学位論文要旨



No 127628
著者(漢字) 酒巻,隆治
著者(英字)
著者(カナ) サカマキ,リュウジ
標題(和) WEBマーケティングにおけるマウスログ分析の有効活用に関する研究
標題(洋) Research on Effective Use of a PC-mouse log Analysis in a WEB-marketing
報告番号 127628
報告番号 甲27628
学位授与日 2011.12.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第745号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 人間環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 客員准教授 染矢,聡
 東京大学 教授 岡本,孝司
 東京大学 教授 佐々木,健
 東京大学 准教授 鎗目,雅
 東京大学 講師 西原,陽子
内容要旨 要旨を表示する

本論文は,マウス動作ログをWEBマーケティングの中で有効活用することを目的として,自由閲覧,WEBアンケートに対するデータ収集・分析・検討を通し研究を遂行したものである.現在,情報環境の進展に即し,アクセスログ解析や購入履歴分析,消費行動や意識を問うアンケート調査など,様々なマーケティング活動が,WEB上の個人の情報行動をもとに行われている.本論文では,WEB上の情報行動の痕跡としてマウスログに注目した.マウスログには,提示されたWEB情報に対する,個人の興味・関心などが含まれていると考えられている.これまでにおいて,マウスログは「提示情報がクリックされた」という情報行動の痕跡を対象とし,個人の興味・関心が分析され,アクセスログ解析,購入履歴分析等で効果をあげるなど,その有効性は十分に認められている.しかしながら,ページ内でのマウスの動かされ方など,詳細なマウス動作ログについては,これまで有効な活用方法を見出せていない.そこで本論文は,マウス動作ログをWEBマーケティングの中で有効活用することを研究の目的とした.

第1章では,研究背景と眼球運動に関する既往研究について述べた.提示された情報に応じた人間行動の研究として視線ログ分析がある.視線ログの研究は主に心理学の分野を中心に発展し,様々な実験から視線ログの中には,与えられた情報に対する個々人の興味・関心が含まれており,視線ログを効果的に分析することで多くの応用方法があることが示されている.そこで本論文では視線ログに注目し,視線ログとマウスログとの比較を行った.

第2章では,一般的なWEBサイトを対象にユーザの閲覧行動を分析した.被験者を51名集め,WEB閲覧させ,その後に覚えている情報について回答してもらう対面実験を行った.閲覧時のユーザの視線ログ,興味を持ち覚えられた情報を収集し,関係性を分析した.この結果,WEB閲覧時の視線ログにおいてもユーザの興味関心に関する情報が含まれていることがわかった.そこで次に,視線ログと本研究で対象とするマウスログとの関係を論じた.画像を自由閲覧するサイトを作成し,閲覧時の視線ログ,マウスログを対面実験により44名から収集した.この結果,WEB閲覧時の視線ログにはユーザの興味関心の情報が含まれることが再認された.また視線ログに一定の滞留がある箇所では,視線ログとマウスログとは同傾向となることがわかった.従って,これまでユーザの興味関心が含まれるとされる視線ログであるが,この代替として,マウスログはマーケティングに利用できる可能性があることがわかった.

第3章で,具体的なマーケティングの中で,まずEC等の商品閲覧状況への適用を念頭に,画像の自由閲覧時のマウスログを収集した.既往研究を調査したが,画像への興味に関して「マウス動作ログ」を活用した応用研究はない.そこで「視線ログ」による興味抽出の既往研究を参考に「マウス滞在時間」「マウスをのせた回数」「マウスをのせた順序」という3仮説を導き,実際の実験を通し,それぞれの「マウスログ」活用方法について検討した.被験者は240名とし,マウスログと提示した画像を覚えているかどうかの情報を収集し,この関係性を分析した.その結果,それぞれのマウスログ分析方法により定量化された値を,ユーザが回答した「覚えていた画像」と「覚えていない画像」の主観評価別に比較すると,若干の差異がみられた.しかしながらその差は小さく,WEB自由閲覧におけるマウス動作ログのみから,ユーザの興味関心を推定することは困難であることがわかった.

そこで第4章ではWEBアンケートのマウス動作ログを研究対象とした.WEBアンケートは,自由閲覧とは異なり,アンケートに回答するために情報閲覧するという閲覧の前提ができる.この制約があるためにマウスログ有効活用が可能となるものと考えた.これらを検証するためWEBアンケートを実施した.被験者は20~60代男女を対象とし,年代,性別を均等割付とし300名からの有効回答を収集した.選択肢を画像とし,提示された画像から好みを選択するという課題とした.このWEBアンケート回答時のマウス動作ログを収集し,分析した.この結果,マウスの軌跡から,ユーザの興味関心の強さに関する有益な情報を抽出できることを示した.具体的には,回答者はマウスを選択肢画像に対して,興味をもった順に乗せる傾向があることが分かった.この傾向をモデル化し,マウスを画像上に運んだ順序により,推定された選択確信度の序列を基に31%の確率で,実際に回答される回答順位の推定が可能になることがわかった.乱数で推定した場合,この一致率は24%となり,この値より7%向上すること示した.また±1位までの誤差で回答順位を推定できた比率は66%となった.この分析方法は性別や年代等,回答者属性を問わず利用できる.約80名以上の有効回答者がいるWEBアンケートにて適用可能であることも示した.また合わせて,自由閲覧時とWEBアンケート時のマウス動作ログの比較を行った.この結果,アンケート回答時と自由閲覧時とのマウスログが大きく異なることを明らかにした.興味が低く,選択されない選択肢上のマウス滞在時間には大差が無かったが,興味が高く,選択された選択肢画像では,アンケート回答時には滞在時間が長くなった.また,アンケート回答時には平均すると1回程度,全ての画像上にマウスを運ぶ.選ばれた画像を対象とすると運ぶ回数は特に多くなった.マウスを運ぶ順番については,アンケート回答時にのみ回答された興味の順位と高い確率で一致した.このようにアンケート回答時と自由閲覧時とではマウス動作が異なり,従来あまり利用されてこなかったマウスログだが,アンケートの回答時という限られた状況では意味ある情報となることを示した.

次に,第5章では選択肢を文字にして実験を行った.選択肢を画像とした場合,画像は画面全域に提示されることが多い.一方で選択肢が文字の場合,通常は縦一列に選択肢を並べることが一般的になる.選択肢が縦に並ぶ場合,マウスを動作させる方向は基本的に縦方向という制約ができ,より有効なマウスログ分析ができるのではないかと考えた.まず予備実験として視線ログとマウスログとの関係を明らかにした.次に612名に対するマウスログを収集する実験を行った.その結果,選択型の設問回答のマウスログから,ユーザの好みの有無としてチェック選択,さらに好みの強度として,選択肢上の滞在時間を利用し,提示された選択肢に持つ興味の強さを,順位として推定した.推定された順位と,回答者による回答順位との一致率は,±1位の誤差では73.1%,完全な一致では40%となった.今回の回答結果に対して,もし乱数で推定した場合,完全な一致率は31%となり,この値より9%向上した.このモデルは,性別,年代の偏りを問わず,90名程度以上のWEBアンケートにて適用が可能であることを示した.あわせて,選択肢が文字と画像とでのマウスログの差異を検討した.文字の選択肢では,選択肢上の滞在時間が回答順位に応じて長くなり,高順位では,選択肢上の滞在時間が短くなる.また選択肢にマウスをのせた順序と興味関心との関係性は薄い.論文の中で文字アンケート回答時の視線ログとマウスログの関係の例示したが,多くの被験者では,設問文を読み終わった後,上部にある選択肢から順に選択肢をなぞるように吟味しつつ,画面下方向へ視線およびマウスを同時に進めている.従ってマウスをはこぶ順序は基本的には上部にある選択肢から順につけている.一方で,画像の選択肢では,滞在時間の変化は少なく,選択肢への興味関心が高いほど,早い段階でマウスをその画像上に運んでいることがわかった.つまり選択肢が画像であると,とりあえずマウスを運びよく見る,あるいは選択し終わった後に,マウスを放置して全体を見渡すなどを行っていることが推測され,結果的にユーザの興味関心の高い選択肢の順にマウスを運ぶものの,滞在時間には傾向がみられなかった.

本論文を通し,WEBマーケティング手法の中で,WEBアンケートを対象とすることによりマウス動作ログが有効活用できることを示した.個人差が大きいマウス動作ログから,共通の動作部分を抽出するために,文字の選択肢では90名以上,画像の選択肢では80名以上と適用の限界が示されたものの,WEBアンケートという統制により収集させたマウスログを基に,個々人の順位を推定し,これを集計することで,別途設問を用意した場合に回答されるだろう,全体の順位回答の集計が推定可能となることを示すことができた.別途設問を設けることなく,選択された選択肢については,全体順位まで分かることになる.全体の選択率と共に全体の順位が把握できた場合,例えば仮に選択率が低い選択肢があった場合,少数の選択者らの順位は高く,少数ながら強い関心を持っている集団がいる選択肢なのか,あるいは,少数の選択者らは順位も低く,関心が低い選択肢なのか,について把握可能となり,組織として取るべき意思決定の参考としやすい.通常,アンケートの設問では,好みの選択肢を選択させる設問が多いが,これらの設問の全てから順位を推定できることは,設問分量との鬩ぎ合いが頻発するWEBアンケートの中での利用価値が高く.また様々なタイプのWEBアンケートにおいて広範な適用が期待できる.

結論として,マウスログはマーケティングへの応用が可能であることを示した.具体的に自由閲覧,ならびにWEBアンケートについて,対象ごとにその適用可能条件を整理した(表1).

表1.マウスログの適用可能条件

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,マウス動作ログをWEBマーケティングの中で有効活用することを目的として,自由閲覧,WEBアンケート(選択肢が画像,文字)に対するデータ収集・分析・検討を行った成果について述べられている.

第1章は,研究背景として,双方向通信技術の概要,眼球運動に関する既往研究,マウスに関する既往研究をまとめ,WEBアンケートの現況と問題点について述べている.

第2章では,実在するWEBページと視線計測器を用いた44名に対する対面実験を通じて,画像の自由閲覧時の視線ログとマウスログの関係が深いこと,両方のログにはユーザの興味関心の情報が含まれていること示した.

第3章では,企業のマーケティング活動におけるマウスログの活用方法を見出すため,WEB実験を通じて,画像の自由閲時(イーコマース等の商品閲覧時)のマウスログを収集した.ここでは視線ログにより興味の抽出等を試みている先行研究を参考に,マウス動作ログ分析に関する3つの仮説を導いた.提案した仮説に基づく3種類の評価パラメータを用いて自由閲覧時のマウスログを分析した結果,興味に関する若干の情報があるものの,実際にマーケティングに利活用することは困難であることを明らかにしている.

第4章ではマーケティング活動に不可欠なWEBアンケートへの回答時のマウス動作ログを分析した.自由閲覧と異なり,WEBアンケートでは,アンケートに回答するために情報を閲覧し,マウスを用いてアンケートに回答する.この状況はマウスの動作に課される制約条件として作用し,マウス動作ログの有効活用が可能となると考え,選択肢を画像としたWEBアンケート回答時のマウス動作ログを分析した.その結果,回答者は興味をもった順に選択肢画像にマウスを乗せる傾向が強いことを明らかにした.この特徴を活かし,本論文3章で提案した評価パラメータを用いて,複数画像選択型のアンケート回答時のマウス動作ログから,同選択肢群について好みの順位を直接訪ねた場合に得られる回答を31%の確率で推定可能であること,及びその推定方法や80名以上の回答者が必要であるといった適用限界について,本論文第4章で述べている.また,自由閲覧時とWEBアンケート回答時のマウス動作ログの比較検討結果について述べている.

第5章では選択肢が文字の場合のWEBアンケート回答時のマウス動作ログについて述べている.文字選択肢のWEBアンケートでは通常,選択肢が縦一列に並べられ,画面全体に選択肢画像が提示されるアンケートとはデザインが異なる.そのため第5章では改めて視線ログとマウス動作ログの関係を明らかにした後,612名に対するWEBアンケートを実施した結果を述べている.ここでは,複数選択型アンケート回答時のマウス動作ログのうち,文字選択肢上におけるマウスの滞在時間に着目した評価パラメータから好みの強さの序列を推定する方法を提案し,その有効性,適用可能範囲を明らかにしている.提案手法によって推定した好みの強さの序列と,別途回答者に尋ねた好みの強さの序列との一致率は40%となり,±1位の誤差を容認した一致率は73.1%にまで高まることを述べている.また,第5章で提案された評価手法は,性別,年代の偏りを問わず,90名程度以上のWEBアンケートにて適用可能であることを示している.更に,選択肢が画像の場合,文字の場合のマウス動作ログについて比較検討した結果を述べている.

本論文では,以上の検討結果から,数あるWEBマーケティング手法のうちWEBアンケートについて,マウス動作ログを活用することによって,より多くのマーケティング情報を得られることが述べられている.選択型のWEBアンケート回答から,別途設問を設けることなく,選択肢に対する好みの強さの序列を評価可能である.これにより,仮に少ない人数から選択された選択率の低い選択肢であっても,これを選択した回答者らの抱いている興味関心が強く,マーケティング戦略上の重要性が高い選択肢を,的確に見極めることが可能である.同じく,避けられることは少ないが優先的に選択されることのない選択肢を見極めることができる.これらの情報は,組織として取るべき意思決定の参考としやすい.市場で実際に行われているWEBアンケートでは,通常,複数選択型設問を多用するが,これら全ての設問から選択肢に対する興味関心の序列まで評価できることは,設問分量との鬩ぎ合いが頻発するWEBアンケートにおいて,提案手法の利用価値が高く,広範な適用が期待できることを示している.

本論文では,マーケティング活動で重要な位置を占めるWEBアンケートでのマウス動作ログについて,新しい活用手法を提案し,提案した評価手法の有効性,適用可能条件を詳細に論じている.

したがって,博士(環境学)の学位を授与できると認める.

UTokyo Repositoryリンク