学位論文要旨



No 127640
著者(漢字) 星野,周也
著者(英字)
著者(カナ) ホシノ,シュウヤ
標題(和) 要介護の親の特定施設入居前後における実子の要介護の親に対する関与意思、愛着、及び、介護を通した自己成長感覚の変化とその関連要因
標題(洋)
報告番号 127640
報告番号 甲27640
学位授与日 2012.01.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3782号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 真田,弘美
 東京大学 准教授 梅﨑,昌裕
 東京大学 講師 宮本,有紀
 東京大学 講師 児玉,聡
 東京大学 教授 小林,康毅
内容要旨 要旨を表示する

特定施設の1つである介護付有料老人ホームは全国に2700あり (平成22年9月)、そのうち9割が介護保険制度創設2000年度以降に開設された。要介護高齢者の施設入居という選択が、家族における介護に関する様々な評価に対して、どのような影響をもたらすかについての理解を深めることは、介護施設の社会的な位置や役割、意義を明らかにする上で、重要なことである。

先行研究では、要介護高齢者の施設入居により、家族における介護に関する評価のうち、否定的評価である負担感が軽減された結果が報告されている。一方、家族の心身健康やwell-beingを指標としたときに、在宅で介護を継続している家族と、要介護高齢者を施設に預けた家族との間で、変化に差が見られないとの結果が報告されている。本研究では、施設入居前後における介護に関する肯定的評価の変化、特に、その変化に負担感の軽減がどう関与しているかについて検討することを目的とする。

なお、本研究では、介護に関する肯定的評価として、先行研究にて明らかにされてきた4つの領域のうち、要介護高齢者への関与意思 (介護役割に対する積極的な受容の領域)、愛着(要介護高齢者との関係における肯定的感情の領域)、介護を通した自己成長感覚の3つを取り上げる。また、要介護高齢者の家族として実子を取り上げる。先行研究にて、介護に関する評価の性質が、続柄間で相違が見られるとの指摘を踏まえ、続柄を実子に限定した。

本研究では、以下のリサーチクエスチョン(RQ)を検討する。

RQ1:要介護の親の施設入居により、実子において、要介護の親への関与意思、要介護の親への愛着、介護を通した自己成長感覚はどのように変化するか?

RQ2:上記の介護に関する肯定的評価の変化に、要介護の親の施設入居による介護負担感の軽減がどのように関与しているか?

RQ3:以上の点において、肯定的評価の間で相違が見られるか?

方法

主に関東で有料老人ホームを運営している民間の法人に、調査協力の打診をし、承認を得た。

本研究の対象は、当該法人の42の施設に親が入居している息子と娘である。法人に登録されている、請求書送付先の家族として、入居者本人から見た続柄が息子、娘、義息子 (義息子に送付し女性が回答した場合、娘による回答と判断) に該当する者のうち、(I)調査実施の平成22年9月現在において、入居者本人の入居期間が半年を越え (当該施設に平成18年4月以降、平成22年2月末までに入居)、(II)当該施設の施設長が調査の内容を確認し、家族・入居者の心身・生活の状況を考慮して、調査参加に問題がないと判断をした者を、調査対象者としてリスト化した (平成22年8月)。

平成22年9月に、自記式質問紙を用いた配票調査を行った。同月の各ホームから家族への請求書送付の際に、質問紙 (1214件)を同封した。結果、息子205件、娘200件の有効回答を得た。

介護に関する肯定的評価3要素 (従属変数) は、それぞれ要介護の親の施設入居前と、調査時現在の2時点 (入居前は、調査時現在において回顧的に回答してもらう) での反復測定のデータとして捉え、一般線形混合モデルにて、要介護の親の特定施設の入居前後の得点のレベル (入居前と調査時現在の2時点からなるtime varying variable)、及び、入居前後の変化に関連する要因の検討を行った。

モデル1にて、入居前から現在までの時間の経過、実子と要介護の親の属性、要介護の親と実子の間における過去の関係の良好度、介護負担感軽減パタン (施設入居前における介護負担感の中央値にて実子を2群に分け、入居前の介護負担感高群と低群の各群において、さらに、入居後の負担感軽減量の中央値にて2群に分けることで、25%ずつ計4群のカテゴリを作成) を独立変数として一括投入して、介護に関する肯定的評価3要素の関連要因を検討した。モデル2にて、時間の経過と他の変数との交互作用項を追加投入した。

本研究の手続きは、東京大学大学院医学系研究科・医学部倫理委員会の承認を得て実施した (受付番号2926)。

結果

モデル1にて、入居前から現在までの時間の経過の主効果は、要介護の親への関与意思(p < 0.007)、要介護の親への愛着 (p = 0.003)、及び、介護を通した自己成長感覚 (p < 0.001)に対して有意であった。要介護の親への関与意思は、要介護の親の施設入居後、有意に低下した。一方、要介護の親への愛着と、介護を通した自己成長感覚は、有意に向上した。要介護の親と実子の間における過去の関係が良好なほど、要介護の親の施設入居前後にわたり、要介護の親への関与意思、愛着、介護を通した自己成長感覚の得点のレベルは高かった (いずれもp < 0.001)。介護負担感軽減パタンの主効果は、要介護の親への愛着 (p < 0.001) と、介護を通した自己成長感覚 (p = 0.001) に対して有意であった。介護負担感軽減パタンが「入居前低-負担軽減無」群 (入居前の負担感が低い群で、入居後に負担感の軽減が見られない群) と比べて、「入居前低-負担軽減有」群 (入居前の負担感が低い群で、入居後に負担感の軽減が見られた群) で、要介護の親の施設入居前後にわたり、要介護の親への愛着 (p = 0.018) と、介護を通した自己成長感覚 (p = 0.002) の得点のレベルは高かった。また、「入居前低-負担軽減無」群と比べて、「入居前高-負担軽減小」群 (入居前の負担感が高い群で、入居後の負担感軽減が相対的に小さかった群)で、要介護の親への愛着の得点のレベルは低かった (p = 0.017)。さらに、「入居前低-負担軽減無」群と比べて、「入居前高-負担軽減大群 (入居前の負担感が高い群で、入居後の負担感軽減が相対的に大きかった群)」で、介護を通した自己成長感覚 (p < 0.001) の得点のレベルは高かった。その他、介護を通した自己成長感覚の得点のレベルは、要介護の親の施設入居前後にわたり、息子に比べて、娘で有意に高かった (p < 0.001)。要介護の親の施設入居期間が25-36月に及ぶ実子において、要介護の親の施設入居前後の要介護の親への愛着の得点のレベルが低いのに対し、37-52月に及ぶ実子において、要介護の親への愛着の得点のレベルが高かった (要介護の親への愛着に対する入居期間の主効果:p < 0.044)。

時間の経過と他の独立変数の交互作用項を追加投入したモデル2にて、入居前から現在までの時間の経過と、介護負担感軽減パタンの交互作用効果が、要介護の親への関与意思(p = 0.009)と、要介護の親への愛着 (p = 0.003)に対して有意となった。他の交互作用効果は、すべて有意でなく、上記3つの肯定的評価の変化は、実子の年齢、要介護の親の年齢、要介護度によって違いは見られなかった。「入居前高-負担軽減大群 (入居前の負担感が高い群で、入居後の負担感軽減が相対的に大きかった群)」にて、「入居前低-負担軽減無群」、「入居前低-負担軽減有群」、「入居前高-負担軽減小群」と比べて、要介護の親への関与意思は低下し、要介護の親への愛着は向上した。このことにより、要介護の親への愛着に対する入居前から現在までの時間の経過の主効果は有意でなくなった。一方、要介護の親への関与意思に対する時間の経過の主効果は有意なままであった。その他、モデル1で有意であった独立変数の主効果は、モデル2にても変わらず有意であった。

考察

施設入居前後における介護に関する肯定的評価の変化のうち、要介護の親への愛着の向上には、負担感の軽減が介在している一方、介護を通した自己成長感覚の向上においては、負担感の軽減の関与が見られなかった。入居前に負担感を高く経験していた実子で、入居後の負担感軽減が相対的に小さい場合に、要介護の親への愛着が低い状態に留まっていた結果からも、要介護の親への愛着の維持・向上には、負担感のコントロールが有効であると考えられる。介護を通した自己成長感覚は、介護から適度な距離を取ることのみならず、介護に関わる問題解決に積極的に取り組むことや、高齢者との関係の改善に努めることなど、様々な対処行動との関連性が高い結果が先行研究にて報告されている。自己成長感覚の向上という結果は、施設入居が、状況に応じてさまざまな対処行動をとっていく、家族における介護への対処のプロセスの1つと位置づけられることを示唆している。

要介護の親への関与意思は、入居前に負担感が高い群で、入居後の負担感軽減が相対的に大きい場合に、低下が見られた。ただし、関与意思と負担感の軽減との関連は直接的なものではなく、介護負担感を高く経験していながら、関与意思の高さに支えられて続けていた在宅での介護を維持できなくなり、施設入居に至った結果、関与意思の低下と、負担感の軽減が同時に起こったと考えられる。在宅での介護の際に介護負担感により心身健康に負の影響を負っている可能性も考えられ、施設入居後であっても、その点に対する配慮は必要である。

本研究での、介護に関する肯定的評価3要素の、施設入居前の得点は、調査時現在からの回顧データであり、要介護の親の施設入居前後の変化の結果については、今後、縦断調査にて再現可能性の検討が必要である。また、本研究の結果は、都市部の介護施設に親が入居する実子における結果であり、地方農村部の介護施設に親が入居する実子においては、結果が異なる可能性がある。

以上より、負担感の軽減との関係性において、介護に関する肯定的評価の間で、上記の相違が明らかにされた。肯定的評価と否定的評価である負担感との間の関係性を考慮して、介護施設の整備を含め、家族支援のあり方を検討していく必要がある。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、要介護の親が特定施設に入居している実子を対象に、質問紙調査を実施し、要介護の親の施設入居前後における介護に関する肯定的評価の変化と、負担感 (否定的評価) の軽減との関係性に関して分析し、以下の結果を得ている。

1.介護に関する肯定的評価のうち、要介護の親への関与意思 (介護役割に対する積極的な受容の領域) は、入居前に負担感が高い群で、入居後の負担感軽減が相対的に大きい場合に、低下が見られた。入居前に負担感が低い場合や、入居前に負担感が高くても入居後の負担感軽減が相対的に小さい場合は、変化が見られなかった。

2.介護に関する肯定的評価のうち、要介護の親への愛着 (要介護高齢者との関係における肯定的感情の領域) は、入居前に負担感が高い群で、入居後の負担感軽減が相対的に大きい場合に、向上が見られた。入居前に負担感が低い場合や、入居前に負担感が高くても入居後の負担感軽減が相対的に小さい場合は、変化が見られなかった。

3.介護に関する肯定的評価のうち、介護を通した自己成長感覚は、介護負担感が入居前に高いか低いか、及び、入居後の負担感の軽減量が多いか少ないかに関わらず、向上が見られた。

4.対象者全般では、施設入居後に、要介護の親への関与意思は低下し、要介護の親への愛着と、介護を通した自己成長感覚は向上が見られている。対象者全般での結果(モデル1)と、介護に関する肯定的評価の変化と負担感の軽減の関係性に関する上記の結果(モデル2)の比較を通して、介護に関する肯定的評価の変化のうち、要介護の親への愛着の向上(対象者全般での結果)において、負担感の軽減が介在していることが示された。要介護の親への関与意思は、上記の負担感の軽減との関連を考慮しても、全体として、低下が見られた。介護を通した自己成長感覚の向上には、負担感の軽減は関与していなかった。

以上、本論文は、施設入居前後での負担感の軽減との関係性において、介護に関する肯定的評価の間で、上記の相違を明らかにしている。介護に関する肯定的評価と、負担感(否定的評価)の間の関係性の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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