細胞であるhCD45+hCD34-、造血幹細胞分画といわれているhCD45dullhCD34+ 等の細胞が検出された。そこで、骨髄中にmCD45-hCD45+が検出されたマウスから骨髄細胞を、あるいはmCD45+細胞を除いた骨髄細胞を分取しNOD/SCIDあるいはNOD/SCID/JAK3nullマウスをレシピエントとして移植を行った結果、いずれの群においてもレシピエントマウスへ生着し、全ての血球系に分化していることが確認された。また、NOD/SCIDマウスよりもさらに重症な免疫不全であるNOD/SCID/JAK3nullマウスの方が生着したマウスの割合が多い結果となった。

【考察】

本研究において、我々はiPS細胞より遺伝子を導入することなく機能的な造血幹細胞を分化誘導しうることを明らかにした。今回確立したテラトーマ形成を利用した分化誘導法の特徴は、テラトーマを作製する過程で造血幹細胞の維持に必要とされるサイトカインや造血を支持するストローマ細胞を加えたことである。これによりiPS細胞の造血系への分化を促進させ機能的な造血幹細胞を効率的に分化誘導させることができたと考えられる。現在までのところ、iPS細胞由来の造血幹細胞を移植したレシピエントマウスにおいて白血病やその他の異常を示したマウスは見られない。その理由として、テラトーマはin vivoでの骨髄環境に順ずる環境であることから、iPS細胞が比較的正常に近い造血幹細胞分化のステップとエピジェネティックな変化を遂げたと考えられる。

また、近年では造血幹細胞や前駆細胞からもiPS細胞を誘導することが可能となった(5)。血液細胞由来iPS細胞はその元となる血液細胞と似たエピジェネティックなゲノムの修飾を持ち、血液細胞に分化しやすいとの報告例もある (6)。そのため、今回確立した系に造血幹細胞由来のiPS細胞を用いることでより造血幹細胞への分化効率が上がる可能性がある。

再生医療の将来戦略としてin vitroで細胞を分化誘導させて用いる方法、胚盤胞補完による異種の動物を用いたヒト臓器の作製などの方法が考えられる。しかしin vitro 誘導法では、生体内での環境を完全に再現できない為、分化させた細胞の機能が不完全である (7)。また、胚盤胞補完では、現段階でキメラ形成能のあるhiPS細胞を樹立することができないためヒトに応用することは難しい。本方法では生体内の環境で造血幹細胞を誘導しており、またキメラ形成能がなくてもテラトーマ形成能があるhiPS細胞をからも誘導可能である為、最も優れた方法であると考えられる。以上より、iPS細胞からの機能的な造血幹細胞の誘導法は、従来の移植治療に新たな移植ソースを提唱する画期的な技術であり幹細胞治療に新たな局面をもたらすものと考えられる。

1. Zhang, C.C. & Lodish, H.F. Blood 105, 4314-4320 (2005).2. Takahashi, K. & Yamanaka, S. Cell 126, 663-676 (2006).3. Cudennec, C. & Nicolas, J.F. J Embryol Exp Morphol 38, 203-210 (1977).4. Cudennec, C.A. & Salaun, J. Cell Differ 8, 75-82 (1979).5. Eminli, S., et al. Nat Genet 41, 968-976 (2009).6. Watarai, H., et al. J Clin Invest.7. Kyba, M., Perlingeiro, R.C. & Daley, G.Q. Cell 109, 29-37 (2002).

Fig.1 テラトーマ形成を介したiPS細胞からの造血幹細胞誘導方法と造血幹細胞のホーミング

審査要旨 要旨を表示する

本論文は5章から構成される。まず、研究背景として、白血病などの血液疾患について造血幹細胞移植が有効な治療手段として用いられているが、一方で造血幹細胞移植は慢性的なドナー不足や生着不全などの深刻な問題を抱えている現状がある。論文提出者は、この問題を打開するために現行の治療法に患者から作製したiPS細胞を造血幹細胞に分化させ、ドナーに依存しない新たな移植ソースを提唱することを考えた。そのために、論文提出者は造血幹細胞の誘導方法としてテラトーマに着目した。テラトーマは、ES細胞やiPS細胞などの多能性幹細胞を免疫不全マウスに移植した際に得られる良性腫瘍であり、三胚葉系の様々な組織へ分化した細胞が含まれている。論文提出者はテラトーマを作製する過程で造血幹細胞の維持に必要とされるサイトカインや造血を支持するストローマ細胞を投与することで、テラトーマ内にiPS細胞由来の造血幹細胞を誘導できるのではないかと考えた。また、成体内の造血幹細胞は骨髄にホーミングする特性があることから、テラトーマ中に誘導したiPS細胞由来の造血幹細胞もホストマウスの骨髄に移行しうるのではないかと仮説を立て、実験を行った。

第1章は、Lnk(-/-) GFP (LG-) iPS細胞を用いた造血幹細胞誘導条件の検討について述べられている。論文提出者は、新たな造血幹細胞誘導システムを構築するにあたり、先行研究の結果から多能性幹細胞から造血幹細胞の誘導が非常に効率の低い現象であることを考慮し、システムが機能するかどうか、また誘導効率の最適化を検討するために、造血幹細胞の機能が高いLnk(-/-) マウスから樹立したiPS細胞を用いて誘導を試みた。その結果、造血幹細胞への誘導を行った各群においてマウス末梢血中にiPS細胞由来の血液細胞が検出された。LG-iPS細胞由来の造血幹細胞が機能的な造血活性を有しているかを評価するために、テラトーマが形成されたマウスの骨髄より、iPS細胞由来の造血幹細胞を分取し、コロニーアッセイを行った。その結果、様々な血球系譜を形成したため、LG-iPS細胞由来の造血幹細胞は多分化能を有することが示された。また、骨髄移植の結果、iPS細胞由来の血液細胞は高い骨髄再建能(キメリズム)を示し、全ての血球系へ分化していた。以上の結果からLG-iPS細胞由来の造血幹細胞は、長期骨髄再建能を有していることが示唆された。

第2章では、GFP (G-)iPS細胞からの機能的な造血幹細胞の誘導について述べられている。ここでは、LG-iPS細胞を用いた造血幹細胞の誘導実験を経て、構築したシステムが野生型のiPS細胞においても機能するかを検討した。野生型iPS細胞のモデルとしては、GFPトランジスジェニックマウスから樹立したiPS細胞を用いた。コロニーアッセイ及び骨髄移植の実験によりG-iPS細胞を用いた場合においても、誘導効率は劣るもののLG-iPS細胞を用いた場合とほぼ同様の結果が得られたことから、テラトーマ形成を介することでマウスiPS細胞から遺伝子導入することなく機能的な造血幹細胞が分化誘導可能であることが示唆された。

上記の結果を受け、第3章では本システムの応用例としてin vivo 誘導法を用いたX-SCIDマウスの免疫不全治療モデルについて述べられている。ここでは、遺伝子異常を持つためリンパ球が産生されないX-SCIDマウスからiPS細胞を樹立し、正常遺伝子を導入して再びX-SCIDマウスにテラトーマを形成させた。その結果、テラトーマが形成されたマウスの末梢血中にリンパ球形成が認められた。この結果より、原理的に遺伝子治療を施したiPS細胞からテラトーマを作製することで、リンパ球形成を促し免疫不全が解消される可能性が示唆された。

第4章では、ヒト(h)iPS細胞を用いた機能的な造血幹細胞の誘導について述べられている。ここでは、最終的な臨床応用のゴールとして、本システムがhiPS細胞からも機能的な造血幹細胞を誘導する系として利用可能であるかを検討した。NOD/SCIDマウスにhiPS細胞とOP9細胞とサイトカインを投与し、末梢血と骨髄を解析し結果、末梢血では1/15匹に、骨髄では10/15匹にhiPS細胞由来の血液細胞が検出された。このマウスから骨髄細胞をNOD/SCIDあるいはNOD/SCID/JAK3nullマウスに移植を行った結果、いずれの群においてもレシピエントマウスへ生着し、全ての血球系に分化していることが確認された。この結果より、hiPS細胞からも機能的な造血幹細胞が誘導されうることが示唆された。

第5章では、テラトーマ組織における造血幹細胞分化機序の解明について述べられている。テラトーマ内でiPS細胞がどのように造血幹細胞に分化するのか、またiPS細胞由来の造血幹細胞がテラトーマ中のどのような環境に存在するのかを知るために、テラトーマを構成する細胞を免疫染色およびFACSにより解析した。その結果、テラトーマ内にはiPS細胞由来の造血幹細胞を含む様々な血球細胞が存在することがわかった。また、造血幹細胞ニッチと類似した環境が形成され、iPS細胞由来の造血幹細胞はその近傍に存在していることが明らかとなった。これらの結果は、テラトーマを形成する過程で、iPS細胞はin vivoにおける骨髄環境に順ずる環境を形成する一方で、比較的正常に近い造血幹細胞分化のステップとエピジェネティックな変化を遂げたことを示唆する。

以上より論文提出者は、初めてiPS細胞より遺伝子を導入することなく機能的な造血幹細胞を分化誘導しうることを明らかにした。また、誘導された造血幹細胞の機能を詳細に解析し、生体内の正常な造血幹細胞と同等の機能を有することを証明した。さらに、論文提出者はテラトーマを構成する組織を解析し、造血幹細胞のニッチと考えられる微小環境が形成されていることを見出した。従って、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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