学位論文要旨



No 127635
著者(漢字) 小山,義徳
著者(英字)
著者(カナ) オヤマ,ヨシノリ
標題(和) 英語学習における視覚情報の継時処理訓練が聴覚情報の処理に及ぼす影響
標題(洋)
報告番号 127635
報告番号 甲27635
学位授与日 2012.01.18
学位種別 課程博士
学位種類 博士(教育学)
学位記番号 博教育第188号
研究科 教育学研究科
専攻 総合教育科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 市川,伸一
 東京大学 教授 岡田,猛
 東京大学 准教授 針生,悦子
 東京大学 教授 影浦,峡
 東京大学 教授 野崎,大地
内容要旨 要旨を表示する

問題・目的

英語リスニング研究は,音声要因にフォーカスが置かれ研究が進められてきた(e.g., Griffiths,1991; Lively et al,1994; 藤永,2002).しかし,英語の音声が正確に聞き取れるようになれば理解は促進されるのであろうか.学習者の中には,単語を聞き取って書き出すことはできるが,リスニングをして文章全体の意味や会話内容を理解することは苦手とする者がいる.これは,音声の聞き取りはできるが,聞き取った音声を継時的に処理するスキルが低いためであると思われる.視覚情報を読み戻りながら処理できるリーディングとは異なり,瞬時に消えてしまう音を処理するリスニングでは,音声情報を戻らずに継時的に処理するスキルが要求される.本研究では英語の情報を英語の語順のまま処理できるこのスキルを「継時処理スキル」と呼び,リスニング能力との関係を検討した.

第I部では,これまでのリスニング研究を概観し,先行研究が音声要因に偏重したものであったことについて述べた.そして,聞き取った音声がどのような処理を経て理解に至るのかという点に関しては,あまり研究が行われていない事を指摘した.また,寺内ら(1988)と玉井(2005)2つの調査結果を元に,教育現場におけるリスニング指導方法は17年の間ほとんど変化していない事,教師はリスニングの簡便な指導法がないためにリスニングの指導を授業でほとんど行わない事を明らかにした.そのため,本研究では基礎研究で継時処理スキルの同定を行い,訓練研究で教育現場で実践可能なリスニングの訓練法を検討することとした.

基礎研究

第II部の基礎研究では,5つの研究を行った.研究1では,英文をスライドで提示して,読み戻ることができない条件で参加者に読んでもらい,リスニングスコア上位群と下位群で英文の理解度を比較した.その結果,リスニング上位群は下位群よりも,継時処理スキルが高いことが示唆された.しかし,継時処理スキルが低くとも,ワーキングメモリ容量が大きければ情報を貯蔵しつつ処理を行うことが可能である.そのため,研究1の結果が継時処理スキルの差によるものと結論づけることはできない.そこで,研究2では,ワーキングメモリの容量をリーディングスパンテストを用いて測定し,ワーキングメモリ,継時処理課題成績,リスニングスコアの3つの変数の関係を検討した.その結果,ワーキングメモリとリスニングスコアの間には相関はないことが明らかになった.一方,継時処理課題成績はリスニングスコアと相関が高かった.このことから,リスニングスコアには継時処理スキルが関与していることが明らかになった.

研究1,2では自動的にスライドが切り替わる方式で課題を提示した.そのため,リスニングが得意な者と苦手な者で,英文を読む際の処理時間がどのように異なるかが明らかになっていない.そこで,研究3では,構文が複雑な関係代名詞を含む英文を題材に用いて検討を行った.関係代名詞を含む英文を4つの部位に分け,各部位の処理時間がリスニングスコア高群と低群で異なるか検討した.その結果,複雑な認知処理が含まれる関係代名詞結部において,スコア高群の処理時間は低群よりも短かった.そのため,目的語の参照など,複雑な認知処理の処理を短時間で行えることが,リスニングスコア高群と低群の認知処理の差であることが明らかになった.ただ,研究3では課題をスライドで提示している.そのため,リスニングスコア高群と低群が実際にどのように英文を読んでいるのかは不明である.そこで,研究4ではアイカメラを用いて英文読解時の両群の眼球運動を測定した.

研究4ではリスニングスコア高群と低群の英文読解時の目の動きを比較した.その結果,リスニングスコア高群は低群と比較して英文を読み戻らずに読む傾向があった.視覚情報と聴覚情報の処理には共有部分があるという先行研究(e.g., de Bot, Paribakht & Wesche 1997; Hirai, 1999)に基づくと,これはリスニングスコア高群と低群の聴覚情報の処理様式を反映している可能性がある.つまり,リスニングスコア高群の学習者は継時的に音声を処理しているが,低群は戻りながら音声を処理しようとする.しかし,音声は後から戻って処理することができない.そのため,低群はリスニングの際に理解度が低くなるのではないだろうか.だが,読み戻りには参加者の語彙力や文法力など,リスニング能力以外の変数が影響している.そこで,研究5では,実験参加者の語彙力と文法力を統制した上で,リスニングスコア高群と低群の英文読解時の読み戻り数を比較した.その結果,文法力と語彙力の影響を除いてもリスニングスコア高群の読み戻り数は低群よりも少ないことが明らかになった.このことから,情報を継時的に処理できるか否かがリスニングスコア高群と低群の違いであることが明らかになった.

まとめると,基礎研究では継時処理スキルとリスニングの熟達度の関係を検討した.その結果,リスニングスコアが高い学習者は英文を継時的に処理するスキルが高いことが明らかになった.また,眼球運動を計測した実験からもスコアが高い学習者は英文読解時の読み戻りが少ないことが分かった.これらの結果から,リスニングスコアが高い学習者は,情報を継時的に処理していることが明らかになった.そこで,訓練研究では,継時的な処理を促すことがリスニング力の伸長につながるのかを検討を行った.

訓練研究

第III部の訓練研究では4つの研究を行った.まず研究6では,予備実験で英文をスライドを用いて強制的に継時的に読む訓練がリスニング力の向上につながるか検討した.その結果,スライドを用いた継時処理訓練によりリスニング力が伸びることが明らかになった.しかし,スライドの作成には時間がかかり,教育現場で利用されるとは考えにくい.そこで,本実験では,より簡便な英文速読訓練を行い参加者の継時処理を促した.その際に,リスニングの訓練法として英語教育の現場で主に用いられているディクテーションと効果を比較した.その結果,英文速読訓練を用いた訓練はディクテーションよりもリスニングスコアの伸長に効果があった.

研究7では,研究6で得られた効果が視覚情報を継時的に処理することが,聴覚情報の処理に転移したことに因るものなのかを検討した.9週間の英文速読訓練を行う群と,統制群を設けた.訓練前後で1分間に読める単語数とリスニングスコアを比較した.その結果,速読群は1分間に読める単語数が増え,リスニングスコアも伸びた.しかし,統制群の1分間に読める単語数に変化はなく,リスニングスコアも変わらなかった.このことから英文速読訓練により英文を継時的に処理できるようになることが,聴覚情報の処理に転移しリスニングスコアが伸びる可能性が示唆された.

しかし,研究7の結果は単に英文を速く読めることと,聞くことの関係を示したにすぎず,速読訓練により読み戻りが減り,その結果リスニング力が向上したかは不明である.そのため,視覚情報を継時的に処理する様式が聴覚情報の処理に転移したとは結論づけられない.英文を継時的に読めるようになったことと,リスニングの関係を検討するためには,読み戻り数が減ったことと,リスニングの伸びの関連を検討しなければならない.

そこで,研究8では,英文速読訓練前後の読み戻りの数とリスニングの伸びを検討した.英文速読訓練前後の英文読解時の読み戻り数とリスニングスコアを比較した結果,読み戻り数が減少した参加者のリスニングスコアは概ね伸びた.しかし,読み戻り数が減ったにも関わらずリスニングスコアがあまり伸びない参加者もいた.そのため,リスニングの伸長のためには継時処理以外の要因が関連していることが推測された.

まず,音声情報が正確に認識されなければ,継時処理スキルを鍛えてもリスニング力の向上には至らない.そこで,研究9では,継時処理スキル以外でリスニングの伸長に関与している要因は,音声認識能力であると考え検討を行った.実験参加者の音声認識能力をディクテーションテストで測り,ディクテーション能力の高さと英文速読訓練がリスニングに与える影響の関係を検討した.その結果,ディクテーション能力の高い参加者ほど,英文速読後のリスニングスコアが伸びていた.このことから,英文速読訓練によりリスニング力が向上するには,訓練前の時点で学習者に聞き取り能力があることが必要であることが明らかになった.以上の4つの訓練研究により,視覚情報の処理である英文速読訓練により聴覚情報の処理であるリスニング力が伸長すること,その効果は,ある程度英語の音声を聞き取れる学習者に限定されることが明らかになった.

総合考察

第IV部の総合考察では本研究の意義を,人間の情報処理のしくみを検討した基礎研究としての視点からと,教育現場への貢献という訓練研究としての観点から考察した.基礎研究に関しては,日本人が英語を学ぶ場合,英語のリスニングに継時処理が関連しているということを明らかにした点について考察を行った.さらに,訓練研究に関して,学習者に音声を聞き取る能力が備わっていれば,視覚情報を継時的に処理する速読訓練の効果が聴覚情報の処理に転移することを明らかにした点と,これまでに簡便な方法があまりなかったリスニングの指導において,短時間で行える英文速読がリスニング力の向上に効果があるということを示した点について考察を行った.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、英語リスニング能力と、入力された英語を語順通りに処理する「継時処理スキル」との関係を基礎研究と訓練研究の2つの側面から検討したものである。

第I部では、これまでの英語リスニング研究を概観し、先行研究が音声要因を偏重し、聴取した音声からメッセージの意味の理解に至る情報処理過程に着目した研究が少なかったことを指摘している。そして、リスニングにおいては、提示が聴覚的か視覚的かに関わらず、入力情報を継時的に処理する能力に注目する必要があることを主張している。

第II部の基礎研究では、5つの研究を通じて、継時処理スキルがリスニングスコアの大きな規定要因であることを示した。研究1では、読み戻りができないよう文を単語ごとにスライドによって継時提示するシステムを作成し、リスニングスコアの上位群が下位群よりも継時提示条件下での理解度が高いことを示した。この結果は、リーディングスパンテストで測定したワーキングメモリ容量を統制した研究2でも確認された。両群の違いは、関係代名詞結部のように複雑な認知処理を要する箇所で顕著に表れることが、自己ペースで継時提示する場合の時間間隔データ(研究3)や、同時提示した場合の眼球運動計測(研究4)によって明らかとなった。語彙力や文法力のテスト得点を統制しても、リスニングスコア下位群では英文の読み戻り数が多いことが研究5で明らかにされた。

第III部では4つの訓練研究を行っている。研究6では、予備実験で継時提示のスライドを用いた訓練によりリスニングスコアが伸びることを確認した上で、本実験ではより教育現場で実施しやすい方法として英文速読訓練によって継時処理を促した。その結果、一般に行われているディクテーション訓練よりも、リスニングスコアの伸長に効果が見られた。研究7では、速読訓練群の読みの速さを実測し、視覚的な継時処理が聴覚情報の処理に転移した結果であることの傍証を得ている。さらに研究8では、速読訓練前後の読み戻り数を比較し、読み戻りの減少した学習者はリスニングスコアが伸びるという傾向があることを示した。ただし、あまり訓練効果のない学習者もいたため、他の要因も関与していることが推察された。研究9では、ある程度英語の音声を聞き取れる学習者でないと、速読訓練がリスニング力を伸ばす効果は得られないという結果を得ている。

第IV部では本研究の意義を、リスニングの情報処理の仕組みを検討した基礎研究としての側面からと、教育現場への貢献という訓練研究としての側面から総合的に考察している。

このように、本論文は英語リスニングにおける継時処理スキルに着目し、基礎研究と訓練研究を組み合わせて詳細な実験的検討を行い、理論と実践の両面から見て有意義な知見を得ている。よって、博士(教育学)の学位を授与するにふさわしい論文であると評価された。

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