学位論文要旨



No 127633
著者(漢字) 大城,博矩
著者(英字)
著者(カナ) オオシロ,ヒロノリ
標題(和) 扁桃体抑制性ネットワークオシレーションの生成機構とドーパミンによる調節作用の解明
標題(洋) Mechanism of rhythm generation and dopaminergic modulation of inhibitory network oscillation in the amygdala
報告番号 127633
報告番号 甲27633
学位授与日 2012.01.11
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第1116号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 久保田,俊一郎
 東京大学 教授 石井,直方
 東京大学 教授 川戸,佳
 東京大学 准教授 柳原,大
 埼玉医科大学 教授 村越,隆之
内容要旨 要旨を表示する

背景

扁桃体は恐怖・不安といった情動、またこのような情動による記憶の調節において重要な役割を果たす脳の部位であり、その機能調節メカニズムとして周期的な神経活動(オシレーション)が提案されている。オシレーションはシナプスの可塑的な変化を促進することで神経回路ネットワーク間における繋がりを変化させると考えられている。実際に恐怖記憶の固定や再固定の過程において、海馬や大脳皮質といった記憶にとって重要な部位と扁桃体との間におけるオシレーション活動の同期によって、恐怖記憶の固定が促進されることが報告されている(Seidenbecher et al., 2003; Narayanan et al., 2007; Popa et al., 2010)。

オシレーションによる神経ネットワーク活動の調節において、グルタミン酸作動性の興奮性神経伝達やGABA作動性の抑制性神経伝達は重要な役割を果たしている。扁桃体内のグルタミン酸作動性錐体神経細胞およびGABA作動性介在神経細胞はドーパミン作動性神経細胞の投射を受けており、恐怖条件付けや恐怖の表出といった扁桃体に関連付けられている行動が、ドーパミン受容体作動薬や拮抗薬を扁桃体内に投与することで影響を受ける (Perez de la Mora et al., 2010)。

ラット扁桃体基底外側核の錐体神経細胞よりホールセルパッチクランプ記録を行うと、自発的、周期的(1 Hz以下)な振幅の大きい抑制性シナプス後電流(IPSC)が観察される。この周期的なIPSC活動、すなわち抑制性ネットワークオシレーションは情動による記憶固定の促進において重要な役割を果たしていると考えられているが、そのメカニズム、とりわけドーパミンによる調節作用に関する研究はほとんどなされていない。そこで本研究は、ドーパミンによる抑制性ネットワークオシレーションの調節作用およびその作用メカニズムを明らかにすることを目的とした。

方法

10~40日齢両性Wistarラットより扁桃体を含む脳スライス標本を作成し、扁桃体基底外側核錐体神経細胞、および介在神経細胞にホールセルパッチクランプ法を適用して電気生理学的及び薬理学的検討を行った。介在神経細胞からの記録には、小胞型GABA輸送体遺伝子に蛍光タンパク質Venusを発現させた遺伝子改変ラットを用いた。ドーパミンおよびドーパミン受容体作動薬・拮抗薬の作用は0.1-3.0 Hzにおけるパワースペクトルの曲線下面積で定量化した。ドーパミン等の薬物は灌流液より適用した。

結果

ドーパミンは、その濃度およびオシレーション活動の初期状態に依存して異なる影響を与えた。すなわち、オシレーション活動の初期値が小さい細胞に対してドーパミン10 μMはオシレーションを促進する一方、初期値が大きい細胞に対してはドーパミン30、100 μMはオシレーションを抑制した。

ドーパミン受容体はD1、D5のサブグループからなるGsタンパク共役型のD1様受容体と、D2、D3、D4のサブグループからなるGi/oタンパク共役型のD2様受容体の二種類に大別される。オシレーション促進および抑制作用におけるドーパミン受容体サブタイプ別の関与を明らかにするために、各受容体の作動薬および拮抗薬を用いて解析を行った。オシレーション活動初期値が小さい細胞において、D1様受容体作動薬もしくはドーパミンと同時にD2様受容体拮抗薬を適用することでオシレーションは促進された。また、ドーパミン 10 μMのオシレーション促進作用はD1様受容体拮抗薬によって消失した。一方、オシレーション活動の初期値が大きな細胞において、D4受容体作動薬もしくはドーパミンと同時にD1様受容体拮抗薬を適用することでオシレーションは抑制された。またドーパミン 30 μMによるオシレーション抑制作用はD4受容体拮抗薬によって消失した。以上の結果より、オシレーション初期値が小さい細胞におけるドーパミンによるオシレーション促進作用はD1様受容体を介して、初期値が大きい細胞における抑制作用はD4受容体を介して生じることが明らかとなった。

次に、抑制性ネットワークオシレーションのメカニズムを明らかにすることを目的として、錐体神経細胞とGABA作動性介在神経細胞から2細胞同時ホールセルパッチ記録を行ったところ、錐体神経細胞における抑制性ネットワークオシレーションと同期した興奮性シナプス後電位のオシレーション活動(EPSPオシレーション)が介在神経細胞において観察された。Rainnie et al. (2006)の基準に従いこのEPSPオシレーションと介在神経細胞の発火パターンとの関連を調べた結果、EPSPオシレーションが観察されたのはstutter-firingニューロンでは90.3 %(28 / 31 cells)、regular-firingニューロンでは60 %(3 / 5 cells)、fast-firingニューロンでは61.5 %(8 / 13 cells)であった。

オシレーション回路内におけるD1様受容体、D4受容体の作用点を推定するために、介在神経細胞に対するD1様受容体およびD4受容体作動薬の作用を解析した。介在神経細胞上のEPSPオシレーション頂点付近における活動電位発火頻度をD1様受容体作動薬は増加させ、D4受容体作動薬は減少させた。D1様受容体作動薬は介在神経細胞に対する直接的興奮作用として脱分極刺激による活動電位発火頻度を上昇させた。一方、D4受容体作動薬は介在神経細胞に対して直接作用を示さなかった。介在神経細胞より上流の回路から入力する興奮性シナプス後電流(EPSC)に対して、D1様受容体作動薬はEPSC面積を増大させ、D4受容体作動薬はこれを減少させた。以上のことから、ドーパミンによる抑制性ネットワークオシレーション促進作用は介在神経細胞自体およびその上流に存在するD1様受容体を介して、抑制作用は介在神経細胞の上流に存在するD4受容体を介して生じることが明らかとなった。

考察

ドーパミンが抑制性ネットワークオシレーションを弱い活動状態に対しては促進し、強い活動状態に対しては抑制することから、ドーパミンによる調節作用は抑制性ネットワークオシレーションをある適切な活動状態に維持する機能をもつことが考えられる。扁桃体におけるオシレーション活動は情動による記憶固定の促進において重要であること、またドーパミンは意欲・動機づけにおいて重要な神経伝達物質であることから、これらの結果は報酬系の適切な活動レベルが記憶の固定を促進するという現象を考える上でその作用機構の一端を示唆するものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

扁桃体は恐怖・不安といった情動の調節において重要な役割を果たす脳の部位であり、その機能調節メカニズムとして周期的な神経活動(オシレーション)が提案されている。実際にラット扁桃体基底外側核の錐体神経細胞よりホールセルパッチクランプ記録を行うと、自発的、周期的(1 Hz以下)な振幅の大きい抑制性シナプス後電流(IPSC)が観察される。扁桃体における神経回路オシレーションは、例えば海馬や大脳皮質といった記憶にとって重要な部位におけるシナプスの可塑的な変化を促進することで神経回路ネットワーク間における繋がりを変化させ、情動による記憶の固定を調節していると考えられている。その生理学的な機能から、恐怖や不安に関する記憶の傷害であるパニック障害やPTSD、負の情動記憶の影響が考えられるうつ病といった精神疾患の発生メカニズムに扁桃体オシレーションが関与している可能性が考えられる。このように生理学的に重要な機能が想定され、かつ疾患との関連も考えられる重要な現象である扁桃体オシレーションはその生成機構や神経伝達物質による調節機構について多くの点が不明なままである。

一方、扁桃体に対してドーパミンニューロンから投射があり、恐怖や不安といった扁桃体との関わりが示されている行動が、ドーパミンによって調節されていること、さらに扁桃体における神経細胞の活動がドーパミンによって調節されていることから、扁桃体ネットワークオシレーション活動の調節にドーパミンが大きく関わっている可能性が示唆される。

そこで論文提出者は、扁桃体を含む脳スライス標本においてオシレーション神経活動が報告されている基底外側核錐体神経細胞よりホールセルパッチクランプ法を用いて記録を行い、ドーパミンによるオシレーション調節作用とその作用機序、また受容体サブタイプ別の調節作用をシナプスレベルで明らかにすることを目的として実験を行った。さらに、オシレーションの生成や調節において重要な役割を果たしていると考えられる介在神経細胞の活動を明らかにするため、介在神経細胞を蛍光タンパク質を用いて可視化した遺伝子改変動物を用い、介在神経細胞からの直接記録、および介在神経細胞と錐体神経細胞との同時記録を試みた。

まず本論文では、ドーパミンによる扁桃体抑制性ネットワークオシレーション調節作用について述べられており、ドーパミンはその濃度およびオシレーション活動の初期状態に依存して、オシレーションに対して異なる影響を与えることが明らかにされた。すなわち、オシレーション活動の初期値が小さい細胞に対してドーパミン10 μMはオシレーションを促進する一方、初期値が大きい細胞に対してはドーパミン30、100 μMはオシレーションを抑制した。

ドーパミン受容体はD1、D5のサブグループからなるGsタンパク共役型のD1様受容体と、D2、D3、D4のサブグループからなるGi/oタンパク共役型のD2様受容体の二種類に大別される。オシレーション促進および抑制作用におけるドーパミン受容体サブタイプ別の関与を明らかにするために、各受容体の作動薬および拮抗薬を用いた解析が行われた。オシレーション活動初期値が小さい細胞において、D1様受容体作動薬もしくはドーパミンと同時にD2様受容体拮抗薬を適用することでオシレーションは促進された。また、ドーパミン 10 μMのオシレーション促進作用はD1様受容体拮抗薬によって消失した。一方、オシレーション活動の初期値が大きな細胞において、D4受容体作動薬もしくはドーパミンと同時にD1様受容体拮抗薬を適用することでオシレーションは抑制された。またドーパミン 30 μMによるオシレーション抑制作用はD4受容体拮抗薬によって消失した。以上の結果より、オシレーション初期値が小さい細胞におけるドーパミンによるオシレーション促進作用はD1様受容体を介して、初期値が大きい細胞における抑制作用はD4受容体を介して生じることが明らかとなった。

次に、抑制性ネットワークオシレーションのメカニズムを明らかにすることを目的として、錐体神経細胞とGABA作動性介在神経細胞から2細胞同時ホールセルパッチ記録が行われた。その結果、錐体神経細胞における抑制性ネットワークオシレーションと同期した興奮性シナプス後電位のオシレーション活動(EPSPオシレーション)が介在神経細胞において観察された。Rainnie et al. (2006)の基準に従いこのEPSPオシレーションと介在神経細胞の発火パターンとの関連を調べた結果、EPSPオシレーションが観察されたのはstutter-firingニューロンでは90.3 %(28 / 31 cells)、regular-firingニューロンでは60 %(3 / 5 cells)、fast-firingニューロンでは61.5 %(8 / 13 cells)であった。

最後に、オシレーション回路内におけるD1様受容体、D4受容体の作用点を推定するために、介在神経細胞に対するD1様受容体およびD4受容体作動薬の作用について解析が行われた。介在神経細胞上のEPSPオシレーション頂点付近における活動電位発火頻度をD1様受容体作動薬は増加させ、D4受容体作動薬は減少させた。D1様受容体作動薬は介在神経細胞に対する直接的興奮作用として脱分極刺激による活動電位発火頻度を上昇させた。一方、D4受容体作動薬は介在神経細胞に対して直接作用を示さなかった。介在神経細胞より上流の回路から入力する興奮性シナプス後電流(EPSC)に対して、D1様受容体作動薬はEPSC面積を増大させ、D4受容体作動薬はこれを減少させた。以上のことから、ドーパミンによる抑制性ネットワークオシレーション促進作用は介在神経細胞自体およびその上流に存在するD1様受容体を介して、抑制作用は介在神経細胞の上流に存在するD4受容体を介して生じることが明らかとなった。

ドーパミンが抑制性ネットワークオシレーションを弱い活動状態に対しては促進し、強い活動状態に対しては抑制することから、ドーパミンによる調節作用は抑制性ネットワークオシレーションをある適切な活動状態に維持する機能をもつことが考えられる。扁桃体におけるオシレーション活動は情動による記憶固定の促進において重要であること、またドーパミンは意欲・動機づけにおいて重要な神経伝達物質であることから、これらの結果は報酬系の適切な活動レベルが記憶の固定を促進するという現象を考える上でその作用機構の一端を示唆するものと考えられる。

以上の結果は、扁桃体における抑制性ネットワークオシレーションに対するドーパミンの作用、またドーパミン受容体サブタイプ別の寄与や作用メカニズムなどを詳細に検討を行った、初めての研究である。また直接記録を行うことが困難である介在神経細胞より記録を行い、オシレーション作用メカニズム解明に先鞭をつけた点において、神経科学における基礎研究、また以降の応用研究に対して大きな貢献をするものと認められる。したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するのにふさわしいものと認定する。

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