学位論文要旨



No 127631
著者(漢字) 保屋野,初子
著者(英字)
著者(カナ) ホヤノ,ハツコ
標題(和) 包括的実在としての流域における新たな「流域管理」に向けて : 砥川流域における河川計画をめぐる事例を中心に
標題(洋) Viewing River Basins as Holistic Entities : Perspectives Towards Alternative Management : A Case Study of Togawa River Basin
報告番号 127631
報告番号 甲27631
学位授与日 2011.12.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第748号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 社会文化環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鬼頭,秀一
 東京大学 教授 磯部,雅彦
 東京大学 教授 辻,誠一郎
 東京大学 准教授 清水,亮
 上智大学 教授 黄,光偉
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、河川計画をめぐって生起している問題に対して、事例から問題の乗り越えに向けた新たな枠組みとしての「流域管理」を提示することを目的とする。河川政策をめぐっては、(1) 河川管理の枠組み転換の停滞、(2) 河川管理手法による社会的コンフリクトの発生――という大きな問題が現存する。本研究はこれらを社会的に解決すべき課題と捉え、(1)なぜ、河川管理の枠組みは「流域全体での対応」へと転換されなければならないか、(2)河川計画をめぐるコンフリクトの回避・解決とはどのようなものであり、どのようにして可能か、という問いに対する答えを人文社会科学的なアプローチにより探究する。本研究の全体を通して「人々にとっての流域とは何か」という分析視角を設定し、ダム計画をめぐるコンフリクトから住民協議に至った事例の経緯を具体的かつ詳細に分析し、オルタナティブな治水・利水枠組みとしての流域管理の考え方に到達しようとするものである。中心的な分析対象は、住民協議過程となった砥川流域協議会における協議内容であり、そこで表出された言葉をていねいにたどり、住民が共時空的な場で「流域意識」を立ち上げ、新たな治水枠組みとしての「流域の治水への希求」を共有していく、知の創造プロセスを実証する。その背景としての、地域に継承されてきた社会運動、人々の流域への歴史的かかわりについても把握し、協議会の分析・考察に組み入れ、「人々にとっての流域」を時間と空間が重層する生の包括的領域として再構成することを試みる。そこからあらためて「流域を管理する」ことの根本を問いなおそうとするものである。本研究の構成は次の通りである。

第1章では、河川をめぐる問題の現状を1997年の河川法改正がめざした理念とその後の現実との乖離を踏まえ、社会的な課題であることを示して問題設定を行った。淀川水系流域委員会の試みと提言、それが河川管理者によって中断された経緯から、問題の所在を明らかにした。そのうえで、治水・利水の「流域全体での対応」への枠組み転換、河川計画をめぐるコンフリクトの回避や解決への道筋を探ることを目的とすること、社会学的な方法で事例を調査し、「人々にとっての流域とは何か」という視角から事例分析を行うことを明示した。本研究は人文社会科学的なアプローチによる流域研究であるが、本来、自然科学的な概念である流域という対象を、人々がかかわることによって形成されてきた人と自然の関係性の領域として把握しようとするところに特徴がある。そのためには流域をトータルに捉える必要があり、中心的な分析概念として流域の「恩恵/災害リスク」という軸を立てた。

第2章では、流域に関する人文社会科学的な先行研究を検討したうえで、本研究が採るアプローチについて述べる。流域概念以前の山・川・里といった自然の場所と人々とのかかわりの諸相を捉えてきた民俗学にもさかのぼり、その後の流域に関する、社会学、河川政策、科学技術的な治水枠組み議論、分野横断的な流域把握などの、主要な論考をひととおり検討した。さらに流域が人間に対してもつ恩恵と災害リスクという二面性について、諸分野においてどのように捉えられているかを簡潔に検討した。そのうえで本研究の分析概念について言及している。

第3章は、本研究の対象地である長野県諏訪地方の砥川流域の地理的概要と、事象の経緯を述べた。事象の経緯は、砥川の河川計画をめぐる約10年にわたる過程を、<地域内コンフリクト過程><政治的コンフリクト過程><住民協議過程>の3つの時期・段階に分けて簡潔に記述している。さらに、この経緯の地域社会的背景に、諏訪地方における自然保護運動の流れが存在していると見て、1960年代後半に始まるビーナスライン反対運動以降の自然保護運動を「地域の自然=文化を守る運動文化」と捉え、その「運動文化」を継承する人たちの意思と活動によって系譜づけた。下諏訪ダム反対運動をこの系譜に位置づけ、「運動文化」が個人および集合的なアイデンティティによって担われ継承されたこと、それがまた新たな運動を創り出したダイナミズムを跡づけた。小括として、当該地方の自然=文化を守る運動文化は、水の多元性の源としての地域、すなわち流域を守る運動であったことを指摘した。

第4章では、砥川流域を歴史的背景から把握する。まず、A.ベルクの空間論を参照して砥川流域における場所の配置構成を把握し、藩政時代の人々の流域へのかかわりを「居住域の拡張」と「資源領域の拡張」という、上流域と下流域へと拡張する運動とみなし、その動態を流域形成の原型と捉えた。これによって流域は、人々による改変行為と地形・生態系からのフィードバックとの相互関係によってダイナミックに形成されていく場所として把握することが可能となる。そして、具体的な砥川流域への人々のかかわりは藩政時代を基本とみなし、近代化による転換、それ以降の変化へと、大きく3時代に分けて「居住域の拡張」「資源領域の拡張」という視点から分析的に記述した。本研究の中心的な分析概念である「恩恵/災害リスク」は、かかわりの歴史的変遷の分析から見出した、流域をトータルに捉えるための軸である。この軸によって砥川流域の歴史的変遷を見ると、藩政時代においては恩恵と災害リスクを均衡させるような上流域へのかかわり方と下流域の開発のあり方があったと見られるが、明治期の近代化勃興期に山の資源過剰採取によって崩れ、災害リスクが顕在化して災害が頻発した事実から、「恩恵/災害リスク」の潜在と顕在を実証的に示した。その後の、人々がかかわらなくなっていった流域の問題点も浮かび上がらせることができる。このような歴史的把握は、人々の共通の生の基盤であり続ける流域を、「恩恵/災害リスク」軸によって再び意識化し共有することの可能性を示唆するものとなった。

第5章は、本研究における主要な分析対象である砥川流域協議会の協議過程の分析と考察である。協議会は、それまでのコンフリクト過程を経た、異なる立場の住民、行政担当者、河川管理者が参集して合意形成を行う場となっただけでなく、第3章でたどった諏訪地方の自然保護運動の流れもダム反対運動参加者たちによって持ち込まれ、さらに、流域対策協議においては第4章で検証した上流域との歴史的かかわりを背景にもつ住民の知識や認識が表出されることとなった。つまり、空間的・時間的に流域を経験してきた人々が有する多様なローカルノレッジが協議会に流れ込み、その場で表出されることで新たな知を生み出していく過程を描写した。さらに、合意に向けて住民が個々あるいは集合的に変容を遂げていく「自ら主体化していく」場としても捉えることができ、治水という目的に向けて住民どうし、および場所との関係性を調整しなおすことで住民による「恩恵/災害リスク」の再配分プロセスとしても分析が可能となった。最も重要なプロセスは、自ら主体化した住民が流域における治水を共時空的に検討する過程で、「自分たちの流域」としての「流域意識」が立ち上がり、「流域の治水への希求」が共有されていったことにある。このプロセスを実証的に再構成しえたことで、住民の協働的な知の収斂としての「流域の治水への希求」の正当性を示しえたと考える。科学技術社会論の「公共空間」概念による分析によっても、住民のローカルノレッジによる治水枠組みは、専門知のみに依拠する現行の治水枠組みを包摂する柔軟性をもつにもかかわらず、専門知による治水枠組みの硬直性と権力性によって「統治」されている実態が明らかとなり、社会的コンフリクトの原因があぶり出された。

第6章では、第5章までに検討し見出されてきた「人々にとっての流域」が、生を根源的に支える全体性をもつ実在であることを、いくつかの概念によってさらに検討し、あらためて統合的に捉えることを試みた。「恩恵/災害リスク」による流域の一体的な把握を生態系サービス概念を用いて解釈することで裏づける試み、身体的かかわりとしての生業や祭りなど「かかわりの全体性」が埋め込まれた固有の空間秩序や風景としての流域把握、ローカルノレッジの柔軟性と全体性が反映された人々の治水枠組み、個人および人々がもつ暗黙知が部分や箇所を包括して全体を構成していくことの提示など、いくつもの議論によって包括的実在としての流域の論証を行った。

終章では、第6章までに検討した結果から「流域」を次のように定義した。「流域とは、固有の自然的条件と人々とがかかわる相互関係のなかでダイナミックに形づくられてきた固有の場所であり、人々の人間存在を支える物理的・精神的な諸恩恵の源であるとともに、人々が生きる時間・空間の重なるところに存在する世界の豊穣さそのものとしての包括的な実在である」。したがって流域における治水は、「災害リスク」をも包摂する「恩恵」として、流域に織り込まれるものでなくてはならないことが結論づけられた。現行の科学・技術のみに依拠する河道内治水は、流域の全体性がもつ豊穣さを「統治」によって変更しときに奪うことで、絶えずコンフリクトを生起させる要因となっていることが明らかとなった。統治的な河川計画から包括的な流域管理への転換は、広い意味での「公共空間」、すなわち多層的レベルでの身体的かかわりの積み重ねを契機として築いていけることが実証的に示された。新たな「流域管理」とは、多様かつ重層的な「公共空間」において関係性のダイナミズムをはたらかせることで何重もの「流域意識」を生成させ、「人々の知」を埋め込んでいくことによって基礎づけられることも論証された。この先の砥川流域における課題は、住民が主体化して流域の管理に継続的にかかわっていく実践的なあり方である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は7章からなり、長野県砥川の流域を事例として、河川の利用、祭事などの川とのかかわりを歴史的に分析すると共に、砥川流域協議会での協議過程を社会学的に分析する中から、河川計画に関するさまざまなコンフリクトなど河川にかかわる社会的に解決すべき諸課題を、河川の流域に暮らしている人々にとっての時間と空間が重層する生の包括的実在としての「流域」全体として対応すべき問題として構成し、そこでの住民主体を中心とした「流域管理」の可能性、砥川流域協議会での協議過程を通じた、その主体形成のあり方を、環境社会学的・環境倫理学的手法によって解明し、提示したものである。

第1章は、河川をめぐる問題の現状を、人文社会科学的な課題であることを示して問題設定を行い、新河川法の理念を実践しようとした淀川水系流域委員会の試みと提言などの経緯から、治水・利水の「流域全体での対応」への枠組み転換、河川計画をめぐるコンフリクトの回避や解決への道筋を探るために、社会学的な方法で事例を調査し、「人々にとっての流域とは何か」という視角から事例分析を行うことの意味と現代的な課題を明示した。もともと自然科学的な概念である流域という対象を、人々がかかわることによって形成されてきた人と自然の関係性の領域として把握するために、流域をトータルに捉え、流域の「恩恵/災害リスク」という分析の軸を立てている。

第2章では、流域に関するさまざまな領域の先行研究を検討したうえで、本論文が採るアプローチ、分析概念について述べられている。

第3章は、本研究の対象地である長野県諏訪地方の砥川流域の地理的概要と、事象の経緯が述べられている。砥川の河川計画をめぐる約10年にわたる過程を、<地域内コンフリクト過程><政治的コンフリクト過程><住民協議過程>の3つの時期・段階に分けて分析し、この経緯の地域社会的背景として、諏訪地方における自然保護運動の流れを位置づけ、「地域の自然=文化を守る運動文化」を剔出している。その「運動文化」が個人および集合的なアイデンティティによって担われ継承されたということで、流域の主体をあぶり出そうとしている。

第4章では、砥川流域を歴史的背景から把握している。砥川流域における場所の配置構成を把握し、藩政時代の人々の流域へのかかわりを「居住・生産域の拡張」と「資源領域の拡張」という、上流域と下流域へと拡張する運動とみなし、人々による改変行為と地形・生態系からのフィードバックとの相互関係によってダイナミックに形成されていく場所として流域を動態的に把握しようとしている。人間の川とのかかわりの歴史的変遷の分析から、中心的な分析概念である「恩恵/災害リスク」を位置づけ、人々の共通の生の基盤であり続ける流域を、その分析軸によって再び意識化し共有することの可能性を提示している。

第5章は、砥川流域協議会の協議過程の社会学的分析を行っている。空間的・時間的に流域を経験してきた人々が有する多様なローカルノレッジが協議会で再発見され、表出されることで新たな知を生み出していく過程を描写している。さらに、合意に向けて住民が個々あるいは集合的に変容を遂げていく主体形成の場として再構成し、治水という目的に向けて住民どうし、および場所との関係性を調整しなおすことで住民による「恩恵/災害リスク」の再配分プロセスが出現し、「自分たちの流域」としての「流域意識」が立ち上がり、「流域の治水への希求」が共有されていった過程を明らかにしている。

第6章では、第5章までに検討し見出されてきた「人々にとっての流域」が、生を根源的に支える全体性をもつ実在であることを、いくつかの概念によってさらに検討し、統合的に捉えることを試みている。「恩恵/災害リスク」による流域の一体的な把握を生態系サービス概念を用いて解釈することで裏づける試み、身体的かかわりとしての生業や祭りなど「かかわりの全体性」が埋め込まれた固有の空間秩序や風景としての流域把握、ローカルノレッジの柔軟性と全体性が反映された人々の治水枠組み、個人および人々がもつ暗黙知が部分や箇所を包括して全体を構成していくことの提示など、包括的実在としての流域の論証を行っている。

終章では、第6章までに検討した結果から改めて「流域」を定義され、流域における治水は、「災害リスク」をも包摂する「恩恵」として、流域に織り込まれるものでなくてはならないことが結論づけられている。統治的な河川計画から包括的な流域管理への転換は、多層的レベルでの身体的かかわりの積み重ねを契機として「公共空間」が築き上げられることであり、「流域管理」においては、多様かつ重層的な「公共空間」においてさまざまな関係性のダイナミズムが働くことで重層的な「流域意識」が生成され、そこにさまざまなレベルの「人々の知」が埋め込まれていくことによって基礎づけられることが論証されている。

このように、歴史学的、社会学的な検討をもとに、環境倫理学的な視点から、流域の主体形成、流域管理の政策的な視点に及ぶ大きな枠組みを実証的に提示しえている。

したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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