学位論文要旨



No 127637
著者(漢字) 村上,理
著者(英字)
著者(カナ) ムラカミ,オサム
標題(和) 2004 年新潟県中越地震の破壊域周辺における地震波動伝達関数の研究
標題(洋) A study of the seismic wave transfer functions around the rupture zone of the Mid Niigata prefecture Earthquake in 2004
報告番号 127637
報告番号 甲27637
学位授与日 2012.01.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5734号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 井出,哲
 東京大学 教授 山下,輝夫
 東京大学 教授 森田,裕一
 東京大学 教授 吉田,真吾
 東京大学 教授 武尾,実
内容要旨 要旨を表示する

本研究では、2004 年新潟県中越地震の破壊域における、地震波動伝達関数の時空間変化を調べた。地震が発生することにより地殻の状態が変わって地震波速度や減衰の程度を表すQ-1 の変化が検出されたという報告がある。また、岩石内で破壊が進行するにつれ減衰が強くなるという室内実験の結果もある。しかし、地震後に伝達関数の時間変化が検出されたという例はほとんどない。近年日本で発生した他の内陸地震に比べ、より長い期間でM > 4 の比較的大きなイベントが継続した新潟県中越地震の一連の余震を地震波発生源として用いて、伝達関数を詳細に調べた。

まず、double-difference 法により震源再決定を行い、余震カタログを作成した。このカタログを用いて、互いに1 km 以内に位置し、似た震源メカニズムを持つイベントクラスターを抽出した。クラスター内の2 つのイベントの、同じ観測点における地震波のスペクトルの比をとると、波線とサイトの影響はキャンセルされる。波線経路がほぼ同一であるとみなせるためである。このスペクトル比は、2 つのイベントの震源スペクトルの比を表していることになる。震源スペクトルがオメガ二乗モデルで近似されると仮定し、N 個のイベントからなるクラスターについて、N(N-1)/2 個のスペクトル比を用いて各イベントの震源スペクトルのコーナー周波数を最小自乗法的に求めた。そして、各イベントの観測スペクトルを、このように求めた震源スペクトルで除すことにより、震源と観測点間の地震波伝達関数を推定した。

得られた伝達関数を用い、それぞれのイベント観測点ペアについてQ を推定した。本震の西側の領域のQ は、東側の領域のQ よりも有意に低いことがわかった。それは、西側の領域には厚い堆積層があるためだと考えられる。

伝達関数の時間変動を調べるために、各伝達関数の10 - 30 Hz の周波数範囲における平均レベルを求め、その時間変化を見る。まず、本震後1 ヶ月間における変動を48個のクラスター観測点ペアについて調べた。多くのクラスター観測点ペアで伝達関数の10 - 30 Hz の平均レベルは、時間とともに減少する傾向が見られた。いくつかのクラスター観測点ペアでは増加が見られたが、特に系統的な空間依存性はなかった。各クラスター観測点ペアにおける10 - 30 Hz の平均レベルの変化について、直線でフィットさせその回帰直線の傾きを調べたところ、傾きは平均的に負であり、片側t 検定の結果、統計的に有意であることが確かめられた。よって、本震後1 ヶ月間に伝達関数の平均レベルが減少したことがわかった。

次に、この減少がどれくらいの期間に及んでいたかを調べるため、初めの30 日間についての解析と同じ解析を本震の1 ヶ月後以降のいくつかの期間について行った。余震活動が低下したため、本震後1 ヶ月間に比べデータ量は少なくなったが、18 ないしは19 個のクラスター観測点ペアについて時間変化を調べることができ、平均的には10 -30 Hz の平均レベルが増加している傾向が見られた。特に、本震発生120 日後から840日後の期間について、線形回帰直線の傾きは非常に高い有意性で正を示した。より多くのクラスター観測点ペアのあった最初の1 ヶ月間における傾向に比べれば不確かさが大きいものの、初めの1 ヶ月の減少がその後中長期に渡り継続していたわけではないこと、本震発生後数百日間では増加する傾向に転じていたことが明らかになった。また、はじめの30 日間における減少量とその後840 日後までの回復量とはほぼ同程度であった。さらに、比較的大きな余震断層を透過する波線経路のみを取り出して、その余震発生前後のデータを含めて見れば、1 ヶ月間の減少がより顕著に現れるのではないかという視点で、11 月8 日に発生したMw5.6 の余震について詳細に調べた。予想とおり、このイベント発生前後で断層面を透過する波線経路の伝達関数は、特に波線経路を限定しなかった場合の5 倍もの減少を示した。

観測された時間変化パターンを説明可能な2 つの仮説について議論した。1 つは、1984 年長野県西部地震後に同様な現象を見出したOhtake [1987]により提唱されたものであり、本震により生じたクラックに水が流れ込み、その飽和度の変化により説明するモデルである。このシナリオは、Winkler and Nur [1979]による室内実験に基づいている。彼らの実験は、岩石がdry のときにQp は最大で、飽和度が高まるにつれQp は減少し95 % 飽和で最小値に達するが、95 % 以上では増加に転じ完全飽和に至るまで増加が続くことを示した。中越地震について見いだされた、本震後1 ヶ月間におけるQの減少はこのモデルで説明できるかもしれないが、その後1 年以上かけて回復する変化をわずか5%の飽和度の変化におしつけるのは難しいと考えられる。

そこで別の仮説をたてて検討した。余震によるダメージの増加と、その後の時間依存するヒーリング過程によると考える。考えているダメージとは余震によって生成されるクラック、および余震の断層面そのものがすべり破壊することであり、余震が発生するたびに瞬間的にダメージが増加し、減衰が強くなる。最初の1 ヶ月で観測された伝達関数の減少は、この期間で生じた余震が活発であったせいであろう。1 カ月後以降の伝達関数の回復は、余震活動が低下したため、余震によるダメージの生成よりもヒ-リングがまさったためと考えれば、説明できる。M5.6 の余震による変化が大きかったことも、この仮説を支持する。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は2004年の中越地震を対象として、地震発生後の断層周辺の構造変化を地震波のスペクトル形状の変化から議論したものであり、全六章から成り立つ。第一章はイントロダクションであり、過去の地震前後の地殻構造の時間変化に関する研究例を取り上げ、本研究の位置づけを示している。第二章ではデータを紹介し、詳細な震源決定、さらにその後の分析の基本となる震源のグループ分けを行っている。第三章は用いた手法と伝達関数詳細な説明に当てられている。第四章がこの論文の中核であり、ここで伝達関数の空間、時間変化があることが示される。第五章は第一章でも参照された過去の研究と本研究との比較、さらに地震前後の物理メカニズムの考察であり、最終第六章は全体のまとめである。

本論文の主な分析対象である伝達関数とは観測される地震波から震源での破壊プロセスに起因する違いを取り除いたもので、理想的にはスペクトルのうち、地中の構造のみに依存する成分である。地震が起これば断層面自体の破壊だけでなく、断層周辺に様々なスケールの副次的な亀裂を生じると考えられる。亀裂が存在すると地震波の伝播の仕方が変化し、それが構造に依存した伝達関数の変化として観察されるだろう。事実これまでに多数の研究で地震後の地震波の変化が発見されてきた。それらの多くではひとつの減衰定数やある周波数の地震波位相速度変化など、限定的な特徴を取り扱ったものが多かったが、本研究では周波数依存する伝達関数を推定してから変化の特徴を抽出するという丁寧なアプローチを取っている。対象とした地震が中越地震であるということにも意味がある。日本には世界最高レベルの地震観測網があるが、多くの地震は海岸沿いや沖合で発生し、震源を取り囲むような条件で分析可能な地震は極めて少ない。中越地震は条件を満たす珍しい例であり、直後の余震観測が高密度に行われていることも都合がよい。

本論文ではまず約1500個の地震の詳細な震源決定を行い、地震を距離が近くメカニズムの類似するグループ(クラスター)に分類した。それぞれのクラスターと観測点の組み合わせごとに伝達関数を計算したところ、地震断層を挟んで東西で伝達関数の形が異なっていた。これは東西で地殻構造が大きく異なることと調和的である。さらに伝達関数の形の変化を見たところ、地震後一ヶ月では伝達関数の高周波成分が減少していることが統計的有意に示された。統計的な信頼度はやや落ちるものの、この減少はその後回復しているらしいことも示された。このような振る舞いは地震による断層周辺での微小亀裂の増加と、その後の亀裂へ流体の流入というプロセスで説明できると指摘されている。

本研究の扱ったデータは膨大な地震波記録であり、地殻構造や震源について不確定性も多く、そこから系統的な特徴を見つけるのは簡単なことではない。今回は伝達関数に的を絞ったことにより、地殻構造の微弱な変化を検出することに成功した。本研究が全く最初というわけではなく、解釈もこれまで提示されているものではあるが、比較的観測条件の良い中越地震について求めた結論は信頼性の点で既往研究とは一線を画す。

尚、本論文は吉田真吾教授の指導の下に、平田直教授、中谷正生准教授、加藤愛太郎助教と共に行われた研究をまとめたもので、5名の共同研究として公表されるが、論文の骨格は論文提出者自身の発想に基づくものであり、結論に至るまでのデータ解析も論文提出者が主体的に行ったものである。従って論文提出者の寄与は十分であると判断する。

従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク