学位論文要旨



No 127636
著者(漢字) 立川,智章
著者(英字)
著者(カナ) タツカワ,トモアキ
標題(和) 多目的遺伝的プログラミングを用いた流体設計情報の抽出
標題(洋)
報告番号 127636
報告番号 甲27636
学位授与日 2012.01.19
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7618号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤井,孝藏
 東京大学 教授 堀,浩一
 東京大学 教授 李家,賢一
 東京大学 教授 西成,活裕
 東京大学 准教授 白山,晋
内容要旨 要旨を表示する

近年,多目的最適化結果から設計に役立つ情報を効率よく抽出する多目的設計探査(Multi-Objective Design Exploration, MODE)と呼ばれるアプローチが提案され,さまざまな研究が行われている.MODEでは,多目的進化計算等によって得られた一連のパレート最適解に対してさまざまな設計情報抽出手法を適用し,設計変数と目的関数との相関情報や各目的関数間のトレードオフ情報など設計に有益な情報を見つけていく.設計情報抽出手法としては各種のデータマイニング手法が利用可能で,可視化表示を利用するものとして,パレート解を設計変数-目的関数間の散布図として行列表記する散布図行列(SPM),類似度を利用して2次元マップに写像する自己組織化マップ(SOM) などがある.例えば散布図行列では変数の数(次元)が多いと全体を俯瞰することが難しいなど,それぞれの手法には一長一短がある.一方,統計的な手法として,重回帰分析などがあり,変数間の関係を関数形として表すことができるが,非線形項も含んだ関数形の探索には試行錯誤が必要であり,非線形な関係を見いだすことは容易ではない.ある種のデータからそのデータが持つ関数形を自動的に引き出していく手法として,遺伝的プログラミング(Genetic programming, GP)という進化計算手法がある.GPは,遺伝的アルゴリズム(Genetic algorithm, GA)の拡張であり,遺伝子表現に木構造が用いられる.応用分野としては,関数同定やロボット制御プログラムの自動生成,画像処理フィルタの自動生成などがあるが,MODEへの導入例はない.ある種のデータからそのデータが持つ関数形を自動的に引き出す作業は,適合度を指標としたある種の最適化問題と理解することもできることから,GPを設計情報抽出手法として利用することが考えられる.

本研究は,このようなアイデアに基づき,多目的設計探査における新しい設計情報抽出手法を提案することを目的として,情報抽出手法としてGPを多目的設計探査に導入すること,さらにその意義を高めるために複数目的関数を同時に扱うGPの提案,実証を行うものである.

まず,GPを用いた設計情報抽出について述べ,続いてテスト問題を用いてGPの実証を行った.GPの目的関数として,設計最適化目的関数とGPが生み出す関数との残差の最小化(適合度)とGPの木構造のノード数最小化(関数系の複雑度)の2つを想定した.散布図行列など既存の手法からは関係が見出せないような非線形項を含むテスト関数にGPを適用した結果,GPはテスト関数そのものを発見することができ,GPの有効性が確認できた.また,関数セットがGPの探索性能に与える影響をテスト問題を用いて調べ,関数セットの違いにより探索性能が悪化する場合もあれば向上する場合もあることが確認された.設計探査ではGPにより得られたパレート最適解(パレート最適式)に含まれる項を見て設計情報を抽出することを考えるため,関数セットが多い場合に理解が困難となることが考えられる.そこで,本研究ではGPで用いる関数セットは算術演算子を原則とした.

次に,実際の空力問題として,高い空力性能を得るための2次元羽ばたき運動の多目的設計探査問題にGPを適用した.羽ばたき運動は,ストローク面内の上下運動とピッチ運動の組み合わせからなり,それらの振動数や振幅など運動の記述には多数の設計変数が存在する.ここでは,ストローク運動の振幅,ピッチ運動の振幅,ストローク運動とピッチ運動の位相差,運動の無次元振動数など合計6つの設計変数とし,設計最適化目的関数として揚力係数の最大化,必要パワー係数の最小化,推力係数の最大化の3つを考えた.得られたパレート最適解を用いて,各目的関数にGPを適用した結果,非線形な項を含むGPのパレート最適解(パレート最適式)が得られ,必要パワー係数は無次元振動数の二乗と正の相関を持つといった新たな設計情報を抽出することができた.一方で,GPそのものに初期値依存性が存在する,各目的関数それぞれにGPを適用するため計算コストが多大となるなどの課題も明らかになった.

そこで,効率的でかつさらなる有益情報を得る手法として,すべての設計最適化目的関数への関数同定を一度に行う多目的GP(MOGP)を提案した.MOGPでは,全ての設計最適化目的関数との相関係数最大化とノード数最小化を目的関数として考えた.

最初に,テスト問題を用いてGPの評価基準を変更したことによる探索性能に与える影響,およびGPを多目的化したことによる探索性能の評価を行った.その結果,相関係数をGPの目的関数として用いることでGPの初期値依存性が大幅に改善されること,また,多目的化することにより計算コストが小さくなることが確認された.

次に,実際の空力問題として遷音速2次元翼型の多目的設計探査にMOGPを適用した.翼型形状は9つの制御点を持つBスプライン曲線により定義し,前縁および後縁を除く6つの制御点の(x,y)座標を設計変数とした.設計最適化目的関数は,揚力係数の最大化,抗力係数の最小化の2つを考えた.得られたパレート最適解を揚抗比最大の前後で抗力係数の小さいクラスタと揚力係数の大きなクラスタの2つに分け,それぞれにMOGPを適用し,揚力係数および抗力係数と高い相関を持つ関数形を一度の探索で見つけられることを示した.得られたパレート最適式に含まれる項を設計情報として取り出し,他の分析手法から得られる設計情報との比較を行い,MOGPから得られる知見と矛盾しないことを示した.

続いて,実際の空力問題として再使用観測ロケットの多目的設計探査問題にMOGPを適用した.設計最適化目的関数は,打ち上げ時の抵抗最小化,帰還時(超音速と亜音速)の揚抗比最大化,機体容積最大化の4つを考え,設計変数は直交座標系で表されたキンク座標とした.空力形状最適化の結果得られたパレート最適解にMOGPを適用した結果,各目的関数と高い相関を持つ関数が一度に得られた.また,同時に複数の目的関数と高い相関を持つ関数を得ることができた.得られた関数と鍵になると想定される設計変数との相関関係を散布図行列により調べた結果,この関数はキンク角度と高い相関があることが明らかになり,MOGPを用いることで,より効果的な設計変数を発見できる可能性が示唆された.

以上より,提案したMOGPは従来のデータマイニング手法と比較して,(1)変数間の非線形な関係を自動的に抽出することが可能,(2)変数の数が多い場合でも,変数間の関係を効率的に見つけ出すことが可能,(3)設計変数にとらわれない新しい設計パラメータを発見することが可能,(4)複数の目的関数に対しして同時に影響度の高い設計パラメータの抽出が可能,といった点において優れていると考えられる.しかし,MOGPの目的関数が多い場合,得られた多数のパレート最適式の分析・理解は容易ではない.現状は得られた最適式の特徴的な解を分析しているにすぎないが,パレート最適式の効率的な分析手法やツールの開発が進むことによってより有効な手法となる可能性を持っていると考えられる.

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)立川智章提出の論文は,「多目的遺伝的プログラミングを用いた流体設計情報の抽出」と題し,本文4章から構成されている.

多目的進化計算等により得られるパレート最適解における設計変数と目的関数との相関情報や目的関数間のトレードオフ情報など有益な設計情報を抽出することを多目的設計探査(Multi-Objective Design Exploration, MODE)と呼ぶ.設計探査における情報抽出には各種のデータマイニング手法が利用できるが,既存手法では非線形な関係を効率よく見つけ出すことが難しいなどの課題が存在する.

一連のデータが持つ関数形を自動的に引き出す手法として遺伝的プログラミング(Genetic programming, GP)という進化計算手法がある. GPはこれまで関数同定やロボット制御プログラム自動生成などに利用されてきたが,パレート最適解を構成する設計変数と目的関数との関係を関数形と理解すると,設計情報抽出手法としてGPを利用することができる.このような観点から,筆者は多目的設計探査における新しい設計情報抽出手法としてGPの利用を提案し,その実証を行った.

第1章は序論で,多目的設計探査と既存の設計情報抽出手法,各手法に共通する課題を概観し,課題解決の手法として遺伝的プログラミングについて説明した上で,本論文の目的と意義を述べている.

第2章では,本研究で用いるGPについて説明した後, GPの多目的設計探査への導入およびその実証を行っている.設計最適化目的関数とGPが作る関数との残差最小化と関数ノード数最小化の2つをGPの目的関数とし,これらを満たす関数形を導くことを提案し,非線形項を含むテスト関数への適用によって既存手法では見出すことが難しい非線形の関数形を見いだせることを確認している.つづいて,2次元羽ばたき運動の多目的空力設計探査問題にGPを適用している.多目的進化計算によって得られたパレート最適解にGPを適用した結果,パレート最適解における必要パワー係数は無次元振動数の二乗と正の相関を持つといった新たな非線形流体設計情報を抽出できることを示している.

第3章では,第2章で明らかになったコストや初期値依存性といった課題を解決する手法として,すべての目的関数への関数同定を一度に行う多目的GP(MOGP)をさらに提案し,実証を行っている.多目的GPでは,全ての設計最適化目的関数との相関係数最大化とノード数最小化をGPの目的関数としている.最初に,テスト問題によってMOGPの初期値依存性も計算コストもGPに比べて小さいことを示している.続いて,遷音速2次元翼型の多目的設計探査問題にMOGPを適用している.多目的進化計算によって得られたパレート最適解を特性に従った2つのクラスタに分け,それぞれにMOGPを適用して得られたパレート最適式を分析した結果,翼型形状と空力特性との関係を示す多数の流体設計情報を抽出できることを示している.

さらに,実用空力問題として,再使用観測ロケットの多目的設計探査問題にMOGPを適用している. キンク座標を設計変数とし3つの空力特性と機体内容積を目的関数とした多目的進化計算により得られたパレート最適解にMOGPを適用した結果,各目的関数と高い相関を持つGPパレート最適式が一度に得られることを示している.これにより,同時に複数の目的関数と高い相関を持つ関数形が得られることを示し,かつ得られた関数と特定の設計変数との相関関係を調べ,キンク角度が重要な設計パラメータであることを明らかにすることで, MOGPが空力設計問題における設計パラメータ発見の有効な道具でもあることを示している.

第4章は,結論であり本研究で得られた結果をまとめている.

以上要するに,本論文は,多目的進化計算によって得られたパレート最適解から効率よく設計情報を抽出する手法として遺伝的プログラミング(GP)の利用を新たに提案し,その有効性を実証したものである.提案された GPによる設計探査手法は,流体設計情報を有効な形で抽出する優れた道具であり,空気力学設計の観点で今後の航空宇宙工学に貢献するところが大きい.

よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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